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冥の花嫁がみる夢は  作者: ゆうひかんな


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五の常日『神隠し』


「門前まで穢を連れてきていただいて助かりましたわ。さすが冥府の主殿よのう」


 皆見を守護する神様は、のんびりとした雰囲気を漂わせる気さくな方だった。ふっくらとした腹を揺らして笑い、つるりとした額を撫でる。時折額をピシャリと叩き、垂れ下がった目尻にシワを寄せ笑う仕草には何とも言えない愛嬌があった。可愛らしいと思うのは不敬かしら? そう思ったところで気がついた。


「お姿が拝見できますのね。」


 少し前、山神様に参ったときは声だけで姿は拝見できなかったのに。


「これの恩恵だ」


 そう言うと、主様は私の手を掬い上げる。手の甲に刻まれた白い花は、契約の印。


「山神様の許しを得て、私を受け入れた貴女は正式に冥の花嫁となった。だから姿が見える」

「ほっほっ、花嫁殿は喜多山の麓の生まれか。喜多山の神は照れ屋じゃからの。たとえ見えたとしても、他人とは極力顔合わせぬそうだから難しいやもな」

「まあ、そうでしたのね!」

「さあて、時間は金と言うし、早々に穢を払ってしまおうかの」


 神様は懐から扇子を取り出しパタパタと開く。それから肉付きのよい体形をものともせず、軽快な仕草でトンと立ち上がった。


「さあさ、皆の者、出ませい~!!」

「あい~!!」


 神様の掛け声に可愛らしい声が応じる。板戸が開き、手に鼓や笛といった楽器を携えた幼い子供達が周りに集うと楽器を構える。着物も似ているが、容姿も皆よく似ていた。雛人形のように、行儀よく座っている姿がとても可愛らしい。


「そおれぃ!!」

「ハイ、ハイ!」


 神様の掛け声に合わせてトンチキトントンと軽快な音楽を奏でる子供達。音に合わせて軽快に、ときには緩急をつけて拍子を取りつつ神様は踊る。こちらまで踊り出しそうな楽しい曲ね! そして曲に合わせ体を揺らす神様の滑稽で軽妙な踊りに思わず声を立てて笑った。途端に、なぜか体が軽くなる。


「えっ、どうして?」

「体が軽くなったと感じる?」

「ええ、これは一体……」

「体に残った軽微な穢が祓われたのだよ、ほら、ごらん?」


 主様の指差すほうへ視線を向けると、門前に残された穢が蠢いている。その蠢く様子は不気味だが、どこか笑っているように見えた。

 曲調が速くなり、楽器を奏でる子供達も加わると、さらに踊りに滑稽さと賑やかさが増した。彼らが楽しそうに踊っている姿は穢に語り掛けるようで、穢の塊もずいぶんと興味を引かれているようだ。


「笑い飛ばす、という言葉があるだろう? 人は感情に忠実な生き物だ。笑えば憂きも悲しみも和らぎ、一時であろうとも安らぎを得ることができる」


 次第に穢の塊から、いくつもの笑い声が聞こえるようになった。


 あっはっは!!

 わはは、わはは!!

 うふふ、ふふ!!


 そして塊が小刻みに揺れるたびに、大気に溶けるようにして穢が小さくなっていく。

 ついには門前にとぐろを巻いていた大量の穢が全て消えた。

 神様は満足そうに笑った。


「ほっ、ほ。久しぶりに楽しかったわい。皆も、もう下がってよいぞ」

「あいあいっ!!」


 ペコリと頭を下げた子供達が順序よく並びながらパタパタと走り去り、板戸が閉まる。

 一転して周囲を静寂が包んだ。


「こんなことを申し上げたら不謹慎と叱られそうですが、なんだかとても幸せな心持ちになりますね」

「この方は笑わせて穢を祓う稀有な力をお持ちなのだよ」

「なんだか、賑やかだったから余計に」

「終わってしまうのが寂しい?」


 思わず口からこぼれた台詞を主様が拾って、笑いながらあやすように私を優しく引き寄せる。衣からほのかに香の薫りがして胸元へと吸い寄せられる。


「人の生には良きこと、楽しきことばかりではない。憂きこと、嘆き悲しむことも多々あろう。だから人はそういう憂さを笑うことで紛らわすという(すべ)を自ずと身につけている。それは人だけが持つ力、弱さを知ったからこそ得た(ちから)。それを思い出させ、共に笑いながら見送るのが、あの方なりの祓い方よ」


