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冥の花嫁がみる夢は  作者: ゆうひかんな


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33/44

後幕『密やかな闇』

残酷な表現もあります。ご注意ください。


 闇を祓うは、光。そして光を容赦なく塗り潰すものは闇と呼ばれる。

 両者は相容れない代わりに互いの力はせめぎ合い、拮抗する。

 ゆえに光が輝きを失い均衡が崩れたまさにそのとき……。


 ――――闇は密やかに忍び寄る。



 カアーーーーン!

 処刑の場に金属のぶつかり合う派手な音が響く。男が勢いよく跳ね上げるのは、銀の小鎚。鮮やかに虚空を切り裂く武具の風圧に負けて、小鎚の持ち主はみっともなく尻餅をついた。


「不審者だ、捕らえろ!」

「陽の巫女様をお守りするんだ!」


 神兵が殺到すると同時に咆哮が響き、容赦なく神兵は跳ね飛ばされ無様な格好で地に転がる。刹那の出来事に、精鋭を揃えたはずの神兵が全く動けなかった。


「あっぶねぇ、けっこうギリギリだったなぁ! っと、そのお姿は……」


 鈍い光を放つ豪奢な銀の鎧を身につけた男が、ちょっと遅かったかと呻いて天を仰ぐ。片目の抉れた跡が特徴的で、まるで三日月のようだった。そして彼は白き毛皮に黒き帯のような縞模様を纏った獣を従えている。

 その獣がガウッと応じた。まるであなたが遅いからでしょう、と叱責するような声音(こわね)に聞こえるのは気のせいだろうか。敵陣にありながら互いに軽口をたたき合うような、余裕。焦る様子もなく、一人と一匹は襲い掛かる神兵達を瞬く間に薙ぎ倒し無力化する。しかも相手を殺さず、穢を祓う呪の施された強固な武具や防具だけを粉砕し、ひたすら闘争心だけを削いでゆく。


「実力に差がありすぎる!」

「世の中には、こんなに強い者がいるのか?」


 まるで赤子を遊ばせているようだ。ついには神兵を揶揄するような声まで囁かれた。どうにもならぬと諦めてしまったのだろうか、神兵の誰何する声もどこか弱々しい。


「お、おまえは、何者……」

「残念だが、びびった小僧に名乗るほど俺の名は安くない」


 男は皮肉げに唇を歪めると、興味を失ったように背を向ける。戦場において剣を構える相手に背を向ける行為は、相手にしていないという明確な意思表示。あからさまに侮られた神兵は唇を噛んだ。


 さもありなん。相手は一人と、一匹なのだ。


 頭数に明らかな差がありながら、彼らの力量は神兵達を軽く凌駕していた。切り掛かりたくとも隙がなく、気迫に飲まれて、どうにも手がでない。まさかこんな化け物が他にもいるとは言わないよな。多勢に蹂躙される未来を想像して神兵達はぞっとしたような表情を浮かべた。

 やがて白き獣は生きながらにして動けない神兵の前を悠々と横切る。そして今まさに処刑されようとしていた女を労るように鼻先を優しく擦りつけた。男は女の側に寄ると、険しい表情で刺さった槍を一気に抜き去る。

それをまるで玩具のように軽々と振り抜いて倒れ伏す神兵達の眼前に突き刺した。


「ひっ!」

 

 強固なはずの大理石の床が柔い豆腐のように思えるほど、槍先が抵抗なくするりと埋まった。


「ずいぶんと手酷くやられたようだ。今のうちに癒せるか?」


 男の言葉に、ふんと鼻息を荒くした獣は女を包み込むように柔らかい光を放った。すると瞬く間に女の傷口は塞がり、切り刻まれた髪も長さと艶を取り戻す。

 深い傷を負い、今にも死にそうだった人間が一瞬にして元通り。白き獣が使う未知の力に人々は騒然となった。


「流石だな、氷雨(ひさめ)


 すると男は先ほどまでの傲慢な態度から一変、女に対して恭順の姿勢をとった。まるで名のある騎士のように洗練された仕草。荒々しく場を蹂躙した男の格調高い姿に貴族達は驚き、目を見張る。そして続く言葉に、もっと驚いた。


