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冥の花嫁がみる夢は  作者: ゆうひかんな


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後幕『道化と女帝』


 この状況の、どこに喜びを見出したのか。場違いな歓声をあげた者へ一斉に視線が注がれる。その視線の先には恭しく礼の姿勢をとった白衣の女の姿があった。


 ああ、陽の巫女であれば仕方がない。


 貴族は皆、先ほどの歓声は神の花嫁である陽の巫女が喜んでいる証だ、と解釈した。陽の神に(まみ)えるという(ほまれ)に分別を忘れているのだと。そして自分には()()()とも、陽の巫女であれば神の御姿が()()()()()()と思っていた。陽の神は温度のない視線を彼女に向けて首をかしげた。


「見えていないはずなんだけどね」


 そのまま神座から降り、彼女のすぐ横を通り抜けて主様の隣まで移動する。彼女は無言のまま、礼の姿勢を崩さずにたたずんでいた。そして陽の神様が主様の隣に並んで足を止めると、彼女は姿勢を戻し、()()()()()()()微笑んだのだ。視線の先は主様の隣、ちょうど陽の神様がいるあたりに据えている。


 やはり姿が見えているというのか?


 彼女は陽の巫女ではない。資格を持たないはずなのに見えるというのは、どういうことだろうか。


「……なるほど、そういうことか」


 主様は呟くと、隣で訝しげな表情を浮かべる陽の神様の耳元で囁いた。説明を聞いた陽の神様は納得したように首肯する。次に、主様は私の耳元で囁いた。


「私の顔を見て、我が花嫁。……決して、視線はあの女に向けないように」


 黙ったまま見上げれば、闇色の瞳が様々な種類の感情が入り混じる複雑な色合いを浮かべていた。中でも一番強い感情は、怒り。どうやら彼女は主様の怒りを買ったらしい。


「私の話が終わったら、ゆっくりと視線を神座へ戻して欲しい。先程の陽の神様が歩いて来られたのと同じ速度が良いだろう。練習もなくいきなりは難しいだろうけど、できるかい?」

「はい、仰せのままに」


 問題はないという思いを込めて、にっこりと微笑む。主様は笑みを深めた。そして周囲に漏れ聞こえる程度の音量で陽の神様へと話しかける。


「私としては宵宮の安全が最優先だから、今は見逃してやろうと思っていた。だが彼らの方が裁きを望んでいるらしい。ならばこの場で裁きを下すまで……よろしいか?」

「かまわない。あなたの気が済むようにしたらいい」


 誰もいない空間に話し掛けているのだ、事情を知らない人間からすれば主様がおかしい人に見えるだろう。だが陽の巫女の言葉を見聞きした人達にとって、彼の隣に誰がいるかは明白だった。


「陽の神の応諾を得た。望みどおり、罪を明らかにしよう」


 先程までの私に向けた柔らかい表情が嘘のように、主様が表情を消した。今の私になら、わかる。冷ややかな表情の裏に見え隠れするのは救われなかった者達への憐憫だ。

 それにしても罪を明らかにするとは、一体。何が始まるのかと、周囲にいる人々は怯えた表情を浮かべる。


 私は言われたとおりに陽の神のいらっしゃる方向へと視線を向けた。彼は主様の台詞を理解していると言うように、うなずく。だがなぜか()()()()、その場へ留まった。


 ああ、そういうことね。なにをすべきか理解した私は主様に言われたように、視線だけを、ゆっくりと神座へと移動させる。誰もいないのに、まるで誰かが視線の先を通っているかのように。そして最後に神座の辺りで止めた。やがて沈黙を破るように、彼女の声がする。


「陽の神様、こうしてお姿を現していただき心より感謝しております。顕現された理由は約定を反故にし、聖なる領域を穢した冥府の住人どもに裁きを下そうということでございましょう? 慢心により心得違いをしている冥府の住人へ、尊き陽の神の神力を存分に振るっていただき、今こそ正義の所在をお示しくださいませ!」


 陽の巫女を騙る女は切々と訴える。彼女の言葉と真摯な眼差しは()()()向けられていた。


 ああ、やはり彼女は見えているふりをしていただけか。私の視線を追って、陽の神の所在を確認した。それを言葉にしようとしたところで、凛と響く見知らぬ女性の声に遮られる。