 こうして祓うことができるからこそ穢の溜まりやすい皆見の地を守護する神となれるのだ。

 主様が囁くような声で、そっと教えてくれた。


 憂さを、笑う。彼の言葉にふと、花影が神殿で私に掛けた言葉を思い出した。


『どうか主様の隣ではその表情のまま笑っていてくださいませ』


 私が浮かない表情をしていたから、彼女は私を笑わせようとしたのか。主様のためとはいえ、私にも気を配ることのできる彼女は根の悪い人ではないのかもしれない。いや、人ではなくて主様の眷属なのだけれど。彼女を意地悪だと腹を立てたのは大人げなかったわね。帰ったら彼女にお礼を言おうと、そう決めた。

 主様は、門前から離れた場所にわずかばかり残った穢を水盆に集め再び地へと還した。前回と同様、これは時間をかけて皆見の神様が浄化するということか。それを確認し、神様は安堵したような笑みを浮かべる。


「我はこの地に住まう彼らが愛おしくてならぬのよ。穢によって魂が侵され、悪心に支配されようとも愛おしむ気持ちは変わらぬ。できることなら我が手で冥府へと導いてやりたくての」

「皆見から冥府に導かれた魂は、とても素直に裁きを受けています。ほとんどのものが『早く生まれ直したい』と申して、とても協力的なので助かりますね」

「ほっほっ、それは良かった。花嫁殿もご苦労であったな。いつ来るかと眷属共々首を長くして待っておったぞ」

「申し訳ありません、遅くなりましたことをお詫びいたします」

「よい、よい。色々事情があるのだろう。ただこれほどに穢が溜まることは今までなかったからの、心配しておっただけじゃ」


 皆見の神様の穏やかな表情が曇った。主様も、大きくひとつうなずいた。


「私もこれほどに穢が溜まったものは見たことがありません。本来、ひとつひとつの魂はとても小さい。それが寄り集まり、この大きさまで育つとは……。この地でどれほどの人々が不本意な死を遂げたのか、人々の嘆きや悲しみを集めたのか、全く想像もつきませんね」


 主様の台詞に神様は悲しそうな表情を浮かべる。そして深々とため息をついた。


「実はここ最近のことなのだよ、穢が膨らんだのは」

「最近とは?」

「二十年くらい前からのことだろう。皆見では行方知れずとなる者が増えての。判るだけでも日に片手では収まらぬ。子供も大人も、男も女も問わず、沢山の人間がこの地で行方がわからなくなっているのだ」


 なんてこと。皆見ではそれほど沢山の人が行方知れずになっているのか。それほどの人が行方不明になれば噂にでもなりそうなものだが、そういった類の噂は聞いたことがない。


「原因に心当たりは?」

「……土地の者は皆、わしのせいじゃという」

「ええっ、どういうことですか⁈」

()()()のせいだと申す」

「神隠し、ですか?」


 神様は困惑した表情でうなずいた。主様と視線を合わせたけれど彼もまた軽く首を振った。知らないということか。一体どんな状況か、主様でも想像がつかないらしい。


「眷属が調べて報告してきたことによると、巷では『行方のわからぬ者は、神が宴に招いたからだ』と申しておるらしい。神とは我のことらしいが、我はこの地に住まう者を拐かしはせぬ。それはいらぬ悲しみを招き、誰も幸せにならぬ行いだからの」


 大きな身体を震わせ、神様はしょげたように項垂れる。理由なく人々がいなくなると、残された人々は神の所業とすることで失った悲しみを紛らわそうと努めたのだろうが、責任を押し付けられたら神様とてたまらない。