()()()()様。羅刹鬼孤月、約定に従いお迎えに上がりました」


 これでチャラですね。そう言ってニヤリと笑った男は傍らに寄り添う獣に話しかけた。


「花嫁様の傷ついたお姿をあの方が見たら、一瞬でこの世界を滅ぼしかねないからな。今までの罪を償わせることに異議はないが、その程度で終わらせるなんて腹立たしい。鬼師三白の言うとおりに色々と準備してきて良かったよ」


 笑いながら物騒な言葉を吐いたせいで、空気が一気に緊迫感を増す。撫でられた獣は、当然とばかりに小さく吠えた。とにかく間に合ってよかったと、羅刹鬼孤月と名乗った男は安堵し深くため息をつく。そして女は()()()という言葉を聞いて瞳を輝かせた。


「あの方とは、もしかして」

「俺は露払いですよ。主役は後から格好良く登場するものです」


 そうなれば、この程度で済むわけがない。彼は冷ややかな視線を人間達に向けた。


「それにしても六百年前のときと変わらず腐った奴らだ。なあ、そう思わんか?我が()()よ」


 ガルルルル……! 女の傍らに控える獣が人間達を威嚇するように牙をむいた。宵宮、そして六百年前のときという符号。その言葉の持つ意味に気がついた人々は戦慄した。

 まさか彼が六百年前の客人なのか?しかも傍らに従えた獣を宵宮と呼んだ。まるで白虎と呼ばれる伝説の生き物に似た霊獣を。


 今一体、何が起きているのか。

 先ほどまでは、危険とは無関係の余興だったはず……それが、どうして? 

 あのみすぼらしい女は宵宮を騙る偽者と、神殿はそう言っていたのに?


 だが片目の男は偽者のはずの女を、冥の花嫁と呼んでいた。それだけでなく女は男に親しみを込めてこう呼んでいたではないか。

 ()()()孤月と。羅刹鬼は冥府の住人から選ばれた者に与えられる称号と聞いている。そして男の持つ独特の雰囲気と、人間の男より明らかに大きな体躯。彼に比べれば神兵など、力弱き子供みたいに思える。

 ……まさか、この男は冥府の住人。そして、花嫁様を迎えにきたとは……まさか、この女は本物だったのか? では陽の巫女様や神殿の言っていたことは嘘ということか。やがて、答えにたどり着いた人々は騒然となった。


「そんなバカな! 冥府の住人を敵に回して、どんな得があるというのか⁉︎」


 怯えた人々が囁き合う無責任な憶測も飛びかって、処刑の場はさらに混迷を深めていく。


 そういえば男は、こう言っていなかったか?主役は遅れて登場するものだ、と。遅れて冥府から誰かが来るというのか、それは誰……まさか! 人々の脳裏によみがえるのは、黒き衣に白銀の髪をした誰もが息を飲むほどに美しい男の姿だった。


 神渡りは終わったはずなのに、なぜ。

 誰もが目の前に広がる異様な光景を信じられず立ち尽くしていた。



 ――――


 陽光が揺れ、小鎚がきらりと輝く。


 羅刹鬼孤月の剣によって跳ね上げられた銀の小鎚は、いまだに遠く離れた場所で転がっている。さすがに誰も拾うという暴挙にでる気はないらしい。もう傷つくことはなさそうだと安堵した私は、深々とため息をついた。


「羅刹鬼孤月、それから花嫁様も。助けにきてくださってありがとうございます」

「主様の花嫁様ならば、お守りするのは当然のことでしょう」


 労るような彼の笑顔が眩しい。その屈託のない表情に、兄の顔が重なった。


「ですが私の家族は、私のせいで……」


 続いて浮かぶのは、父と母の、そして陽気な親族達の顔。愛情を込めて育ててもらった記憶があるために、余計胸が痛む。じわりと浮かんだ涙に、羅刹鬼孤月はあわてた表情で答えた。


「一族の皆様の魂は冥府にて大切にお預かりし、主様の導きにより最速で違う世界へと生まれ変わっております。その対応で主様は遅れていらっしゃるのです。ちなみに彼らの生まれ変わった先は、争いのない豊かな世界。きっと花嫁様の一族は今世よりも幸多く豊かな暮らしを享受されることでしょう」


 ああ、救いはあったのね。長く苦しむことがなくてよかったと、そのことに安堵する。育ててもらったお礼すら言えずに、二度と会うことができないというのは悲しいけれど今はただ微笑みが浮かぶ。悲しみよりも主様が率先して動いてくださったことが何よりも嬉しい。


