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冥の花嫁がみる夢は  作者: ゆうひかんな


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七の環日『巫女の真価』

あけましておめでとうございます!!


 陽の巫女の証とされた、魂が放つ眩い光を思い出す。お嬢様は次に会うときは共にと約束してくれた。あのときの彼女はこの先起きる陽の神の危機を予知していたのだろうか?


 深く息を吐いて、ゆるく頭を振った。今はそれどころではない。とにかく少しでも可能性があるなら、まずは主様に相談してみよう。揺れる松明の間をぬって主様の隣で立ち止まった。どうしたと、目線で問う彼に己が手を差し出した。


「主様、陽の神との約定に従い、私に力をお貸しくださいますか?」


 人の願いは、欲から生まれるもの。そして欲望は人間に与えられた無限の力でもある。願いを成就させるための力を、自身を対価として力ある者から借り受ける。それが依代(よりしろ)となれる私にできることだ。

 

「もちろんだよ、我が花嫁。あなたの求めであればいくらでもこの力を貸そう」


 おそらく察するものがあったのだろう。優しい手付きで、主様は私が差し出した手を握り返した。途端に体内へと満ちる、何か。これこそが主様の力の源なのか。熱を帯び、高揚した気分のままに主様に微笑む。彼の表情が蜜を湛えた甘やかなものへと変わった。


「私は主様の御力(おちから)をお借りするのを心のどこかで申し訳なく思っておりました。全ては私の努力不足、怠慢なのではないかと。いつしか力をお借りすることに慣れ、自ら道を切り開く努力を放棄するような愚かな存在に成り果てるのではないかと怖かったのです。ですが、やっと理解できました。私は()()ことでしか力を得られない存在でもあったのですね。」

「そう、それが神々の差配だ」


 叶えたい願いがあるなら、望めばいい。それは努力不足でも、傲慢でもなかった。


「自分の力で切り抜けようとする、その考えは素晴らしいもの。だがあなたに与えられた役割は神と人とを繋ぎ我々の力を借り受けることなのだよ。だから貴女が神の助力を乞うことは当然の行いであり、そうと決めたら力を借りることをためらってはいけない。躊躇してしまえばあなただけでなく、神が救いたいと願う者をも救うことができなくなるから」


 快く後押ししてくれるような、力強い言葉。その場にいた冥府の住人は皆、彼の背後で大きくうなずいていた。彼らの瞳が凪いだように思えるのは信頼を寄せる証なのだろう。強大な力を持ちながら、その力に溺れることなく自らを律し、最善を尽くそうと努力されている。本当に、冥府の主と呼ばれるに相応しく素晴らしい方だわ。感嘆のため息と共に、思わず言葉がこぼれ落ちた。


「主様、心よりお慕いしております」


 途端、繋いだ手はそのままに主様が反対の手で口元を抑えた。視線は泳いでいるし、顔の色も赤い。


「その表情で、その台詞は反則だろう⁉︎ おい、陽の神は俺にこれを耐えろと言うのか⁉︎」

「ええと、主様……俺にそれを聞かれても?」


 困惑した表情で羅刹鬼孤月が答える。きちんと私の気持ちをお伝えしたかっただけなのに、私の言葉を不快に思われたのかしら? 想いが通じなかったかと項垂れたところで、後ろに控える鬼師三白が深々とため息をついた。


「まだまだ修行が足りませんね、主様。花嫁様が不安に思われておりますよ? 陽の神の捜索が終了したら全力で口説かれることをお勧めします」

「いいなー、主様。……俺だって、……俺だって! 人目もはばからずにイチャイチャしたかったんですよ! キャッキャウフフしたかったですよ、俺だって! それをっ、人間共のこだわりのせいで俺の宵宮は行方不明だし、何のために有象無象を蹴散らして客人の座を手に入れたかわかんねじゃねーですか! クソッ、目から汗がでてやがる……」


 羅刹鬼孤月は心底から悲哀に満ちた表情を浮かべていた。あの哀愁漂う彼の背中には、どのような言葉を掛ければいいのか……。主様や周囲の住人達は呆れたような表情を浮かべていた。


