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冥の花嫁がみる夢は  作者: ゆうひかんな


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後幕『双面』


 双面は冥府において、さまざまな罪を明らかにしている。だがそれは現世の人間どもには知る術のないことだ。神官長は足元に転がる首を睨みつける。


「この男は冥府から侵入した、つまり冥府の側に責任がある。どう責任をとってくださるのか?」


 だから強気でいられるのだ。先ほど冥府の主が、双面を引き込んだのは皆見の者と言ったのを忘れたか。羅刹鬼孤月は視線を交わし、深々と息を吐いた。


「自分達にとって都合のいい妄想しかできない。ここまでくると一つの才能だな」

「双面から聞いているでしょうに……嘘でその場は誤魔化せても、罪の重さは魂に刻まれるって。死後、裁かれるとわかっていて言っているのなら、それはそれでたいしたものなのですがね!」


 涙を拭い、立ち上がった宰相は神官長と共に主様と羅刹鬼孤月を睨みつける。二人は動じることなく、私を隠すようにして立ち塞がった。


「茶番は終わりだ! 冥府の住人は二度とこの世界へ来るな!」

「神渡りの儀式などという不毛な行為は、今後一切お断りする。現世は神のものではなく、輝かしい人間達のものだ!」


 玉峰の間に満ちる、拍手喝采。この期に及んで神を愚弄するとは。嘲笑うような顔つきに腹が立って、私はぐっと拳を握り締める。すると神官長が嫌な笑いを浮かべた。


「それから、その娘は置いていくように」


 想定外の台詞に、言葉を失う。私のことを忌み嫌っていたでしょうに、どうして?

 狼狽えた私の肩を主様がぐっと抱き寄せた。


「祓いの力を持つ神宝が、その娘にしか使えないというのはどうやら本当らしい。陽の巫女が使い物にならなくなった今、祓いの力を持つ別の人間が必要だ。我々に対する謝罪として置いていくのが当然だろう」


 神官長は狂ったような笑い声を立てた。態度から残された私を酷使しようとする思惑が透けて見える。悪寒が背を走り、さらに強く拳を握り締めた。


「いけない、君の柔らかい手のひらが傷ついてしまうよ」


 握り締めた拳を主様の手が優しく包む。優しい手つきで拳を解くと、彼は心配いらないとばかりに微笑んだ。そして反応がないことを訝しく思った彼らに、一層厳しい視線を向けた。


「おまえ達は双面から陽の神と冥府との間で交わされた約定については聞いていなかったらしいな」

「約定?」

「双面は元々、おまえ達と同じ人間として生まれた。そして陽の神から人を導くようにと使命と優れた力を与えられ、人の世に送り出された者だ。だが優れた力を示すために与えられた容姿が特殊であったためか馴染むことが出来ず、力に驕り争うばかりで、ついに人から追われて命を奪われそうになったのだ。それを哀れに思った陽の神から相談されたために、我々が冥府の住人として預かることとなったというだけのこと。そのとき交わされた約定により、この者が問題を起こしても冥府に咎めははなく、もし彼に加担して悪事を働く不心得者がいれば、それが寿命の残る人間であろうと冥府で裁いてよいことになっている」

「なっ、な……そんな馬鹿な!」

「馬鹿なのはおまえだ。我々冥府の住人は肉体を持たない。こんなふうに首を切って持ってくることができるわけないだろう」

「だがおまえ達の体は……」

「これは仮の姿だと、教えたはずだが?」


 心得たように羅刹鬼孤月が己が体を深く斬りつける。あまりの潔さに人々は息を飲んだ。だが羅刹鬼孤月の肉体には傷がつくこともなく、血も出なかった。


「肉体に傷がつく時点で人である証。いくら我々がおまえ達に見た目を似せているとはいえ、勘違いも甚だしい」


 つまり冥府はあくまでも彼の身柄を預かっただけ。罪を犯せば彼自身と加担した側の有責、つまり彼を人の世に引き込んだ人間の側に責任が生じる。


「まあ双面の生い立ちを聞いていなかったから、先ほどのような強気な態度でいられたのだろうが……今回の場合、我々は裁く側にある。だからどれだけおまえ達が被害を被ろうと陽の神から我々に制裁が与えられることはない。納得がいかないというのなら、おまえ達の立場に置き換えてみればいい。こういうときのための免責でもなければ、問題を起こした人間をわざわざ預かるわけがないじゃないか。冥府は慈善事業を行なう場所じゃない」

