71話 転がる軍勢
「こう天気がいいと、昼寝がしたくなるのになぁ」
俺は晴れ渡った空を見上げ、緊張をほぐすように呟く。
ミケランジェロを南西に出て数百メートルの地点で、俺達は来るべき戦いに備えていた。未だに敵の正体や数に関する情報が入ってこないため、俺達は仕方なくミケランジェロを背後に、横ニ列横隊に並ぶという布陣を取ったのだ。
一人一人の間隔はおよそ3メートルから4メートル弱で、総勢102名からなる傭兵たちの壁はミケランジェロの防波堤として150メートル以上はフォローできる。
だが、その厚みは非常に薄い。なぜなら、二列でしかないうえに隣の傭兵まで距離がありすぎるのだ。端的に言えば、カバー範囲を優先するためにスッカスカの防御陣を取ったに等しい結果になってしまった。
しかし、敵がどこから、どれだけの数が来るか不明な以上、ターゲットを発見した時に素早く反応するためにはこれが最善の手だろう。
「仕方ないよなぁ」
そんな壁の前列にいる俺は、少し離れた隣に立つミナへと話しかける。
「ジョージ、大丈夫かな」
「天士さまの方にも、フレンドメッセージは来ていませんか?」
メイスの柄を所在なさげに何度もさすりながら、ミナは質問を返してきた。日頃、オカマに厳しいミナだが、やっぱり落ち着きのない動作をするということは、なんだかんだとジョージの事を案じているのだろう。
「こっちはまだ。ってことは、ミナの方もか」
ジョージは今、この場にはいない。ジョージ以外にも、トラジさんや複数の傭兵が遥か前方、各方位に配置されている。それは、ここで壁として待機している傭兵たちに、敵の存在を一早く知らせるためだ。俺達が魔物と正面からぶつかり合う主戦力だとしたら、彼らは偵察の役割を果たすべく、単身でどこから敵が来るのかを探っているのだ。
トラジさんが『イネ村』近辺に送ったという先遣隊が、フレンドメッセージで敵の情報を送っている最中にキルされた以上、相当に素早いモンスター群なのかもしれない。もしくはこちらが探知しづらい能力を持っているとか。だが、仮にそうだとしても大勢を完璧に隠すことなど難しいだろう。だからこそ、偵察としてジョージたちが前方に出された訳なのだけども、現状から見るに戦いの生贄的なポジションには変わりはないだろう。なぜレベルの高いジョージやトラジさんが選抜されたかと言えば、低レベル者だけだと生存率が薄く、こちらに情報を送る前にキルされる懸念があったためだ。
「フンッ。情報が伝達できなくとも、キルされればフレンドリストで把握できるだろ。そいつがやられれば、そっち方面から敵が接近しているとわかる。それだけで十分だ」
ヴォルフの冷たい指摘は、確かに今の俺達ができる事のなかで最善を尽くしているし、真実を捉えている。
どこから敵が押し寄せてくるのか、それさえわかればこの広がりきった壁を集束させ、かき集めた最高戦力で敵に相まみえることが可能にもなる。
さて。そんな事もあって、危険地帯に身を置くはめになった偵察要員たちの事を心配しながらも、俺は右手から『望遠鏡』を取り出す。
そして、数百メートル先、ちょうどジョージたちがドアップで見れる装備に目を当ててみる。
視点を左右に振りジョージがどこにいるか探していると、色黒オカマが中腰でジッと前方を観察している姿が目に入ってきた。プリンっと突き出たお尻のフォルムが、ピンクのレオタード姿だったため丸見えだ。俺は目に毒だなと愚痴りながらも、視線を別の方角へと外していく。
「ジョージは元気そうだったと……」
なぜ、こんな便利な装備を持っている自分が後方にいるかといえば。
俺の号令を横へと繋げていき、伸びきった状態で配置されている傭兵たちの陣形を整え、敵戦力へと密集させてぶつけるという役割があるためだ。もちろん、偵察している人達の方が敵を早く見つけられるだろう。なにせ、俺は全方位に向けて望遠鏡をくるくると見回していなくてはならない。だが、発見してから偵察の人がキルされたとしても、その様子をみんなに報告し、状況に応じて陣形を変えた方がいいと言う、ウーガのじいさまの意見にみんなが賛同した結果、傭兵からなる壁の中心地点に俺は配置されたのだ。
左翼には晃夜、右翼には夕輝と、俺とフレンドチャットが可能な二人が両翼を担っている。俺の傍にはミナ、アンノウンさん、ウーガのじいさま、ユウジことRF4-youが待機しているスタイルだ。