「イチャイチャ、ウフフですか。おやまあ、これはこれは……お仕置きが必要ですね!」

「っと、しまった本音が!」

「演説で語っていた自己啓発とやらはどうした、全部欲まみれじゃないか? まあいい、上手い言い訳があるなら参考として後で聞いてやろう」


 いい笑顔の鬼師三白に対して、主様は眉根を寄せている。そう、客人は立候補制なのね。選抜されてくるから、主に理知的で理性的な方ばかりが選ばれてくるわけだ。


「だが、今はまず問題を解決する事が先だ。我が花嫁、あなたは私に何を望む?」

「まずは力をお借りして、どんなことができるか確認させてくださいませんか?」


 主様の手を握り締めて、私は花簪に手を添えた。ぐうんと、体内に未知なる力が共鳴する。その力に身をゆだねた。これが主様の力なのか。闇が醜いものと誰が言ったのだろう、まるで澄み切った清水に身を沈めたかのように神経が研ぎ澄まされていく。


 波紋のように共鳴した力が、異なる世界を繋ぐ。光と同様に闇もすべての世界に存在する、それが(ことわり)というもの。冥府と現世、その他にも散らばる数多の世界が闇を通じて繋がるのが手に取るようにわかる。繋がった世界の情報を感覚的に手繰り寄せながら、まずは喜多山の山神様へと願った。


「山神様、陽の神を探すための御力をお貸しください」


 シャラリ、シャラリ。うれしそうに音を立て、簪の白い花飾りが身を揺らす。

 どこからともなく、山神様の声が聞こえた。


『承知した』

「おおっ! 花嫁様の簪が光を!」


 花簪から松明の灯りを上書きするような眩い光があふれて、煌々と闇を照らす。すくい取るようにかざした両手に、あふれ出した光が円を描いた。


「鬼共よ、灯りを消せ!」


 主様の声に松明の灯りが一斉に落とされる。闇の中に浮かび上がる珠玉が一際輝くように光を放った。

 この光に照らされると、うれしくて、うれしくて。待ち望んだ存在が姿を現しつつあることに気がついて、喜びに鼓動が跳ねる。そうよ、優しさがあふれるような眩い光はあの方のもの。


「お嬢様、またお会いできましたね!」

『本当にね。あんまりにも早すぎて、むしろ拍子抜けだわ』

「ふふ、そうですね! でも私は遠くない未来に、もう一度お嬢様と会えそうな予感がしていましたよ?」


 お嬢様の笑い声が弾けるとともに、光の珠が揺れる。四つ辻の空気がザワリと揺れた。周囲を見回せば、冥府の住人は初めて見る魂の輝きに呆然としている。空間を支配するのは彼らの抱く畏怖と、困惑。互いの存在を理解はしていても、本来光と闇は相容れぬもの。ここにお嬢様の魂を長居させないほうがいいわね。


「お嬢様、お願いがございます。私に陽の神様の力をお貸しいただけないでしょうか?」

『もちろんよ、私になら容易いことだわ。まずは状況を教えてちょうだい?』


 光の珠を両の手で包み込みながら、四つ辻の奥へとかざす。するとまるで背伸びをするかのように長く伸びた光が闇の奥を覗いた。


「真っ暗で何も見えないわね」

「陽の神様が異界からお戻りになる途中、行く手を阻まれ、この冥道で迷子になったそうです」

『まあっ、迷子ですって⁉︎  しかも迷われたのは陽の神様ご本人なの?』


 驚きに満ちた声が、やがては憂いを含んだ声色に変わる。それはまるで母が手の掛かる我が子を心配するかのようだった。でも予想していたという感じではなさそうね? 


「お嬢様は事前に今回の件を察していらしたのではないのですか? 迷う者には光をと願われていたので、力をお借りしたいと山神様にお願いしたのですが……」

『え……ああ、っとええ、たしかにそれらしきことは言い置いたけれど、道に迷うのはあなただと思っていたのよ。道に迷うとは、あなたが()()()()()()()()を想定した比喩なの。あなたが将来、進む道に迷うときは私との思い出が力になるように、という願いなのよ。つまり、道に迷うはものの例えね。それが()()()()()()()なんてねぇ! しかも神様が、あらまあ! いやだわ、笑っちゃいけないとわかっているのに、笑ってしまいそう』