「そういえば花影も……私を守るために、あの小鎚で魂を砕かれてしまったの」


 きつく唇を噛む。あれほど尽くしてくれていたのに。何もできなかったと言葉を続けようとした私に、羅刹鬼孤月はなぜかニヤリと笑った。


「たぶん大丈夫でしょうな。」

「でも……あれっきりで姿が消えたのよ?」

「アレは修羅場ばかりを潜り抜けてきた猛者ですから、そう簡単にはくたばりませんよ」


 そういう存在なのです。安心させようとしたのだろうか、彼がにこりと笑う。ところが残念ながら悪人顔の凄みが増してしまった。彼の表情をもろに見てしまった人が白目をむいて倒れる。再び場は騒然となり、急にその場で取り乱す人や部屋から飛び出すように駆け出した人が続出した。だが部屋を飛び出ても人々は見えない壁に阻まれているようで、それ以上先に進めない。


 結界、という言葉がそこかしこから聞こえる。先ほどは積極的に場を鎮めていた宰相や神官長も黙したまま語らず、余計混乱に拍車がかかっていた。白き獣が人々の混乱ぶりを呆れたような表情で小さくガウと吠える。ふさりと揺れる毛並みと尻尾が愛らしくて、思わず手を伸ばした。


「そういえば氷雨様とお呼びしてよろしいでしょうか? 助けてもらうだけでなく、傷まで癒していただいてありがとうございます。あなたは、こんな素晴らしい力をお持ちなのですね」


 そっと伸ばした手に、瞳を輝かせた氷雨様が擦り寄る。喉を鳴らし、甘えてくる仕草が猫のようで愛らしい。


「氷雨は努力家だけでなくとても優秀なのです。名を付けたのは呼ぶ時に不便だし、彼女が望んだからなのですが……口惜しいことに彼女の名は鬼師三白がつけております」

「まあ、鬼師三白が代わりに?」

「俺が付けようとした名は、どうしても彼女が気に入らないそうで……」


 しかも満場一致で鬼師三白の選んだ名が採用されたのだという。氷雨様は鼻息を荒く吐いて同意するも、羅刹鬼孤月の顔はどことなく不服そうだ。


「ちなみに、なんて付けようとしたの?」

「俺としてはシロとかシマの方が呼びやすいので、それをと」

「えっ、それはいくらなんでも……」


 格の高い霊獣なのよ、飼い猫じゃないのだから。今にも噛みつきそうな勢いでジロリと彼を睨む氷雨様の気持ちが痛いほどに理解できた。

 それに孤独な月と冬の冷たい雨はよく似合う。……なんと玲瓏として美しい景色かしら。さすが文を司る冥府の鬼師が選んだ名だと微笑んだところで、急に空気が揺らいだ。


 ズシン、ズシン。重い音を立てて何かが……想像を超えた存在が、近付いてくる。周囲を包む闇の気配が一層濃くなった。


「おお、ついに主役の登場だな!」


 場違いなまでに暢気な羅刹鬼孤月の声が響く。途端に、騒がしい場が、しんと静まり返った。昼日向であるはずなのに空気が重く、そして暗い。


 ズシン、ズズーン……。壁を破砕し、床を踏み鳴らす音がどんどん近づいてくる。人間達は神殿の奥から発せられる圧力に負け、膝をつき震えはじめた。取り乱し逃げ出そうとしていた者だけでなく、宰相を始めとした上位貴族、神官長や神殿の者も、厚かましく陽の巫女を騙った女でさえ、皆、真っ青な顔で脂汗を垂らしている。平気な顔で立っているのは私を除けば羅刹鬼孤月と氷雨様だけだ。


「ははっ、こりゃあ相当怒っていらっしゃる。皆、存外余命は短いかも知れんな!」


 煽るような羅刹鬼孤月の言葉に、ようやく動き出した宰相が声を発した。


「神同志の約定に反するではないか!」

「先に約定を破ったのはどちらか? 六百年前の客人を務めた俺によく言えたものだな」


 羅刹鬼孤月は怒りを押し殺し、冷ややかな声で吐き捨てた。……ああやはり、この者が。本人であると知った神官達は青ざめ、宰相はぐっと声を詰まらせる。


「だ、だが神渡りが終わった今、下賤の者は再び冥府に封じられるはず! 陽の神様の天罰が下されるぞ!」

「我々を下賤の者と侮るとは愚かだ。いいだろう、先にひとつ教えてやる」


 羅刹鬼孤月はヒタリと剣先を宰相に向け、唇を歪めた。


「世界の(ことわり)に縛られて、この世に封じられているのはおまえ達だ。なぜならおまえ達はこの世界からも、必ず死ぬという定めからも逃げられないではないか。世界と共に滅びる定めを持つ人間が、寿命もなく望むままに世界を渡ることのできる冥府の住人を下賤と侮るは許しがたい」


