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冥の花嫁がみる夢は  作者: ゆうひかんな


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六の常日裏話『通り雨①』


 神官長は左京から戻ると牛車を降り、すぐさま陽の巫女の居所へと向かった。途中、宴の準備を任せている若い神官とすれ違う。


「神官長様、どちらへ向かわれるのですか? 間もなく宴が始まりますが……」

「陽の巫女様の元へ、様子を伺いに行くだけだ。宴には間に合わせるので問題はない」

「で、ですが陽の巫女様は潔斎のため、どなたにもお会いにならないはずですが……」

「そんな事は改めて言われずとも知っておる! おまえはただ指示どおりに宴の準備をすればよいのだ!」


 あまりの剣幕に、廊下をすれ違う神官や侍女達が驚いた視線を向けるが、それどころではなかった。若い神官を追い返すと足早に渡り廊下を通り過ぎ、一旦建物の外へ出ると別棟へ足を踏み入れる。今晩行われる宴は冥府の主様を労い、冥府へと送り帰す大切なもの。遅れるわけにはいかないが、かといって陽の巫女に左京で起きたことを報告しないわけにはいかない。

 宵宮と客人の言動は定期的に報告するように。陽の巫女と彼女の父である宰相と、そのように約束したのだから。


 神殿の所有する敷地の奥に別棟が建っており、そこに陽の巫女の居所はあった。神渡りの準備のため足は遠のいていたのだが、久方ぶりに訪れてみると、どことなく様子がおかしい。

 どういうわけか、全体的に空気が淀んでいるのだ。そして気味が悪いほどに静まり返っていた。神渡りの始まる前は、こんなに澱んでいることなんてなかったのに。気味の悪い闇の力とやらのせいで清浄な空気が感じられないとか、そういう理由があるのだろうか。


「そういえば侍女の姿も見えないようだな」


 普段であれば、賑やかとは言えないまでも何人か忙しなく働く姿はが散見されるものなのに。今日は廊下を歩いても、すれ違う者が一人もいないとは、どういうわけだろうか。 

 ふと雨の匂いを感じて、視線を向けた。

 雨が降り始めたにも関わらず、一枚だけ板戸が開いていた。隙間から外を眺めれば、晴れ間にも関わらず、土砂降りの雨が降っていた。通り雨ならば濡れずに神殿まで戻ることができるのだが、このまま降り続くとなれば帰り道が厄介だ。きっちりと板戸を閉めたところで深く息を吐いた。


「板戸を閉め忘れるとは、不用心な。どいつもこいつも、精神がたるんでいる」


 もちろん警備の厳しい神殿に外部から侵入者が入ることはないが、万事規律正しく処理されることの多い神殿において、些細なものであっても失敗は目に付きやすい。それにいくら安全性の確保された場所とはいえ、気が抜けているのはよろしくない。もし侵入者が男だったらどうする。陽の巫女の住まう居所は基本、さまざまな理由から女性だけしか出入りできないことになっていた。帝を除けば男性としては唯一、神官長たる自分だけが許されていることからもどれだけ厳しいかを察してほしい。


 それにしても妙だな。コトリとも音がしない居所を見回して眉を顰める。侍女の仕事は大抵時間が決まっていて、いつもならこの時間には夕餉の準備が進められているはずだ。神渡りのときは陽の巫女の務めがないから余計に気が緩んでいるのかもしれない。あとで女官長を呼んで注意しようと決めた。

 

 薄暗い廊下を記憶を頼りに進んでいく。しばらく歩いたところでようやく気がついた。とうに夕刻を過ぎたというのに、廊下には灯りがひとつも灯されていなかった。


 いくらなんでもおかしいのでは?