「そんな……権力の横暴ではありませんか!」

「横暴というのなら、儀式の生贄にされた領民達にも同じことが言えるのだろうな?」

「そ、それは……」

「それに冥府の住人である我々が神渡りの終わっている今、陽の神の領域に乗り込んできても行動に全く支障がないのはなぜか?」

「え?」

「これこそ陽の神に許しを得てここにいるという証だ」

「……」

「我々は陽の神から招かれているからこそ、ここに立てるのだよ」


 私はそっと花簪に触れた。巫女である私の望みを叶えるために、陽の神様が主様を招いてくださったのだろう。人間達の暴走に、生みの親である陽の神様は今何を思っているのだろう?表情を伺うも、表情を消しているから何も読めない。ただふつふつと煮えたぎる何かを、無理矢理押さえつけているかのようだった。


「おまえ達は陽の神を敬わないくせに、彼から我々に天罰が下るなどと都合よく解釈し過ぎだ。陽の神のような世界の創造主からすればおまえ達の代わりになる種族など、いくらでも作り出せる。巫女でもない、ただの人間如きが己の都合で神を使役しようとすることこそ、最も重い罪だというのがなぜ理解できないのだろうな?」


 主様の体から、ぶわりと殺気が湧き上がった。


「それとも人間共の力だけで我々に罰を下すか? 調子に乗って宵宮を奪うつもりなら私自ら受けて立とう。一対千でも、万の軍勢でも、いくらでもかまわんぞ?」

「まあ、主様にたどり着く前に俺を倒してからだがな?」


 羅刹鬼孤月の剣が、再び炎を纏った。氷雨様が威嚇するように毛を逆立てて咆哮する。主様の目が金に光り、肌が黒く変色する。大理石の床が、ミシリと音を立てて凹んだ。


「……ひっ」

「我が花嫁を置いていけ、だと? 我々に悟られぬよう魂を砕こうとしたくせに、厚顔無恥も甚だしく、万死に値する。だが喜べ、おまえだけは簡単には殺さないでおいてやる」


 彼らの体から放たれる威圧で、うねるような風が吹いた。神官長は慌てて周囲を見回すも、神兵達は皆、震えるだけで全く動くことができないでいた。なにせ羅刹鬼孤月と氷雨にすら歯が立たなかったのに荒振神(あらぶるかみ)とも呼ばれる冥府の主が相手だ。命を懸けるには相手が悪すぎる。


「主様、もうよいのです。彼らの愚かさと、まともに付き合う必要はありません」


 引くに引けないから吠える。そこには誇りも正義もないことはわかりきっていた。怖気付くばかりの人間達を横目に、主様は心底つまらなそうな表情を浮かべた。


「戦わぬのか? まあたしかに、それが賢明ではあるな。おまえ達が何をしようが勝ち目はない」

「なんだと?」

「おまえ達は冥府に責任を擦り付けたと内心ではほくそ笑んでいたかも知れないが、宰相が娘への対応を誤ったばかりに、その大義名分すら台無しということにも気がつかぬとは……とことんめでたい頭の中身をしているようだな?」

「は、何がだ⁉︎」

「おまえ達は冥府から持ち込まれた穢が原因で娘が魔に魅入られたという筋書きにしたいのだろう? 周囲の人間には、冥府の側に責任があって正義は人間の側にあると思わせたかった」

「じ、事実そうではないか!」

「本当にねじが抜けているな。神官長と同じように魔に魅入られたというのならば、そこにいる陽の巫女に頼んで浄化して貰えばいいだけのことじゃないか。現に神官長はピンピンしているし、陽の神のいるこの場で、浄化できないものは何もない。それなら宰相が言ったように正気に戻らないから幽閉する必要もないじゃないか!」

「あっ!」


 本当に思いもよらなかったらしい。思わず呆れた表情を浮かべる主様に宰相と神官長は青褪めた。波奈様がそれはもう清々しい笑みを浮かべて、こちらへと手を振っている。こうなることがわかっていたからこそ、今まで反論もせずに気配を消していたのだろう。