 羅刹鬼孤月は薄笑いを浮かべる。だが彼の目は一片も笑っていなかった。


「それでも納得いかぬというのなら、……いっそ死んでみるか?」


 剣が、ゴウと音を立てて火を吹いた。炎をかたどった剣の先から殺気が迸る。気に当てられた宰相は腰を抜かし、激しく首を振った。


「そ、そんな戯れ言、誰が信じるか!」

「往生際の悪いことだ。ならば直接聞いてみるがよい。我の言葉が嘘か、真実(まこと)か。知ってのとおり、あの方ならば嘘はつかぬ」


 ドオーーーーン!

 

 羅刹鬼孤月の言葉と同時に、まるで紙切れのように壁が吹き飛んだ。あまりにも衝撃的な光景に、場はしんと静まり返る。音の消えた空間をニヤリと笑った羅刹鬼孤月の声が響き渡った。


「皆の者、控えよ。冥府の主様のおなりである!」


 主様は壊れた壁を蹴散らすようにして姿を現した。なんと大きな体躯、羅刹鬼孤月をも軽く凌駕する。筋骨隆々とし、赤黒く変色した肌、睨むたびに光る金色の瞳。憤怒の形相を見て、人々はようやく理解した。触れてはならぬものの怒りに触れてしまったのだと。


 ――――息を吐けば闇は色を深め 蹂躙すれば草木ひとつ残らず

 ――――荒ぶる神は言葉なきまま死をもたらし 大地を震わせば命は全て無に還る


 古より伝わるその名を、荒振神(あらぶるかみ)と呼んだ。表の顔である理知的で流麗な冥府の主と呼ばれる彼の裏の姿が、そこにはあった。

 誰もが呼吸を忘れ、息遣いさえ聞こえない。

 だが沈黙は長くは続かなかった。突如上がった悲鳴と怒号、それを聞いた者の混乱と迷走。人々は冥府を、そして主様を侮っていたことを嫌というほど思い知らされ、今更ながら深く後悔する。


 冥府の主は救いのない世界を滅ぼすという。世界を滅ぼせる恐るべき力のことを今の今まで、なぜ忘れていたのか。主様はその場にいるものを余すことなく睨みつけると大喝する。


「オオ愚か者どもがーーーーーー!」


 声だけで、建屋の一部が崩れた。ビリビリと揺れる空気。愚かだと総称された人間達は誰一人顔を上げようとはしなかった。ただ恐怖に震えて平伏し、愚か者に相応しく、ただ身を縮めるのみ。

 私の隣では羅刹鬼孤月ですら顔色悪く、側に侍る氷雨様も怯えたように耳を垂れている。いまだかつて経験のない圧力に彼らも危機感を覚えているのだろう。足音と気配で誰だかわかっていた私は、黙して語ることなく礼の姿勢を保っていた。


 だってこの怒りは、私のためのもの。そう思えば怖くない。


()()()()()()()()嘘と偽りばかり。公平であるべき裁きの場を嘘で汚すなど、言語道断! 愚かな人間共よ、決して許されると思うなよ!」


 嘘偽りを、どこで聞いていたのかしら? 面を上げれば、主様と視線が交わる。目を見開いた主様は荒々しく足を踏みならし、真っ直ぐに私まで駆け寄った。そして軽々と私の身体を片腕ですくい上げるようにして抱き締める。


「…………よかった、無事で」


 長い沈黙と、ただ強引なだけとも思える腕の力に包まれて気がついた。


 震えている。


 この場にいる誰よりも強いはずのこの方が恐怖に震えていた。失う恐怖に怯えていたのは私だけではなかったのか。そう思うと、安堵よりも愛おしさに涙が込み上げる。主様は衣を脱ぐと、ぼろ切れのようになっていた服の上から私の身体を包んだ。