「これはどういうことですの?」


 その声は少し低めで、耳に心地よく響く。声がした方向には母と同じくらいの歳の女性がいた。帝を始めとした高位貴族が、ハッと息を呑んだ。彼らの囁く声がさざ波のように広がり、やがて大きな言葉のうねりとなる。


「先代の、陽の巫女様だ……」

「帝都から遠く離れた山に籠られていると聞いていたが、お戻りになられたのか!」


 この方が、先代の陽の巫女様。歳を重ねたとは思えぬほど、この中にいる誰よりも生き生きとしていた。彼女は厳しい眼差しで狼狽える人々を見回すと深くため息をつく。そして貴族らしい威厳をもって、騒ぐ人々を無言で制した。そしてさいごに、陽の巫女を騙る女へと視線を向けた。


「あなたは、なぜ誰もいない神座に向かって話しかけているのかしら?」

「な、でも……!」

「神座でなくとも陽の光が届く場所であれば、どこにでも陽の神様はお姿を現されます。だからこそ神殿は民へ常に正しく行動するよう教え諭しているのです。神殿に勤める者が教義を知らないというのは恥」

「ですがこれには理由が……」

「理由はどうあれ神の御前でその態度は不敬です、下がりなさい」


 さすがの貫禄。神殿にあって長年陽の巫女を務めたという実績は誇張などではなかった。そして先代の陽の巫女様は体の向きを変えて、主様に深々と頭を下げる。


「冥府の主様、このたびの神渡りの儀に際しまして不手際がございましたことを深くお詫び申し上げます」


 ざわりと、空気が揺れた。貴族は動揺し、神官長を筆頭とした神殿の人間は青褪める。位を譲ったとはいえ、陽の巫女であった者が不手際を認め謝罪したのだ。彼女を知らぬ者は怒りと困惑から声高に彼女を批判し……知る者は皆、揃って目を背けた。


「その魂の光は間違いない、陽の巫女のものだな」

「はい、かつて陽の巫女を務めました()()と申します。姓はございません」

「陽の巫女に選ばれるならば貴族の娘であろう? それでも家名がないと申すのか?」

「ええ、家名は陽の巫女となる際に捨てました。不仲ではありませんので家族とは交流はありますが、神の花嫁であるこの身に家名は不要です」

「なるほど、あなたの評判は冥府でも聞いている。噂に違わぬ潔癖よ。だからこそ陽の神が寵愛するに相応しいのかもしれないな」


 貴族の地位を不要とすっぱり言い切った波奈様に主様は一瞬目を見張ったが、すぐに表情を和らげた。歴代最高と評され、在任期間の最も長かったとされる先代の陽の巫女。神託と肉体の衰えがなければ、おそらく死ぬまで陽の巫女であっただろう。彼女としっかり視線を合わせた陽の神様は、愛おしそうに目を細める。


「君はよく尽くしてくれたね。巫女の任を解いたあとは、もっと自由にのんびりと生きて欲しかったというのに、単独で険しい山に篭って修行なんてするから心配で仕方がなかったよ」

「ご心配をお掛けして申し訳ありません。ですが日々の務めのおかげで身体も頑健になり、今も健康そのものですわ」


 波奈様は淑やかな態度を崩さぬままに、頬をわずかに赤く染める。彼女は、いつまでも少女のような潔癖さと可愛らしさを失わない稀有な人でもあるらしい。それはお嬢様の姿と重なるものがあって、選ばれる者の資質を垣間見たような気がした。


 やはり、あの女は違う。硬い表情を浮かべながら神座と主様の間でウロウロと視線をさまよわせる彼女を見つめる。彼女は身分にこだわり、どこまでも貴族らしい貴族であり続けた。つまり資質からして陽の神様が求めるものと真逆だ。波奈様は冷ややかな眼差しで陽の巫女を騙る女を睨みつける。


「あらためて聞くけれど、あなたは誰? そして誰に許しを得てこの場にいるの? 陽の神の前で、まるで陽の巫女のように振る舞うとは不敬極まりないわ」


 先代の陽の巫女の登場で騒然となった場が、今度は逆に静まり返る。この場に集まった貴族の認識では白い衣を身につけた女が陽の巫女であるのは当然のこと。突然、なにを言い出すのか?想定外の言葉に誰もが言葉を失う。すると、それまで黙っていた神官長が口を開いた。


