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冥の花嫁がみる夢は  作者: ゆうひかんな


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後幕『口は災いの元』


 帝を筆頭とした高位貴族が、顔を寄せてヒソヒソと話し合っていたが、やがて意を決したように帝は口を開いた。


「神官長は退任させる。あなたには再び神殿で陽の巫女として務めてもらいたい」

「私は歳を取り、力を失ったから退任したのです。今回は、たまたま陽の神様が隣にいるので力が示せただけのこと。本来なら浄化ができるのは力のある若いうちだけです。今の私では、陽の巫女を名乗るには力不足ですわ。それは本人が一番良く知っています」

「だが神官長がいなくなり、陽の巫女が不在となれば、陽の神を祀る者がいなくなってしまう。あなたを追い出すように退任させたのは我々は知らなかったことであるし、あなたの功績を讃えて新たな称号を贈ろう。だから今までのことは水に流して、これからも神殿を守ってもらいたい」

「一つ、申し上げてもよろしいかしら?」

「うむ、許そう!」

「水に流すという言葉は、傷を負った側が口にすべきもので、負わせた側が口にしてよい言葉ではありません」


 想定していた言葉と違ったのだろう、帝や高位貴族達の顔にあからさまな不愉快という色が浮かぶ。大丈夫なのかと波奈様を見つめていたら、波奈様の顔に柔らかい微笑みが浮かんだ。一瞬だったけれど、それは大丈夫だという合図だったらしい。


「陽の神様には神殿とお仕えする神官達がおりましょう。象徴が必要であれば新たに長を選び直せば良いこと。一度は帝より直々にお役御免を言い渡された身です、謹んでお断りします」


 波奈様はキッパリと断った。まさか断られると思っていなかったようで帝と周囲の上位貴族は焦ったような表情を浮かべる。

 たしかに虫のいい話だ。陽の巫女は次代が決まると同時に、帝より直々に役目を返上するよう指示があると聞く。帝は神官長や宰相の言葉を信じて、後任の娘の実力を調べもせずに役目を解いたのだ。自業自得と言いたげな表情の波奈様だったが、それが苦々しいものへと変わる。


「一度でも私に会わせれば結果は違っていたでしょうに……」

「それは、どういうことだ?」

「六百年前、神託を違えたがために、少なくない被害が出たことは皆様もご存知のことでしょう? この一件については陽の神もあってはならないことと重く受け止めていらっしゃったのです」


 宵宮を軸として神渡りの安寧を守るとはいっても、今回のように不測の事態は起きる。そういうときのためにとわざわざ招いた者に対して正当な対価を支払わなかった。これがくり返されれば神同士の信頼関係にも響いてしまう。

だから陽の神は六百年前の対価である氷雨様を引き渡すべく探し続けるだけでなく、陽の巫女に対しても今後同様のことが起こらないようにと対策を講じていたのだ。


「陽の巫女と宵宮が出会うと互いに親しみを覚えるのと同様に、陽の巫女同士も出会えば感覚的に互いが陽の巫女であるとわかるようになっているのです」

「感覚的に?」

「はい、私は陽の神様より直々にそう教わりました。そしてそれは、たしかにそうだったので理解できました」


波奈様が言うには、互いの身体に印が刻まれているわけではないけれど、会えばすぐにわかるくらいには、はっきりとした感覚なのだという。


「絶対に裏切らない仲間を得た感覚とでも申しましょうか?」


 友人や親兄弟すら凌駕する信頼感。だから今でも先代の陽の巫女とは家族以上に仲がいい。

 そして相手が陽の巫女でない場合は、当然のように何も感じない。

 

「陽の巫女は代替わりが早いのです。つまり、私以外にもこの感覚を知る方はおられます。嘘だとお思いでしたらご存命の皆様に聞いてみてはいかがでしょうか? ちなみに私の先代の陽の巫女を務められた方は結婚されて引退されましたが、現状にたいそう心を痛めていらっしゃいましたので先回りして声をかけておきました。ですので間もなく到着されるでしょう。その方にも聞いてみればよいのです、私の言うことに間違いはあるかと」

