50話 傭兵たちの舞踏会
静寂の中、姉から差し伸ばされた手を見つめる。
この手を取るか、否か。
そんな選択を考えている場合ではない。
せっかくの妖精の舞踏会だというのに、会場は静まり返っているし、一緒に来た夕輝や晃夜、ミナまで姉の登場でブルっている。
おまけに両肩と頭に乗っかっていた妖精さんたちは、三匹とも俺の背中に隠れている始末。
これは、まずい。
妖精さんたちが、ますます人間を怖がってしまう。
この場をどうにかできるのは、どう考えても俺しかいない。
「……っみ、」
うっ。
姉を諌めようとしたが、緊張のせいか舌が上手く回らず、言葉がつっかえてしまった。
「み?」
そんな俺に、姉は優しく聞き返してきた。
その表情は数瞬前とは打って変わって、朗らかだ。
一体、さきほどまでの不気味な能面顔はどこへなりを潜めたのか、とツッコミたくなるぐらいだ。とにかく、そんないつも通りの姉の態度に後押しされ、俺がこの場で言いたいことを胸の内で反芻する。
よし、大丈夫。
あとは伝えるだけ。
俺はすぅーーっと息を吸い込み、姉を見つめながら正直な気持ちをぶつけた。
「……っみ、みんな仲良くー!」
俺の大声に、姉はキョトンした表情になる。
周囲も釣られて、おお? っと、どよめきの声をあげる。
「姉……そんな、みんなに威嚇する必要ないから」
俺の遅まきながらのツッコミに、晃夜や夕輝は俺と姉を交互に目だけでチラッチラッと見返す。
周りの傭兵達も、『え……』とか『姉?』、『妹ってことか?』と固まる。
「いや、でもな太郎。ここにいる奴らの中には太郎を利用しようとする輩がいるかもしれない」
そんな周囲を完全にスルーする姉は尤もな理由を述べてくる。
「そうかもしれないけど、ユウとコウは友達だから」
俺は硬直仕切っている夕輝と晃夜に触れる。
そんな二人の影から、ボクはボクは? と何だか捨てられた子犬のような眼差しでグレン君が何かを訴えてきているが、今はキミに構っている暇はないんだ。ごめん。
「私の可愛い太郎が、今は更に可愛くなっているのだ。オカマとミナちゃんなら、まぁ許容の範囲だが、見る限り高校生以上に値する男児が、太郎のようなキャラに近づくなんて……そんな太郎の傍にいる輩を信用しろと?」
姉の言い分に、所々で『うんうん…』『確かに』とか、『奴らはロリコンだな』とか小さな賛同の声がポツポツとあがる。
俺はそれに溜息をつく。
「姉、ユウとコウは俺のリアルを知ってるよ」
その言葉に、姉はようやくピンときたようだ。
ユウとコウは俺の学校の同級生だということに。
「し、しかしだな……そんな二人組より、わたしが太郎をエスコートした方が安全だぞ」
はいはい、その気持ちは嬉しいし、是非そうしてほしいし、むしろ強い傭兵団の団長やってるなら、こちらからお願いしたい程だけど。
その申し出を受ける前に、姉には言ってもらわねばならない事がある。
「姉、そこはもちろん。姉にお願いしたいけど、まず先にさ」
「そうだろ、そうだろ。さっ太郎、わたしの傭兵団員を紹介がてら、舞踏会を楽しもう」
姉が淀みない動きでクルリと会場の奥へ身体を向け、何事もなかったかのように歩み出そうとした。
俺はそんな姉の背中に一言放つ。
「ユウとコウに謝って?」
「あ、う……」
ピクリと動きを止めた狩人のシン。
「ね?」
なんとなく、決まりが悪いのはわかる。
あれだけ大きな啖呵を切って、俺の同級生をいびった後なのだ。
でも、夕輝も晃夜も大事な友達だし、そんな二人と姉との間で変な距離が空いてしまうのは寂しい。
「姉、おねがい」
俺の再三のお願いに、姉はぎぎぎぎっと音が立ちそうなほど、ギクシャクした動きでこちらに向き直った。
