後幕『嘘つき』
「さて、おおよそ犯人の見当はついただろうが、その証拠を渡しておく。まずは支度金の横領についてだ」
主様は懐から薄い冊子を取り出す。それを見た神官長の顔が青ざめた。
「そ、その帳簿は…!!」
「さっきも言っただろう? 探し物が得意な眷属がいると。支度金の横領については、神官長主導により行われたとの証拠をここに示す。この帳簿には収入と資金の支出先が記されていた。ちなみにおまえが宵宮の横領の証拠として表向きの帳簿を提出したことはわかっているぞ。これは、裏の帳簿だ。不審に思うならば字を比べて見ればよい。ああ、握り潰してもかまわんぞ? 裁く側の罪が重くなるだけだ」
誰からも反論がない。主様は視線を宰相へと移す。
「次に神宝をはじめとした装飾品の窃盗、違法薬物や人身の売買。人身売買と、違法薬物については先ほど皆に説明したとおりだ。そして窃盗の容疑についてだが、彼女が今、手に持っている神宝は喜多山と皆見の土地神より私の花嫁となった祝いとして彼女に贈られたものだ。彼女からも、そして私の口からも神官長には直接そう伝えている。つまり盗んだから手元にあるわけではなく、元々彼女のものを神殿が奪って陽の巫女に与えた。そしてそれ以外の彼女が盗んだとされる装飾品についてだが……」
主様は、いくつかの品名をあげる。品名を聞いた帝や神官達は呆然とした。
「こ、国宝ではないか……!」
うろたえた彼らの様子に主様は眉を顰めた。
「……まさか盗まれたものを知らないとは言わないよな?」
「盗まれた品は、たいした価値のない装飾品であると宰相からは報告を受けていたのだ! 価値のわからない平民であれば、盗むの物もその程度のものだからと……まさか国宝を盗むなど、そんなことができるわけが……あれは別の場所で厳重に管理してあるはず。か、管理者を! 宝物庫の管理者を呼べっ!」
呼ばれた男が帝の前に平伏する。彼は真っ青な顔をして、ただただ震えていた。
「このたびは、も、申し訳ございませんでした!」
「どうして我の許可なく国宝を持ち出したのだ⁉︎」
「それが……宵宮が装飾品を見たいと申しているということで、宰相様の部下を名乗る者達によって持ち出されました」
「さ、宰相が……いつのことだ?」
「神渡りの始まる直前です。取りに来た者曰く、許可は得ているということでした」
ところが管理者は持ち出す話は聞いていなかったため、帝に確認したいと申し出た。にも関わらず、最後は押し切るように無理矢理持ち出されたという。持ち出された後、あわてて宰相に仔細を尋ねたところ、自分は知らないという答えが返ってきた。そこで管理者は、はじめてまずいことになったと気がついたという。
脅しに屈し、身元の定かでない男達に国宝を渡してしまったのだ。……管理が不十分であったと、咎められるかも知れない。呆然と立ち尽くす男の耳元で宰相はこう囁いた。
『私に任せて欲しい、何とかしよう』
その何とかした解決方法が私に罪を擦りつけるという事だったのか。私は深々とため息をついた。管理者は処罰されるのが怖かったのだと泣きながらに謝罪する。主様は私を振り返った。
「念のため聞くが、誰かから装飾品のことを聞かれた記憶はあるか?」
「ありません。そもそも盗まれた装飾品とは、どのような品なのですか?」
周囲の人間は、盗んだ人間がそんな馬鹿な……というような顔をしているが、捕らえられた時はすでに盗んだことが決定事項だった。何を盗んだのかなんて、盗人相手に聞く者はいない。そう答えると、誰もが気まずい表情で視線を逸らす。
「国宝らしいですね。どれ程の価値があるのですか?」
「売れば平民なら一生遊んで暮らせる」
品がないとはわかっていても、つい値段が気になってしまう。若干周囲の人々の視線が痛いが、物の価値がわからない平民にはそのほうが理解しやすい。それに、だ。
「他の宵宮の皆様がどうだったか知りませんが、私は宵宮の仕事や勉強だけでなく侍女として神殿に勤めておりました。日勤だけでなく、夜勤もございましたし、国宝や装飾品を鑑賞するような余裕も時間もありません」
呆然とした表情の帝や高位貴族の表情から、やはりあれは常とは異なる扱いだったのかと納得する。貴族のお嬢様が、経験や知識もなく侍女の仕事をこなせるとは思えないもの。私だって家で洗濯や掃除をしていたからこそ、なんとか下働きの仕事がこなせたのだ。主様はからかうような表情を浮かべる。
「国の宝と呼ばれるほどの装飾品だ。せっかくの機会だし、今からでも見てみたいとは思わないか?」
「全く思わないですね」
冤罪の証とされた装飾品なんて縁起でもない。それに国の宝よりも土地神様からいただいた花簪と扇子以上に価値があるものはないでしょう。再び手元に戻ってきた簪は、主様自ら髪に飾ってくださった。淡く輝くような光を取り戻した扇子と、自ら身を躍らせて涼やかな音を響かせる簪を見て、人々が顔色を悪くする。どちらが正しいことを言っているのか、ようやく理解できたのだろう。
「もし鑑賞する機会をいただけるのなら私は馬がいいです」
「馬が好きか?」
「はい、とてもかわいいと思います」
「では冥府にある厩舎を案内しよう」
「まあ、冥府に馬がいるのですか! 楽しみにしていますね!」
冥府の馬とは、どんな姿形をしているのだろう。想像が膨らんで心躍る。