「娘を愛する親なら、まずは娘の治療が最優先だ。そして彼女の目の前には()()の陽の巫女が控えている。治療してくれと頼んだとして誰も責めないだろう。神殿としても陽の神の威光を示す絶好の機会じゃないか、浄化を避ける理由にはならない。そして治療が終わったあとに、冥府の責任とやらを追求するものではないのか?」


 主様は皮肉げに唇を歪めた。彼は本物のと、あえて誇張して言ったけれど誰からも反論の声は上がらなかった。

先ほどのように本物と偽者の違いを見せつけられれば誰も反論はできないし、本物と言い張れば穢れを祓うはずの陽の巫女が穢れに負けたという、別の意味で大問題に発展する。ならば潔く偽者であると認めた方が、まだ傷は浅いと神殿側や国の上層部は判断したのだろう。


「陽の巫女に頼めば治療できるものを、()()()()()()()()()()()()()()()()を父親自ら仄めかした。そういえば、娘はこうも言ってたな。『家のために命を捨てたとしても、栄華を謳歌するのは父親だけだ』、と。彼女は幽閉、父親は変わらず宰相位。ほら、娘の言葉どおりじゃないか。私に真実を話しただけ、むしろ娘の方が判断力は正常かも知れん」

「で、ですが咄嗟に思い付かなかっただけで……娘を失う恐怖に取り乱し」


 宰相が苦しい言い訳を口にすれば、冥府の主は鼻で笑う。


「有事の際は誰よりも冷静であることを求められ、最善策を提示する立場にある宰相が思いつかないとは、ずいぶんと自身に都合のいい思考回路をしているのだな。まあいい、宰相であろうとも人だ。取り乱すこともあるだろう。それなら誰かに聞けばいいじゃないか?『娘の治療ができる人間はいるか』と。皆が揃って陽の巫女しかいないと、彼女のことを教えてくれるだろうよ」

「それは、そうですが……」

「どうせ、余計なことを話されたくないと遠ざけたのだろう? 周囲の印象を良くしたいがために、娘を思う父親の姿を演じたのは逆効果だったな」

「……」


 主様は完全に沈黙した宰相から、今度は神官長へと視線を移す。


「客人として神殿や神官の対応を見てきたが、おまえ達の冥府の者が穢を持ち込むという認識自体が、そもそも間違っている。神渡りの期間、人の世の安寧を守るための客人だろう? 災いをもたらすような存在を陽の神が招くと思っているのか? 穢とは、()()()()()()()によって長い年月をかけて生み出された恨みや欲が寄り集まってできたものだ。七日ばかり招かれただけの冥府の住人が、思い入れの何もない土地に穢を生むことはない。」


 神官達は呆然とした表情で主様を見つめている。それもそうだろう、今まで思い込んできた常識が間違いだと教えられたのだから。


「それに、我々は無欲だしな」

「は? 嘘をつくな、冥府の住人は欲深い者ばかりじゃないか!」

「ほう、我々を嘘つき呼ばわりするのは豪気だな? 罪を犯した人間と冥府の住人とを混同するとは、ずいぶん舐めたことを……罪人でなければ、この場で命を奪われてもおかしくはない不敬だ」

「だが六百年前は連日宴を所望したと記録が残っている!」

「あれは偽物の宵宮をあてがった俺の機嫌をとるために、当時の人間達が勝手にやったものだ。俺は連日宴をやれなんて言ったことはないぞ? ずいぶんと適当なことを残すものだな!」

「は……? そんな、それでは我々が受け継いできた行事予定や演目とやらは」

「正直なところ、あってもなくてもどうでもいい」


 羅刹鬼孤月が呆れた様子で吐き捨てた。パカっと神官達の口が開く。


「そんな、今までの我々の努力は一体……!」

「対価すらまともに用意できなかった人間が努力とはよく言ったものだな」


 主様が冷ややかな眼差しで神官長を見下ろし、突きつけた羅刹鬼孤月の剣が火を吐く。


「勘違いするな、我々が対価に求めるのは冥の花嫁だけだ」

「……え?」

「冥の花嫁さえ手に入れば、酒も美女も金銀財宝も国をまるごとくれるとしても、いらない。我々は一途に自らの片割れだけを求める、そういう生き物なのだ」


 主様が宵宮の髪を手ですくい唇を寄せるかたわらで、羅刹鬼孤月は白虎の柔らかな毛並みを嬉しそうに撫でる。その愛情あふれる仕草に、地上の女性達は等しく羨望のため息をついた。

