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冥の花嫁がみる夢は  作者: ゆうひかんな


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七の還日『冥府の四つ辻』


 冥府の四つ辻。

 異世界との分岐点であり、良き魂と悪しき魂が交差する場所だ。


 常闇(とこやみ)であり、道を照らす灯明のないこの場所が今は昼間のように明るい。四つ辻を忙しなく鬼や彼らの眷属が行き来している。そこに主様が姿を現したのだ、驚き固まりながらも皆一斉に深く頭を下げた。

 冥府の住人が自らの意思で従っている。その姿に彼が冥府を統べる存在であることを深く思い知らされた。この隣に、私が立つのか。私は彼らの視線を受け止めることはできるのだろうか。不安に揺れる心を隠して、ただ淡く微笑んだ。私の顔を見て、人々は目を見開き、呆然とした顔で固まる。


「主様、やっちまいましたね」

「冥府の主様ですら我慢できなかったということか、おそろしい」


 それは誤解です。どうやら一定数、羅刹鬼孤月と同じ思考回路の鬼が存在するらしい。ドヤ顔を浮かべる羅刹鬼孤月の隣で鬼師三白は頭を抱えている。一足先に情報を集めていたらしい花影に主様は声を掛けた。


「陽の神は、見つかったか?」

「いいえ。先乗りした眷属に確認させましたけれど、いまだに所在は掴めないようですわ」


 あまりにも入り組んでいて奥までは探せなかったけれど、めぼしい場所は全部探したようだった。不安を隠せない様子の花影がそう告げると、主様はそうかと一言呟いて黙った。それから鬼や眷属に指示を出し、別の方向へ向けて捜索は再開された。


「厄介なことになった。迷われたまま異界に渡られてしまうと、もう我々では探し出すことはできない」


 こぼれ落ちた主様の呟きが、さらに不安を煽った。何かできる事はないのか、そう思い頭を悩ますも良い案は浮かばない。きっと何かできることがあるはず。あの場に私が居合わせたことが道すじならば選択肢はあると、そう思わずにはいられなかった。私の隣に主様が並ぶように立つ。どんなときも余裕の表情だった顔に、珍しく焦りが浮かぶ。


「私はまだまだ未熟だ。神渡りの時期である今はこの場からうかつに動けない。待つだけという立場は不自由でなかなか堪えるな」


 ただ時は過ぎ、それだけ焦りは募る。どんな慰めの言葉も、その場しのぎにしかならないだろう。だから寄り添い、だだ手を握った。温もりに気がついたのか、主様はハッとした表情を浮かべる。そして照れたように笑ったのだ。剥がれ落ちた仮面の奥にある、まるで少年のように無防備な素顔を晒して。


 ああ、私はずっとこの笑顔が見たかったの。


 冥府からきた当初、主様はこんなふうに無防備な顔や仕草を見せていた。でもそれは人々の思惑が絡み合い、神渡りの闇が深く濃くなるにしたがって影を潜めた。主様は悪意を持つ存在につけ込まれないよう、無表情という仮面を被ったのだ。


「私の前でまで取り繕うことはありません、私はあなたの本心が知りたいのです」


 不安だったら不安だと言えばいいし、苦しいなら苦しいと言えばいいのに。


「心を読めない私には言葉にしなければ思いは伝わらないのですから」

「それは、今の私も同じだな」

「はい。私も主様も言葉にしなければ伝わらないのは同じです」


 彼は私を守りつつ、自身の身や冥府を守るため、意図的に表情を隠した。そしてそれは、私の前でも変わらなかった。常に余裕のある態度で、優雅に。私があまりにも世間知らずな子供だったから、そう振る舞うしかなかったのだろう。未熟なのは私のほうだわ。隙のひとつも見せられないような、頼りない存在でいるわけにはいかない。


「すまない、意図せず巻き込んだ。私は冥府を不在にすべきではなかったのだろう」

「でも、それでは私が主様と出会うこともありませんでした」


 もし主様ではない別の誰かが客人として姿を現していたら、私はその人を同じように愛していただろうか。答えは、否だ。きっと違う形で出会ったとしても、私は彼を選んだだろう。彼に出会ったことを、後悔させてはいけない。まずは、この状況を変える手だてを考えないと。