「あなたの感覚が正しいのなら宰相の娘は最初から陽の巫女の資質を持たなかった、と?」

「私があのお嬢さんにお会いしたとき、申し上げましたでしょう? 『おまえは誰であるか』と。そして『誰に許しを得てこの場にいるのか』、『陽の神様の御前で、陽の巫女の如く振る舞うとは不敬極まりない』とも申し上げましたわね」


 波奈様は皮肉げに唇を歪める。つまり会ったときに偽者とわかっていたからこその塩対応だったということか。


「だが宰相の娘は陽の巫女としての務めを欠かさず、真摯に祈りを捧げていたと聞いているが?」

「浄化の力を持つ陽の巫女が祈るからこそ穢は祓われるのです。力のない者が祈ったとしても効果はありません」

「そ、それでは帝都の穢が祓われたのは?」

「陽の巫女の代わりに、宵宮である花嫁様が主様の力をお借りして祓われたのです」

「なんと……」

「ただし宵宮であれば誰でも祓うことができるわけではありませんから、過剰な期待を寄せるのはおやめなさい。主様の力を借りることが許されたあの方だからこそ成し得たことなのです」


 神の花嫁に選ばれる巫女は神の力を借りる器がある者でなくてはならない。誰でもいいわけではなく、だからこそ神託が下されるのだ。六百年前、それを学んだはずなのに……。社会的な評価と見かけに騙される者のなんと多いことか!


「まあ偽者だと主張しても、あの娘の()()()()な見た目に騙されて誰も信じてくださらなそうですけれどね」

「そもそもそんな感覚が与えられているなんて、陽の巫女様は仰ってなかったじゃないか!」


 あとから取ってつけたように間違っていると言われても、納得がいかない。群衆から投げかけられた非難めいた言葉に、波奈様は怒りを露わにする。


「当たり前でしょう! そもそも偽者に入れ替わるなどという不届き者がいること自体がおかしいのです! 安易に教えて対策を講じられたら誰が看破するのですか⁉︎ せっかく陽の神様が私達のためにと見破る手段を講じてくださったのに、教えたら罰当たり共を喜ばすだけでしょう! あなた達もいい加減甘えてないで、己が目の曇りと無知を恥じなさい!」


 もっともな意見に、返す言葉のない人々は沈黙した。そして帝の命により、宰相や神官長は神兵によって捕縛される。宰相は暴れて抵抗するも、神官長は抵抗する気力も残っていないようで言葉を失ったまま。

 神官長にしてみれば、まさか陽の神自らが対策を講じられているなんて思いもしなかったのだろう。六百年前の時点で、神殿は神からの信頼を失っていたのだ。今後の神殿の在り方を左右するような大問題だと、波奈様は深くため息をついた。


「私も人の欲深さを甘く見ておりました。まさか自分が居なくなった途端に、ここまで一気に腐るとは思いませんでしたわ。そしてこれほどまで人々が堕落しているのを今日まで見逃していたというのは、あまりにも無責任……そう思うと私にも咎がございます。冥府の主様、そして冥の花嫁様。私が至らないばかりに、辛い思いをさせてしまい申し訳ございませんでした」


 波奈様は深く腰を折って私に謝罪したのだ。身分の境を越えた潔さに、居並ぶ貴族は言葉を失う。私は小さく首を振って、彼女の手を強く握った。


「たしかに辛いと思ったことはありました。ですが本来ならば私が言わねばならない言葉の数々を、波奈様が代わりに語ってくださいましたでしょう? あれで私の心がどれほど救われたことか!」

「当然のことを言ったまでですわ。厳しい環境に置かれながらも、あなたが宵宮として最善を尽くしてくださったことは帝都の穢が綺麗に拭われたことでハッキリとわかります。本来であれば陽の巫女が果たさねばならない仕事をあなたが一手に引き受けてくださった。その努力に、むしろ国は報いなければなりません。それを手柄だけ横取りして、彼女にありもしない罪を擦りつけ殺そうとするなど、言語道断。主様によって厳しく裁かれて当然の行いです」


 身分にとらわれず、こうして認めてくれる人もいるのだ。そう思うと嬉しくて涙がこぼれた。するとちょっと驚いた顔をした主様が、こぼれた涙を拭ってくれる。


「我が花嫁は泣き虫だな!」

「……すみません、止まらなくて」

「いいんだ。そんなところも可愛らしい」


 砕けた口調で、からかうような眼差しで、落ちた涙を指先で拭い去った。一度は失った距離がまた近づいたと思うと嬉しくて、とめどなく涙がこぼれる。波奈様は、目を細めてふふっと笑った。


