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前の世界にとらわれて

目にとめていただき、ありがとうございます


「何故だ! 何故魔王が我が王国に……!」


 恐怖と怯えを滲ませた声音で、国王が叫ぶ。

 締まりのない腹回りや、顔のパーツが肉で埋まった容姿からしても、彼が節制とは無縁な生活をしてきたのがよくわかる。


「何故、とはおかしなことを言うのですね?」


 対する魔王の発する言葉は落ち着いたものだ。

 今いるバルコニー下から聞こえる、悲鳴や怒号が、魔王の手下である、魔族や魔物によって引き起こされたものでも、表情筋は欠片も動かない。


 ……なんせ魔王達からすれば、人間とそれらが築く国なんて、ただ、敵でしかないのだから。

 むしろ、嬉々として人を襲っている気がする。


「この国は……神子様の結界に守られて……っ」

「……そうですね。私達も確かに、今まで手が出せませんでした」


 す、と、魔王の目線が国王の斜め後ろに控える神子……僕へと移る。

 ひらりと手を振って見せれば、微かに口角をあげて笑う魔王。


「まあ、あなた方に不満のあった現神子様の協力がなければ、まだ平和でいられたかもしれませんけど……」

「な……っ!」


 ぐるりと、王様の首が回って、こちらを見据える。

 その目に疑いや怒り、意図を探るような物が含まれているのを感じ、やっぱり僕の信頼はこんなものか、と思う。


「……ネタばらしが早すぎるよ、魔王サマ」

「そうですか?」

「そうだよ。もっと絶望させてからばらさないと、効果が薄い」


 はあ、と露骨にため息をつく。


 こいつには僕を無理矢理異世界から呼び出して、こき使ってくれた分、もっと苦しんでもらいたかったのに。


「……ああ、ではこれはどうでしょう。この人間の国を占領した後、見せしめで首を落とすとか」

「いっそ占領した土地を治めさせたら? 下につけてさ」

「言うのは簡単ですけど、役に立つんですか? これは」

「優秀だと怖いだろうし、こんなもんでいいんじゃない?」

「無能も要らないですよ」


 僕らの会話を聞き、逃げようとする王様へ向け、魔法を行使し、一瞬で結界に閉じ込める。


「……これ、この国全体に張っていた結界より強力じゃないですか……神子様」

「そりゃ、ようやく解放されるんだから、ちょっとは張り切るよ」


 それに今は国の結界を張ってないから存分に力を使える……いや、一応張ってはいるけど、それは王国の人間を騙す用の、見せかけのハリボテ。

 中身は脆くつくっておいたからこそ、今まで領土をとられながらも黙ってみているしかなかった魔王が、こうして王国に攻め込めたのだ。


 今日は王国を守る守護者である神子様を御披露目する式典の日。


 国中が浮かれ、お祭り騒ぎになるこんな日に、魔王が、人間の敵が攻め込んでくるなんて誰が考えただろうか。


 まあ、これくらいはやらなきゃ、気も晴れないよね。



「な……にをする、……のですか、神子様」

「無理しなくていいよ、国王サマ。僕なんかに丁寧な言葉、ホントは使いたくなかったんでしょ?」

「……意味が、わからないが」

「またまた。わかってるんだよ、僕を丁寧に扱う裏で、便利な道具だって思ってたのとかさ」


 驚愕に目を見開く国王に、バレてないつもりだったのだろうかと哀れみの視線をやる。

 少なくとも僕の周りにいた人たちは皆僕の事を、自分達を守ってくれる神子様としか……結界を張る装置としてしか、見ていなかった。


 誰も『僕』を見ようとはしなかった。


「もし召喚された僕が反抗的だった時用に、従属の魔法をかける準備だってしてたでしょ」



 始めから割と僕が従順に見えたことと、コストの高さから使いはしなかったみたいだが。


「……」

「前の神子様の時はそうしてたって、言ってたよね。宰相さんとかと一緒に」


 楽しそうだったよね、言いながら僕が浮かべた笑顔はきっと、ひどく歪んでいたに違いない。


「あれ聞いてさ、召喚されたときに冷静でいれた自分を褒めたよ、うん」

「…………何時聞いた」

「さぁ、何時だったかな」


 別に夜、部屋の監視を誤魔化して城内をうろいてたときに、なんてわざわざ言ってやる必要もない。


「……五年、なんだってね。神子様の『使用期限』」

「え、なんですかそれ」


 ずっと黙って話を聞いてくれていた魔王が、突然割り込んでくる。


「あー、ま、ものの例えだよ。王国に張ってる結界ね、毎日張ってたら五年で神子の魔力……命が尽きるらしいんだよ」

「……、初耳なのですが」

「言ってないからね」


 魔法は命の根元をエネルギー……魔力にに変えて行使するもの、というのはこの世界の常識だ。


 それでも使う人が多いのは、便利だからだろう。

 世界の定める法則通りに魔力を当てはめれば、そのまま結果が具現化する。

 ただ、法則を知っていれば使えるのかというとそういう訳でもなく、人によって得意不得意があるみたいだけど。

 魔王だったら攻撃系が得意で補助やらは苦手だと、前に聞いた。

 僕の場合は真逆で、補助とかの方が得意で、一番の売りはやはり神子……異世界人にしか使用出来ない法則である結界だろう。


 それに命の根元とはいえ、無茶な使い方をせず、上澄み部分だけを使っていれば寿命が削れることもない。


 逆に言えば無茶な使い方をすれば命は尽きるわけだが。


「神子様の魔力で五年って……どんな魔法ですか……」

「さあ……、1日張るだけで一般人千人くらい、蒸発するんじゃない?」

「…………今まで結界を破れなかったのも納得です」


 疲れたように額に手を当てる魔王を見ながら、王様に告げる。


「そうやってさ、自分達の血を流さず暮らすのは気楽でいいね。こっちは帰れもしないのに」


 帰れないと知ったとき、どれだけ絶望したか。


 朝、夜更かしなんかして寝不足な目を擦って学校に行けば、また遅くまで起きてたのと言って笑う親友がいた。


 夕方に疲れて帰れば、お疲れ様ってお母さんが笑って、まだ小さい弟妹がお帰りなさいって駆け寄ってきた。残業も多いけど、お父さんが帰ってくる時は皆で揃って夕食を食べたものだ。


