49話 真のエスコート役は誰?
「おい、タロ」
再び会場を進み始めると、右隣を固める晃夜が小声で耳うちをしてきた。
「なに?」
「なにじゃないよ、タロ。なんで君と、あのジョージさんが知り合いなわけ?」
晃夜が出そうとしていた質問を、夕輝が取って替わり逆サイドからヒソヒソと伝えてくる。
「え、一番最初にフレンドになったのがジョージなんだ。言ってなかったっけ?」
「聞いてないよ……」
「聞いてないな」
二人は溜息を盛大につく。
そんな態度に俺は少し、不安になる。
この二人は中学時代に起きた、とある出来事でバイセクシャルとか、両性とか、オカマやオナベといった人種を忌避する傾向にある。ジョージのことが気に入らなかったのだろうか。だとしたら、それは俺も同じで、絶賛リアルが女体化中な俺は、真っ先に二人から距離を置かれそうな存在だ。
「……な、なにか問題があるの?」
自然、声が小さくなってしまう。
「いや、問題はないけど驚いてるって事」
「早い話が、ジョージさんはかなり凄い人だ」
「あの中二病のグレン君が、敬語を使うほどにね」
たしかに、夕輝の指摘どおり先ほど、グレン君はキャラに似合わない敬語を使っていた気がする。
「というかね、タロ。こうやってボクたちが安全に人ごみを通りぬけられているのもジョージさんの威光あってのものだからね?」
それは何となく察してはいたが。
「ジョージさん……侮れないですね。最大のライバルですかね……」
ミナは俺の腕にしがみつきながらもブツブツと呟いている。
「ジョージってそんなに有名人なの?」
「知らないで付き合っていたのか」
メガネをクイッと持ちあげ、あきれたようにこちらを見つめる晃夜。
「ジョージさんは、『サディ☆スティック』って傭兵団の副団長だ」
「そこの団員はほぼ全員が一級の職人スキルを保持していて、最前線を攻略する傭兵たちの大きな支えになっているんだ」
「しかも、職人気質な傭兵団のわりに戦力も十二分にある」
「あそこの団長が職人一筋な分、実質、傭兵団の武力サイドを担当しているのがジョージさんだよ」
まじすか。
「☆マークの名前が入ってる傭兵運営の店舗は全て、あの傭兵団員のものだ」
ここで明かされる、ジョージの正体。
前からタダ者じゃないとは感じていたが、まさか有名傭兵団の副団長だったとは、驚きである。
一言ぐらい教えてくれてもいいのに。
というか全店舗に☆がついてるとか、ネタとしか思えないのは俺だけか?
「どうでもいい情報だけど、『マゾ★スティック』という傭兵団と戦争中でもあるよね」
「早い話が、やつらはいじめられたいだけだろ」
「確かに、『サディ☆スティック』に攻撃されて喜んでるし、そのためだけにちょっかいを出してる節があるよね」
ジョージのことはおおむね理解できた。
そして、今更ながら傭兵団に関しての知識不足だと気付く。
強力な傭兵団が集まるこの場で、勉強不足も甚だしい。
即物的な対応策、いわゆるアイテムの生成やPvPの戦術的な面にばかり目がいってしまい、その点を頭に入れておくことがすっぽり抜けていた。
もっと傭兵団同士の勢力図や関係性的なものを頭に叩き込んでおく必要があったと後悔する。
「……えと、特に警戒するべき傭兵団とかってある?」
今、早急に把握するのはここだろう。
周りの目もあるし、時間もないし、この一点に尽きる。
こそこそとした内緒話は早々に打ち切らなければなるまい。
「タロの場合『一匹狼』もそうだが……」
「やっぱり、狙ってくるとしたら、今一番勢いもあってPvPに特化してる最強の傭兵団と呼ばれてるあそこかな」
夕輝と晃夜は少し思案し、重い鉛を吐きだすようにその名を口にした。
「「『首狩る酔狂共』だ(ね)」」
……。
…………。
あるぇー?
