80話 給仕服という名のメイド服
正直に言おう。
俺はこのダンジョン探索において、すっかり緊張感を失っていた。
というのも、リリィさんの狙撃と俺の『悪食の黄色』によって巨人ゾンビは無力化。ふよふよと空中をうろつく『月に焦がれる偽魂』は俺達から仕掛けなければ、ただこちらを監視して、しばらくすると『巨人の系譜の屍』を呼び寄せるぐらいなのだ。
:『奴隷人の首輪』を入手しました:
:『巨人族章』を入手しました:
:『幻想郷に眠る巨石』を入手しました:
:『黒の奇石』を入手しました:
なので、俺は採取に勤しんでいた。
現在、俺達は隠された都市ヨールンをどんどん突き進み、当初よりも格段に家の規模は小さくなった区域に足を踏み入れている。
その中でも一際豪奢な家の中を散策中なのであるが……興味深い素材や装備がザクザク出てくる。
手に入れたアイテム類を素早くアビリティ『鑑定眼』で、解明していく。
『奴隷人の首輪』
【東の巨人王国に仕えた奴隷人に付けられた首輪。黒皮と薄い銅で紡がれた首かせは、ヨールンに身を捧げた証。巨人の力の庇護の下、彼らは平和の礎を築いた】
装備必要ステータス なし
防御+7
とくに変わり映えのないチョーカーみたいなアクセサリだった。守備力がわずかながらに上昇するという事で、すぐに装備しておくことにする。
「タロちゃん? その首輪みたいのなにー? なんだか、タロちゃんがそーいうのを着けちゃうとアタシ……ロリィタ服を着せたくなっちゃう!」
隣でハァハァと怪しい吐息を吹きかけてくるゆらちーの事は、とりあえず愛想笑いを返してスルー。彼女の不可思議な態度を気にするよりも、この首輪が元は奴隷人の所有品だった事と、家の規格が小さくなった点を踏まえ、俺達がいるエリアは人間達が生活していた場所なのだろうと、結論付けておくのが重要案件だろう。
次に見つけた『巨人族章』はお馴染み、素早さと引き換えに力と防御を格段に上げるアクセサリにもなるし『巨人と歩みし結液』を作り出す貴重な素材でもあるため、手に入れられたのは喜ばしい。ステータスを大幅に増幅させ、人体を三倍程度に大きくするアイテムは使いどころが難しいかもしれないけど、強力なアイテムである。また、ジョージというオカマが巨人化する姿を見る日が、来ないようには願ってはいるが。
そして、今回の大きな目玉であるうちの一つはこれだ。
『幻想郷に眠る巨石』
【大樹の純巨人たちの住処、幻想郷の大地に転がっている石。魔法生物が生息する彼の大地では、ただの石ですらも魔力を帯びてしまい、ここまで巨大化してしまう。通常の石よりもかなり頑強で、東の巨人王国の奴隷人の間では、家の建築材料の一部として使う者もいれば、削り出し巨大な武器の素材として活用する者もいた】
最初にこの素材を発見した時、1メートル50センチ程の岩がどうして屋内に、デンッと置かれているのか不思議でならなかった。色は白と灰の中間で、美しくもなければ汚くもなく、家のインテリアとしては不自然だし、なんだろうと触れてみれば採取対象となる素材だったのだ。
「大樹の純巨人……?」
彼らの故郷? である幻想郷なる場所には、ひどく興味をそそられた。そこがどういった場所なのかは、この説明文だけではあまり想像がつかない。だが、かなりのお宝が眠っていると見える。なにせ、ただの石コロってだけで大層な名前と、それなりに強力な武具の素材になりそうだったからだ。
そして最後はこれだ。
『黒の奇石』
【高貴なる巨人の鼻孔で、長年の月日をかけて固まっていった鼻クソ。黒光りする鉱石類に酷似しており、同等以上の硬さを誇る。それゆえ加工を施すのが難しく、当時の奴隷人たちは『さすが高貴な鼻クソ様だ。鼻クソまで折れず曲がらずの、崇高な特質を持っておられる』などと、褒め言葉半分、呆れ半分と鍛冶中の笑い話にしていたようだ】
これは間違いなく、一級品の素材だろう。見た目はただの鉱物そのものだし、鼻クソっていうのはイメージが悪いかもしれないけど、鉱石としての堅固さは『鑑定眼』で折り紙付きだ。
しかも、『大樹の純巨人』、『高貴なる巨人』、『巨人の系譜の屍』という名称があるという事実は、どうやら巨人にはランクが存在しているらしい。
これも大発見だと思う。
「おいおい、タロ。あまり油断しすぎるなよ」
「タロの場合は興奮しすぎないで、の間違いじゃない?」
晃夜と夕輝が素材の分析に夢中になる俺を咎めてくる。
「そうでありんすね……建物が小さくなった分、巨人の屍たちに見つかれば、再び苦境に立たされそうでありんす」
窓の外を眺めるアンノウンさんがほぅっと息を吐く。
彼女の言う通り、外でうろつく巨人ゾンビの方が家々の大きさよりも勝っているのだ。つまるところ、どこかで戦闘が勃発した場合、近隣を闊歩する巨人ゾンビや『月に焦がれし偽魂』に見つかり易く、集まってくる危険性がある。
この区域に侵入した際、一度に三体も『巨人の系譜の屍』を相手にすることもあったが、『飢餓』を植え付け、奴らを難なく退散させる事には成功している。だが、人魂を振り切るのが難しいので、結局は隠密行動を取らざるを得ないと判断し、こうやってコソコソと夜盗まがいな移動方法で家の中を漁り回っている。