それに思いがけず主様とお出掛けの約束までできてしまったわ。うれしいと心が浮き立った。主様とのやり取りを聞いた貴族の女性達は馬が好きなんてと呆れた顔をしているが、そこは個人の好みだもの。女性なら誰でも装飾品が好きというわけじゃない。
「それにしても、そんな高価なものを盗んだとしてどうする気だったのでしょうね。盗んだものですから公には身につけられませんし、売るにしてもすぐに足がつきそうだから売れないでしょう?」
宰相も私に罪をなすりつける気なら、表向きにも私が国宝を盗んだことにすればいいのに。なぜわざわざ価値の低い装飾品を盗んだと報告していたのか? そして行方のわからない国宝はいずこに、主様は皮肉げに唇を歪めた。
「帝よ、こんなにのんびりしていてよいのか? 国宝はいまだに行方不明のままだぞ?」
「だ、だが今どこにあるのか見当も……念のため皆見の当主宅や関連施設を探させるように手配します」
帝の言葉を聞いた宰相は、一瞬口角を上げる。そのわずかな変化を見逃さず、主様は懐から取り出した書状を帝に手渡した。
「なんでも隣国の王が寵妃に贈るための装飾品をお探しらしい。」
書状を見て宰相の口が、ぽかりと開く。帝が急いで広げた書状の封蝋には、隣国の王家を示す印影が押されていた。書状を覗き込んだ人々は息を飲んだ。そこには贈り物となる品を収めれば、便宜を図るという旨が記されていたからだ。
「どのような便宜をはかってもらうかは記されていないが、気になるのなら本人に聞けばよい」
「まさか……国を売ったのか!」
「ちがう、逆だ! この国のためだ!」
声を荒げた帝に、宰相は身を振り絞るようにして叫んだ。戯れ言をと、人々の険しい視線が宰相やその一族へと突き刺さる。
「被害を低く報告したのはそれ以上捜査されないようにだろう。国宝がなくなったとなれば国を挙げて調べることになるだろうから、うっかりすると捜査の手が自分や親族に及ぶかも知れない。宰相位にある人間が、わずかでも疑われれば不名誉であるし、皆見や一族の名誉を守ろうとしたのだろうな」
何も知らされていないのだろう、一族の人間は居心地悪そうに身じろぎをした。それでも宰相は誇らしげに胸を張ったのだ。
「私はこの国のために国宝を手放したのだ! 隣国は武力を高め、周辺地域に侵攻して領土を手中に収めている。我が国は領土の広さだけであれば隣国と同じくらいだが、既得権益に固執して今以上の成長は望めない。ならば国力が劣らないうちに、良好な関係を築いて不可侵条約を結ぶべきだ。陽の目を見ることのない国宝程度なら失っても国政に差し障りがあるわけでもない、そうは思わないか?」
侵略されれば、遅かれ早かれ金目のものは奪われる。そうなる前に、正しく使い正義をなしたのだと宰相は熱く語った。悪びれることのない態度に主様は呆れたような表情を浮かべる。
「正義だと偉そうに語っているが侵略されたら自分だけは助かりたいという思惑が透けている。なあ、皆の者。こんなのを自国の宰相と奉るのはあまりにも恥ずかしくないか?」
「これが冥府だったら、間違いなく暴動が起きますね!」
「しかもこんなよくわからない正義のために、守るべき民を蔑ろにした挙句、罪を負わせたのだぞ?」
国のためと、冤罪を負わせることが許された権利のように語る傲慢さが腹立たしい。吐き捨てるような主様の言葉に、私は頷く。本当に迷惑だわ。自分だけにしか理解できない正義のために、他人の人生を滅茶苦茶にするなんて。
「さて反論があれば聞こう、いかがか?」
主様が人々に問うも、誰もが固く口を閉じたままだ。次々と私の罪とされたものが冤罪であると証明されていく。これだけあっけなく覆るような隙だらけの罪状を、本当に誰も疑問に思わなかったのだろうか?多少あやしいとは思ってはいても自分には関係のないことだと安易に受け入れ流された、そんなところだろう。
ここにいる者は皆同罪だと断じた主様の言葉の意味がわかるような気がした。
「次に、神渡りの間に溜まった穢れが祓えなかったのは宵宮の責任であり、穢れによる被害は宵宮の力不足が原因であるとされた罪についてだ。なんでも怠惰で勤めを果たさぬばかりか、とがめた侍女を辞めさせるなど権力を傘に横暴の限りを尽くした、と聞いている。そういえば、神殿の侍女は皆、貴族の女性であったな? であれば、皆この場所に集められているはずだから、辞めさせられた者は名乗り出よ。我が名において、その不名誉を挽回し、再び神殿へと務められるようにしよう。さあ、遠慮は要らぬぞ?」
煌びやかに着飾った女性達を、主様は温度のない瞳で見回す。
当然のように誰も名乗り出る者はいなかった。それもそうだろう、神渡りの前日まで私自身が侍女として仕える側であったのだ。一番下っ端の侍女が上級侍女を辞めさせることなどできない。それでもと名乗り出れば、今度は主様に嘘をつくことになる。どちらが罪として重いかは明白。ゆえに、女達も沈黙した。
「誰も名乗り出ないということは、これも虚偽であることが確定した。全く、この国の人間は嘘つきばかりだな!」
伏線を回収していたら、全体を通してけっこうな長さになってしまいました。
3/27 長いので、半分に切りました。申し訳ありません。
お楽しみいただけると嬉しいです。