「あらあら、とっても甘すぎて胸焼けがしますわ!」

「ごめんなさい、波奈様。波奈様の言葉がとても嬉しいのです」

「私達は陽の神より伺っておりますのよ? 冥の花嫁様は冥府において唯一、赦すことを認められた存在であると。誰よりも寛容であることを求められるあなたは、どこまでも優しく慈悲深くなければなりません。断罪などあなたには必要のない行い、そんな瑣末なことは我々陽の巫女にお任せくださいませ」

「どんなことをしても冥府の審判には影響しないよう、取り計らおう」

「波奈、思う存分やってしまっていいよ! 後始末は陽の巫女以外の人間にやらせるから!」

「ふふふふ、冥府の主様の後押しだけでなく、陽の神様のお許しもいただけましたわ。腕が鳴りますわね!」


 おほほほほほ!


 真っ黒な笑みを浮かべ、高笑いをした波奈様が振り向くと、誰もが目を逸らした。偉大なる神二人を味方につけた彼女と目が合ったら最後、どんな目に合うのか想像もつかないからだろう。


「そういえば波奈様はお会いしたときから私が冥の花嫁であることを信じてくださいましたね」

「ええ、もちろん陽の神様よりうかがって存じておりますもの。あなたの手の甲に咲く花こそ、望んで冥の花嫁となった証。そのことは歴代の陽の巫女が記した手記にも記されておりますから、陽の巫女にとっては常識ですわ!」


 氷雨様に治療してもらった私の手には、主様のものである印が再び咲き誇っていた。波奈様が掲げた手の甲に咲く花を見た帝や上位の貴族達が叫んだ。


「まさか、この娘は本物⁉︎」

「は、今ここでそれを言うの⁉︎」


 それこそ今更ですわよ!

 波奈様が呆れた口調でつっこんでくれたが信じてくれなかった人々など、どうでもいい。花に触れた私は、手の甲に寄せた唇の感触を思い出して頬を赤らめる。波奈様は微笑んだ。


「お幸せそうで、よかったですわ。それに……どうやらあちらのお二人も対でいらっしゃるのでしょう?」


 彼女の手が示す先には、羅刹鬼孤月と氷雨様の姿が並ぶ。バラバラのようでいて釣り合っているようにも見える、どうにも不思議な雰囲気の二人だ。


「喧嘩するほどに仲が良いというのは本当ね。ふふ、一度に二組も幸せな姿を拝見して、正直もうお腹いっぱいですわ。ああ羨ましい!」


 珍しく主様が口角を上げる。


「あまりにも急な役目の交代、何か事情があるとは思っていたがこういうことだったのか」

「花嫁様をお守りできずに申し訳ありません」

「あなたが今回の神渡りの儀に全く関与していないことは冥府の誰もが承知している」

「ですが、まさか神殿の神官ともあろう人間がここまで堕落していたとは思いもしませんでした。先ほど冥府の主様が双面と呼んだ者が、どの程度今回の件に関与したかはわかりませんが……恐ろしく長い時間をかけて少しずつ侵食し、腐らせていったのでしょう。彼の残した気配からは人に対する強い恨みと深い悲しみを感じますわ」


 波奈様は深くため息をついた。私の脳裏に、泣きそうだと評した双面の顔が浮かぶ。まるで子供みたいだと思ったことも……。


「だが、罪は罪だ」


 冷ややかな声は陽の神の口から聞こえた。無言のまま成り行きを見守っていた彼は、ただ冷え切った眼差しを人々に向ける。


「そのとおり。無知と欲ために、関係のない命まで奪われた」


 家族の姿を思い描いた私の肩を主様が引き寄せる。もう忘れているかも知れないが、国ぐるみで私の家族や親族の命を奪っているのだ。取り返しがつかないというのに、もし私の冤罪が証明されたらどう言い訳をする気なのか。今回の裁きに関わった帝を筆頭とした高位貴族や、神殿の人間達の顔色は、もはや青を通り越して白に近い。

 許せるわけはないのに。もしそれでも許せと言われたら私はまた鬼になってしまうだろう。こわばる私の肩を主様が強く引き寄せた。……そうはさせない。言葉にならない声が聞こえた気がした。不思議ね、やはりこの手は温かく感じる。


