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冥の花嫁がみる夢は  作者: ゆうひかんな


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幕間 醜い世界①『憤怒』

注意:暴力的な表現が含まれています

また、人を言葉で貶すような表現もありますので、不快に思われる方はご注意ください。

※陽の巫女の闇に染まりつつある状況を表すために必要でした。

※一回投稿しましたが、長すぎるので、途中で切りました。手際が悪くてすみません!


 たった一日で世界が醜くなった。貧しくとも平穏であった日々が、すでに遠い過去のよう。


 投獄された私は死なない程度に痛めつけられていた。見えない場所ばかりにつけられた傷はひどく跡となって、今はきれいなところなど残っていない。一種の拷問と同じはずなのに誰も犯した罪について話せとは言わなかった。

 皆一様に、どれだけ私に人としての価値がないかということを、悪意に満ちた言葉で囁くだけだ。それは私が罪を犯したということに疑いすら持っていないということを意味しており、私がどんな罪に問われているかも承知しているということなのだろう。


 ……両方とも知らないのが本人だけというのが滑稽だわ。知りたくとも、捕らえてすぐに猿轡を噛まされては尋ねることもできない。そのまま散々私を嬲った牢番が嘲るような表情で吐き捨てる。


「稀代の悪女もこうなっては屑同然だな。喜べ、明日は気高き帝の御前でお前の裁きが行われる。穢れきったおまえの罪を全て白日の元に晒すため帝が自ら裁かれることをお決めになられた。死刑は確定したも同然だから、せいぜい残りの時間を大切にすることだな!」


 悪女にふさわしい末路だと、高らかな笑い声をあげ牢番が出て行く。わずかに力の入る手に視線を投げれば、執拗なまでに潰された手の甲が視界に入った。

 ここにあったのは、主様が与えてくれた印。彼と私を繋ぐ絆を真っ先に断ち切ったのは、彼らにも主様に知られるのはまずいという意識があったということなのだろう。

 花影は大丈夫だったかしら……。逃げてと叫んだけれど、猿轡で声を奪われてしまったから届いたかどうかはわからない。ただ無事でさえあってくれれば、再び冥府で会えるはず。それを信じることしか、今のわたしにはできなかった。


 どれくらい時間が経ったのだろうか。ぼんやりとした視界の先に被衣の裾が映った。


「……こんなに痛めつけられて、可哀想に」


 しんと静まり返った牢に、男の声が響く。のろのろと視線を動かせば見慣れぬ男が一人、鉄格子の向こう側にたたずんでいた。頭髪は短く刈り込まれ、蝋燭の灯りに照らされた顔の造作は整っており褐色の肌をしている。

そして陽の神様の純粋な金色(こんじき)を腐食させ、濁らせたような黄朽葉色(きくちばいろ)。濁った金の瞳が、野性生物のように値踏みするような鋭い視線を注いでいた。そのくせ顔だけは、取り繕うように憐れみの表情を浮かべている。


「警戒させたなら、すまない。少しだけ話をしたいと思ったんだ。あなたにとっても悪い話ではないと思うのだが……聞いてはもらえないだろうか?」


 牢番の姿は見えないが気配はする。どんなふうに黙らせたかは知らないが、私に接触が許される立場である人物なのだろう。だからこそ、彼が私の敵であることは明白。助けるわけでもなく、深く傷つき捕らえられた人物に対して鉄格子越しに話を聞いてくれなんて、普通に考えて誰がまともに取り合おうとするだろう。それでも彼は、この申し出が優しさからくるものだと()()()()()としているらしい。


 誰かはわからないけれど、良い人ではないわね。


 頭の中に残る、冷静な部分がそう判断した。関わり合うのも面倒と無言のままに視線を逸らせば、彼は小さなため息をこぼした。


「信用されずとも仕方がない。いきなりのことで、とまどっているのだろう? まずは俺が話すから、何か気になることがあったら遠慮なく聞いてくれ。知っていることは答えよう」


 器用に手を伸ばし、引きちぎるようにして私の猿轡を外した。それでも無視する私にかまわず、彼は一方的に話し出す。


 まずは私の現状について。負わされた国家反逆罪という罪名は一番重いもので、余罪は他にもあるらしい。

 支度金の横領、神宝をはじめとした装飾品の窃盗、神官との淫行、違法薬物や人身の売買。また神渡りの間に溜まった穢れが祓えなかったのは全て私の責任であり、穢れによる被害は宵宮の力不足が原因であるとされている。