「は……う、ぁ…………ハィ……」
小さな声だけど、了承の返事が返ってきたことに俺はホッと安堵する。
そして、姉が俺の隣に立つと親友二人の目を真っすぐ見据えた。
「い、いつも、太郎がお世話になっている。わたしは太郎の姉だ。さきほどはその……」
だが、途中から視線はあさっての方向に泳ぎ始めた。
そんな姉は苦虫をつぶしたような表情になり、素早く腰を深く折って、頭をひょいっと下げた。
「ご……ごめんなさい」
姉と共に俺も頭を下げる。
「俺ももっと、早く言うべきだった」
実姉が『首狩る酔狂共』の団長だということを。
それを二人に簡潔に説明する。
俺の弁明を受けた夕輝と晃夜は、深く深く肩をなでおろした。
「はぁーー……シンさんに目をつけられた時はどうなる事かと……今後のクラン・クラン生活終わったと思ったよ」
「早い話が、無抵抗を貫き通すしかなかった……」
変な悪戯心を出さなければ、夕輝や晃夜もここまでビクつくことはなかっただろう。本当に悪い事をした。
俺は謝罪も込めて、二人に両手を広げ引き寄せるように抱く。
「ごめんな」
今の俺じゃ腰あたりにしがみつくような形になってしまうが、精一杯、友を安心させようと努力を試みる。謝辞の意も含めて。
「タロ、それはさすがに……」
「お、おうっ、」
何を驚いているんだ。
こんなの悪絡みで学校ではしょっちゅうしてるじゃないか。
肩を組むようなものだろ。
二人を見上げると、彼らは落ち付かない様子で俺を見ている。
そんな二人の態度を見て、安心させようとしていた俺が逆に不安に駆られた。
俺は……見た目が変わっても、変わらないものもあるって事を証明したくて、半ば照れる二人に無理矢理くっつく。
すると二人は互いに顔を見合わせ、呆れたように眉尻を下げた。
それから夕輝と晃夜はおもむろに、しゃがんでくれ身長差を埋めてくれた。
そして夕輝の右腕が俺の肩へと回され、晃夜の左手が同じ動きをする。
「怖かったけど、許してあげよう」
「早い話が、何にも気にしてないな」
のっそりと持ち上がっていた不安はどこかへ消え失せた。
やはり俺達の友情は永遠不滅。
周囲の傭兵たちは『現実で姉妹?』『でも、あの見た目じゃ……』『異母姉妹とか?』『バカッそんなこと詮索するな』『命がなくなるぞ』『おい、あいつらあんな美少女に』『あんな羨ましいことを』『許すまじ!』と、勝手な発言をコソコソとし出しているが、そこは放っておこう。
外野なんて、どうでもいい。
なんだか久しぶりにちゃんと夕輝や晃夜と対話ができた気がして、今は嬉しいのだ。
「太郎、セクシャルガードは設定してないのか?」
なぜか不機嫌そうな姉の声が、俺達の友情に水を差す。
「フレンドには設定してないけど?」
その発言に何故かどよめき、『聞いたか今の!』『イエスロリータ! ゴータッチ!』『そんなことしたら、殺られるぞ』『でも、さっきの見てただろ。あの狩人のシンが頭を下げてたんだ』『妹最強説』などと一部、テンションが急上昇する輩が出始めた。
「今すぐ、セクシャルガードを私以外、全カットにしなさい」
有無を言わさぬ顔で姉は詰め寄ってきたが、俺はプイっとそっぽを向く。
「やだね」
そんなやり取りを間近で見ていたジョージが、なぜか吹きだした。
更には姉の後方で待機していた傭兵団員さんたちもクスクスと笑い始めた。
明るい空気に釣られて、周囲もこの騒動が一件落着したと判断したようで、止まった時が動き出したかのようにガヤガヤと各々の会話を再開し始める。
「姉御も妹さんには敵わないと」
「こりゃあ、傑作だなぁ?」
姉の傭兵団員、トムとジェリーさんがいじる。
「「弟だ!(ですから!)」」