「こんな場所が冥府にはあったのですね」

「四つ辻は、この世界と異世界を繋ぐ唯一の場所だ。だから陽の神でさえも異界へ渡るにはこの道を通るしか手段はない。私も探しに行きたいところなのだが、陽の神不在の今、この世界を支えることができるのは私だけ。そのことを冥府の住人ならば誰もが知ることなのだ」


 支えを失えば、世界が崩れる。つまり冥府の住人が、こんな仕掛けをするわけがないと。しかも冥府の住人は、現世に毒を持つ植物が生えている場所を知らない。

 だが現世の者は、この四つ辻の場所を知らないのだ。この騒動は、本当交わるはずのない冥府と現世の知識が重なったことから引き起こされた。

 つまり、犯人は現世の知識を持ちながら、冥府との出入りを可能とした人物ということか。どうやら心当たりがあるらしく、皆一様に表情が暗い。


「やはり、あの者が関与していると?」

「この付近で不審な動きをする奴を見掛けた住人がおりましたので、間違いないでしょう」

「俺らの足元で舐めたマネしやがって。主様、我々羅刹鬼に捕縛の許可を。陽の神からお預かりした客人とはいえ、庇護者たる主様から受けた恩を仇で返したわけだ。奴も覚悟はできておりましょう」


 主様の問いに、鬼師三白と羅刹鬼孤月がそれぞれの立場で応じた。松明の灯りが煌々とともる四ツ辻を、緊張感からかひんやりとした空気が包む。


「……はー、三人共に凄い殺気だな。闇の気配に飲まれそうだ」


 背後に控える黒縄の声が、わずかに震えている。花影も眉を顰め、声をあげることはないけれど耐えている様子だった。もしかして、この気配が怖いの? 私は首を傾げた。たしかにひんやりしているけれど、話せない程ではないわ。このままだと二人が倒れてしまうのではないかしら?


「主様、お怒りはひとまず鎮めて、今は陽の神の行方を探ることに集中いたしませんか?」


 私の言葉に、三人が揃ってこちらを向いた。

 三人三様に驚いた表情だった。凍りつきそうだったひんやりとした気配が霧散する。


「まあ、たしかにそのとおりだな」

「我々の気配受け流すとは大したものです。芯の強い方のようで一安心ですね」

「だけど完全に尻に敷かれる未来しか見えませんよ、主様」

「……それはあの、生意気を申し上げて、申し訳ございません」


 皆が必死に探しているのはわかっている。それでも見つからないし、外野である私が意見する資格がない事もわかっている。だけど、言わなければ二人が辛そうだったもの。三人の空気が緩むと同時に、黒縄や花影がほうっと安堵の息をついた。

 よかった、もう大丈夫みたいね。黒縄や花影と視線を交わし、笑みを浮かべる。


「しかし、こうなってくると最悪の事態も想定せねばなりませんね」

「最悪の事態?」

「花嫁様、神渡りの期間が七日間と定められている理由をご存知ですか?」

「申し訳ございません。勉強不足のようで承知しておりませんわ」

「いえ、秘匿すべきことですからあえて教えていないのかもしれませんね。一応、確認したまでですよ」


 なんでも代々の宵宮から聞き取りをした結果でそう導き出したのだ、という。そして宵宮にすら教えていない神渡りの秘匿事項を一般の神官や民に教えることはないだろうと彼は言った。


「帝や神殿の上層部が混乱を避けるため意図的に情報を制限したのでしょうが、今回は裏目に出たようですね。犯人が知っていれば、決してこんな愚かなことはしなかったでしょうから」


 彼は誰がとも、何をとも言わなかった。なのに、なぜだろうか。私の脳裏には陽の巫女様の顔が浮かんでいた。


「それで、七日間だけの理由とはなんでしょう?」

()()()()()()()()()の問題があるからです」

(ちから)、ですか?」

「元々、世界という大きな枠組みを維持するためには莫大な力が必要なのです。大きな枠組みを維持しながら生物を育むには、さらに力が必要とされます。その枠組みを維持するための膨大な力を生み出す存在のことを我々は(はしら)と呼ぶのです。我々の呼ぶ柱とは、わかりやすく説明するならば家の骨組みと同じですね。見えずとも存在し、家という世界を支えるものです。ではその家を支えるはずの柱が、何らかの理由で折れればどうなるか、想像してみてください。」