そこって姉が団長やってる傭兵団やん。
「早い話がトップクランの一つだな」
「一番、軍閣候補として名があがっている傭兵団でもあるしね」
ちなみに軍閣とは何かと説明すると、傭兵団には格が存在し、格の内の一つである。格をあげていくと様々なボーナスが傭兵団に付与されていくそうだ。
傭兵団 → 軍閣 → 王国 とランクアップしていくシステムなのだが、現在はどの傭兵団も軍閣に昇華したという情報はない。
それでも、真っ先に軍閣に上がる候補として『首狩る酔狂共』の名が出るとは、正直いって怖い。
姉は一体、このクラン・クランで何をしているのだろうか。
「悪い噂は聞かないが、怖い噂はいくつもある」
「良識のある対人戦特化の傭兵団なんだろうね?」
そういえば、ここまで有名なその件の傭兵団団長が、俺の姉だと二人がなぜ気付けないかというと、リア友たちは現実で俺の姉に未だ会った事がないからだ。
なんとなく、面白そうだから黙っておこう。
そう悪戯心が芽生えたところで、前を行くジョージの足が止まった。
そろそろ、ジョージやみんなのおかげもあって会場の最深部へ到着したかと思いきや、とある集団が前方を塞いでいるようだ。
俺達がいる場所はちょうど人が密集していて、会場の中では一際騒がしい。
今もすぐ近くで口喧嘩が勃発し始めたようだ。
緑のドレスを纏った美人さんと、赤いドレスを着た煌びやかな美女さんがなにやら悪態をついていた。
彼女達の視線を辿れば、軽鎧からマントまで真っ黄色の集団が高慢な笑みを浮かべているのが見えた。
その数は12人。
緑のドレス美人さんは何を思ったのか、勇ましくも黄色集団へと一歩近づいた。
「相変わらず、無駄に派手すぎるわね。『黄金時計の処刑人』は」
その物言いに合わせて、後ろ隣りにいた赤いドレスの美女さんはゴミを見るような目で嘲笑う。
彼女達が苛立つのもわからなくはない。というのも、黄色人のせいで俺達も前に進めてなかったりする。
ただ、12名も会場入りしているという事は、かなりの金持ち傭兵団なのだろう。馬車をそれだけ用意できたということに他ならないのだから。
「チッチッチ。これはこれは、いつまでもみすばらしく時を刻み続ける『乙女会』諸君のみなさん。あぁ、失礼した。みなさんではなかったね」
二人で舞踏会にいる女性傭兵に嫌味を放つは、黄色集団の中でも一際黄色い、というか一人だけ黄色の兜をかぶったちょび髭のおじさんだ。
正直、全身黄色な上に鉄製の兜を安塗料の黄で塗りたくった粗悪品で、かなりダサい。小学生一年生が被る黄色の帽子の方がまだマシな気がする。
あれが傭兵団『黄金時計の処刑人』の団長なのだろうか?
「無駄にお金を使って、見栄を張りたがる『黄金時計の処刑人』のみなさん、ごきげんよう。その馬の糞にも劣る品性と金銭感覚のなさには、この会場のみなさんが驚き呆れるというもの」
これまた女性陣がやり返す。
「チッチッチ。団のみなが、この栄えある舞台にいち早く来たいというから、はした金をちょろりと使っただけだ。それとも何か、『乙女会』には日頃、その美貌に貢いでくれる男団員に感謝の気持ちを込めて、こんな小さな額も払えないと? あぁ失礼、貢がれ体質な貴女達には、そんな高尚な感情は持ち合わせていなかったか」
口元のちょび髭を、ちょびちょびとなでつける黄色のおじさん。
「あらあら、モテない男はその黄色頭に知恵もモテないのかしら? 無駄遣いだと言いたいのが理解できないの? 私達『乙女会』は武器や防具に、資金を工面しているだけよ」
「チッチッチ。無駄遣い? どこかの矮小で弱小な傭兵団と違い、我が団は今更、戦力増強するまでもない状況にあると理解できない?」
ひぃ。
どちらも怖い傭兵団だ。
大人数で乗り込む『黄金時計の処刑人』も、数の劣勢を何とも思ってない『乙女会』も。
「悪目立ちがすぎると言っているの、品がないわ。そんな貴方たちに比べて、そこのお嬢ちゃんはなんと上品なことかしら?」
と、『乙女会』の赤いドレスのお姉さんが、唐突にこちらに視線を移したと思ったら、話題が俺に向いてきた。
「チッチィ。華のない貧乏傭兵団が今日はよくさえずる。だが、非常に遺憾ながら、後半の貴女達の意見に関しては賛同せねばなるまいな」
うわ。
ちょび髭までこちらをまじまじと眺める。
それだけでは飽き足らず、『乙女会』と『黄金時計の処刑人』たちがこちらに向かって動き出したではないか。