 やはり温かいわ……。冥府の住人に人肌の温もりなどあるはずもないのに、なぜかそう思えた。そして身を寄せれば覚えのある薫りに包まれる。多忙にも関わらず、自ら助けにきてくださった。うれしくて、とうとう涙がこぼれて落ちた。


「すまない、こんな状況で一人にしてしまって……さぞ心細かっただろう?」

「いいえ、いいえ! 信じておりましたもの。それに花影が最後まで側にいて励ましてくれましたから」

「だが人の身でありながら角や牙を生やすほど穢を身に集めて……それほどまで、人間共にいたぶられたのだろう、可哀想に」


 体をなでられるごとに、凝り固まっていた穢が溶けていく。気がつくと額の角と口元の牙は失せ、元の人の姿に戻っていた。


「肉体を陽光に灼かれながら、どれほどの痛みに苦しんだことか……」

「その程度の苦しみは我慢できます。一番辛かったのは主様に二度とお会いできないかと、思っ」


 言葉にした途端、涙が止まらなくなる。泣きじゃくる私の背を主様の手が優しくなでた。いつの間にか主様も元の姿に戻っていたらしい。そのことに安堵したのか、どこからか深いため息が漏れる。

 主様は私を抱え上げた。そして帝座(ていざ)の奥に一段高く設えられた神座(しんざ)へと視線を向ける。神座は降りてこられた陽の神が座すとされており、常は空席のままであった。


「このまま連れて行く。あなたの下僕によって、ずいぶんと酷い目に合わせられたようだ」


 怒りをたたえた視線の先をたどれば、神座には陽の神様が姿を現していた。美しい顔に穏やかな微笑みを浮かべているが、瞳の奥は暗い。


「陽の神様……いつの間に」

「巫女が呼んだからここへ来られた。遅くなってごめんね?」

「な、なに⁉︎ 神座に陽の神様がおられるのか!」


 私からははっきりと見えるのに、帝を筆頭とした人間側からは見えていないようだった。キョロキョロと周囲を見回したが、ついには見えないと諦めたようだ。帝は自分に聞かれたと思い直したようで、真っ青な顔で何度もうなずいた。そして陽の神は帝の怯えた様子を冷めた眼で眺めている。彼の穏やかでない表情に、背筋をぞくりと悪寒が走った。


「身の程知らず。器量も能力もたいしたことはないのに、地位とプライドばかりが高い人間はいらないよね」


 いらないって、何をお考えになられているの? 意図の読めない彼の目が主様へと向いた。


「止める理由などないからね。彼女は()()()()()()()()()()()()()。たぶん私を探すために冥府の闇に触れ、今ここで穢を大量に取り込んだからだろう。肉体はすでに朽ちて魂の器となっている。そう、冥府の住人と同じだ」


 身体が作り変わったというのは……強烈な痛みを感じた、あのときだろうか。だが、あれだけの短時間で?陽の神様は、とまどいをを隠せない私に微笑んだ。


「急に言われても混乱するよね。たとえば喉の渇きも感じなければ、空腹も感じないのではない?」

「そういえば……そのようです」

「それは体が作り変わった証だよ。君はよほど適性が高かったのだろうね。精神に引きずられるようにして肉体も冥府に相応しい者へと生まれ変わった。本来なら天寿を全うして肉体を捨てるか、白虎のように何年も掛けてゆっくりと闇に馴染んでいけば苦痛を伴わずして済んだだろうに……つらい思いをさせて、すまなかったね」


 陽の神様は深くため息をついた。私は首を振り、主様に抱き上げられたまま微笑んだ。

 つらいなんて、とんでもない。


「あの痛みがあったからこそ、こうして主様と一緒にいることができるのです」


 肉体という檻も、寿命という縛りも今や私達を隔てる枷は何もない。主様と二人、顔を見合わせ微笑み合う。彼は私の耳元に唇を寄せ、囁いた。


「もう離さない、あなたは私のものだ。」


 注がれた言葉が業火のように私の身を焦がした。うっすらと涙を浮かべた私は何度も頷き、主様の首元に手を回す。これからはずっと主様と共にいられる、そう安堵した時だった。


「ああ、陽の神様……、陽の神様が降臨された!」


 断罪の場に似つかわしくない、歓喜の声が響いた。




サブタイトルは迷ってるところで、変更するかも知れません。

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