「家が倒壊する。もしくは今は平気でも、いつかは確実にそうなる、でしょうか?」

「その通りです。そして、その世界を維持するために支える大きな力のひとつが我が主、そしてもうひとつが陽の神様なのです。この二つの大きな力があるからこそ世界は長く維持される。裏を返せば、どちらかの力が欠ければ家に負荷がかかり長く維持することができません。もちろん、家の骨組みには様々な太さの柱や梁があるように、お二方以外の力ある存在はおられますが、その力を集めてもこのお二人の分は賄えません。主様と陽の神、共に不在という状況でどちらかの力が尽きれば、崩壊するのは時間の問題。間違いないでしょう」


 一気に崩壊するか、緩やかに滅びの道を辿るか、違うとすればそれだけだ。どちらにしろ数多の命を道連れに、世界は失われる。あまりにも壮大な話に、今ひとつ現実感がわかなかった。


「ですが陽の神不在とされる神渡りの間も、このように変わらず世界は維持されております。これはどうしてなのです?」

「それこそが我が主の素晴らしいところなのです!」


 ……見間違いでなければ、鬼師三白の瞳がきらりと光った気がするのだけど。なんでしょう、羅刹鬼孤月が遠い目をしている。そして主様は、『入ったか』と呟いて片手で目元を覆った。


「我が主様はっ! 崇高な使命を帯びた冥府を治めるに相応しい、膨大で、純度の超高い力を宿したお方っ! まさに選ばれたっっと言っても過言ではなく、とってつもない素晴らしい存在なのですっ! ああっ、主様の素晴らしさを語るには自分の語彙力が足りないっ、ぜんっぜん足りません! わかりますよね、番となった花嫁様ならばっ、きっちり理解できますよね!」

「はぁ、は、はい?」

「気合いが足りておりませんよ! 花嫁様っ、主様の素晴らしさをより深く理解するには、まず生い立ちから……」

「ええっ! 三白ってば、主様の生い立ち知ってんのっ?」

「ふふっ当然ですよ、孤月。冥府の鬼師筆頭の権限をここで使わずして、いつ使うというのですか!」

「うわあ大胆な職権乱用」

「私も知らんぞ、三白。何を知っているか後で詳しく聞かせろ。それから今は急いでるんだ、そんなくだらない情報は丸ごと端折(はしょ)れ。」

「くだらっ、……わかりました。実は、偉大なる主様のお力だけでも世界を維持できるのです」

「時間制限はあるがな」


 鬼師三白は主様に睨まれ、渋々脱線した話を戻す。制限時間があるとはいえ主様の力だけで、この冥府だけでなく現世すら余すところなく維持できるとは。


「では、七日間というのは……」

「主様が安定した状態で世界を維持することのできる期間です」

「かつてよりはだいぶ力が増したから、今ならギリギリ十日は維持できる」

「それを過ぎてしまうと、主様はどうなってしまうのでしょう?」


 世界が残るのか、それももちろん気になる。でもそれよりも力を使い果たしたこの方がどうなるか、そちらの方がもっと気に掛かった。沈黙の後、わずかに視線を落とした状態で主様は答えた。


「力を使い果たせば、この世界と共に消滅するだろう」

「!」


 想定外の言葉に、呼吸が止まる。これだけの力を持つ方が消えてなくなるなど、そんな。


「嘘ですわよね、主様。消えてなくなるなんて、それでは主様と私は」


 もう一度、出会うことはできるのか。


 問い詰めるように見つめ返せば、闇を映したような瞳がほんの少しだけ揺らいだ。すると唸るような声で羅刹鬼孤月が答えた。


「一度切れてしまったら、縁が再び結ばれることはありません。六百年前の、神渡りのときのように」


 傷だらけの手が、虚空を掴む。


 もし一瞬でも出会えていたのなら、記憶だけでも残されていただろう。


 そこから探すことだって、できただろうに。


 出会うこともなく、見失ってしまったのだ。


 どんな顔をして、どんな声で、どんな強さと優しさを持っていたのか。きっとしなやかで美しい女性だっただろう。求めたのは、そういう(ひと)だから。顔を上げたとき、彼の私を見つめる瞳の奥に業火がちらつく。


「俺と、俺の番のように」


長くなったので前半部分を投稿します。

お楽しみいただけると嬉しいです。

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