 冥府の住人にとって、冥の花嫁の魂()()が対価となる。だから陽の神は羅刹鬼孤月のために対価であった宵宮の魂を探し続けたのだ。


「陽の神の恩恵を手厚く受けたこの世界には、よその世界の住人からすれば、あらゆる欲を刺激するような魅力にあふれている。自らが不在の間に客人として招いた者が欲に駆られてこの国を我が物としようと画策しないとも限らないだろう? 現在進行形で画策した者が足元に転がっているじゃないか」


 主様は誰からもかえりみられることのない、哀れな男の首を視界の端におさめる。権力に取り憑かれるのは、彼もまた人であったという証だ。


「冥府の住人は宵宮以外に興味を持たない。だから冥府の住人は問題ないと判断され、陽の神は客人として我々を招くのだ。そして招かれた我々と人間の橋渡しをする巫女が対価である宵宮で、陽の神の神託を受けたおまえ達のような人間が宵宮の指示に従って我々を遇する。神渡りの始まりのときからずっと今に至るまで、我々を招いているのは人ではない。神が招いたからのこその客人だ。それをなんでこんな思い上がった勘違いをするようになったのか……」


 神が招いたからこそ、()()と呼ばれる。なぜ今まで誰も思い違いに気付くことができなかったのかと、主様が心底呆れた顔で首を振った。


「この際だから言っておくが、此度の神渡りの儀式には致命的な欠陥があったのだぞ?」

「そんな馬鹿な、手順は滞りなく踏んだはずだ!」

「神渡りの儀式で最も重要なのは、宵宮が練り歩き、土地を守護する神のもとへ参ることなのに? 今回の神渡りではずいぶんと規模が縮小されていたようだがあれはどう説明するのか?」

「我々は神殿から宵宮が疲れるから嫌だと拒んだと聞いているぞ!」


 帝があわててそう付け加えたが、私はすぐさま否定した。


「いいえ、神渡りの儀式に私の体調や都合が考慮されたことは一度もありません」


 宵宮となってから朝から晩まで働かされて物申せる機会や権利も与えられなかった。すると練り歩きに同行した神官達の口から、ぽろと呟きがもれる。


「……あのたいした意味のなさそうな練り歩きに意味があったとは」

「だから、どうして人間の矮小な物差しで物事をはかろうとするのか? 宵宮が練り歩き、効率よく穢を身に集め、それを土地神様のもとで祓ってもらう。それは神渡りの前に行われる禊として陽の神と各地を守護する神の間で定められている約束事なのだ。おまえ達が妙にこだわりのある潔斎だの奏上だの、そういう面倒な事前準備を全部省いても本当はかまわない。とにかく宵宮が練り歩き、土地神のもとに参拝すれば契約が成立するという至極単純な仕組みだ。そうすることで溜まった穢を少しでも多く祓っておき、陽光の届かない神渡りの間も穢による被害が最小限に抑えられるようにする。まあ、同行した神官達は宴会だの女だので忙しくてそれどころではなかったようだが」

「は……、神官が宴会、女と?」

「最近は神殿で酒を飲み、女を呼ぶそうだぞ? 調べればすぐにわかる」


主様が皮肉げに唇を歪めた。清く正しくあるべきとされる神殿の神官が、隠れて乱れた生活を送っていたとは。そこここから聞こえてくる声では、どうやら噂にはなっていたらしい。冷ややかな視線に耐えきれず、神官達は下を向いてしまった。


「我々、冥府の住人が神渡りの期間に招かれるのは、()()()()()()、不測の事態が起きたときのための保険の一つだった。私がいたからよかったものの、さすがにこれだけ広範囲に手当が必要だと私以外の冥府の住人では無理だっただろう」

「そんなにですか⁉︎」

「しかも皆見や喜多山だけでなく、他の神々からも神殿や神官に対する不平不満が冥府へと寄せられていたのだ。眷属を通じて『宵宮が来ないがどうしたのか』と問い合わせをいくつも受けていた。状況がわかったので速やかに対応してある程度はおさめたが、このまま放っておけば、それこそ神罰が下ってもおかしくはない状況になっていたぞ?

