閃き
倉橋舞は、小柄な女子大生だった。
突然の警察の訪問には驚いた様子だったが、事情を話すと気さくに受け入れてくれた。
「英里奈ちゃんとは高校からの付き合いなんです。彼女、背が高くて美人でしょう?容姿に自信を持っているから、自分より背が高い人とは友達になれない、って言っていましたね。容姿にやっかむ人も多かったですけど、ほら、見ての通り私ちっちゃいですから。そういう僻みとは無縁だったこともあって、英里奈ちゃんとは意気投合できたんです。」
笑顔で話す倉橋は、おそらく人懐こい性格なのだろう。身長が低くなかったとしても、佐野英里奈と友達になれたのではないのだろうか。
「一応、形式ですのでお伺いします。昨夜の夜11時頃、どこで何をなさっていましたか。」
一縷の望みをかけて聞いてみるが、その糸はあっさりと絶ち切られた。
「昨日は、10時頃から日付が変わるまで、ずーっと英里奈ちゃんと飲んでましたよ。いやもう英里奈ちゃん、酒癖悪くて大変だったんですよ。もー、愚痴ばっかり!」
俺は内心落胆していたが、里田の興味は別の所へ向いたらしい。倉橋にも劣らない、人懐こい笑顔で尋ねた。
「モデルがこぼす愚痴って気になりますね。どんな内容なんですか?」
俺が聞いたら引かれるであろう内容を、こんなに爽やかに聞けるんだから正直羨ましい。というか憎たらしい。後で面倒な事務作業でも押し付けてやる。
そんな俺の内心の妬みをよそに倉橋は答えた。
「そうですねー、やっぱり一番仕事関係が多かったですねー。ほら、最近流行ってる加藤かおるってモデルいるじゃないですか。英里奈ちゃんのとこの社長が、あの女にすごい迫られてるみたいで。あんなことやこんなことまでしてもらってるてるらしいですよ。それで、英里奈ちゃんの仕事がぜーんぶ加藤かおるのほうに行っちゃうんだ、って言ってました。」
あ、これ言ってよかったのかな。あわてて呟いた倉橋に、守秘義務を伝えて安心させる。
やはり佐野英里奈には、加藤かおるを殺す動機は十分にあったのだ。だがいかんせん、アリバイが完璧すぎる…。居酒屋ホタテ貝の店主にも、一応裏を取りに行くか。
「佐野さんは、写真がお好きだと伺いましたが。」
里田が倉橋にそう言った。きっちり佐野の趣味を覚えておいて、それを倉橋との話のネタに使うとは。さすが、女性ならオールOKだと豪語する男はやることが違う。
「あー、そうですね、見てくださいこれ。」
そう言うと倉橋は、ポケットからスマートフォンを取りだし、画像フォルダを開いた。
提示されたのは、倉橋と佐野が並んで写った写真だ。美しい雄大な自然をバックに、二人とも満面の笑みを浮かべている。アングルから見るに、おそらくセルフタイマーで撮影したものだろう。
「これ、二人で北海道に旅行に行ったときの写真なんです。英里奈ちゃんが、景色が綺麗だからって連れていってくれたところで撮影したもので。よく撮れているでしょう?」
そう言って倉橋は笑った。
これ以上ここにいても、有意義な手がかりはつかめそうにないな。それにそろそろ里田が事情聴取からナンパに移行しそうだ。俺たちは倉橋舞に礼を述べ、その場を去る。
「次は居酒屋ホタテ貝か…」
俺が呟くと、里田はあからさまに嫌悪感を示した。
「えー、これじゃたらい回しじゃないっすか。俺まだ暴行魔撲滅のポスター作り終わってないんすよ。」
「まだ3件しか回ってないだろ。ガキかお前は。」
シートベルトを閉めたとき、携帯のバイブが鳴った。
梶山部長だ。
「もしもし。」
「神山くんか。どうだ、捜査状況は。」
「あまり芳しくないですね。部長、ご用件は。」
「何、大したことじゃない。君に話したもう一つの、死んだ方の案件だ。あの事件が解決したから、君のことを煽ってやろうと思ってな。お前、若手に負けてるぞ。」
そんなことか。うちの部長は暇なのか?暇ならこの案件、是非とも替わってほしいのだが。
「それはよかったですね。ではこれで。」
「おい、ちょっと待て。本題を話す前に切ろうとするんじゃない。」
本題を話す前に無駄な前置きを入れないでほしい。
「何ですか、その本題ってのは。」
「犯人は、被害者の友人の桜井光輝ってアクションスターだったんだよ。こいつの恋人の佐野英里奈、多分そっちの案件の重要容疑者になってるんじゃないかと思ってな。あ、決して俺がモデルが好きでよく知ってる訳ではないぞ。俺の推しはあくまで佐野英里奈ではなくて、加藤かおるだからな。」
フォローできていませんよ部長。モデル、好きなんですね。
ともかく、この情報は無駄にできない。
「桜井光輝の身柄は?」
「確保してある。というか、あいつは自分から自首してきたんだ。今回の被害者、田中直也って名前なんだが、田中直也を殺したのは俺です、ってな。動機はちょっとした言い争いがこじれたこと、らしいんだが、あまり詳しくは語ろうとしない。だからまぁ正確には、お前は別に若手に負けてるわけじゃないんだ。安心してくれ。」
部長の電話の後半は、ほとんど俺の耳には入っていなかった。
「ありがとうございます。」
それだけ告げて電話を切る。
愛車CRZのエンジンを入れ、アクセルをふかす。里田が慌てて助手席に乗り込んできた。
「どうしたんですか、課長。何かわかったんですか。」
「あぁ、まだ仮説に過ぎないがな。」
だが、全てが繋がる仮説だ。
確かめにいかなければ。俺は全てにけりをつけるべく、愛車が泣き出す勢いでアクセルを踏み込んだ。