「この方は、宰相を務められておられる皆見の当主の娘にございます。……つまり、かつては陽の巫女でありましたが、今はだだの平民になられたあなたよりも身分がはるかに上の方。今、この場において最も不敬なのはあなたです。今までの功績がありますので罪に問うことはいたしませんが……分を弁えて、お控えなされよ」


 まるで誰かに言わされているような、頼りない口調で神官長が答えた。しかも答えになっているようで、全く答えになっていない。答えが微妙に噛み合っていないことに気がついた波奈様は首をかしげた。


「答えになっていませんわ。はぐらかす気ですの?」

「……」

「それとも身分の下の者がわからないことを質問するのは不敬にあたるというのが今の神殿の教義なのかしら? ですが困りましたわね、先代の陽の巫女として私は聞きたいことがございますの。ああ、お答えいただくのは神官長でなくてもかまいませんわ。私の身分では直接お答えいただくのは不敬になりますもの。どちらかに平民の神官の方か、神兵の方はおられないかしら? 平民の信者が聞きたいことがあって困っておりますの、手助けできる平民の親切な方がこの場にはいらっしゃらない?」


 平民という言葉を連呼した波奈様は、神官長に背を向けて若手の神官や神兵に声を掛ける。おどおどとした態度であったが幾人かが手を挙げた。宰相は不愉快そうに眉を顰めた。


「……全く、大人げない」

「あら、でしたらお揃いですわね」


 振り向きもせず、ピシャリとやり込めて波奈様は神官の一人に声を掛けた。緊張した面持ちの一人の神官に、にこやかな笑みを向ける。


「ではそこのあなた、教えてくださらないかしら? あそこで白い衣を着ている女性は、どんな役目をされているの?」

「ええと……、今日初めてお顔を拝見しましたが、波奈様の後任として陽の巫女を務められているお嬢様です。それに白い衣を身に纏うことができるのは陽の巫女様だけでございます。そのことは波奈様が一番よくご存知と思われますが……」

「そう、もちろん()()()()()()()()。私自身がそうだったのですもの。では私の見間違いなどではなく、真実、かの御令嬢が陽の巫女と名乗っていらしゃるのね?」

「そ、そういうことになります」


 波奈様は深々とため息をつく。そして神官長と宰相に歩み寄り、強い口調で吐き捨てた。


()()神託を違えましたわね。私の不敬とは比べものにならないほど重い罪ですわよ?」


 静まり返っていた場が、今度は騒然となる。神託という言葉に、どこかぼんやりとした表情の神官長の肩がわずかに跳ねた。そして宰相は顔色を変えることなく、いつもの強気な態度で彼女に詰め寄った。


「何を証拠に言っているのだ! 我が娘だけでなく、私も愚弄するとは……もう容赦などしないぞ!」

「では主様のまえで神託を違えていないと誓えますか?」

「もちろんだとも! 私は誤った神託を帝に奏上などしていない!」

「では、神官長はいかがでしょう?」

「……」

「神官長?」

「……私は、神託を……、」


 体調でも悪いのかしら?それまで途切れ途切れでも続いていた会話が、完全に途切れてしまった。俯いて、何やら呟き始めた神官長の姿ははっきり言って異様だ。宰相や周囲の神官も訝しげに眉を顰める。波奈様は神官長に一歩近付くと、瞳の奥を覗き込んだ。


「やっぱり、さっきからそうじゃないかと思っていたけれど……完全に()()()()()いるじゃない」

「は⁉︎」


 予想もしていなかったようで、神官達は息を飲んだ。


「な、なにを根拠に!」

「根拠も何も、瞳孔に症状がでているわよ?」

「そんなまさか!」

「疑うのなら、自分の目で確かめなさい。そもそもさっきから目の焦点が合っていないし、まともに受け答えもできていないじゃない」


 波奈様を押し退けて何人かの高位の神官が瞳の奥を覗き込んでいたが揃って呆然としている。

 どうやら当たっていたようね。


 魅了とは洗脳に近いもので、一種の状態異常であり症状として肉体にも現れる。瞳孔に特徴的な紋様が現れるのは一般にもよく知られていた。魅了には耐性のない人間が穢に触れるとかかってしまうことが多く、解くには陽の巫女が祓うしかない。だがそもそも、修行を積み、陽の神の加護があるとされる神官は耐性があるとされている。そんな神殿の、しかも神官長がなぜと貴族の間からは次々と声があがった。