 しかし、そんな当たり前だった日々は唐突に失われ、今は最早、記憶の中にしかない。


 周囲の全てが憎かった。何も出来ない自分の無力が悔しかった。世の理不尽を何度も呪った。

 歯を痛いほど食い縛って、声を殺して泣いたのも一度や二度では済まない。




 ……本当ならこの世界に召喚されて、話をされた時点で、何も考えず喚きたかった。


 どういうことなんだ、こんなのただの誘拐だ、僕の日常を返せと。胸ぐらでも掴んで殴ってやりたかった。


 だが、あの場には王を守る兵士がいたし、僕は力の使い方すら知らなかった。


 あの時僕が暴れたとして、向こうには大した痛手とならなかっただろう。





 この世界では誰もが神子を称えた。元の世界では絶対にあり得ないほどちやほやされたし、感謝の言葉も、飽きるほど与えられた。

 ありがとうと。私達の生活は神子様のお陰で守られています、流石は神子様だ、と。


 けどそれは、僕に与えられた言葉じゃない。『神子』に対して贈られたものだ。

 彼等の求める神子様から僕が逸脱してしまえば、真逆の態度をとられるに違いない。


 確かに世の中に出れば、誰もが何らかの役を与えられ、それを演じなければならない。これは元の世界でも変わらないと思う。

 でも、自然体でいることを許してくれる人や、場所があったからこそ、僕は演技を続けることが出来た。



 だけど、勉強が不得手でも、気のきいたことが言えなくても、家族だと、親友だと認めて、僕を見てくれた彼らにはもう、会うことは叶わない。



 ……だったらせめて、こいつらも苦しまなきゃ可笑しい。

 僕だけが苦しんでいる、その傍らで、奴らが幸せそうに笑っているなんて、吐き気がする。



「この国の人間が死んでも構わないというのか?!」

「もちろん、全く構わないよ?」


 迷いなく、切って捨てる。

 仮に何も知らなくても、この国の人間はすでに、僕らの日常と命を喰っている。

 家族や親友ならまだしも、なんで見知らぬ奴の幸せの為に死んでやらなければならないのか。


「外に行く時間など与えなかった筈だ、どうやって……!」

「ん? ……あー、魔王サマとどうやって連絡したのかってこと? 馬鹿にしないでよ。伝達魔法くらい、僕も使える」

「会った事のない相手に使用するなど出来るわけが……」

「実際出来てるから。……世界が魔王を魔王として認識しているからね、特定して繋げられる」

「いきなり神子様から繋げられて驚きましたよ、……全く」

「まあまあ」


 それで魔王の願いが叶ったんだから別に構わないだろう。

 こちらとしても恨みをぶつけられて、現状の中では満足している。



 これぞ持ちつ持たれつの関係、素晴らしい。


「取り敢えず気絶させておきません? 面倒ですし」

「ん、そうする……《沈め》」


 一言、法則を唱えると魔法が具現化し、王様が倒れる。


「……攻撃系、苦手と言ってませんでしたか?」

「苦手だよ、気絶させるにもいちいち法則を言葉にしないといけないレベルだし」


 補助の魔法には一度も使わなかったことを思うとやはり、適性は低いんだろう。


 ……何か魔王がぶつぶつ言っているが、無視しておく。


 今いるテラスから下を見下ろすと、阿鼻叫喚とはこの事かと言わんばかりの光景。

 無論、そんな状況に陥っているのはほぼほぼ人間のみだ。


 これまで結界に頼りきりでほとんど戦闘訓練をしてこなかった王国兵士と、反撃の機会を探ってきた魔族たちとでは錬度が段違いだろうから、当たり前と言えば当たり前か。


