にじいろの物語
はじめに
この物語に出てくる旅人には、名前はありません。
読む人が想像してくれれば、名前はいらないと
思ったからです。
物語を読み終えた後に、
一人でもいい
わずかでもいい
この物語の中に散りばめられた
にじいろの希望を感じてくれたなら
これほど嬉しい事はありません。
ある五月の雨続きの日、
旅人が馬に乗り、仲間を率いて長い旅をしていた。
山に入りしばらく進むが
通れる道がなくなってしまった。
仕方なく旅人たちは道を作るため
紫陽花の茂みの一部を伐採し、
通れる道を作りながら進んだ。
下に見える河までたどり着くまで
旅人が通れるだけの道が出来た頃
旅人のリーダーは
仲間の足元で沢山のカタツムリが
踏みつぶされていることに気づいた。
人が生きていくために止むを得ないとて、
無意味な殺生があってはならない。
そう考えたリーダーは馬から下りると
まだ命がありそうなカタツムリを
伐採した紫陽花の茂みの陰に移動してあげた。
カタツムリは旅人に感激して
こう言って小さな贈り物を渡した。
「助けてくれてありがとう。
人間の旅も苦難がおありでしょう。
どうかこれを旅に役立てて下さい。
困った時にこの”にじいろ”の玉を
空に投げてみて下さい。
必ず道が開かれます。七つしかありません。
しかし七つ目はいつまでもこころに
希望をもたらします。」
旅人はカタツムリから、こうして
小さな贈り物をもらい大切に懐に入れ
更に旅を続けた。
一行が河まであと少しという所で
雲行きが怪しくなった。
日も暮れた暗闇の中、雨が降り始め
足元はぬかるみ、先に進めそうにない。
道の反対側は崖、落石が始まった。
土砂崩れが起きるかもしれない。
しかし逃げ場がわからない。
困った旅人はカタツムリからの贈り物を
思い出し、懐から一粒のむらさき色の玉を取り出して
空に投げた。
すると雨はだんだん静かに止み、
みるみる空が晴れ渡った。
こうして助かった旅人たちは
更に先へと安住出来る土地を探して旅を続けた。
しばらくして河に着いて喉を潤し
釣りをして腹ごなしをしていたある日
だんだん川の水が干上がり始めてしまった。
自分たちの食糧より、
水がないが故に死んでいく魚たちが忍びない
そう感じた旅人は懐から一粒
青い色の玉を出し空に投げた。
しばらくすると
川の上流から綺麗な湧き水が流れ、
魚たちは元気に泳ぎだした。
安心して更に進むと次は真夏の日照りが続き
水が干上がりろくに稲が育たない田んぼを見つけた。
旅人たちはこの田んぼのある小さな村の
小さな家で夜、寝床を貸して貰っていた。
その場の田畑の状態を
見過ごすことができず旅人は
豊作を願い、懐から一粒、緑色の玉を取り出して空に投げた。
しばらくすると
田んぼに空からシャワーのように
雨が降り注ぎ、水田になり
立派な稲を育てられるようになった。
村人と旅人は、しばらくは共に米作りに勤しんだ。
別れ際、村人は美味しいおにぎりを旅人に
土産に持たせた。
さらに旅を進めていくと、旅人は
全く果物が実らない果樹を見つけた。
原因もわからなかった。
この果樹に沢山の果物が実れば
自分達も動物たちも
どんなに幸せだろうか?
そう思った旅人は
懐から赤い玉を一粒取り出すと空に投げた。
すると害虫が一斉に逃げてゆき、
しばらくして美しい花が咲き
やがて赤い沢山のりんごが実った。
旅人たちや動物は皆でりんごを分け合った。
鳥たちもやってきて実をついばんだ。
こうして旅人が進む先、砂漠で水が全くなくなった時もオレンジ色の一粒の玉を空に投げ、砂漠のオアシスで喉を潤した。
猛毒のサソリ、熊に狙われた時にも
一粒、黄色の玉を空に投げると
彼らは互いにそっぽを向いて
引き返して道を譲ってくれたのだった。
玉はあと一個になった。
旅人たちは自分たちが住んでいた大陸の
食糧飢饉から生き延びるために
新たな土地を探して来た。
長い旅だったが、
もう、危険な旅路を
一通り越えて来れた気がした。
たどり着いた新たな土地に
しばらく住めそうだ。
旅の出発から丸一年経とうとしていた。
この日、旅人は仲間と話し合い
最後の玉を雨空に投げた。
「僕らを救ってくれた皆に幸あれ」と願った。
すると空一面に、美しい七色の
大きな大きな、円形の橋がかかった。
「これがカタツムリが言っていた
こころに希望をくれるという虹色か!」
旅人たちが見上げる美しい虹の橋を
カタツムリがゆっくり 渡る姿が
見えるようだった。
その頃、遥か彼方の
あの紫陽花の茂みの中、
カタツムリたちも空を見上げていた。
「虹だ...旅人たちは無事みたいだ。」
カタツムリたちは皆微笑んで
空を見上げた。
雨粒たちも嬉しそうに 虹色に輝いた。
- 完 -
希望というものは、旅には必要だと思っている。
人生という旅であれ、短期間の旅であろうとも
希望を抱く事は、生きることの不安を
かき消すと信じて生きて来た。
希望を失いかける時は虹を待てばいい ---
そんな風に、
シンプルに信じて生きていく。
それだけを伝えるファンタジーを書いてみた。
限りなく詩に近いショートストーリーになった。
稚拙な文章ではあるけれど
勢い任せの物語にはならないよう
テーマ性はぶれてはいないとは思っている。