容疑者、S
「被害者は、加藤かおる26歳。職業はモデルで、最近売れ行きは良好。昨夜11時頃、自宅にて何者かに腹部を刺される。重症ではあるが命に別状はなし、と…」
助手席の里田が、改めて事件の資料を読み上げる。俺たちは今、被害者の加藤かおるに話を聞くべく、貝々市総合病院へと車を走らせているところだ。
「加藤かおると言えば、結構な有名どころじゃないっすか。」
その辺の事情に疎い俺は、里田に先を促した。
「そんなに有名なのか?」
「ええ。抜群のプロポーションと露出の高めなファッションが特徴ですね。顔もある程度美人ですし、そこそこの人気を得てるみたいですよ。ただまぁそんなスタイルですから、ちらほら黒い噂も聞いたりしますけど。でもまぁやっぱそんくらいアクセントがあった方が、俺は好きですねー。」
でへへ、と笑う里田だが、誰もお前の好みは聞いていない。
と、そんなことを話しているうちに貝々総合病院に到着した。
俺たちは車から降りると、受付で黄門様よろしく警察手帳を広げ、加藤かおるの病室を尋ねる。受付の女性職員は俺を見て一歩後ずさったかと思えば、里田を見て笑顔で「226号室です」と告げた。俺は釈然としないものを感じつつ、黙って歩き出す。隣を見ると、里田がやけにニヤニヤしているので、エルボーを一発食らわせた。
「ハウッ‼」
里田が小さく叫んで、軽く腹部を押さえてうずくまった。
そんなこんなで、俺たちは226号室目指して歩いていく。
224、225…、あった、226号室だ。「加藤かおる」の名前を確認し、里田に「なにもやらかすなよ」と目で合図を送る。里田は小さく笑い、病院特有の真っ白な引き戸を2回ノックした。
「失礼します。」
軽く一礼して病室に入ると、里田もそれに続いた。
加藤かおるは、ベッドの上で横になっていた。腹部の痛々しい包帯が、傷の深さを物語っている。驚いたように目を見張る加藤かおるに、警察手帳を提示した。
「警視庁捜査一課の、神山です。」
「里田です。」
自己紹介すると、加藤かおるは腑に落ちた表情になり、姿勢を正した。
「あ、どうぞ楽にしていてください。まだ治療したばかりなんですから。」
里田がちょっと慌てたようにそういうと、加藤かおるは再び横になった。
「この度は御愁傷様でした。命に別状がないようで、なによりです。」
社交の挨拶もそこそこに先に進める。
「早速ですが、本題に入らせて頂きます。昨夜の事件について、覚えていることを聞かせていただけませんか。」
加藤かおるは、冷静に話を聞いていた。
かと思うと次の瞬間、
「刑事さん!あの女を捕まえてください!私、あいつに殺されかけたんです!」
ベットから飛び起き声を荒げた。隣で里田が面食らっている。
「犯人に、お心当たりが?」
「はい。犯人は佐野英里奈です。間違いありません。」
「顔を目撃なさったのですか?」
「いえ、覆面をしていたので顔はわかりませんでした。ただ、あの体型とあのファッションは、間違いなく英里奈のそれです。特に、服の着こなしはモデルにとっては自分のアイデンティティですから。私への当て付けのように清楚可憐を装ったあのファッションは、英里奈以外にあり得ません。」
加藤かおるは、自信たっぷりに断言した。断定することはできないが、重要な手掛かりになりそうな話だ。やっぱりあのとき、生きてる方を選んでおいて正解だったな。
「その、佐野さんがあなたを襲ったとして、その動機にお心当たりは?」
里田が聞くと、加藤かおるはきっと里田を睨み付けた。
「逆恨みです。自分が最近モデルとして売れないことを、私のせいにしているんですよ。私の人気が上がっているのも、彼女の人気が落ちているのも、全てそれぞれの実力です。それを勝手に私のせいにして、挙げ句こんな体にして。あの女、絶対に捕まえてくださいね。」
どうやら彼女は、佐野英里奈の仕業で間違いないと思っているらしい。俺は犯行時刻や現場などの情報が、書類と違っていないことを確認して、病室を後にした。
「課長、どう思います?佐野英里奈が犯人なんですかね?」
廊下を歩いている途中、里田が問いかけてきた。
「被害者の話を聞く限り、十中八九そうだろうな。だが、決めつけるのはまだ早い。とりあえず、佐野英里奈に話を聞きにいくぞ。」
やった、またモデルに会える!
そう喜ぶ部下の腹を軽くこづいて、俺たちは佐野英里奈の自宅へとむかった。