39話 企業秘密
ジョージは、見事にカットした『氷雪吹く鬼火の水晶』を様々な器具が置いてある作業テーブルに乗せ、俺が譲渡した『火種を凍らす水晶』を左手でつまんだ。
「いままで、わたしが可愛がってきた水晶の中で断トツ小さな水晶ねぇん……やっぱりアイテムでもあるからなのかしらぁん」
しばらく、氷の中に炎が揺らめく水晶を観察していたオカマだが、ゆっくりと作業テーブルにあった鉄色のランプを手に取った。
ランプといっても明りを灯す方のランプというか、こすったりすると、魔人が出てきそうな、あの魔法のランプっぽいやつだ。
「このサイズなら、コレで十分だわねん」
そう言ってオカマはランプのフタをパカッと開け、『火種を凍らす水晶』をコロンっと入れた。
そしてフタを閉める。
「『蜜月を刻む溶き』」
ランプがじわっとオレンジ色に光り、ジョージが何らかのアビリティを発動したことがわかった。
蜜月。
それは関係が親密であるという意味。
仲が良いという事は、『封晶』を施す水晶と、施される水晶には必須条件ってことか?
「天使ちゅわんからもらった水晶をランプの中で『蜜』にするの。そして、ソレをぉん」
ランプを傾け、その差し口から『火種を凍らす水晶』だったモノを少しずつ、部分的に『氷雪吹く鬼火の水晶』へとかけていく。
水晶へと滴る蜜は、不思議に煌めき、美味しそうな輝きを放っていた。
ハチミツが食べたくなってくる……。
「『久遠結び』」
ジョージの発動したアビリティに応えたかのように、重力に従って流れ落ちていた蜜は一瞬にして固まった。
その様子をあらゆる方向から、じっくり観察するジョージ。
永久に二つの結晶を一つに結ぶアビリティってわけか。
「わたしのスキルLvだと、『蜜』を凝固させるチャンスはあと5回しかないわぁん。このコーティング具合で、『封晶』の出来栄えが決まるのよぉん」
「むらなく、隙間なく、全体的に?」
「隙間がないのは絶対ねぇん。ほかにも重要なのは、水晶の尖っている箇所に厚くコーティングしないといけないのん。これがなかなか、骨が折れるのよぉ」
口ぶりからして相当失敗してきたのだろう。
実際、見ているこっちも難しい作業だと感じる。滴り落ちる蜜の鈍いスピードや量を先読みし、凝固させるタイミングを見計らう必要があるのだろう。
一朝一夕では身に付かない技術だ。
そうして、ジョージは慎重に蜜を垂らしていき、絶妙なタイミングで装飾アビリティ『久遠結び』を発動しては、水晶をコーティングしていった。
「ふぅん……成功だわぁん」
オカマは頬を伝った汗をぬぐい、無事に『氷雪呼ぶ鬼火の水晶』に『火種を凍らす水晶』を用いて『封晶』を施した事を告げる。
だが、彼……彼女の表情は未だに緊張をはらんでいた。
「最後の仕上げねぇん」
ジョージはアイテムストレージから短剣らしきものを取り出した。
普通の短剣には対象を傷つける刃、握り手を守る鍔、握りの部分、そして握りがすっぽぬけないように柄頭がある。
それらは各部位ごとに違う金属が使用されていたり、加工や装飾が施されている。
しかし、ジョージが持っているのは、鉄をそのまま短剣の形にくりぬいただけのような粗末なモノだった。
「これわぁん、専用の装飾キットを使ぃん、インゴットを削って短剣を象ったものよぉん」
「ほぇ」
まったく武器として機能しないような代物だった。
「これを水晶に突き刺して、終わりぃん! てぃん!」
オカマは変なかけ声とともに水晶へと模造短剣を突き刺した。
『ていっ』って言いたかったんだろうけど、オカマが言うとシャレにならない。てぃん、ってなんだ。ティンって。そのうちチンとか言い出したら、こいつと絡むのは止めよう。そうしよう。
とにかく、ただの鉄色だった短剣は水晶に刺さると、みるみる姿形を変貌させていった。
「できたわぁん……」
それは、蒼宝玉の透明さを誇る水晶。
そこに突き立つは深紅の短剣。その刃から炎が流れ込んでおり、その火は水晶内で揺らめいていて、ところどころ赤い色彩を放つ。
正直な感想を述べると、とても綺麗だった。