俺と姉のツッコミがハモる頃には、会場の賑わいはすっかり元に戻っていた。
◇
いつの間にか会場にはブズーキ(ギター)やフルート、アイリッシュハープが奏でるケルト音楽が流れていた。その陽気な曲調に身を委ね、傭兵たちの手には飲みモノや食べ物が行ったり来たりしている。
俺もそんな雰囲気にのまれて、文字通りふわふわと会場の最奥で談笑していた。
「太郎、そんなにヒラヒラと舞っていたら、いろいろと危ないだろ」
ミソラさんからもらったドレスの特殊能力、重力を六分の一にするという効果がどうしても俺を浮かしてしまう。気になりはする。特に足のスースー具合がとても。
「シンちゃんったらぁん、過保護ちゃんねぇん? 女性は魅せてなんぼのものでしょう?」
俺は男だ、ジョージよ。
ただ今は、ミナの袴姿と二人セットで、この舞踏会を楽しむのは悪くはないと思っているだけだ。
金髪和装少女最高。気分も高揚。
「お前に太郎の様子を見ておいてくれと頼んだが、わたしの可愛い太郎をお前の価値観に染め上げろとは一言も言っていない」
どうやら姉はここ数日ジョージと連絡を取り、俺の周辺を警護させていたようだった。
姉とジョージがフレンドだったことも驚きだが、姉が想像以上に俺の身の周りに気を配っていた事に感謝半分、呆れ半分だ。
「しかし、本当にお美しい姉妹ですな」
「そうですわね」
「どうしても目がいっちまうもんなぁ」
「まさか、『首狩る酔狂共』がこんな見目麗しい子と縁をもっているとは」
俺と姉を賛美するのは、トップ傭兵団と言われいる『首狩る酔狂共』に挨拶がてらと、自然に集結しだした一級傭兵団の団長や副団長だった。
中にはジョージと知己の間柄、先ほど夕輝や晃夜に絡んでいた、『黄昏時の酒喰らい』の副団長、ベンテンスさんもいた。
「フンッ。まったく、あきれるほどの過保護だな」
その中には、やはりと言うべきだろうか。
会話に唐突に割り込んで嫌味を呟いたのは『一匹狼』のヴォルフだった。
灰髪の少年と目が合った俺は、軽く睨む。
ふわふわした気分がだだ下がりだ。
「ガハハッ。役立たずのミナが一緒じゃあ、過保護になるしかねえな」
相変わらず挑発的で感じの悪い長身男、ヴァイキンもいる。
彼らの発言に、姉の周りにいた各々の傭兵団が顔をしかめる。
特に敵意をあらわにしたのは、黒服スーツに身を包んだベンテンスさんだった。山のような大男が、怒気をはらんだ視線をヴォルフに送る。
だが、彼は興味のない獲物は無視といったような体で、姉にばかり視線を注いでいる。
「フンッ。姉が無類の戦闘狂とくれば、妹は何の生産性もない錬金術士か」
「つかえねぇばかりの、道化共だなぁ」
馬鹿にするようにヴォルフとヴァイキンは、俺と姉の前に出た。
どうして、こうもトップ傭兵団の姉に突っかかれるのか、と疑問を持ったとき、代わりにその答えを述べてくれたのは一級傭兵団の面々たちだった。
「道化はどちらかしら。自分の傭兵団を持ちあげるチャンスだと思って焦りすぎかしら」
「チッチッチィ。傭兵団、『黄昏時の酒喰らい』と先の『戦争』で勝利を得たからといって坊や達は調子に乗りすぎだな」
へぇ、ベンテンスさん達は『一匹狼』に負けたのか。
「『狩り尽くす酔狂共』と戦争をして、箔をつけたいがための安い挑発ねぇ」
「所詮はファーストアタック不可システムを悪用してる、ズル賢い卑怯な小僧どもだ。シンさん相手にするな」
なるほど。
トップ傭兵団の一つと言われた姉の団と、事を構える流れになり、さらにそれなりに持ちこたえて善戦できたとしたら、自身の傭兵団の箔付けにもなると。
この姉を相手にしたら、失うモノの方が多そうだけど。
それだけ自信があるってことかな。