 主様を取り巻く空気が張り詰めたものに変わった。人々は膝を折り、自らすすんで平伏する。


「もう一つ明らかにしておきたい罪がある。先代の陽の巫女よ、この中に次代の陽の巫女はおるか?」

「いいえ、おりません」


 はっきりと断言した波奈様に宰相と神官長の肩がわずかに跳ねた。声にならない小さな音が、ざわりと空気を揺らす。歴代の陽の巫女は、()()()()貴族の女性から選ばれていると聞く。玉峰の間には事前に宰相や神官長がきつく命じていたため、ほとんどの貴族が家族を連れて参じていた。年齢には関係なく呼び集められたため、陽の巫女に選ばれてもおかしくはない年頃の若い娘達も含まれている。宵宮の裁きが起きる前に退出した貴族達もいたが、彼らに年頃の娘はいなかった。にも関わらず、この場に次代の陽の巫女がいないということは……。


「すでに亡くなられているのでしょう」


 過去、神託が下された時点で陽の巫女に指名された女性は皆生存していた。つまり陽の神様はすでに亡くなっている女性を陽の巫女に選ぶことはない。

 偽者が邪魔したせいで選ばれなかったというだけで、もしかしたらここには本物がいるのかも……。そうしたら神殿などに任せきりにせず、国を挙げて大切に祀ろう。美しい少女であれば、いっそのこと妃の一人に召し上げてもいい。帝はそこまで考えていた、それなのに。


 まさかすでに亡くなっていたとは!

 先代の陽の巫女がそういうのだ、間違いない。神殿の怠慢とばかりに、帝は神官長に鋭い視線を向けた。


「神官長、何か言い訳はあるか?」

「恐れながら、全てを包み隠す申し上げます」

「今更謙遜されても迷惑だ、とにかく速やかに答えるのだ!」

「私が神託の巫女より神託を受けて帝に奏上する前、どの御令嬢が次代の陽の巫女に指名されているのかについてを宰相様にだけご報告申し上げております。」

「……神託で宰相の娘が選ばれたのであれば当然だろう?」

「いいえ、違います。神託で指名されたのは別の方でございました!」

「な、なんだとっ!」


 人々はざわつき、帝や上位貴族の顔色が一気に青くなる。偽者の存在と、次代の陽の巫女の不在。自供により、この二つの罪が結びつく。結果だけ見れば、一度ならず、二度も神託を違えたということになる。

 皆は、ようやく()()と答えた先代の陽の巫女の意味に思い至った。彼女の言うとおり、身分制度における不敬などとは比べものにならないほど重い罪だ。


「な、なんということを……指名されたのはどの家の娘か!」


 調べなくてはと焦る帝とあわてた様子で立ち上がる神官達に、神官長は首を振った。


「それができないからの代役です」

「なんだと……どういうことか?」


 神官長は、とある由緒正しき伯爵家の名を口にする。強盗により一家が惨殺され、継ぐ者もなく断絶したという、あの伯爵家だ。


「あれは……痛ましい不幸な事件の起きた家であったな。たしか、娘と息子が一人ずついて……、そ、そうか、その娘が本来の陽の巫女であったのか!」

「はい。ですが強盗により殺されたために代役として宰相の娘である彼女を立てた次第です」

「それは……」


 致し方ないのではないか。人々の間にそういう空気が流れたところで、主様がそれはもう深々とため息をついた。


「……神官長。勘違いさせるような言い方でも、嘘さえつかなければ許されるとでも思っているのか?」


 ビクッと肩を震わせた神官長の顔色が、青を通り越して白に変わる。ふと慣れない圧力を感じると、そこには陽の神がいた。怒りを明らかに押し殺した表情で、隣には心配そうな表情の波奈様が寄り添っている。


「どこまで我を愚弄すれば気が済むのか……?」


 唸るような声が目に見えない圧力となって人々の背を凍りつかせる。主様が苦笑いを浮かべた。


「ここまで陽の神の怒りを煽るとは、自業自得とはいえ怖いもの知らずにも程がある」


 彼の目線をたどれば明らかに怯えた表情の人々がいた。彼らはやっと立っている、という状態だ。主様とは種類の全く違う圧力だもの。じわじわと侵食されるような……姿が目に見えない分だけ余計に怖いわよね。震える声で、主様へ帝が問うた。