 そのうえ、怠惰で勤めを果たさぬばかりか、とがめた侍女を辞めさせるなど権力を傘に横暴の限りを尽くした、と。そして最も重いとされた罪というのが、卑しい平民の生まれでありながら自らを宵宮と偽るため()()()()()であった伯爵家のお嬢様を雇ったならず者に襲わせ、殺害させたことだという。

 結果、国に多大な損害を与える反逆行為であるとして国家反逆罪が適用されたのだ。

 

 そこまで聞いたところで、あまりにも馬鹿馬鹿しくなり失笑した。どの犯罪も手が込みすぎていて田舎出身の平民風情には無理な話ばかり。さらにお嬢様に対して犯した罪を厚かましくも私へと擦りつけるとは。

 だいたい私が帝都にきたのは数ヶ月前だ。そこから神官に監視されつつ主要都市を巡り、穢れを祓うまねごとをさせられて、実質的に神殿にいたのは神渡りの期間を含めた十日程度。そんな短期間で違法薬物や人身の売買という手の込んだ犯罪を行うことなどできようはずもない。それなのに誰も疑っていないというのは、上手く証拠や証言が作り込まれたのだろう。


 私に罪を擦りつけた目的は口封じのため。神殿は主様の行先や行動を聞いて、私を連れ出した目的が神事の()()()()だったことに気がついたからだ。神渡りのような国を挙げて祓いの神事を行うときに取り仕切るのは神殿の大切な役目であり、舵取りをする神殿が誤った神事を執り行った事実などあってはならない。もし私が貴族であれば殺さずとも適当に罪をでっち上げて神殿に閉じこめておくという手もあっただろう。

 ところが平民の私は役目が終われば放逐されることが決まっていた。神渡りの始まる前に帝や国の上層部も含めて神官長自らそう決めたのだから、いまさら覆すわけにはいかない。だから、後腐れないよう命を奪うことにした。


 罪をでっち上げる過程では、主様の存在がうまく使われたらしい。冥府の主の力を借りれば、状況がいかに不自然だろうと何でもできてしまうと決めつけた。


「冥府から、わざわざ穢れを持ち込んだのも主様だということになっている」

 

 そこまでくると、不敬どころの騒ぎではない。冥府の住人達が聞いたら怒り狂うでしょうね。それほどに主様は冥府で絶大な信頼を寄せられているのだ。舞台裏を余すところなく説明する気らしい男の言葉を軽く聞き流しながら、私は深く息を吐いた。神殿の空気が重苦しくなった原因は穢れのせいもあるだろうが、それだけではない。冥府に対する悪意だったのだ。それを見逃していたのは宵宮である私の失態であり、断じて主様のせいではない。


 ……それに結果だけ見れば、悪いことばかりではないと思うの。無に等しい私の名誉の回復など、どうでもよい。重要なのは、このままの状況であれば私は間もなく処刑されるということだ。間を置かずに愛おしい人のいる世界へ逝ける。それだけを望む私は現世になんの未練もなかった。主様と再会できるという状況に歓喜して、私はうっすらと微笑んだ。


「なにが可笑しい?」


 ああ、そういえば彼がいたわね。男は一瞬、不機嫌そうに表情を歪めた。考え込んでいたせいで、存在をすっかり忘れていたわ。彼は一瞬浮かんだ表情を繕うように、再び労わるような笑みを浮かべた。


「あなたは本物の宵宮であるのに、皆、偽物であると思い込んでいる。金や権力が欲しくてやったと信じているのだ。だけど俺の力があれば、冤罪を簡単に晴らすことができるだろう。だから協力してくれないか? ……私の伴侶として」

「は、なにを言って……」

「伴侶となれば名誉を回復してやれるし、望めば力も貸せる」

「どこをどうすればそういう気持ち悪い発想になるの?」


 はじめて会った男性に望まれるほど自分の容姿が優れていないことは承知している。残念なことに性格も可愛げはないし、能力も平凡だ。冷ややかな視線を受け止めて、男はニヤリと笑った。