「それよりも、タロさんは錬金術スキルを取得していると?」
別の傭兵が『一匹狼』をいないモノとして扱うかのように、話題を転換してくる。
「となると、引きつれている小人も何か錬金術と関わりが?」
おっと、それが本命だったか。
俺の周りで、きゃっきゃと会場に置いてあったお菓子を頬張る妖精たち。
この子達をさっきから気になってはいたのだろうが、なかなか姉を前にこの手の話題を振りづらかったのだろう。
「フンッ……錬金術みたいな使えないスキルに、ありえない」
一同が興味を惹かれ始めていた中、ヴォルフが心底呆れ気味に毒を吐く。
「ちげぇねえ」
それに賛同するヴァイキン。
そんな彼らの態度に堪忍袋の緒が切れたのか、オールバックを両手でなでつけたベンテンスさんが、二人の前にズイッと出た。
「お前らはいちいち話の腰を折るな。やるのか? あん? こっちはお前らにやられた卑劣な手段の一つ一つを忘れてねぇからな」
背を丸くかがめ、顔をくっつけそうな距離でベンテンスさんはヴォルフに眼をくれている。対するヴォルフはというと涼しい笑みを口元に浮かべていた。
「フンッ。弱者など、いちいち覚えてられないな」
その反応にベンテンスさんが怒りをあらわにし、手を出そうかと拳を振り上げた瞬間。
姉が流麗な声がその場を制す。
「どのみち、太郎が引きつれている小人に関する情報を聞き出す対価が、無償というわけではあるまいな?」
さりげなく、周囲にいる傭兵たちに牽制をかけたようだ。
そんな風に姉が俺を庇う姿を見て、ヴォルフがせせら笑う。
「フンッ。戦闘狂は強欲でもあるようだな」
「口を慎め、狼もどき。この場でお前をキルしてやってもいいんだぞ」
姉が高圧的にヴォルフを睨みつけるが、その視線を遮らせるように長身のヴァイキンが間に入る。
「フンッ狩人さんよぉ、せっかくの舞踏会を自慢の剣技で台無しにする気か?」
そう言って、得意顔で神兵たちにチラリと目を向ける『一匹狼』の副団長。
なぜ、こんなにも傭兵団が集まっていながら諍いが物理的に起きないのか。
それは一重に会場の周りに配置されている、神兵たちが抑止力となっているおかげでもある。
「お前らの生意気な鼻っつらを叩くには、それぐらいの大惨事がお似合いだ」
姉はというと神兵の存在にも怯えることなく、剣の柄に手をかける。
「加勢するぜぇ、シンさん」
『一匹狼』に恨みのあるベンテンスさんまでもが、姉に続いて臨戦態勢に入ろうとしていた。
その動きに反応して、周囲で一連の流れを見守っていたミナやジョージ、夕輝や晃夜がスッと俺の周りを固める。あ、グレン君も。
ヴォルフはフンッと鼻を鳴らし、チラリと侮蔑の視線を俺に寄越す。
目は口よりも語るとはよく言ったものだ。彼の俺を見る瞳は『使えない錬金術を持つ奴は、そうやって大勢に守られていないと何もできない』と語りかけてくる。
その侮辱に満ちた表情が悔しくて、俺は思わず全員の前に出た。
「みなさん、待ってください。姉も」
いちいち喧嘩を売ってくる『一匹狼』に姉が制裁を加えるのは簡単だ。
だが、今後もそういった輩が出るたびに、俺はゲーム内での姉の威光を笠に着てプレイするつもりは毛頭ない。
そんなのは、俺の男としてのプライドが許さない。
「みなさん、素材の『うまのふん』はご存知ですか?」
今まで口数の少なかった俺が、急に問い掛けたかと思いきや、飛び出したワードは何の役にも立たないと思われているであろうゴミ素材、『うまのふん』。
いきなり、何を言い出すのか? と、周囲には疑問の渦が立ちこめるが、掴みはOKだろう。
「『うまのふん』なんて、そんな用途不明な素材、拾っても捨てるだけですよね?」