「な、なにが陽の神の怒りに触れたのでしょうか?」

「この男の言い分を疑いもせず、あっさりと騙されるお前達の愚かさだ」


 主様は神官長から視線を逸らすと、取り押さえられたまま自身を睨みつける宰相へと視線を投げた。


「愚かな男よ。先ほども申したとおり、自分の罪を消す方法など存在しない。いくら神官長がかばおうとも、お前の罪は我々の方で調べはついている。かばえばかばうほど、二人の罪が重くなるだけだ」


 そして薄く笑った。


「この世界では死ねば終わり。だが冥府の取調べは死んだあとから始まる」

「……ま、まさか!」


 それまで睨みつけていた宰相の顔が、主様の言葉から予想して凍りついた。彼の呼吸が荒くなり、表情が絶望に染まる。


「私は冥府の主、裁きの権限は全て私が握っている。当然、集められた情報もな?」


 主様は懐から紙の束を投げた。帝や高位の貴族は記された内容に目線を走らせる。そして顔色が明らかに変わった。


「仕事が終わった後に()()()()冥府にたどり着いた実行犯の証言だ、じっくり読むといい。ああ、おまえ達の言葉に訳させたから、理解できないとは言わせないからな?」


 ()()()()()。そんな恐ろしい物が実存するなんて誰も思わないだろう。読み進めていた人々の手が大きく震え出す。この後に待ち受ける裁きの重さに、怯えているのだろうか?彼らを見下ろしながら、主様は淡々と言葉を紡ぐ。


「これで理解できただろう? なぜ陽の神がお怒りなのか」


 そもそも、目的が違う。

 陽の巫女が殺されたから代理を立てたのではない。

 宰相の娘が成り代わるために、陽の巫女は殺されたのだ。


 主様の口から語られる事件の真相。玉峰の間にいる全ての人々が息を呑んだ。恐ろしいほどの静寂が周囲を包む。


『魂を粉々に砕くような苦しみを』


 犯人の一人が呟いたという言葉のとおり、思いつく限りの残酷な仕打ちを一箇所に放り込んで煮詰めたかのよう。ただ陽の巫女に選ばれたという理由だけで殺害されたという娘の悲劇に、耐えきれず倒れる女性が続出する。渋々立ち上がった氷雨が治療に向かい、その後を不愉快そうな表情を浮かべた羅刹鬼孤月が続く。これだけの悪事を同じ人間が成したと思うと、助けるほうも今ひとつ気が乗らないのだろう。


 陽の巫女を巡る事件は、宰相が計画し、娘が実行犯に指示を出した。あの清らかさを体現したような娘が、どのような顔をして陰惨な殺害方法を取るよう指示したのか?

 想像を超えた罪の深さに主様が話し終えても誰も口をきけなかった。


「これまでの話の流れから彼らが怪しいと十分推察できるだろうに。疑わないのは、無意識のうちに宰相や神官長をかばっているからだろう。ならばお前まえ達も同類、己に罪がないとは言わせない」

「そんな! 我々は本当に知らなかった!」


 帝や上位の貴族が必死に否定するのを主様は冷ややかな眼差しで見下ろす。そんな言い訳が通用する段階は、とうに過ぎていた。


「おまえ達はこの国の長。この者達によってこれだけの悪事が為されたのを、知らなかったですませてよい立場にない。おまえ達の場合、知らなかったこと自体が罪なのだ」


 そして玉峰の間にいる人々へと視線を向ける。

 そして何かに気がついた主様はニヤリと笑う。


「おまえと、それからおまえとその娘、それからおまえの隣の者も……、神渡りの初日にあった宴の席で、『よしなに』とか頼んできていたな? そういうことならば、喜んで『よしなに』おもてなししよう。冥府の名所を余すところなく体験していただこうではないか!」


 冥府の名所といえば……!目線の先にいる人々が、膝から崩れ落ちた。主様は麗しい(かんばせ)に、あふれんばかりの笑みを浮かべた。


「死してのちに、冥府でお待ちしている」


 口は災いの元。難を逃れた人々は、きつく口を噤んだ。



お楽しみいただけると嬉しいです。

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