 それに緊張のためか、だんだんと気分も悪くなってくる。報告は神渡りの終わる明日以降にして、一旦神殿に戻るか。踵を返したところで冥府の主の言葉が脳裏に浮かんだ。極力視線を合わせないようにしていたのに、一瞬の隙をつかれて視線が交錯したのが運の尽きか。


『本当に私が何も思うところがなく、この場に立っていると?』


 どこまで気がついているのか。暗闇でも強さを失わない眼差しが自身を捉えた瞬間に、全てを見透かされたような気がする。いや、そんなわけはない。だがぶるりと全身が震えた。あの方は、どこまで知っているのか。

 そうだ、冥府の住人とはいえ、肉体という陽の神の恩恵に守られた状態で魂の記憶を読むのは難しいと()()()()()。だから全てを知るとは思えない。


「だが早く、いち早く報告して……私を守っていただかなければ」


 気は焦るものの、どういうわけか足が思うように進まない。意識もぼんやりしてきたところで、ようやく陽の巫女の居室へとたどり着いた。だが戸の前で要件を受け巫女に伝える役の侍女の姿はない。

 ここでもサボっているのか! 腹立たしいと舌打ちするものの、今は仕方なしに自身で戸を叩き声を掛けた。


「陽の巫女様は、いらっしゃるか?」


 わずかな沈黙の後、内側から衣連れの音がして板戸の前に誰かが立つ気配がした。しかし、戸は閉じたまま。


「神官長、こんな時間にいかがなさいましたか?」


 聞き慣れた本人の声で返事があって安堵のため息をこぼした。不在であれば出直さねばならないと思っていたが、無駄足にはならずに済んだようだ。


「ご報告と、ご相談したい件がございまして参りました」

「ではこの場にてお伺いいたしましょう。そのまま、その場でお話し下さいませ」

「できましたら扉越しでなく直接ご報告させていただきたいのですが……」

「潔斎中の身ですから神官長といえども直接お会いできないことはご存知でございましょう? それに、日々のお務め以外にはすることもありませんから、ついでに部屋の掃除や片付けものをしておりましたの。大変申し訳ありませんが散らかっていてご覧いただくのも恥ずかしい状態ですから、このままでご容赦下さいませ」


 つらつらとそれらしい理由をつけて、結局はやんわりと断られた。侮られているような気がして忌々しいが、時間もないところであるし仕方ないとその場で口を開いた。


「事前に書面でお伝えしたとおり、左京に主様が向かわれたのですが、少々問題がありました」

「左京の、どちらに向かわれたのです?」

()()伯爵家の跡地です」


 その瞬間、戸の内側に沈黙が降りる。いくら待っても返事がないことに耐えかねて、さらに言葉を重ねた。


「強盗に襲われた一家が惨殺された挙げ句、館に火を放たれたという事件のあった伯爵家のあった跡地です。」

「……どこから情報が漏れたのかしら」


 その瞬間、神官長には感ずるものがあった。


 ああやはり、この方はあの件と無関係ではないようだ。本人は無意識であったのだろうが、戸の内側からこぼれ落ちた言葉に笑みが浮かぶ。このネタをうまく利用すればさらに富を得られる、そんな予感にほくそ笑んだ。


「そうですか。やはりあなた自身か、もしくは皆見の一族の誰かが加担しているのですね」

「何のことですの?」

「いまさら誤魔化そうとしても無駄というものですよ、陽の巫女様。事件の発端は私がお伝えした神託だったのですね。全てはあなたを陽の巫女に据えるための策だったと思うのは考え過ぎでしょうかねぇ?」


 本来の神託により選ばれたのは、例の伯爵家のご令嬢だった。それを帝に奏上する前に、次の陽の巫女に誰が選ばれたのかを宰相である皆見の領主にだけは伝えていた。そしてその直後に陽の巫女の伯爵家が強盗に襲われ、家族と共に陽の巫女が亡くなったのだ。このままでは陽の巫女をいち早く保護しておかなかった神殿の不手際と、神官長が責任を問われるかもしれない。そんな状況の中で、秘密裏に宰相が娘を代役にと提案してきたのだった。