「むぅ……トラジからフレンドチャットがきたのぅ」
「ホントですか!?」
「左斜めの方向に土煙が見えたそうじゃ……」
ウーガじいさまの報告に、俺は素早くトラジさんがいる地点へと望遠鏡を動かす。トラジさんは左翼寄りの前方を担当していたはずだ。
「……むぅ? 敵じゃぞ! 敵がきよったぞぉ」
フードをまぶかに被った老人魔法使いは、トラジさんからの更なるフレンドチャットを受け取ったのか、敵の襲来をみんなに告げた。
すると左右に位置していた傭兵たちがすぐさま、『敵がきたぞ』『敵がきたそうだ』『敵がくる』と隣の傭兵たちへと、直接言伝を次々と繋げていく。
俺も素早く、両翼の傭兵たちを担当している晃夜や夕輝へとチャットを送った。
望遠鏡越しで見るトラジさんは、しばらくジッとしていたが、クルリと方向転換をし、必死の喧騒でこちらへとダッシュし始めた。
青い顔をして撤退を始めるトラジさんの背後へと、俺は望遠鏡の焦点を合わせ、一体何が来るのかを見極めようとする。
「むぅ……トラジの奴、どんなモンスターなのか報告ぐらいせい……土煙と黄色い何かが大量に押し寄せてきているとしか言ってこなんだ……」
これだから若いもんはだらしないのぉと、ウーガじいさまのぼやきを横で聞きつつ、俺はジッと望遠鏡が捉えるであろう敵の姿をまだか、まだかと待ちわびる。その間に俺は、Lv5になってから獲得していた100のステータスポイントを、素早く振り分けていく。
タロ レベル5
HP60 → 70 MP40(+10) → 60(+10)
力1 魔力14 防御2 魔防8 素早さ140 → 160 知力155 → 205
残りスキルポイント32
今回の振り分けはこんな感じだ。やはり風妖精のフゥと一緒に戦うにはMPが消費されることを念頭においてあるため、MPに20ポイントも振ってしまったが、しょうがないと思う。
あとはいつも通り、1に知力、2に素早さ、3にHPといった優先順位だ。
「よし、これでオーケーっと……」
戦闘への準備も万端になりそれからじっと望遠鏡を覗きこむこと数十秒。
俺は敵の正体をついに視認した。
「あれは……」
たしかに報告通り、黄色がかった集団がかなりの速度で近づいてきている。
だが、その魔物とは……。
「……スライムです!」
そう、それは確かにスライムだった。
丸型のゼリー状のモンスター。
「なんじゃと? それは天使ちゃんよ……本当なのじゃな?」
ウーガのじいさまの確認に対し、俺は見たモノを自分なりに分析し、語気を強めてみんなに通達する。
「スライムです! おそらく、タフ・スライム……いえ、それよりも大きい!」
そのスライムの様相は普通のスライムとは違い、橙色の身体をしている。彼らはゴロゴロと平原を転がりながらこちらへと猛進してきている。数は後続が土煙に隠れて判然としないが、見える限りで100匹以上はいると思う。今のところ横幅20メートル以上の規模で突き進んできているため、多くて150から200と考えるのが妥当なところだろう。
俺の叫びに呼応し、『通達! スライム接近せり! スライム接近せり!』とユウジが喚く。同時に左右へと『スライムだとよ』『スライムか』『スライムだそうだ』『スライムがくるって』と伝言ゲームばりに、俺の報告が伝わって行く。
『スライムスライム』と一言ずつ隣にスライムと伝えていく彼らは、傍からみたらかなり奇妙な集団に見えなくもない。熱心なスライム教のスライム信徒か何かを錯覚してしまう程におかしな光景だ。しかし、彼らは至って真面目に『スライム』『スライム』『スライム』と隣の傭兵へクルリと首を向け、呟いていくのである。
しかし、そんな彼らを観察すれば、どこか弛緩したような空気をまとっているようにも見えた。俺はマズイと判断する。なぜなら、肝心の危険度に対する認知がされていない。
問題なのは、そのスライムの大きさだ。橙色のスライムといえば、先日『コムギ村』の近辺で遭遇した、通常のスライムよりも強くて大きめのタフ・スライムだったが、今回はそれよりも明らかに大きい。目算だが、1メートル近い身体を勢いよく回転させながら、かなりのスピードで移動してきているのだ。別の場所で突然変異したタフ・スライムが誰にも掃討される事なく、そのまま暴食を続けて、数も大きさもあんなに肥大化させてしまったとでもいうのだろうか?