「気品あるお嬢さん、私たちと女性ならではのお話を、一緒に楽しんでくださらないかしら?」
二人のお姉さんたちがカーテシーをしつつ、蠱惑的な笑みをふりまいてくる。なんだか照れるというか、さっきまでの喧嘩腰な雰囲気はどこへやら、妙に吸い寄せられるような笑顔だった。
「チッチッチィ。時は金なり。だが、時に美しさは時間よりも遥かに勝る価値となりうる。どうか、紳士の視線と時を、縫い止めてしまう可憐なお嬢さん。自分達と金や時間について深く語り合わないか?」
そんな口上に、口を挟んだのはなんと以外にもグレン君だった。
「両者とも、ひどく退屈な言い回しをするな。貴婦人方、輝かしい未来を担う若者が、貴女方の話す古臭い話についていけるわけないだろう。世代を考慮すべきだ」
てか、まだいたんだ、グレン君。
グレン君の唐突な横やりに、婦人方の眼輪筋がひくついた。
しかし、それに気付かないのか、彼のターンは続く。
「其処な時計の諸君。タイムイズマネーが信条ならば、口説き文句はもっと手短に。それとも、金メッキの時計では、無駄に女性の時を浪費させる事しかできない?」
「あら、いたの。眠らずの魔導師くん。魔法ごっこは楽しいかしら?」
表情を崩さず、貴婦人達は聞き返す。
口元は笑顔だが、目尻の皺は怒りで痙攣している。
「チッチッチ、いたのか眠らずの坊や。寝不足のせいで体内時計が不調そうだが、ここで修理してあげようか」
そう言うと、手甲の金具をガチリと鳴らす黄おじさん。
修理というかバラバラにして終わりなんだろうなと俺は思った。
少し大げさな反応をするニ軍に、グレン君は心底呆れ気味で小さな息を吐いた。
「先ほどの、貴様らのわざとらしいまでの猿芝居には辟易したと言っている。見ている此方が痒くなったぞ。仲良しこよしの『黄金時計の処刑人』と『乙女会』と言ったら有名じゃないか」
先ほどまで、あんな口喧嘩をしていたのに仲が良い?
「大かた、我が愛しの姫君に接触するきっかけを作るために一芝居うってたのだろうが、このボクがいる限り彼女には指一本触れさせない」
グレン君がバサっとローブをはためかせ、フッとこちらに微笑みを飛ばしてきた。
というか、俺に自然な形で話しかけるためにあんな小芝居をするなんて、ここにいる傭兵団て嫌だな……。
「眠らずの魔導師くんが庇うお嬢ちゃんなんて、ますます興味が湧いてくるわぁ」
「チッチィ。時の貴重さを理解する不眠の坊やに、見初められるとは興味深い」
グレン君の啖呵は逆効果だったようで、余計に両陣がグッと近づいてくる。
「あぁ、なんだお前たちは。喧嘩を売っているなら拳で高く買おうか」
「よく分からないけど、関わってほしくないな……」
「不徳です。天士さまに近寄るために自分達を偽るなんてっ」
晃夜や夕輝、ミナまでもグレン君と一緒になって『乙女会』と『黄金時計の処刑人』らと対峙し始めた。
互いの表情はにこやかだが、双方全く譲るつもりはないといった張りつめた空気が漂い始める。
頼みの綱のジョージはと、俺はオカマの動向をうかがってみると、なぜかあさっての方向を見ていた。
彼はジーッと会場の奥を食い入るように見つめている。
一体、何をそんな真剣に眺めているのかと、俺も釣られてオカマが注視する方角を見る。
「あ……」
思わず声が出てしまい、目の前の争いの種とも言える俺の声に反応して、睨みあいをする両陣営の視線が俺に集中する。
だが、そんな事に構っている場合ではない。
オカマと俺が見据えるその先には。
五、六人の傭兵を付き従えた女性傭兵だ。
その中には見知った顔もある。
有象無象の傭兵たちを割るように、いや、アレは自らすすんで周囲の傭兵達が道を開けている。とにかく、人口が密集している舞踏会場であるにも関わらず、自然と己が道を何の造作もなく生み出している女性傭兵がこちらに、ゆっくりと歩みを進めてくる。
漆黒の長い髪は頭の高い部分で、上品な青い刺繍の入った細めのリボンで結い上げられている。
女性であるにも拘らず、社交界の貴公子が身につけていそうな軍服と燕尾服を足してニで割ったような恰好をしていて、あれは男装の麗人と表現すればいいのだろうか。
彼女の美貌も相まって、全く不自然さはなく、むしろこちらが自然体とでも言っていいほどに似合っていた。
悠然と突き進む歩調によどみはなく、まるで宝塚の有名女優のような優雅な動きだ。