『あぁ』とか『おう』とか『うん』などと、妙に歯切れの悪い返答をする、みなさん。
それが妥当な反応だな。
だが、俺はアイテムストレージから、おもちゃのマジカルステッキ的な小さな筒を取り出す。
錬金術スキルを駆使して『うまのふん』×3を上位変換し、失敗で『黒い塊』ができあがる。さらにそこから『調教術』で『黒い塊』の火耐性を強化。
そして、スペシャルで熱きふんとなった『黒い塊』と『紅蓮石』、『結晶花』を合成して創り上げた、俺の唯一の攻撃用アイテム『狙い打ち花火(小)』だ。
「この筒は、元は『うまのふん』でできています」
俺は子供が使うようなおもちゃの棒を、みんなに見えるように真上に向けて掲げる。
「ただのオモチャの棒だな」
「うまのふんが、棒になるのか……」
「チッチチキ。錬金術か何かなのか?」
傭兵達が十分に注目するのを待ってから、俺は何の予告もいれずに『狙い打ち花火(小)』を使用。
すると、筒からシュドンっと小さな火花が飛び出たかと思ったら、天高く煌びやかな花火がドンッと鳴り咲いた。
その音に、一様の驚きを見せ、身構えるみなさん。
花火の色あいはキラキラと緑や赤が交り合っており、昼の青空にも負けじとその存在を主張し、たいへん美しい光を散りばめていた。
「おおぉ」
「華やかねぇ」
「花火か?」
「あれ、攻撃用のアイテムじゃないかしら?」
「舞踏会の始まりの合図とか?」
「というか、あれをまさか錬金術で?」
「ほんとに『うまのふん』が、あんなアイテムに?」
「聞いたことないぜ……」
妖精たちが、綺麗な花火を見てキャッキャっとさわぐ。
俺はというと、晃夜に身体を支えられていた。
というのも、花火の威力で地面に押しつけられそうになったのをなんとか踏ん張ったのはいいものの、その勢いを抑えきることができず、後方にたたらを踏んでいたところを晃夜が受け止めてくれていたのだ。
真上に打ち上げていてよかった。
下手に人に向けて、水平方向に花火を使用していたら、ミソラさんからもらったドレスの特殊能力のおかげで、身体が異様に軽くなっている俺はどこかに吹き飛んでいただろう。
周囲が花火に目を奪われているうちに、俺は無様な姿を晒すまいと、目だけで晃夜へと素早くお礼を伝え、姿勢を正す。
「『うまのふん』でも、このように煌びやかなアイテムに変貌を遂げるのです」
大衆に演説するように、俺は両手を振り上げた。
「変化するのはモノに限らず、人も同じです。今は犬猿の仲であっても、いずれはより良い関係性を築ける間柄になるかもしれませんね?」
先ほどまで険呑な態度だった、ベンテンスさんとヴォルフ達に挑発的な笑みを浮かべる。
ミナが役立たずという認識、錬金術が使えないという常識、その全ても変化しうるという可能性があるとほのめかす。
ここで、だれとだれが犬と猿なのかは触れない。
だが、しかし。
おれは『一匹狼』の団長を凝視する。
「どこのだれが、『うまのふん』のようだとあえて口にはしませんが、せっかくの笑顔あふれる場なのです。みなさんこれを機に親睦を深めあいましょう」
まわりは騒然となるなか、俺は姉にドヤっと笑顔を作る。
姉もフフフッと満足そうに微笑んでくれた。
「おっとっと、これは驚かされたぜ……やはりシンさんの妹さんだなぁ」
ベンテンスさんが、感慨深げに狩人のシンと俺を見て呟く。
その顔にはさっきまでの憤りは消えうせ、どこか感服した様子だった。
冷静になってくれて、妖精たちも怯えずに済むのは嬉しい事だ。
だが、俺は妹じゃないです……。
「「弟よ(です)」」
姉と俺の声が重なる。
それに晃夜と夕輝がクスクスと笑い、呼応するかのように回りも、俺達を仲の良い姉妹でも見るように、口元をニヤ付かせながら生ぬるい視線を送ってきた。