 それにしても誰もおかしいとは思わないのかしら? 一人二人ならまだ納得がいくが、ここ十年ほどの間に沢山の人間が行方知れずとなっているそうだ。それだけの人がいなくなっていて、神様が宴に招くなどといった怪しい理由がまかり通るとは思えないのだが。


「それは招かれただけならば、生きて帰ってくるのではないかと期待が持てるからだろう」


 人の弱さにつけ込んで、宴が終われば帰ってくると希望を持たせる。皆見の神様曰く、実際に何人かは行方知れずになってから再び戻ってきたのだとか。しかもいなくなった理由を問われ、異口同音に『神様の宴に招かれたから』と答えるらしい。


「我は宴など催さぬし招いてもおらん。それなのに、そういう話ばかりひとり歩きしておる」


 つまり神の名を騙ったのか。何者かが疑惑をそらすために『神の宴に招かれた』という嘘を流したのだろう。私は心底で呆れ返った。土地を守ってくれる神様という存在を、どれほど軽んじているのかがわかるというものだ。


「裏にどんな闇が隠されているのか、調べる必要がありますね」

「我らも調べてはみたものの、とんと見当がつかぬ」


 主様は軽く口元に指を当てながらそう言った。その言葉に、神様は顔を曇らせる。皆見の神様も眷属にいなくなった人達の行方を探させたのだという。本当に迷子であればたいへんだからと調べさせてみたのだが、いなくなった場所の周囲にそれらしい痕跡が残されていないのだとか。いなくなった人々は、まるで空気に溶け込むように忽然と消した。


「そうやってもたもたしているうちに、今度は帰って来ない子供達を心配した親が願い札を掛けるようになっての」

「願い札でございますか?」

「子を返してほしいという願いを書いて木札を我が社の壁に打ち付けるのよ」


 片手くらいの大きさの木の板に願いを書いて社の壁に打ち付けるのだという。誰が言い出したかわからぬが、そうすれば神様の元に願いが届くと思われているらしい。


「親達は文字が薄れたと言っては新しいものを打ち付け、嵐で剥がれたからと再び打ち付ける」


 やがてそれは壁を覆い隠し、まるで社全体が木屑を身に纏った蓑虫のようになってしまった。しかも彼らの必死な様子は皆見の神様の憐れを誘う。繰り返し訪れる親が、老いていく姿のを見るのがまた辛いのだと、神様は言った。そして願い札の数は日毎に増え、風に煽られては獣の鳴き声のような不気味な音を立てているらしい。


「そのせいか我が社に近づくから拐われるのだと悪評が立っての。参拝する者も減ってしまった。」


 おかげで参拝する者に付いてくる穢を祓うこともできない。ほとほと困っておったのよと、眉根を寄せながら神様は言った。


「しかも我の眷属は穢に弱く、影響を受けやすい。少しの時間ならいいが、長い時間では障りがある。調べるといっても限度があってのう」

 

 神様は、ほとほと困り果てているようだった。主様は労るような笑みを浮かべる。


「でしたら私の眷属に調べさせましょう。長じた者がおりますし、ちょうど事情を知っていそうな者もおりますしね。その代わり、と申しては何ですがお願いしたい事がございます」