 ()()()()()()のはずが、見事に当てはまってしまったらしい。思わず笑ってしまいそうになるのを堪えるお嬢様の姿に苦笑いが浮かぶ。神様なのに心配されて、まるで子供みたいだ。


『仕方ないわ、私が探しに行きましょう。このとおり、私は魂となった存在だから異世界に迷い込んだ陽の神様を探すこともできるし適任ね。ただ、できれば陽の神様の()()()がわかるような同行者がいるといいわ。そのほうが簡単に探し出せるもの』


 彼女曰く、陽光が照らした跡は独特の香りが残るのだという。その陽光の残り香をたどれば陽の神に迷わずたどり着ける、ということらしい。そして何かに気がついたように、彼女がその身を震わせた。


『そういえば、あなたが懐に抱くモノに陽の神の香りを感じるわ』


 ハタと胸元に手を添える。取り出したのは皆見の土地神様からいただいた扇子だった。


『あら、良いものを持っているわね! 陽の神様のお知り合いなら助力をお願いしてみましょう』


 お嬢様の魂の光が、優しく扇子を包む。途端、扇子越しに声が聞こえた。


『ほっほっ、宵宮かの? 陽の巫女とも会えたようだし、よきこと、よきこと。して、何が願いぞ?』

「ありがとうございます、皆見の神様。突然で申し訳ありませんが陽の神の香りがわかる方を貸していただけませんか? 冥府で迷子になった陽の神様を探しに行きたいのです」

『おや、迷子とな⁉︎ なんとまあ、それは心配よのぅ。もちろんだ、そういうことなら力を貸そう。では早速、この扇子を教えた使い方の通りに仰いでごらん?』

「はい。()()()()()()()()


 私は扇子を開き、何もない空間を仰ぐ。すると扇子から、ポンポンと二つの光が飛び出した。


『あいっ!』

『あいっ!』

「まあ、あなた達はあのときの……!」


 皆見の神様の側で音楽を奏でていた子が二人、我先にと扇子から飛び出してきた。そして揃って行儀よく主様と私に頭を下げた。


『陽の神様、探しに参りました!』

『陽の神様の香り、わかります!』


 礼儀正しく、囀るように話す姿がとても可愛らしい。それからほんのりと頬を染めて、私の手の中にいるお嬢様の魂を覗き込んだ。


『陽の巫女様の魂、きれいね!』

『きれいなだけじゃないよ! 温かくて、優しいよ!』


 ぴよぴよ、ぴよぴよ。あまりにも愛らしい姿に頬がゆるむ。


『花嫁様も、きれいよ!』

『涼やかな空気で、キラキラしているの!』

「まあ! ふふ、ありがとう!」


 かわいい生き物が二人、声を揃えて褒めてくれるのだ。キラキラしているのはお嬢様の魂が放つ陽光の恩恵かもしれないが、それでも褒められるのはうれしい。


「……二人とも我が花嫁に近過ぎだ。時間がないし、早く探しに行くように」


 うしろから主様の憮然とした声が聞こえると、ぐいと身を引かれ、彼の胸元に引き寄せられる。そして彼の空いた手が、急かすように軽くポンポンと彼らの頭を叩いた。残念そうな表情で距離をとるピヨピヨが二匹。それを間近で見ていた羅刹鬼孤月の口元がひきつった。


「うわぁ、そこまで深いとドン引き……」

『本当にね、子供相手に大人げないですわよ冥府の主様?』

「うるさい、悪かったな」


 どうやら主様には、お嬢様のあきれたような口調のほうが堪えたらしい。不機嫌そうな表情を浮かべ、彼女の魂から視線を逸らす。


「仕方ないだろう? もう少ししたら離れなくてはならないのだ。共に過ごす時間は刹那の刻すら惜しいものよ。なあ、我が花嫁?」


 ……でもそこで私に話を振るのは反則ですわ、主様。

 意図せず赤くなった顔を伏せた私の耳に主様の小さく笑う声が聞こえた。


「さすが主様、なんとも激しい愛情表現ですね! 参考になります!」


 どこを切り取って参考にする気だろうか。鬼師三白の斜め上を行く言葉に、その場にいる大多数が疑問を抱いたのは言うまでもない。ただ彼らは無言を貫く。言葉では彼に敵わないことを身をもって体験しているから。

 ちなみにあとで『適当にハイハイ言っておけばいいのですよ』と花影がこっそり教えてくれた。本当、花影は頼りになるわ!