「ご冗談を。仲の良い姉妹ですな」
誰かの言葉が、会場に響き渡ったのだった。
◇
それから、すっかり大人しくなった『一匹狼』を俺達は無視して、歓談を交わしていた。
あっさり引き下がった彼らに警戒心を解いたつもりはないが、俺も俺で、少しは錬金術が日の目を見ることができたかなと満足している。
そんな折り。
:『妖精の舞踏会』が始まりました:
:みなさん、祝宴を楽しんでください:
ログが流れた。
と、同時に30人前後の神兵によって守られていた王城への扉が開いた。
神兵達は、一糸の乱れもない見事な動きで、道を作り出すように二手に割れた。それだけで高い練度を誇り、揺るぎようのない統率力が扉の向こうから姿を現した人物には備わっていると窺い知れる。
左右にずらりと並んだ神兵たちの間を悠々と歩む人物は、豪奢なマントをはおり、これまた優雅な礼装に身を包んだ、おじ様だった。
歳の頃は四十代前半ではあるが、衰えを感じさせない精悍な顔つきをしている。
灰色の瞳、髪、髭を持ち、角ばった体格からこの男性が武人だと想像できる。だが、手には剣ではなく杖が握られていて、儀礼用の大剣を腰に帯びている。
杖を地面にカツカツと鳴らしながら、近づいてくるオジ様の頭の上には冠が乗っていた。
会場にいた傭兵一同が、ドっと沸く。
「あれ、王様じゃね?」
「王だ」
「ミケランジェロの王だな……」
よく見れば、オジサマの隣りにはテアリー公の姿も見受けられる。
逆側には長杖を手にしたローブ姿のおじいちゃんもいた。
どよめく観衆の中、スッと右手をあげる灰髪の王様。
「余は、先駆都市ミケランジェロを統べる神人である」
神人という言葉に、会場にいた全ての傭兵たちがピクリと揺れた気がする。
たしか、クラン・クランの世界、ツキノテアでは神人が支配しているって設定だったな。その神人とやらが、目の前にいるおじ様ってことか。
「余の名は、灰王カグヤ・モーフィアス」
そんなに大声を出したわけでもないのに、王の名乗りは頭に直接響くようによく通った。みんなも同じようで、王が発言中は終始静寂を守っている。
情報が重要視されるクラン・クラン、それも一級傭兵が集まっている場だ。誰もが一言一句を聞きもらすまいと、真剣に王の声に耳を傾けていた。
「よくぞ参られた。力を渇望する若き、いや幼き人類諸君」
厳めしい笑みを放った王は、会場にいる全ての傭兵をゆっくりと見渡す。
だが、何故か王は上を見上げ、何が気になったのか雲ひとつない空を凝視し出した。
そこで王は低い声で嗤った。
「……ほう。珍妙な客人も参られたか」
そのまま晴天を見上げる灰王。
「はて、招待状を送った覚えなどないが……どれ、同胞のよしみだ。神兵よ、相手になってさしあげろ」
挨拶や口上を中断し、王は自身の周囲を固める神兵へ唐突にそんな命令を下した。
すると、長杖を持った神兵達4人と王の傍らにいたローブの老人がサッと宙空へとその身を躍らせた。
空飛ぶ兵士たちに、俺達は目から鱗である。
さらに彼らは各々が手にした杖から、爆炎や氷塊、竜巻、稲妻を何もない空へと放出し始める。
それらの魔法は、見た事もない程に大きな規模を誇っていた。
異なる属性の魔法を連続で放つ、その凄まじい魔力を目の当たりにした俺たち傭兵は、その光景をただ見つめることしかできなかった。
そんな特大魔法は、なぜか見えない障壁にでもぶつかったかのように歪みながら消失していく。だが、空模様が不自然に揺れている。
まるで青い空が水面となり、石を落とされたように波打っている。
あの揺らめきはどこかで――――。
俺は記憶を呼び覚ました。
そうか、あの空間の歪みの正体はミソラの森の空だ!