「よい、よい。冥府の主殿の頼みとは花嫁殿のことであろう?花嫁殿、願いがあるのなら申してごらん?」

「はい。参拝した折には、私についた穢を祓っていただきたいのです。」

「おお、よいぞ、よいぞ! こちらにとっても嬉しい願いだ、いつでもおいで」

「ありがとうございます!」

「それからお祝いに、これを授けよう。我の力が籠められておる」


 神様が先程まで使っていた扇子を差し出した。装飾もなく、目立つ柄もないが、持っているだけで不思議と力が増したような、そんな気がした。


「祓いの力を使うときは扇子を開いてあおぎながら()()()だ、()()()だと声をかけてあげなさい。冥府の主殿の花嫁様の言葉ならば彼らも喜ぶだろう」

「ありがとうございます、大切にいたしますね」

「ふむ、冥府の主殿の花嫁殿は素直な質のようじゃな。主殿とも相愛のようだし、よかったのう」


 嬉しそうに声を上げて笑う皆見の神様につられ、主様と二人で照れたように笑みを交わす。皆見を守護する神様は最後まで優しく温かい方であった。


「さて、名残惜しいが外界ではずいぶん時が過ぎておる。道を繋いであげるから帰られた方がよろしい」

「あ、あの、もし許していただけるなら帰る前にその願い札の打ち付けられた壁を見てみたいのですが」


 慌てて申し出た私の言葉に、主様と皆見の神様は私の方を向く。神様のキョトンとしたような顔が可愛らしいが、それを微笑ましく思っている場合ではない。不審感を抱かれる前にきちんと説明しなくては。


「あくまでも推測で、確証があるわけではないのですが拐かされた者の名前が知りたいのです」

「もしかして、何か気がついたことがあるのかな?」


 主様が助け舟を出してくれたのでうなずく。わずかな時間、思考した主様が改めて私に尋ねた。


「あとで理由を説明してくれる?」

「はい。その、期待しているような答えではないかも知れませんが、それでよろしければ」

「かまわないよ」


 主様が皆見の神様の方を向いた。すると神様は笑みを浮かべる。


「よいよい、ほんの少しの時間だが繋いであげよう。あまり見た目の良いものでもないが、これが民の助けとなるならば」

「何から何までありがとうございます」

「花嫁殿、また遊びにおいで? 穢を祓うためでなく皆見の地を愛でるだけでもかまわない。自身の与えられた役目に忠実なのは素晴らしい事だが、時に息を抜かねば身が保たぬよ? 何事も、ほどほどにな」

「それは……なかなか難しいですね」

「彼女は真面目な質でもあるようですよ」

「おや、息の抜き方から教えるとは。これはまあ、冥府の主殿は花嫁殿に()()教え甲斐がありそうですなぁ」


 皆見の神様は、ほっほと笑う。主様はといえば、笑みを崩さぬものの、視線が若干泳いでいる気がする。手が掛かりそうだからと、困っているのかしら? 首を傾げる私をよそに、神様はポンポンと手を叩いた。

 体が光に包まれた一瞬の後、気がつけば社の壁の前にいた。慌てて壁に打ち付けられた木の板へと視線を走らせる。上流階級が使うような流麗な文字ではなく、平易でたどたどしい文字の羅列だがなんとか読めた。

 程なくして、そこにいくつかの目的のものを見つけた私は深くため息をつく。


 ああやはり、彼らは……。


 再び眩い光に包まれた。そこは見慣れた冥府への入り口、主様が最初に姿を現した戸の前だった。つまり神殿に戻ってきたというわけか。そして目の前に立つのは険しい表情をした神官長と神官達。神官長は私を睨みつけ、声を荒げる。


「夜も更けたこんな時間になるまで、どこを呑気に遊び歩いておるのか」

「すまないな、神官長。共に過ごせる時間が短いがゆえに、つい離れがたくてな」


 私の腰を引き寄せながら主様がそう言うと、皆が一斉に私の方を向く。その視線の中に、私を品定めするかのような不快な色が含まれることに気がついた。舐めるように、身体の線をたどる者までいる。

 ……この粘り着くような視線、なんとも気持ちが悪いものだわ。

 視線から身を隠すように、そっと主様へと身を寄せる。主様は身体をずらすと視線を遮るように私と神官達の間に立った。怒りの滲む表情を見た途端、神官達は顔色を悪くし顔を背ける。同じように不躾な視線を逸らした神官長が、私の握る扇子に気がついた。驚愕した表情を浮かべ、次の瞬間、厳しい口調でこう言った。


「宵宮、今すぐ部屋へ来なさい!」


 洗いざらい話したとしても到底信じてはもらえないだろう。

 ここから始まる時間の厳しさを思い描き、私はひっそりとため息をついた。



下書きのあるお話はここまでです。

しばらく更新間隔が開きます。

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