『時間も惜しいところだし、早速、二人の力を借りましょう。()()()()()ほうが早いと思うのだけど、そんな姿になれるかしら?』

『あい!』

『あい、あい!』


 捜索は仕切り直しになった。


 眩い光を放ちつつ伸びあがった後、お嬢様の魂はふわりと私の手を離れ二つに分かれた。そして今度は子供達の手のひらに宿る。子供達は互いの顔を見合わせうなずくと、軽快に身を翻し、その場でくるりと一回転した。すると二人は大人の手くらいの大きさの翼ある生き物へと変化する。

 黒い体に胸は白く、二つに割れた尾、口元には赤い毛を持つ商売繁盛の印ともされる鳥。鳥の全身を陽の光が包み、辺り一面を輝かせる。


「まあ、ツバメ?」

「吉兆の印であり益鳥だ。皆見の神様に従って南から北、北から南へと旅のお供をする」

「賑やかで、楽しそうですね!」


 私の伸ばした指先に止まって、つぶらな瞳が瞬いた。指先に触れるふかふかした胸の羽毛が温かくて気持ちがよい。親指の先で羽毛をちょいと撫でれば、ふくふくとした毛を擦り付けるようにして甘えてくる。

 ああ、なんて可愛らしいこと!


「それでは、再開いたしましょう。」


 切り替えるように発した鬼師三白の言葉に主様が頷く。彼は両手を打ち鳴らした。大きく手を打ち鳴らすこと、三回。ただ手を打ち合わせただけなのに、共鳴するように四つ辻の奥へ奥へと共鳴して響き渡った。


「これは人の習わしにおいて、神を呼び出す合図だ。だが冥府では、私がこの場にいることを知らしめる合図となる。これでしばしの間、冥道を漂う悪しき魂は動けない。今のうちに探しにゆかれるがよい、陽の巫女殿。それから皆見の神の眷属である翼を持つ者よ。花影と黒縄は一族を連れて彼らと同行し、必要とあらば手助けを」


 応ずるように独特の鳴き声を響かせたツバメが二羽、冥道の奥へと飛び立つ。花影は素早く黒狐の姿に変化し、仲間達も次々と姿を変える。ふわりとした毛並みの尾が揺れる。


 ……あら、花影の眷属は皆、尾の数が違うのね。一本、二本のものもいるし、花影なんて九本もある。彼女が一番多いようだが、それだけできることも多いということかしら?

 さらにその後ろを、黒と灰色が斑に交じる黒蛇が数匹身をくねらせるようにしてついていった。


「ああ、それから黒縄。」

「へい、なんでしょう?」


 人身のままに花影の後ろについて行こうとした黒縄を主様が呼び止める。訝しげな表情で近寄った彼の耳元に主様は囁いた。


「陽の神の眷属を喰うなよ? ()()はお前達の一族に許された罪だが、彼らは手伝いに来ているだけで、魂も体もまだ陽の神の領分だ。神の眷属を喰えば、お前の魂は跡形もないと思え。いいか、一族にもよく言い聞かせておけよ? 当然のことだが誰が喰っても一族同罪だからな?」


 カチンと固まった後、すごい早さで振り向いた黒縄は、今まさにツバメの尻尾を飲み込もうと真っ赤な口を開いた蛇の胴体をわし掴み、震える手でその細い体を握り締める。


「おまえらっ、陽の巫女様とツバメ様には絶対に、ぜーったいに手を出すな! 本気で魂懸かってるからな⁉︎」

「ちょっと黒縄! 手加減しないと中身出そうよ?」

「っと、焦った。まあいいか。いいか、皆、喰おうとしたらこうなるぞ!」


 黒縄は見せしめとばかりに手の中で気絶した手下を勢いよく振り回す。そしてザワつく他の者を引き連れて冥道の奥へと姿を消した。緊迫した状況にそぐわぬ賑やかさに、思わずポカンと口を開く。一転、静まり返る冥府の四つ辻に、主様のため息がこぼれた。