「神官長ともあろう人間が、ずいぶんと不甲斐ないこと。日々の()()()()はこなしているの?」


 波奈様の詰問に高位の神官達は揃って視線を逸らす。そういうことねと深く息を吐いて、今度は巫女の証である白い衣をまとう女に声を掛けた。


「ですが、ちょうどいいですわ。今代の陽の巫女様、この者の穢を祓ってくださいませ」


 穢を祓う、これこそ陽の巫女にふさわしい務めだもの。波奈様の言葉に白い衣を纏った肩が弾かれたように跳ねた。波奈様はにっこりと微笑む。


「ご自身の資質を示して、名を高める良い機会ですもの。遠慮なさらず、どうぞ?」

「ですが、祈りを捧げる祭壇や神具の用意がございません」

「あら、できないとおっしゃる?」

「いいえ、ですがのちほど神殿の祈りの間で陽の神に祈りを捧げて……」

「それでは間に合いませんわ。ますます侵食が進んで状態異常が解けなくなる。浄化の基本は、こまめに被害の小さいうちに済ませるものです」

「そんなこと、誰からも教わっておりませんわ!」

「あら、私の場合は陽の神様が自ら教えてくださいましたよ? おそらく他の巫女様もそうでしょうし……宵宮も神渡りの期間に直接力の使い方を教わっているはず。そうでしょう、ね?」


 私を見上げながら波奈様が微笑む。

 なんて答えればいいのかしら? 動揺して、言葉に詰まった私の背を主様の手が優しくなでだ。


「皆見の神様が君に何をしてくださったか、彼女に教えてあげなさい」

「そういえば……皆見の神様は神宝を手渡して、神宝の使い方を教えてくださいました!」

「そうよ、神の力は正しく使わなくてはならない。だから力を与えた者が自ら使い方を教えてくださるの」

「巫女は神の力を借り受ける器であるからですね」

「ええそう、よく学ばれていますね」


 波奈様は慈しむような眼差しを浮かべて微笑んだ。

 ……お母さんみたい。厳しくも優しいこの方が陽の巫女であったなら、神殿を正しく導いてくれて、私がこんな酷い目にあうこともなかったかもしれない。理不尽にも家族を奪われた悲しみが、じわりと胸に迫った。どうやら喪失の痛みは、後からくるものらしい。瞳を伏せれば、主様の腕に少しだけ力が籠る。そして羅刹鬼孤月も氷雨様も心配そうな眼差しで私を見つめていた。

 大丈夫、私には彼らがいるもの。今はただ、失った家族の幸せを祈ろう。彼らに安心してもらえるよう、精一杯の微笑みを浮かべた。


 私が心を揺らしている一方で、波奈様と陽の巫女を騙る女の応酬は続いている。神宝という言葉を聞いたあの女が、どうやら扇子の存在を思い出したらしい。意気揚々と懐から皆見の神様からいただいた神宝を取り出して掲げた。


「では私が皆見の神様からいただいた力をお見せしましょう」


 良い子だ、良い子だ。


 彼女は、まじないの言葉を口にしながら扇子で必死に神官長を煽ぐ。だが当然の如く、何も起きない。必死になるほど彼女の行動が滑稽に見えて、ついには失笑が漏れた。


 ……まるで道化のようじゃないか。しかも動けば鳴るはずの簪すら、激しく身体を動かしているのに、こそとも音がしない。つまり神宝は全く彼女の言うことを聞かなかった。これは神様が彼女を巫女とは認めないという、明確な意思表示ということになる。


「なんて使えない! こんなものが神宝であるはずがないわ!」


 女は花簪を引き抜き、扇子と共に握りしめると強い力で叩きつける。そのうえ踏み躙られ、粉々に砕かれて……無惨にも形を失った神宝が自分と重なって涙があふれてきた。

 ああ、こんなのって……。途端に主様から不穏な空気が漏れ出す。赤黒く変化しようとした彼を、必死に羅刹鬼孤月がなだめた。


「主様っ、お気持ちは十分にわかりますが今いいところなんです! このまま暴れたら今までの根回しやら下準備が無駄になりますから、とにかく今は抑えて、ねっ! は、花嫁様も、なんとか言ってやってください!」