『今のところ神託の内容を知るのは自分だけだ。ならば亡くなった令嬢の代わりに我が娘を陽の巫女として帝に奏上すればよい』


 そこで代役に選んだのが、今の陽の巫女だ。

 正直なところ、宰相が裏で画策したのではないかと疑ったのだが、それを調べる余裕も時間もないので良いように流された。結果的には、生きている者では誰も不幸にならず万事解決と思われたのだが。


「私や父が伯爵家の一件に関係したという証拠はございますの?」

「ございませんな」

「でしたら論外です。我々に対して不敬ですわね、気分が悪いですわ」


 陽の巫女は明らかに不愉快そうな声を出す。だが証拠の有無を確かめただけで、自らが伯爵家の事件とは無関係と否定もしないし、取り繕うこともしない。言外に認めているのと同じことではないか。

 神官長は誰も見ていないこと承知で唇の端を皮肉げに歪める。顔を突き合わせていないから、こちらの意図には気づかないのだろう。陽の巫女は否定をしないままに言葉を重ねる。


「証拠がない以上、たかが神官の長たるあなたと陽の神の巫女の地位を得た私。どちらの証言を皆が信じるか、聞くまででもないでしょう」

「おっしゃるとおりですなぁ。たしかに証拠はありません。ですが残念ながら、今は神渡りが行われている最中なのですよ」

「それが何か?」

「私は都に()()があった場合、神官長として帝に報告する義務があるのです」

「まあ、では伯爵家の跡地で奇怪な出来事でも起きたというの?」

「私には見えませんでしたが、どうやら大きな穢の塊があったようですね。主様が、そう仰っておられましたし、我ら神官も異様な気配だけなら感じました」


 今思い出しただけでも背中を冷や汗が流れるくらいに、かつて味わったことのない異様な気配だった。宵宮は平気で近づいていたが我々は一歩も近付く事ができず、身動きすれば喰われてしまいそうな恐怖を感じた。


「それで、穢はどうしましたの?」

「宵宮が穢を祓いました。」

「なんですって⁉︎穢を祓う力など宵宮にはないはずでしょう!」

「彼女が持っていた扇子に祓いの力が籠められていたようですな。」

「そんなもの、どこから……!」

「皆見の生魂神(いくたまのかみ)(やしろ)にお参りした際に授けられたものだそうです。」

「そんな……我が一族の氏神が、彼女を……」


 生魂神の社は古くからあり、皆見の地を守るために神々が祀られていると聞く。一体だけでなく複数の神を祀る一風変わったこの社は、陽の巫女が皆見の安寧を祈願するために毎年足を運んでいる場所でもあった。


「皆見の地には、最近人さらいの噂もあって観光客や商人の足が遠のいております。件の社にも参拝客が途絶えがちであったと聞きますが、宵宮が振るう祓いの力を目の当たりにすれば御利益にあやかろうとする人々で再び活気を取り戻されることでしょう。結果、皆見の地そのものが活気を取り戻し、再び栄える。なんとも素晴らしいことですな!」


 神はいないと思う彼女が、唯一参拝していた神々がもたらした祓いの力。それこそ陽の巫女が心底得たいと望んだものだったというのに。

 彼女が心中穏やかでないだろうと思いながらも言葉を重ねる。皆見の神は自身が守る土地に生まれ育った彼女ではなく、余所者であり身分が低いと侮っていた宵宮の方に恩恵を与えたというわけだ。


「冥府の主様の手前、宵宮を手ぶらでは帰せなかっただけのことでしょうが、神とは残酷な仕打ちをなさるものですなぁ」


 同じ神の婚約者という地位にありながら、これだけ扱いが違うとは。血筋に誇りを持つ彼女には我慢できないことだろう。顔には出さぬとも、内心怒りに震える彼女の様子が容易に想像がつく。