「……自由にさせ過ぎだな。冥府に戻り次第、厳しく鍛え直そう」

「仰せのままに」


 鬼師三白と羅刹鬼孤月がひざまずいたまま頭を垂れる。主様は居並ぶ冥府の住人に声をかけた。


「皆の者、主の権限にて命ず。禁足地も含め、冥府を隅々まで捜索せよ。必ずや陽の神を惑わせ、冥府に楯突く者を捕獲せよ。戻り次第、相応しい裁きを下してやる」

「「「おう!」」」


 主様の声に居並ぶ鬼達が応じ、冥道の奥へと散っていった。陽の神様を惑わせ、冥府の主様に楯突く存在とは、一体誰のことだろう。そんな思いが顔に出ていたらしい。

 鬼師三白が言うには今回の騒動に関わった人物が冥府に潜んでいる可能性があるとのことだった。不愉快そうな表情を浮かべた主様は、次の瞬間唇を歪める。


「我が不在の今ならば、複雑に絡み合う冥道に身を隠せると思ったのかも知れぬが、舐められたものよ。すでに逃げ場などないというに」

「その方を捕らえたら、どうされるのですか?」

「その人物が数奇な運命を背負わされ、厳しい環境にあったことは承知している。だがそれが他者を殺めていいという理由にはならない。しかも人の身ながら特別に冥府へ留め置き、人として罪を重ねることのないよう戒めているのだ。それでも悪事を働くのは相応の覚悟があってのことだろう。形式ばった裁きは必要ない、一応言い訳だけは聞いてやるが速やかに贖罪の場へと送り出すつもりだ。そういう者には贖うことこそ必要なのだから」


 気がつくと私は疑問を口にしていた。


「ですが己が犯した罪を知らない罪人などおりますまい。それでは裁きの場は何故あるのでしょうか?」

「罪と知らずに罪を犯した者のために裁きの場が存在する。罪とは何かを知らなくては償いにはならないからな」


 罪と知りつつも悪事を犯す者は罪深いと主様は言った。だが同時に、知らぬままに犯した罪もまた、罪なのだ。そこに既知無知の差はあろうとも、罪は罪。


「悪と知らないままに犯したものも罪ならば、そもそも罪を犯さない人間など存在するのでしょうか?」

「いないな、人はそういう定めを負って生まれたからだ」


 そもそもの話、生物は命を繋ぐために他の生物の命を奪わねばならない。生けるものの命を奪うのだ、その罪を負って生きることは当然。

 因果応報、食うものは食われる。その罪を少しでも濯ぐために、陽の神はさまざまな形で人々に苦難を与えたという。だがその苦難を乗り越えても、生きるために人々はまた命を奪う。そしてまた新たな苦難を得るのだ。

 気の遠くなるような罪と罰の繰り返し。だが、それが生きる人の定めなのだという。


「人は日々罪を重ねながらも、生きるために強くあらねばならないと努力する」


 この努力こそなによりも尊い。そして与えられた苦難に耐え、したたかに生き抜いた魂ほど強く光を放つものなのだとか。主様が言うには、それはまるで天に輝く陽光を集めたかのようにも見えるという。


 それなら陽の神様は、自らと同じだけの光を人に求めたのだろうか?

 人でありながら自らの隣に並び立てるような、陽光のように輝く存在を。


「陽の神様は、共に戦う仲間が欲しかったのでしょうか?」

「そうだな、どうだろう。答えが知りたければ本人に聞くがよかろう」


 何かの気配を感じたのだろうか。闇の奥を見つめていた主様が微笑む。


「おめでとう、()()は君の勝ちだ。」


 私の肩を抱き寄せると、髪にひとつ口付けを落とした。かかる吐息と、唇の触れた感触が心地よくて背筋に甘いしびれが走る。ご褒美にこうやって甘やかしてくれるのだ、好きにならないわけがないだろう。


「いいえ、宵宮として皆様の願いを叶えただけです」


 巫女の真価、それは本来ならば出会うことのない世界同士を繋ぐこと。願いという名の強い意志だけが、世界を超えることができるのだ。


 シャラリ、シャラリ。再会を祝福するように花飾りが身を揺らす。


「陽の神様がお戻りになられたぞ!」


 喝采と喜びの声が渦巻き、冥府の四つ辻に柔らかな祝福の光が満ちた。



お楽しみいただけると嬉しいです。

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