78話 残念少女と鬼畜メガネ
「ユウ!」
巨人ゾンビに殴られた夕輝は、俺から見たらぺしゃんこに潰されたように映った。まるで野生の猛り狂ったゴリラが、小さな人形を蹴散らすように。
ユウ(夕輝)Lv9 HP21/450
「大丈夫だっ」
なんとか絞り出したであろう声で、夕輝は自身の生存を報告してくる。一撃は耐えることができたようだ。
「うぉらっ!」
「えいやっ」
『巨人の系譜の屍』が夕輝への一撃をみまった隙に、晃夜が拳で、ゆらちーが両手剣で、敵の足元へと攻撃を叩き込んでいく。
「グォォオォ」
百騎夜行の二人が試みた反撃は、『巨人の系譜の屍』を一瞬だけひるませたかに思えた。
だが次の瞬間、大きな両腕を広げ、俺達を一気に掃討しようとやたらめったに腕を振り回し始めた。
太い腕が乱雑に打ち出される攻撃は、まるで丸太が吹き荒れる嵐そのものだった。
全員がその範囲から逃れようと、家の隅へと退避しようとするが、長いリーチを誇る巨人の腕からは逃れられない。
「みんな、目をつぶって!」
だからこそ、俺はここぞとばかりに両目を瞑って『閃光石』を小太刀で打ちつけた。
瞼の裏で強い光を感じれば、すぐに目を見開き『巨人の系譜の屍』の様子を観察する。
「が……が、ぐ……おでは……な゛に゛を゛じでいる……」
なんと頭を抱え、朦朧としつつも『巨人の系譜の屍』が言葉を発したではないか。
この出来事に、その場にいる全員が騒然とする。
だが、『巨人の系譜の屍』はすぐに苦しそうな呻き声を上げ、地面を力いっぱい殴りつけた。
「グガァァアアッ」
「っち! タロ、今のをもう一回やってくれ! もう一度でも、あんな攻撃をくらったら即全滅だぞ!」
晃夜の叫びに応じ、もう一度俺は『閃光石』を使用する。
そしてわずかばかりの間、『巨人の系譜の屍』の動きを止めるに至る。
その間にやれる事はやらなければならない。
まずは『翡翠の涙』を両手で持ち、夕輝に二つ素早く使用する。これで、俺達の壁役のHPを全快だ。
「やるしかないぞ!」
「せいやっ」
「はいです」
「突撃ぃ!」
「ちょこざいなっ」
『巨人の系譜の屍』の方に目をやれば、ゆらゆらとうごめく『月に焦がれた偽魂』の下で頭を抱えながら膝をついているところに、パーティ全員によって総攻撃を仕掛けられていた。
だが、その身体はビクともしない。
みんなのアタックは多少の肉を削りとっただけに過ぎず、『閃光石』が放った光の呪縛から解放された『巨人の系譜の屍』は右腕を振り上げた。
「ターゲットはゆらちーだ!」
次の攻撃に備えていた夕輝だったが、その予測が空振りしてしまい、すぐにゆらちーへと警告を発する。
「あ、あたし!? なんで!?」
「『アピール』を飛ばしたはずなのに……」
ドゴッと土が激しくめくれ、夕輝の疑問は無理矢理かき消される。
ゆらちLv10 HP87/280
「攻撃の余波だけでっ! このダメージ!? ユウと違ってアタシが直撃なんてしたら即死ねっ!」
器用に地面を転がりながら、『巨人の系譜の屍』の攻撃をギリギリでかわしたゆらちーが呆れながら言い放つ。
「もう一度、『アピール』! 多分、ゆらちーにターゲットが移ったのは、巨人ゾンビが赤属性に弱いからだ!」
夕輝が『巨人の系譜の屍』の注意を引きつつも、分析を急いで全員に伝えていく。
「なーるほどねっ。あたしの愛剣『大輪火斬』は炎攻撃の属性が微弱だけど付与されてるし、そのせいでねってことでっ! 斬って斬って斬りまくるしかないっ!」
またもや夕輝が『巨人の系譜の屍』の一撃を受け止めている隙に、ゆらちーや晃夜が突貫していく。
アンノウンさんも何かの薙刀スキルで巨人ゾンビの腰あたりを激しく切りつけていた。
「大球よ、大仇を焼き焦がせ!」
そして、『巨人の系譜の屍』の攻撃対象が炎剣を持つゆらちーに移るタイミングを見計らって、ミナが詠唱を読み終える。
「『火球』!」
うちの神官ちゃんが放った二つの炎弾は、『巨人の系譜の屍』の顔へ見事に直撃する。
「ブフォ……」
しかし巨体ゆえの耐久力なのか、顔面が火傷でただれようが、焼け焦げようが敵が崩れ落ちる事はなかった。
「これでも、堪えてないな……『アピール』!」
敵の標的がミナへと移るのを防ぐために、アビリティを発動した夕輝が、みんなから少しだけ離れた。
もう一撃を耐えられるか心配だ。
俺がそんな不安な気持ちになった時、ふとアシストログが流れる。
:風妖精のバフ『優雅なる風の囁き』が発動しました:
妖精による独自の知識や見解を、フゥが囁いてくれるってやつか!
願ったり叶ったりだ。
いい子だぞフゥ! ナイスだぞフゥ!
