アリバイ
佐野英里奈に関しても、里田からある程度の情報が得られた。
「長身でスリムな清純派モデルで、そのキャラクターは加藤かおるとは対称的ですね。最近アクションスターの桜井光輝と付き合いはじめて、一時期話題になったんですけど、それ以外はあんまりパッとしない感じっす。加藤かおるが言ったように、最近は仕事が加藤かおるに寄ってるんじゃないすかね。」
俺は佐野英里奈も好きですけどねー、と、臆面もなく付け足すところがこいつらしい。
「美人なら誰でもいいのか、お前は。」
ため息混じりにそう言うと、里田は「失礼なこと言わないでくださいよ、課長。」と反論してきた。さすがに、人並みの良識は持ち合わせていたか。
「俺は、顔で人を判断したりはしません。女性なら基本オールOKです。」
真面目腐った顔でそんなことを言い放つ。そうだな、こいつはこんな奴だった。
話しているうちに、佐野英里奈の自宅が近づいてきた。今日は恐らく仕事は休みで、彼女は自宅にいるかもしれないと教えてくれたのは加藤かおるだ。この家の場所も、彼女に聞いた。
最近の売れ行きのせいか、家はそんなに大きくない。玄関先に車を止め、インターホンを鳴らした。
「どなたですか?」
マイク越しに声がした。
「警察のものです。お話をさせていただけますか。」
そういいながら、警察手帳をカメラに向ける。さすがにいきなり警察が来たら怪しがられるかと思ったが、佐野英里奈はすんなり迎え入れてくれた。
「どうぞお入り下さい。」
玄関を開け、リビングに案内してくれる。入るとき、玄関先に飾ってあった写真がふと目に入った。彼氏の桜井光輝と撮ったものだ。並んでみると、桜井光輝が細身なこともあり、両者に体格差はほとんどない。
「美男美女が並ぶと、絵になりますね。」
里田が呟いた。こりゃあ勝てないな、と悔しがっているが、お前、アクションスターの女を奪うつもりだったのか?週刊文春に叩かれるぞ。
リビングに入ると、佐野英里奈がお茶を運んできた。自分の前にも湯飲みをおき、俺たちに座るように促す。
軽く自己紹介を済ませると、佐野英里奈のほうから口を開いた。
「こー君のお友達の件ですか?」
こー君のお友達?怪訝な顔をしていると、里田が横から囁いてきた。
「昨日起こった事件って、確かもうひとつありましたよね?取っ組み合いの末、被害者が絞め殺されたってやつ。確か、あれの被害者が桜井光輝の友人だったんですよ。その事件のことじゃないですか?」
そういえばそうだ。俺が担当しなかった死んだ方の事件。あれのことを言っているのか。
「いえ、私たちが伺ったのは、別件でです。」
別件?と首を傾げる佐野に、今までの経緯を簡潔に説明する。
「そうですか、かおるさんがそんなことを…。」
言葉とは裏腹に、その表情にはあまり動揺が感じられない。やはり、佐野英里奈と加藤かおるとの関係は、良好なものではないのだろうか。
「はい。あなたを犯人と決めつける訳ではないのですが、形式ですのでお伺いします。昨夜の午後11時頃、どこで何をなさっていましたか?」
そう言うと佐野は、慌てるでも怒るでもなく、「少々お待ちください」と言って席を立った。
「アリバイがなかったら、彼女の容疑はほぼ確定ですね。」
俺も同じことを考えていた。だがそれだけでは、彼女を逮捕することはできない。そのときは、どう自白させてやろうか。
「お待たせしました。」
戻ってきた佐野英里奈の手には、一枚の写真が握られていた。「ご覧ください」と差し出された写真を手に取り、里田と眺める。
写真には、佐野英里奈ともう一人、同級生らしき女性が写っていた。居酒屋で撮ったものらしく、二人とも手にはビールを持っている。写真の日付は昨日、時刻は22:58だ。
「昨日、友人と飲み会に行った際に撮ったものです。これで、私の容疑は晴れましたか?」
「カメラを持っていったんですか?」
里田の質問に、佐野は笑顔で答えた。
「写真、好きなんです。」
俺は小さく舌打ちをした。確かに、ほぼ完璧なアリバイだ。だが穴がないわけではない。俺はいくつか確認した。
「この居酒屋の場所は?」
「居酒屋ホタテ貝、です。」
「ご友人のお名前と、住所は?」
「倉橋舞、○○町△丁目です。どうぞご確認ください。」
完璧だな。居酒屋ホタテ貝から犯行現場まで、どう頑張っても30分はかかる。厳密な死亡推定時刻は22:45~23:15だから、佐野英里奈に犯行は不可能だ。
「どうもありがとうございます。こちらの写真は、証拠として預からせていただいてもよろしいでしょうか。」
佐野英里奈は「どうぞ」と笑顔で写真を差し出した。
俺たちは「ありがとうございます」と一礼して、席を立った。帰り際、俺は一つ質問をした。
「加藤かおるに恨みを持っている人物に、お心当たりは?」
佐野はそうですね、としばらく考えてから、はっきり答えた。
「やっかむ人はいたかもしれませんけれど、殺したいほど恨んでいる、という人はいないと思います。そんなの、自分にメリットがありませんもの。」
確かにそうだ。もっともな話だが、手掛かりを得られなかったのは辛い。
俺たちはうなだれながら、佐野家を後にした。
「…完璧なアリバイですね。」
車に乗りながら里田が言った。俺は写真を観察するが、改竄された様子はない。ほぼ間違いなく、昨日の22:58に撮ったものだと思ってよさそうだ。
「そうだな。だがとりあえず、」
一見完璧なアリバイでも、裏をとることは必要だ。
「倉橋舞に話を聞こう。」