「あのクラゲさんも気になります」
「そうだねー。あの海月のせいでだいぶ、ここらへんは明るいもんね」
『月に焦がれる偽魂』が漂う地点から、更に高度を上げた場所、都市の上空では数匹の海月に似た生命がふよふよと浮いている。
奴らは人魂よりも強い光を放ち、ここらの建物が小さくなってしまったため、その光は遮られることなく巨人たちに降り注がれている。
「小官の私見ではありますが、あの人魂のような物体を生産しているように思えます」
「同時に巨人ゾンビが動くようになる光も、放ち続けていると推測した方がいいかな」
確かにユウジことRF4-youと、夕輝の考えには同意できる点がいくつかあった。まず、海月の周辺には『月に焦がれる偽魂』が数十匹もうようよと集まっているからだ。そこからときたま、気まぐれを起こしたかのように一匹、また一匹と離れていくのだが、どうも海月に侍るその数が減少していないところを見るに……生んでいるのではないだろうか。
そして、これが最も着眼すべき所なのかもしれないが、ここで動いている巨人ゾンビには『月に焦がれる偽魂』が近くにいない個体もいた。つまり、人魂の青白い光がなくとも、頭上から降り注ぐ『海月』の光を浴びていれば、活動できるのではないだろうか。
そういった面も考慮すると、前エリアよりも難易度が上がっていると言えよう。
「また『骸骨』がいたぞ!」
「すみません! 南無南無!」
屋敷の二階へと上がった俺達を出迎えてくれたのは、白骨系のアンデッドモンスター『骸骨』だ。人間大の白骨体がぬらりぬらりと近寄ってきては、腕をがむしゃらにふるって襲ってくる。このエリアに侵入してから何体目になるかはわからない遭遇で、元々ここに住んでいた奴隷人たちだろう。そんなアンデッドを、夕輝が謝りつつも即座に剣で切り捨てていく。
アンノウンさんやミナ、ゆらちーやリリィさん、晃夜がいれば『骸骨』は敵ではない。
「あら? ここの少し広そうな部屋、何かありそうですわ」
リリィさんが開けっぱなしの扉を指差したかと思えば、夕輝の許可なく入って行く。
「ちょっと、リリィさん!」
制止するのが間に合わず、晃夜と夕輝、それに俺は肩をすくめる。
「どうせ、建物内はザコばかりだしな」
「まぁ大丈夫そうかな?」
「こんな小さな家の造りに、巨人ゾンビが寝ているなんてことはないだろうし」
そんな事を口に出していきながら、俺達はリリィさんの後を追っていく。
「みなさま、ここに装備を発見しましたわ」
すると、リリィさんは室内にあった木製のクローゼットを開け、その内部にある洋服を指し示す。
「お、本当か?」
「誰がもらう?」
「見つけたのがリリィさんだし、リリィさんかな?」
こぞってクローゼットへ群がる俺達。
「心配ありませんわ。全員分の数が揃っているようです」
見れば、少し古風な女性向けの給仕服が6着と、シンプルな執事服4着がハンガーにかけられていた。
「ふむ。種類から判断するに、やっぱりここは使用人を雇うだけの高貴な奴隷人の邸宅だったのか」
「え! これってメイド服ってやつだよね!?」
俺の分析はどうでもいいようで、ゆらちーが興奮した様子でメイド服を手に取った。喜色満面な彼女を見て、少しだけ嫌な予感がよぎる。
「着てみようよっ!? ね、ねっ?」
そういえば彼女はロリィタ服が好きだったな。メイド服もそれに準ずる共通点があったのか?
よく分からないけど、俺は関係ない。
そろそろと後方へと下がって行く。
「はらはら。同じ服を編み出す裁縫職人として、この都市の装備は気になるでありんすね」
熱心にメイド服を見つめるアンノウンさん。
「ま、まぁ? 私が見つけた装備ですし?」
ツーンと高飛車な態度のリリィさんだけど、しっかりとその目線はゆらちーの手に収められたメイド服へと注がれている。
「私も着てみたいです。ステータスも気になりますね、天士さま?」
そこで俺に振るのか、ミナよ。
いや、ミナが悪いわけじゃないんだけどね!?
「いや、俺は気になら「じゃあ、決まりー! 男子はほら、こっちの執事服を持ってって! 隣の部屋に行って着てきなさいっ! あたしたちはココね!」
ゆらちーがユウやコウに反対意見を出させる前に、まくしたてた。
男子と女子で、境界線はココー! と表現するように右手で線を引く動作まで何回もしている。
「え、いや。ここで二手に分かれるのって危なくない?」
「ユウ。あんたは女子の着替えを覗きたいの?」
「いや、だって一瞬で装備は変更できるし……」
「あーもう! わかってないわね! こーいうのは空気が大事なのっ! ほらどうせすぐ隣の部屋だし、何かあったら対応できるから、さっさと行った行ったー♪」
なぜ、こうもテンションが上がっているのだろうか。
よくよく観察すれば、アンノウンさんもリリィさんも、ミナまでうずうずしているような気がしなくもない。
しかも、何故か女子勢の爛々と光る視線が、俺へと集中しているのは気のせいだろうか。
俺はゆらちーへと押される男性陣に紛れこんで、部屋を出ようとする。
「さーって、タロちゃんはこっちだよー?」
ニコって笑いながら俺の手を掴んだゆらちーは、姉と俺のロリィタ服を嬉々として選んでいた時と同じ顔をしていた。
「ひぃっ」
 