だが、彼女が纏っている空気は怒り。
元々切れ長の瞳には、深く、重く、激しい、憤怒がのたうち回っていた。目の合う者すべてを屠るとでもいうかのような気概が周囲にばらまかれており、会場にいる傭兵たちは我関せずといった態度で、目を逸らしては次々と距離を開けている。
「あれ、あの人って……」
ここでようやく夕輝が、俺が目で追っている人物に気付く。
夕輝の発したその声が、僅かながらに震えていたのは気のせいではないはずだ。
「な、なんで、こっちにくるんだ……?」
続いて晃夜も若干、声が上ずっている。
「き、危険だわ……狩人のシンじゃない」
「チッチチキッチブルブル、『首狩る酔狂共』……」
彼女を見た『乙女会』と『黄金時計の処刑人』が浮き足立つ。
そんな恐怖の権化とでもいうかのように扱われた彼女が、俺達の前でカツンっと足を止めた。
俺と目が合った彼女はフッと、ここで初めて破顔する。
そのにこやかな笑みに、緊張が頂点に達していた周囲の傭兵は一瞬だけ弛緩したようにホッと溜息をはいた。
だが次の瞬間、彼女が腰に刺した双剣の柄を静かに両手でなでつけると、またたく間に張り詰めた空気へと変貌した。
誰もが無言になる。
一同の生唾を飲み込む音が聞こえるほどの静寂な空間が。このいさかいの主導権を握ったのが、誰かを明確に示していた。
先ほどまで粋がって口争いを広げていた傭兵達は、蛇に睨まれたカエルのように大人しくなり、彼女を怯える目で見つめる。
狩人と呼ばれた女性傭兵は、冷淡な目つきでそれに応える。
「わたしの太郎に変なムシがついているな」
特に俺の両脇を固めるように立つ、夕輝と晃夜に突き刺すような視線を送った気がしゅる……。
こ、こわいよ。
「時の貴重さを語るのは構わない……」
急にポツリと彼女は呟いた。
「女性同士で戯れるのも、暇つぶしにはいいだろう……」
先ほどの言い争いの事を言ってるのだろうか。
「粋がるのも構わない……欲しいものは手に入れたい。当然の摂理だよ、ねぇ?」
彼女はグレン君にゆっくりと向き直る。その目は大蛇だ。神話に出てくるメデューサと目が合ったさながら、グレン君は石のように微動だにしない。
そんな彼を無視して彼女は次に、晃夜達へと近づく。
「私だって守りたいものがある。大事にしたい。例えば、そこにいる私の大切な銀髪女子に変なムシがついていたら、むしり取り、払い、潰してあげたくなる」
そっと、彼女の右足が夕輝のブーツの上に触れた。
「そうだろ?」
その言葉を合図にゆっくりと右足に体重をかけた。
ブーツの軋む音が聞こえる。夕輝は恐怖のあまり白目をむきかけている。晃夜もしきりにメガネをクイクイッといじりながら、青い顔で下を向いている。トラウマになりそうな光景だ。
夕輝の足を踏みながら彼女は周囲を見渡し、静かに、しかし全員に聞こえるように言葉を吐いた。
「傭兵とは名ばかりの虫共、心して聞け。そこの銀髪女子に少しでもちょっかいを出してみろ」
彼女の口角が徐々に上がり、弧を描く。
ただし、目は獲物に狙いを定める大蛇そのもの。
「その時は、私達が根こそぎ、お前らの魂ごと、狩り尽くしてやるからな」
一言一言にわざわざ区切りを付け、荒ぶる感情を抑え込むように、ゆっくりと怒気のこめられた台詞が聴衆の耳にこだまする。
「そして、この子に悲劇を与えた時は……」
蝋燭の炎が消えるように、彼女から表情が消えるとかすかに聞き取れるくらいの声が響く。
「リアルでお前らの兄弟や姉妹か、あるいは家族に……何かしてあげたくなるな」
もう会場がドン引きになったのがわかった。
姉、こわいよ。
そんなキャラだった?
大学行って、変な講義とか受け始めてないよな?
一人の傭兵が、俺に憐憫の眼差しを送ってきた。
やめてくれ。
そんな、『やばい奴に絡まれて可哀そう、俺だったら死ぬ』みたいな目で見るな。
辛いです。
「さぁ、私の太郎。行こうか?」
思いっきり中二病の、痛すぎるブラコン姉がご降臨。
俺は両手で顔を覆った。
手の隙間からバッチリ、姉と目が合ってるけど……。
この手で、むしろ姉を覆い隠すことはできないだろうか?
特権階級に許された何処よりも豪奢だったはずのパーティ会場は、俺達を中心にどの会場よりも殺伐とした状況になった。
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