「申し訳ありません、主様。お見苦しいところをお見せしました」

「全然見苦しくない、ただ心配なだけだ。大丈夫か? ダメなら今すぐ滅」

「大丈夫です、大丈夫ですから! そんな簡単に滅してはなりません。それに私は波奈様のお話をもっと聞きたいのです」


 羅刹鬼孤月が主様の背後で絶望的な顔をしていたので、慌てて付け足した。そうか、と一言だけ呟いて主様は瞬く間に変化を解く。周囲の神官や貴族の方が主様の気に当てられて気絶しているようだけど、今のは仕方ないわよね。ただ砕かれた神宝をどうしたらよいのかわからず、途方に暮れた。


「物に当たるなんて品位に欠ける娘だ。そのうえこの期に及んで浅ましくもまだ陽の巫女を騙るとは呆れる」


 明らかに不愉快という表情を浮かべた陽の神様が神宝に向かって手を差し伸べる。柔らかい光に包まれた扇子と簪が一瞬、かき消えて……次の瞬間には完全に元の姿を取り戻していた。陽の神様の力によって修復された神宝がふわりと浮いて、私の手に落ちる。すると花簪が、シャラリときれいな音を立てた。


「はい、返すよ。君のものだろう?」

「ありがとうございます。しかもきれいにしていただいて……感謝いたします」


 元どおりどころか、陽の神の力も得てさらに強力になった神宝の姿に、主様も目を丸くする。


「これは……私からもお礼を言わせていただきたい」

「いいんだ、慰謝料代わりだよ。遠慮なく受け取っておいて!」


 得意げに胸を逸らした陽の神様の仕草は、やっぱりかわいらしい。私の手元に戻った神宝を見て波奈様は安堵した様子で微笑んだ。そして目の前で壊したはずの神宝が修復され、女は呆然としていた。


「もういいですわ。陽の巫女を名乗るわりに無能で見るに耐えません」

「うるさい、うるさい! 平民のくせに不敬であるぞ!」


 無能と断じられた彼女は怒りを露わにする。清楚で美しいと持て囃された彼女の面影はすでに失われていた。その変貌ぶりに、何か禍々しいものを感じて……彼女自身が穢に触れていたのではないだろうかと予想する。波奈様は、ため息をつきながら振り向くと遠慮がちに陽の神様へと手を伸ばした。


「申し訳ありません。引退した身ではありますが……私に力をお貸しいただけませんか?」

「君に請われたら、手を貸さないという選択肢はないよ?」


 陽の神様は、うれしそうに微笑んで何度もうなずいた。そして伸ばした波奈様の指先をすくい上げる。彼女の体を伝い、力の一端が解放された。眩むほどの強い光が神官長の身体を包む。

 人々はあまりの眩しさに目を閉じた。そして光が止み、再び目を開くと神官長は崩れるように膝をついている。やがて何度も荒い呼吸を繰り返すと、ハッとした表情をして立ち上がった。


「ここは……?私は、いったい何をしていたのか?」

「いつから記憶が抜けておられますの?」

「神渡りの途中……通り雨が降った、夕刻から……?」

「そう、魅入られたのは最近のことなのね。その程度の深さなら後遺症も残らないでしょう。」

「魅入られたなんて私がそんな……しかも後遺症とは、え? お、おまえは先代の陽の巫女ではないか! 平民になったものが誰の許しを得てここにいる⁉︎」


 かつての陽の巫女が女帝のように振る舞うのを誰も止めなかった。この場にいて、波奈様の存在を問題視するような人間は記憶を失っていた神官長くらいしかいないだろう。先ほどまでとは明らかに違う神官長の様子に周囲の人間は彼に何が起きたのか気がついたからだ。


 これが、浄化。

 これが陽の神の……陽の巫女の力!

 それになんだ、今の眩い光は。


 あんなもの、今まで見たことがない。

 このとき、初めて人々の心に今代の陽の巫女に対する不信感が芽生えた。




気付いた時には結構更新間隔があいていました…。

お楽しみいただけると嬉しいです。

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