とにかく、俺は報告を繰り返した。
「大きなスライムが来てます! スライムよりも数倍も大きい危険なモンスターだ!」
余裕のない俺の声に、再びユウジが周囲へと伝達を促す。
「敵戦力、誤認! 情報修正! 通常のスライムより、数倍の体積を有するスライムが接近中! 繰り返す! 数倍の体積を有するスライムが接近中!」
もっと、わかりやすく噛み砕いて簡潔に言ってくれ! と叫びたい気持ちを抑える。今、俺が余計なことを言ったら、みんなが俺の言葉をオウムがえしに、横の傭兵たちへと伝えていく可能性がある。
『でかいスライムだとよ!』『おおきなスライムだって?』『どれぐらいのスライムだ?』『でっかいスライムが来てる!』と口々に告げていく彼らを見て、少しだけ胸をなでおろす。
左右へと繋がる傭兵たちが多少は現状を把握できたところで、俺は追加の情報を吐き出す。
「左へ移動するべきです! 左へみんな移動しよう!」
望遠鏡で見る限りだが、他の方角から敵の出現は見られない。
ならばと急ぎ、右翼の夕輝へと敵は左翼へと向かっているとチャットを打ち、左への移動を促す。次いで、左翼の晃夜へと敵の戦力はそちらで激突するだろうと報告をしておく。
「左じゃぞ! 左へゆけい!」
「左へ移動だー!」
「左だな!」
「左にいくぞー!」
周囲の傭兵たちと共に、急いで左翼へと走り出す。
ウーガのじいさま主導で俺達が晃夜たちとの合流を果たすと、俺達のように中心部に配置されていた傭兵たちとは違い、左翼の傭兵たちは正面から敵を迎え撃てる準備を一早く完了し終えていた。
「フンッ。防御とHPの高い奴は前に出ておけ!」
「盾役は前衛に密集しておくんだ! 遠距離攻撃が放てる奴は盾役の後方で待機しろ!」
ヴォルフと晃夜が中心となって指揮をしているようで、移動し終えたばかりの俺達は左翼の傭兵に習い、陣形を整えていく。
「フンッ! わかっているだろうが、初撃は遠距離攻撃で敵の勢いを削ぐ必要がある!」
「後方にいる傭兵の視界を遮らないように、前衛は中腰になってくれ! 敵が近づいてくるまで、立つんじゃないぞ!」
妖精の舞踏会では戦った二人が、ちゃんと協力し合えていることに俺は満足感を覚えつつ、ウーガのじいさまやミナたちと一緒に壁役の人々の背後へと回って行く。
右翼の様子を見れば、まだ移動中だ。スライムたちとの接近に間に合うかどうかは……ギリギリと言ったラインだろう。
再度、進撃途中であるスライム達へと望遠鏡を向けてみると、トラジさんが橙色の群衆に呑まれ、ひき潰されていく悲壮な姿が目に映って来た。
「うわ……」
彼は先頭のスライムに追いつかれ、接触と共に激しく弾かれた。そして、体勢を崩して地面に横たわった所を大量のスライムたちによって、圧死させられたのだ。
早い。早すぎる。
「と、トラジさんがキルされましたよね?」
ウーガじいさまに確認の意味合いも込めて放った俺の一言が、即座に左右の傭兵へと伝わって行く。
「トラジ少佐、殉職により二階級特進であります!」
「トラジがキルされたとさ」
「トラジさんがキル!?」
「Lv7のトラジが瞬殺された……」
「トラジがキルされた」
「偵察のトラジが即キル」
「おいおい、俺達じゃ止められなくねえか?」
今のは不用意な発言だったかもしれない。というか、俺の言葉をそこまで拾って伝言しなくてもいいのにと胸中で愚痴りたくなった。
みんなの不安が膨らんでいくのが、俺へと向けられる数々の視線から感じてくるのだ。
さっきのはまずい……。
隣のウーガじいさまを見れば、口を開かずに無言で前方を厳しい目つきで睨んでいる。