「見たところ、あなたは()()がなさそうだからだ」


 彼はズルリと顔にかかる被衣を引き下げる。露わになったのは()()()()()()だ。柔らかい笑みを浮かべた穏やかな表情とは対照的に、そちらは憤怒の表情を浮かべていた。


 一つの頭部に、二つの顔。そのことに気がついて驚愕に目を見張る。茫然として言葉を失った私を嘲るように、彼は唇を歪めた。


「どうだ、醜いだろう? おまえ達は誰でも必ずそう答える」


 彼の態度や言葉遣いが荒々しいものへと豹変した。そして強引に上衣を脱ぎ捨てれば、更にもう二本、四本の腕が。異形と呼ばれるだろう、姿形。盛り上がった筋肉が、恐ろしいまでの力の差を感じる。

 鉄格子から伸びた手が私の顎を捉えた。ひとまわり以上も大きな彼の手は一捻りで私の命を奪うことができるのだろう。主様の、私を割れ物のように扱う優しい手つきとは大違いだ。


「ちゃんと見ろ。陽の神が与えたこの姿は、とても醜いと思わないか?」


 まじまじと見て、私は内心で首を捻った。……どうしてそこまで醜いと繰り返すのかしら?

 まるで彼自身がそう思うことを強いられているみたいだ。


「恐怖に震えることがないのは肝が据わっている証。どうだ、冥府の主を籠絡したように、媚びて、すがってみろ。もし俺が気に入れば、おまえの命を助けて……」

「ねえ、どうして泣きそうな顔をしているの?」


 彼の言葉をさえぎって問えば、一瞬、彼の動きが止まる。別に命乞いをするつもりはない。ただ脳裏には、自然と記憶に残る冥府の住人達の姿が浮かんでいた。体の部位が欠けたり、過剰であることが当たり前であった彼らの姿はそんなに醜かっただろうか?


 答えは、否。彼らの持つ価値に容姿は何の影響も与えない。主様が信頼を寄せる大切な仲間だ。得体の知れない感情を持て余して憤怒の表情を浮かべる彼に視線を合わせた。彼は異形であるがゆえに人々から迫害されてきたのだろう。望んでそう生まれついたものではないというのに。


 どうしてなのか!

 なぜこの姿形なのか!


 そんな行き場のない怒りが、救われない悲しみと隣り合わせなのは明白。当たり前すぎて、過去の出来事を尋ねるまでもないことだ。深く傷ついているのだと。だが彼は、それを否定するように声を荒げた。


「この俺が泣きそうだと? ふざけるな、お前に何がわかる⁉︎」

「何もわからないわ。わからないからこそ見たままに悲しそうだと言っただけ」


 何も知らない私に彼はどんな答えを求めているのだろう。たかが平民、地位も名誉も持ち合わせていないというのに期待されても困る。宵宮であった私にできるのは、闇に寄り添い、冥府へと導くことだけだ。


「あなたがどうして私に近づいたのか、理由はわからない。けれど人と異なる容姿で苦労をしてきたことくらいは簡単に想像がつく。それは大変だっただろうなとは思うわ。でも思うことは、それだけね」

「それだけだと? 俺のこの容姿は視界に入れるのもおぞましく、気持ち悪いだろうが! ああ、なるほど。良い子の振りをして無難にやり過ごそうと思っているのか。ふふ、ははは! そんな簡単に逃がすわけがないだろう!」


 彼の手が首に掛かる。ちょっと力を入れれば、簡単にこの首など折れると言わんばかりだ。


「誤魔化せば殺すぞ。さあ、本当のことを言え!」


 ……これが自身を醜いと刷り込まれた結果なのか。なんと憐れな。彼は他を圧倒する力を向けることでしか、人と関わることができないようになってしまった。彼にとって暴力だけが、自分を人という脅威から守ることのできる鎧なのだ。だから容易く人を傷つける。今の彼が望む答えでなかったとしても私が言えるのは、これだけ。


「あなたは、かわいそうな人なのね」


 憐れまれたと知った彼の顔が憤怒に彩られ、首に圧力がかかったのを感じる。

 私は目を閉じた。


 さあ殺せ、私はそれでもかまわない。




思いの外、鬱々とした内容になってしまいました。

②に続きます。

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