藁にもすがりたい思いでフゥへと視線を向けると、『風乙女』となった風妖精は、こんな戦闘中なのに上機嫌な笑みを携えながら、ある一点を指差していた。
『タロんタロんっ♪ あの光が怪しいんだよー! あの光をやっつけちゃおうよ』
うん? ……上空で漂っているだけのホムンクルスをどうにかするより、目の前の巨人に対応した方が理にかなっているはずだけど……。
それでも、自信満々にフゥが言うのなら何かあるのかもしれないと踏み切った俺は、フゥに上空へと飛び立つ事を念じ、『月に焦がれた偽魂』へと接近を試みる。ついでに、称号もクリティカル率が上がる『先陣を切る反逆者』へと切り替えておく。
その際に背後から轟音が鳴り響き、パーティーメンバー欄の夕輝のHPがごっそりと減っている事に気付く。
「おい、タロ! ユウにポーションを頼む!」
「ちょっと待って! あいつを倒した方がいいっぽい!」
すでに右手で小太刀を握りしめていたので、俺は残る左手で『翡翠の涙』を一つ割り、夕輝のHPを半分程回復させておく。
「無害な人魂なんて放っておけ! それよりユウが!」
晃夜が余裕のない声音で俺を呼び掛けてくるが、俺は視線の先に漂う『月に焦がれた偽魂』に集中した。
「フゥ!」
前回、反撃された失敗を活かし、今回はフゥが上段から強風を発生させて相手が体勢を崩したところで小太刀の一撃を浴びせる算段だ。
いける!
ゆらめくホムンクルスは、俺の太刀筋に反応できない。
そう確信した瞬間、光の中の小人が嗤ったように見えた。
そして『月に焦がれた偽魂』の目論見通り、俺の攻撃は虚空を切った。
「くっ」
飛行経験は敵の方が一枚上手だったようだ。
直線的な動きの俺は、先が読みやすかったのだろうか。
難なく俺の攻撃を回避し、ふわりと上空を旋回した『月に焦がれた偽魂』が、俺の背中に回り込むように急接近してくる。
また衝撃波を受けてしまう。
そう思い、無理矢理に身体をねじまげて、せめて一太刀だけでも相手にいれようと奮起し、後ろを振り返る。
だが、そこには俺の予想を遥かに超える事態が起こっていた。
「え?」
青白い人魂には一本の矢が、突き刺さっていたのだ。
「……助かった?」
何が起きたかさっぱりわからないうちに、矢に射抜かれた『月に焦がれた偽魂』はよろよろと下降していき、消滅していった。
次の瞬間、大きな物が倒れる音とともに屋内がズシンと揺れた。『巨人の系譜の屍』がなんの前触れもなく倒れたのだ。
「んん、一体どうなってるんだ?」
「あれ? どゆこと?」
夕輝やゆらちーが困惑しているなか、晃夜がどこか納得しているかのようにこちらに視線を飛ばしていた。
お前がしでかしたんだろ?
眼鏡イケメンの俺を見つめる双眸は、そう尋ねてきている。
「ホムンクルスが消えると、巨人も倒れた……」
俺は……みんなも、錯覚していたのだ。
『巨人の系譜の屍』は月光で目覚めたのではなく。
『月に焦がれた偽魂』の青白い光がある限り、動き続ける屍だったのだ。
だからこそ、あの人造生命体を屠った途端、暴れていた『巨人の系譜の屍』を止めることができたのだ。
謎は解けた。
解けたのだが、じゃあ肝心の『月に焦がれた偽魂』を消滅に追いやった、あの矢は一体誰が、どこから放ったモノなんだ?
そんな新たな疑問が浮かびあがった俺に、その答えがすぐ近くから発せられた。
「やりましたわ! この私が! みなさんのピンチを救いましたのよ!」
弓矢を構えた女性傭兵が、扉の隙間から参上してきたのだ。
金髪のツインテールをご機嫌なワンちゃん並みに震わす姿は、まんま女子中学生なのに、その身に付ける装備は露出度が高いこと高いこと。
そんな禁断の果実臭を匂わせる美少女傭兵が誰かと言えば、リリィさんしかいないだろう。
「私の活躍にひれ伏し、感謝するのですわ! 天使よ!」
彼女は高笑いをしながら、大声でそんな事を言っている。
「あ、えーっと……」
彼女が突然こんな所に現れたのには、困惑してしまう。だけど、助けられたのは事実だし、お礼ぐらいは言っておかないとだ。
みんながリリィさんに唖然とするなか、俺は彼女の方へと歩み寄って行く。
「『狩り取る手刀』」
だが、リリィさんの背後に素早く回り込み、首筋あたりにチョップを決め込んだ晃夜がお礼を述べるチャンスを奪ってしまった。
「早い話、こいつも敵だろ?」
ドサッと地面に崩れ落ち、状態異常『麻痺』の時によく見られる身体を痙攣させるリリィさんが俺達の前に横たわった。
「お、予想以上に上手く決まったな。15歳以下の傭兵相手にも、状態異常アビリティは便利だな」
眼鏡イケメンは無様な醜態をさらす金髪ツインテ中学生を見下ろしながら、メガネをクイッと持ち上げる。
今後、晃夜の事は鬼畜メガネと呼ぶことにしよう。