この頃になると、大きなタフ・スライムの姿はこの場にいる全員でも視認できるぐらいの距離まで近づいてきたこともあって、みんなの動揺に拍車がかかっていく。
「右翼のみんな! 急いで! 盾役はボクに続いて前列へ! 早く!」
「遠距離攻撃を可能とする傭兵さんは、私に続きなさい!」
ここで夕輝やリリィさん、ゆらちーのいる右翼の傭兵たちがようやく参列に加わるも、目の前に迫ってきているスライムの大きさや、全てを吹き飛ばし押し潰せそうな敵の大進軍を間近に見て、浮き足だっているようだ。
「む、むりだっ!」
「俺はやっぱり、やめる!」
「モンスターにキルされて経験値ドロップするぐらいなら、逃げた方がマシだ!」
「そうだ、せっかく4Lvになったんだ。」
「そもそもモンスターが街に入れるなんてありえるか?」
「案外、ミケランジェロが壊れることなんてないんじゃないか?」
「でも、イネ村は損壊してたって……」
「とにかく、俺はこんな戦い知らねえ!」
「抜けさせてもらう!」
そして、俺が。俺達が最も恐れていた現象がここにきて起きてしまったのだ。
味方の離脱。
戦列に加わる者がいるなかで、そこから離れ後方へと走りだそうとする者が現れ始めたのだ。
敵の数は150匹以上はいるだろう。
対してこちらの戦力は100を少し上回るぐらいで、数では押し負けているし、相手の方が突進力を活かして打撃力のある状態だ。
そこで、こちらの数がさらに減るということは、ことさら不利な状況に突き落されることに他ならない。
なんとか。
どうにか、ならないのか。
頭をフル回転させても良案は思い浮かびそうにない。
そもそも、これはゲームであって、個々の自由の元集まった傭兵たちなのだ。つまり彼らが逃げるのも自由で、引きとめる権利なんて俺には持ち合わせていない。
「くぅっ……」
残る傭兵たちだけで、何とかするしかない。
短い時間でそう結論付け、押し寄せるスライム群を睨み据える。
「貴様らはそれでも軍人か! この痴れ者ども!」
だが、唐突に気合いのこもった罵声が浮ついた戦場に響き渡った。
それは覚悟を決めた俺の横で、発せられたものだった。
驚いてそちらに目を向ければ、『変幻スキル』で全身を真っ黒にしたユウジことRF4-youが金切り声を上げていたのだ。
「敵前逃亡とは何事だ! この畜生共め! 貴様らはそれでも軍人か! いや、お前らなど軍人と呼ぶにはふさわしくないな! ただのブタ野郎だ!」
RF4-you……小柄な体躯に美少年な見た目とは激しいギャップを抱く言動を周囲に喚き散らしていた。
「なんだ、アイツ」
「誰が軍人だよ」
「なんかキモくね?」
及び腰になって下がりつつあった傭兵たちの敵意が、突然怒鳴り出したRF4-youへと注がれる。クラスメイトでもある夕輝や晃夜も半笑いで、ユウジへとやっちまったなーとでも言いたげな目線を送っている。
「貴様ら、返事はサァーイェッサーだ! そんな事もわからんのか、ウジ虫共め!」
周囲へと罵倒を次々に浴びせるそんなユウジが、なんともキビキビとした動きで俺へと近づいてくるではないか。
……嫌な予感しかしない。
こいつは何をするつもりだ?
彼はシュタっと踵をそろえ、背筋をピンと伸ばし、厳めしい顔をサッと造っては、視線を俺ではなくやや上へと向けた。そのまま機敏な動作で右手を伸ばし、自分の額へとピシっと当てる。何度も練習したのかコイツ、とツッコミたくなるほどに見事な敬礼ポーズを取るユウジ。
「ここに坐するお方は、我が軍の最高司令本部所属、麗しの閣下! タロ大将閣下であります!」
はぃ?