宝石を生む森への入り口もあのような結界じみた魔法が施されていたはず。
であるなら、ミソラさんが攻撃を受けている可能性が高い。そこまで予想できたと同時に、俺はミソラさんの安否が気になった。NPCといえどお世話になったミソラさんに危害を加える王に対し、憤りも覚えた。
だが、灰王は上空の嵐のような魔法攻撃など意に介さず、不意に俺達への語らいを再会した。
「宴とはすなわち、至極の馳走を食し、美酒を片手に武勇伝に酔いしれることを指すのか。それとも傾城の美姫の膝元でしばしの安寧を夢見、踊り明かすのか」
上空で魔法を連発する神兵に見惚れている傭兵たちへと、王が問い掛けた。
「傭兵諸君に問おう!」
視線が集まったところで灰王、カグヤ・モーフィアスは挑戦的に口角を釣り上げる。
「そんな腑抜けな傭兵は、果たして戦えるのだろうか。雇う価値はあるのだろうか、と」
そして腰にさげていた儀礼用に装飾された大剣を、厳かに鞘から抜き放つ。
その堂々たる所作は、一つ一つに隙がなく、まさに王そのもの。
彼はおもむろに、その切っ先を青い鎧に身を包んだ神兵たちへと向けた。
「ここにいる青い鎧に身を包んだ兵士たちは、まだまだ兵士の器ではない。神兵になるための修練兵とでも言うべきか」
王の手に握られた大剣が、ゆらりと振られ、待機している神兵たちを順々に指し示す。
つまり奴らは、見習い神兵ということなのか。
「彼らの実力は神兵の3分の1以下に過ぎんが、諸君らにはそれでも脅威に見えるかもしれんな」
それで普段見る神兵より鎧の色が薄かったのか。
馬車でのジョージやミナの指摘を思いだす。
「普段、余は王城の最奥、謁見の間から出る事はない……そして、此度の宴が終わり、貴君ら傭兵達が城の中枢区域に土足で踏み入るのであれば……」
王が言葉を一端区切ると同時に、見習い神兵達がザッと武器や盾を一斉に構えた。
「そなたらを敵とみなし神兵が排除しにかかるだろう」
成長途上である神兵たちの動きに満足したかのように、鷹揚に頷く灰王。
「いわば、傭兵の諸君からしたら、高難易度のダンジョンそのものになるかのぉ」
しれっとそんなことを、のたまう王を眺めながら、傭兵達は無意識のうちに武器を装備ストレージから呼び出していく。
もちろん俺も小太刀【諌めの宵】を左手で構え、右手にはペイント装備、『射ろ筆』を握った。
この場にいる誰もが気付く。
これは、特権階級の者に与えられた限定クエスト。
「何が言いたいかと申せば、聡明な諸君は既に理解したと見受けられる」
王と見習い神兵に対峙するは、完全武装に身を包んだ一級傭兵たち。
「すなわち、ミケランジェロの王はここに」
ミケランジェロの王を殺して、誰がその玉座につくのか。
ダンジョン攻略をする必要もなく、王の周りを警護するは見習い神兵ばかり。
そう、今が千載一遇のチャンス。
「……人間の力、性、欲望……」
灰王モーフィアスはフッとせせら笑い、瞳を閉じた。
「人間50年とはよく言ったものだ……下天の中であがき続けた人の可能性は、悠久の時の中でどれほど育まれたのか。その答えを余の前で示してみせよ」
そして王は、俺に微笑みかける。
「妖精殿、我らが奪われる時代は終わった。たとえ、如何なる蛮族が襲い来ようとも我らは断じて屈せず、我らが友と手を取り合い、守り抜く。そして、余にはそれを誓約できるほどの力がある事を、ここに証明してみせようぞ」
どうやら俺ではなく、俺の周りを飛びまわる妖精に語りかけていたようだ。
「余のミケランジェロは、浅き生しか歩んでおらぬ人間如きが統治できる程甘くはない」
王は剣を、灰色の石畳にジャリンと突き刺した。
見習い神兵を突破し、ここまで辿り着いてみせよ雑兵共が。
それまで、この地に刺した剣を握るに値しない。
下等な存在どもに備える必要などないのだ。
王の意志はひしひしと俺達に伝わってきた。
つまりそういうこと。
ガチでかかってこいと。
そして、こちら側も背中や周囲から、闘志が膨れ上がっていくのを感じる。
支配権奪取の好機が目の前にあるのに。
誰が、この胸の高鳴りを抑えられるだろうか。
男なら、傭兵なら。
この傲岸不遜な王に挑むまでのこと。
「さぁ、もはや語る言葉は無し。そなたらにとって、真の宴を始めようではないか」
王の一方的な宴の始まりを合図に、会場の周辺に配置されていた神兵見習い達が動きだした。
この時のために、薄青き鎧をまとった兵士たちは、俺達をぐるりと囲んでいたのか。
「うわあああっ」
「やべえ! こいつら強いぞ!」
「俺は、やってやるからな!」
「うおぉおおおお!」
傭兵たちの悲鳴と怒号、鬨の声が舞踏会場を揺さぶった。
傭兵達の命をかけた、壮絶な踊りが始まった。
新作、始めました!
『どうして俺が推しのお世話をしてるんだ? え、スキル【もふもふ】と【飯テロ】のせい? ~推しと名無しのダンジョン配信~』
→【https://ncode.syosetu.com/n1197ic/】
お読みいただけたら嬉しいです。