 魔王がこの地を手に入れてどうするつもりなのかはわからないが、仮に皆殺しにならなかったとしても、属国か、植民地か、いずれにせよ、ろくなことにはならないだろう。

 建物なんかもそこかしこで崩壊してるから、復興にも時間がかかるに違いない。

 同情は、しない。自業自得だから。


 僅かに満たされた心を自覚しつつ、最後の仕上げをしようと魔王に向き直る。


「……魔王サマ。協力してくれてありがとね」

「…………こちらの台詞ですよ、それは」

「それでもだよ。あと、僕の言葉を信じて乗ってくれたのも、ありがとう」

「信用に足ると、話してわかりましたから」


 始めはただ、王国にとっての敵というだけの理由で話を持ちかけたんだけど、思ったよりこの人と喋るのは楽しかった。


 ……だけど。


「じゃあ最後にひとつ、頼みたいんだけど」

「……何です?」

「僕を殺して」


 僅かに、息を飲む音が聞こえた。


 それからほんの少しの間を置いて、魔王が口を開く。


「…………何故、ですか」

「わかるでしょ、魔王サマなら」


 人間の首をはねる時も、王様を前にしたときも一切崩れなかった表情を崩させてしまった事をなんとなく後悔しながら、それでも言う。


「神子サマは王国の……人間の平和の象徴みたいなものでしょ? それを魔王が倒したってなれば、良い仕上げになるよ」

「……それでいいんですか、……神子様は」

「だって生きる意味ないし」


 そうだ、意味がない。神子としてしか存在出来ない自分に、僕は意味を見出だせない。


 ここで『僕』は生きられない。召喚される前の、あの世界の時間から、動き出せない。


「……」

「……無理ならいいよ」


 苦々しげに視線を反らす魔王に苦笑いを溢す。

 魔王ってもっと、残忍で情なんてないって思ってたけど、意外と優しいんだよなぁ……。

 無差別に優しいとかじゃなくて、自分が内に入れた相手に対して、だけど。


 僕だって別に、意地悪がしたい訳じゃない。


 とん、と一度軽く跳んで、バルコニーの手すりに座る。

 ちらりと下の覗き込むと、背筋が冷えそうな位に離れた地面。


「……後でちゃんと回収してね?」

「っまさか……」

「妥協したんだから、しっかりやって」


 直接やらせるのは流石に酷くても、死んだ後の僕くらいは、使ってもらわないと困る。


 伸びかけた魔王の腕が迷うように落ちたのは、この地を占領し終えた後を考えたのか、……それとも僕の気持ちを思ってか。


「……じゃあね、魔王サマ」


 背もたれにもたれるように、後ろへ体重をかける。


 当然、手すりに背もたれなんてあるはずもなく、そのまま身体は落ちていく。



 視界に入った端から直ぐに流れていく景色。だけど、その一瞬で目に入った風景は壮観だった。


 魔法で、あるいは武器で攻撃され倒れたおびただしい数の亡骸と、逃げ惑う人。

 昼間であってもなおまぶしい程に燃え上がる炎が、家や人々を容赦なく焼いている。




 ざまあみろ、お前らは精々苦しめ。僕はこのまま死んで、勝ち逃げだ。




 その凄惨な光景を笑ってやろう、と思って、でも、……なんだか急に馬鹿らしくなってしまった。



 ――結局、これだけやっても何にもならなかった。



 死んだら、どうなるんだろう。あの世界へ、戻れたりとかしないだろうか。

 帰りたい、……帰りたかったよ。 




 最後に頭の中をよぎったのは、懐かしい、時の止まったままの家族と親友だった。



サブタイの通り前の世界にとらわれてる神子と、魔族たちや神子の気持ちを優先した魔王でした。


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