「し、知りませんでした……そんな大切なことは、何も!」

「陽の神は、神託や陽の巫女を通じてきちんと説明されている。どうでもいいことばかり引き継いで、大事なことをおろそかにしてきたのは神殿の職務怠慢だ。それに今回は宵宮が平民だからと理由をつけて、あらゆる行事を省略し支度金のほとんどを神殿の懐に収めたということは調べがついている。我が花嫁の罪とされた支度金の横領とやらは、全ておまえ達神官の罪。今回の神渡りに際し、神殿と神官は大小様々な罪を抱えていることを忘れるなよ?」


 覚悟するように、そう言い切った主様に神官長や神官達は一斉に顔色を悪くする。頭を抱えて座り込む者や、すでに限界を超えた者は明後日の方向をむいてヘラヘラと薄笑いを浮かべている。


「この程度の刺激で自我を手放すとは、相当修行が足りていないのではないか?」


 怪我人の治療に当たっていた白い虎が『アレは無理』とばかりに首を振る。主様は苦笑いを浮かべた。


「それともう一つ、あの娘の変調が穢のせいじゃないと言い切れる証拠があるぞ?」

「証拠ですか?」

「自ら率先して魔に魅入られたという神官長を癒したのは、そこにいる陽の巫女だろう? 穢れは、早いうちに祓う方が影響が少ないというようなことを彼女自身も言っていた。その彼女が、この場から動かずに()()()()()()()のは、なぜだろうな?」


 あまりにも単純で、滑稽とすら思える証拠。主様は皮肉げに唇を歪めた。


「あなたの見立てでは彼女の変化は魔に魅入られたからでも、穢れに染まったからでもない。だから放置していた、そうだろう?」

「ええ、さようです。私の祓いの力は魔に触れたり、穢に侵された者だけに効くものです。殿方を純粋に慕う乙女心を癒す術は持ち合わせておりませんわ」


 波奈様は陽の巫女に相応しい慈愛に満ちた微笑みを浮かべた。そして周囲の人間達を冷え切った眼差しで見据える。


「先代の陽の巫女を務め上げた私の判断に誤りがあるというのなら、是非この場でお申し出ください。もれなく受けて立ちますわよ?」


 煽った波奈様の唇の端が、面白そうに釣り上がった。思わず感心してしまう。なんかこう……波奈様って断罪のために舞い降りた女神様を思わせる貫禄よね。そう思うのは私だけではないようで、彼女の隣に立つ陽の神様も、うっとりとした表情で見つめている。

 うん、自分の好みに合わせて魂を作り込んでいるのは間違いないみたい。神官長や宰相様は憎らしげに彼女を睨みつけ、周囲の貴族達は視線を逸らす。周囲から冷ややかな視線を向けられながらも神官長は食い下がった。


「乙女心と言われても、それであの娘の錯乱は何が原因なのですか⁉︎」

「それは父親である宰相に聞くべきことでしょう? 父親にわからないことを赤の他人である私がわかるわけないじゃない。それに私は陽の巫女の役目を降りた日に、神殿から着の身着のままで放り出されましたでしょう? 『平民が居座るのは不敬の極み』だったかしら? そう、他でもない神官長であるあなたの命令によってね。突然のことだったから引き継ぎもできなくて、次代の陽の巫女と一度もお会いしていないのに、あの娘さんの本質がどう変わったかなんて、わかるわけがないでしょう?」


 玉峰の間が、どよめく。新たに発覚した先代の陽の巫女へのあまりにも無慈悲な仕打ち。たしかに家の後ろ盾は不要と姓は捨てたが、元は由緒正しい家柄のお嬢様だ。聞けば今更実家には頼れないと、保護を申し出てくださった知人に匿われ、のちに山へ籠ったのだという。


「身分を憎んだはずのあなたが、結局のところ一番身分に囚われている。無様ですわね」


ついに神官長も沈黙した。




前回の残りです。

お楽しみいただけると嬉しいです

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