俺、別に指令とかリーダーとかじゃないんだけど……。
思わずクラスメイト相手に引き気味になってしまう。だいたい、そんな事言って、戦意を失った傭兵たちに何が言いたいんだお前は。
心の中でいくつものツッコミを浴びせつつも、俺は黙って軍オタであるユウジを無言で見守る。
「ここで踏ん張り戦い続ける小官は! 天使閣下とフレンドになるであります!」
天使閣下とかやめてくれ。なんだ、その恥ずか死ぬあだ名は。
「小官とフレンドになるでありますか!?」
……はぁ?
なんでこんなタイミングでそんな事を俺に確認してくるんだ。
ソレはそんなに意気込んで、今だす話題なのか?
正直、ユウジとはコンビニで顔を合わせてしまったこともあって、できるだけ関わりたくないし、避けたいし、フレンドになりたくない。
でも、クラスメイトであるユウジとなぜフレンドにならないのか? そんな疑問が当然、晃夜や夕輝の間で沸くだろう。そこから色々とユウジを交えて詮索されたら、面倒な事になりかねない。
表情は憮然としているユウジだが、その目に宿る熱は本物だった。そのため俺は自然と一歩、身を引いてしまう。コイツは一体、何を考えているんだろう。クラスメイトには決して送られないであろう愛のこもった眼差しで俺を見るのは勘弁して欲しいし、ぶっちゃけると悪寒が走る。
どうしてこうなってしまったんだろう。
心にぽっかりと空いた虚無感に習い、俺の表情は無を貫き通している。だが、夕輝や晃夜の手前、ギギギッと首だけをユウジの方へと動かし、『フレンドになるよ』と一言だけ呟いておく。
すると、どうした事だろうか。
左右にいた傭兵たちが『天使ちゃんがフレンドになる』『銀姫がフレンドになる』『姫様がフレンドになる』『天使ちゃんのフレンドになれる』と、首だけをクルンっと向けて隣の傭兵たちへと怒涛のスピードで伝言ゲームを開始した。
今までで一番素早い伝達速度だったような気がしなくもないが、そんなことはないだろう。きっと。
「総員! 迎撃体勢、よおおおおい!」
そして、声高らかに傭兵Lv3のRF4-youが、ふてぶてしくも悠然とした態度で号令を放った。
「ふぉっふぉっ……サァーイェッサー!」
誰も従わないだろうと思った矢先、すぐそばにいた、ウーガのじいさまがクワっと目を見開き、ユウジに習ってそう叫び始めた。さらに逃げかけていた傭兵たちも何故か、いそいそと戦列に戻ってきている。
彼らは一様に目を血走らせて「「「サァー! イェス! サー!」」」と怒号を口々にする。
「接敵まで20秒前! 砲撃隊、及び、銃撃隊は攻撃準備用意!」
「「「サァーイェスッサー!」」」
今ので伝わるの? と疑問を抱かずにはいられない俺だったが、周りの魔法使いや遠距離攻撃を可能とする傭兵たちが一糸乱れぬ動きで、武器を構えたり詠唱態勢に入るのを見て、俺も思わず『打ち上げ花火(小)』を準備してしまう。
「目標! 眼前に迫る脆弱なプリンどもだ! 貴様らの、踏みつけられても立ちあがる、Mブタ根性を奴らに見せつけてやれ!」
「「「サァーイェスッサー!」」」
狂気に満ちた味方の空気に当惑しつつ、俺はもうすぐ傍まで来ているスライムたちを見つめる。
「ってぇ! ブチ込め!」
「「「サァーイェスッサー!」」」
鬼軍曹と化したユウジことRF4-youの攻撃開始命令に従い、多くの魔法や遠距離攻撃、俺の花火などが敵へと砲火されたのだった。
――――
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この場にいる誰もがまだ知らない。
今日という日の出来事が、後に銀の軍人と呼ばれる集団が生まれるきっかけになっていたということに。有事の際、彼らは天使ちゃんという傭兵の御旗の元に集結し、敵対する者同士が肩を並べ、傭兵団という垣根を超えて協力し合う強大な勢力へとなっていく。