「おや、申し訳ありません。そういえば、あなた曰く神はいないのでしたな!」

「そんな些末な情報は帝の御心を煩わせるほどの価値はありませんわね。都には祓いの力を持つ私……陽の巫女がおりますもの。宵宮ごときが振るう借り物の力など不要です」


 陽の巫女なのは、私。その台詞から伺えるのは長く厳しい陽の巫女の役目を果たしてきたという自負だった。


「神官長ともあろうお方が小賢しい宵宮に振り回されるなど頼りになりませんわね」


 嘲るような彼女の言葉。まあたしかに、この程度はまだ奏上するまでもない。ならば経験豊富な年長者として彼女には現実を教えなければなるまい。そこに新たな情報が加われば状況がどう変化するかを。


「そういえばあなたはご存知でおられるか? 陽の巫女が陽の神の力を借りる時、()()()()()()()と伝えられているのを。」

「そうらしいわね、きっと何かの比喩でしょうけれど…現実には想像しにくいわ、それが何か?」

「伯爵家の穢が祓われた後、残された魂は陽光と見まがう強い祓いの力を発しました。」

「なんですって。そんな、まさか……!」

「眩い光を発するとは比喩ではなく、現実に起こることなのです。陽の巫女様はお気づきではないでしょうが、古参の神官の中には陽の巫女の魂が放つ眩い光が祈りの間に満ちぬことを訝しく思う者もおりました。日々陽の巫女としての務めを果たされている聡明で美しき姫様の資質を疑うとは、けしからんとは思いますがね」

「……」

「ですが、今回の件では多数の目撃者がいる。全員を辞めさせるわけにはいきませんし、今後も事あるごとに彼らは声高に叫ぶでしょうな」


 貴族や民の前で現実に起きたこととなれば、強く否定もできない。


 そう伝えれば戸の内側に深い沈黙が落ちた。実はその手の訴えは侍女からも上がっていたのだが、いつのまにか彼女達は陽の巫女の周囲から姿を消し、今や陽の巫女の身の回りを世話する侍女といえば代替わりの後に雇った新参者ばかりだった。

 それというのも陽の巫女がそれなりの理由をつけてクビにしたから、らしい。人目につかぬよう時間をかけて徐々に減らしたらしいが、こうして蓋をあけてみれば後ろ暗いことがあると言わんばかりの対応だな。

 存外、こういった駆け引きには慣れていないようだ。彼女は自身や周囲の人間が思うほどに、能力があるわけでもないらしい。左京で生粋の貴族階級で育てられ、足の引っ張り合いに慣れたお嬢様方を間近に見てきた神官長からすれば、ちょっと見栄えがよく、そこそこに教養があるだけの田舎育ちのお嬢様だ。それでも彼女に協力したのは彼女の家からもたらされる寄付金に目が眩んだというだけではない。


 神託の巫女のように、後付けで能力を与えられるかもしれないと思っていたからだ。


 神のように偉大な存在は人間の些末な事情など気にはしないと聞くが、彼女には陽の巫女としての務めを真面目にこなしてきたという実績がある。だから、いつかは陽の神が働きを認め、祓いの力を彼女に授けるだろうと考えていたのだが……甘かったようだ。

 脳裏に主様の台詞がよみがえる。彼女の心の奥底にある野望を打ち砕くだろう残酷な現実を、伝え聞いた言葉をそのままに彼女へと伝えた。


「陽の神様は冥府の主様へ、こう仰ったそうです。二人が協力しながら、つつがなく世界を維持できるように、自らの手で彼女達の魂を造る、と。つまり陽の巫女と宵宮に限れば、この世に生まれ落ちるときからすでに巫女となることが決まっている、ということでしょうな」


 陽の巫女の役目を継いだだけでは陽の巫女になれない。だから本物に成り代わり、真面目に務めようとも陽の巫女になる事はできなかった。そんな都合の良いことは、奇跡でもなければ起きない。


 そう、偽物はいつまでも偽物のまま。




こちらの方が筆が進んだので先に投稿します。

長くなったのでキリの良いところで切りました。

次の一話も書き上がっているので明日続けて投稿します。

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