錬金術に負けず劣らずの美しさを誇っていると言ってもいい。
「綺麗だ」
ジョージは興奮した様子で出来た輝剣を俺に近づける。
「この輝剣は天使ちゅわんにあげるわぁん。天使ちゅわんのアイテムがなければ、この輝剣は、生まれなかったもの! 『熟成』が終わったら必ず貴方に譲渡するわぁん」
「いや、それは悪いって……」
「いいのよぉん?」
さすがにこれは受け取れない。見た目からでもわかるように、この輝剣はかなり価値の高いものだと判断できる。
実際、ジョージが販売している高額な輝剣と同等以上であるような存在感を放っている。
「いや、ほんとにさ」
遠慮する俺に、鼻息荒く顔を近づけてくる色黒オカマ。
「じゃぁん、『熟成』させて回収する際に天使ちゅわんの力を借りてもいいかしらぁん? それなら貴方がこの輝剣をもらってもいい理由になると思うけれどぉん?」
この輝剣の生誕に俺が携わり協力すると。
「ううーん……」
どう答えても、オカマはこの件に関して折れないような気がした。
それだけの勢いがある。
ならば、ここは快く受け取っておくのが礼儀なのかもしれない。
実際、とても嬉しいことでもあるし。
「それなら、喜んで」
『熟成』を終えた輝剣を取りに行くということは、もし輝剣を発見していた傭兵がいたら、待ち伏せしている可能性もある。恐らくだがジョージと比べたら、俺はかなり戦闘力に欠ける。そんな俺なんかが参加していいのか、と感じる部分もある。だけど、輝剣を貰い受けるなら、ジョージの提案通り、なるべく輝剣作成に携わって、力になりたい。
「俺なんかが役に立つのなら、がんばるよ」
「じゃぁん、商談成立ね? ささっ、私達が作った輝剣を早く見てあげてん☆」
所有権の話ですっかり意識が輝剣から遠のいていた。
「視るけど、いいよね?」
「いいわよん」
俺は改めて、『鑑定眼』を発動させて、深紅が宿る蒼穹色の水晶へと目を向ける。
スキル『雪の落とし子』輝剣。
【熟成】雪に覆われた大地に安住の場所はない。古き民はこの厳しい寒さに凍えないよう、一時の寄る辺として灯を焚くだろう。
【スキル】
炎によって天へと昇った水は、やがて氷結され雪へと生まれ変わる。
このスキルは雪を操るアビリティを習得できる。
雪だと……。
雪だるまとか作れちゃう感じなのかな。
精巧な雪ウサギとかも作りたいし、かまくらとかも作れちゃったりするんですかね!
「雪だよジョージ……雪! ジョージ、こんなスキルって今まであった?」
「もちろん、ないわよぉん」
新スキル誕生!
俺はジョージへと右手をあげる。
するとオカマは何故か自分のパーマなアフロヘアーをこの手に押しつけてきた。
「いや、ハイタッチだから……」
「あらあらぁん。装飾スキルを頑張った、アチキへのご褒美のなでなでかと思ったわぁン♪」
もしゃもしゃとした何とも言えない感触が俺の掌を包み込む。思わずワシャッと握ってみる。ジョージのアフロのさわり心地は可も不可もないものだった。
どうしてこう、ミナにしろジョージにしろ、ちゃんとハイタッチのできるフレンドが俺にはいないのだろうか。
「それにしても、この輝剣の熟成場所って……」
俺はオカマの頭をモシャクシャしながら、輝剣の【熟成】について疑念を投げかける。
「うぅーん……一応、心あたりはあるわぁん。『氷狼の縄張り』ってフィールドがあるのだけどぉん、そこかしらねぇん……集落とまではいかないけど、安全地帯があって、そこに傭兵たちが冒険の準備を整える施設や焚火もあったはずだわぁん」
なるほど、焚火か。
【熟成】氷に覆われた大地に安住の場所はない。旅人たちはこの厳しい寒さに凍えないよう、一時の寄る辺として灯を焚くだろう。という説明文から推察したのだろう。
「なるほど。そのフィールドへ行く推奨レベルってどれぐらいなの?」
「たぶぅん10~15以上かもしれないわぁ」
「15以上かもって……」
「『氷狼の縄張り』を踏破した傭兵がまだいないのよぉん。その先に新しい街があるかもしれないって、最前線の傭兵は攻略に勤しんでるみたいだけどねぇん」
「うへぇ」
俺なんかが、そんな場所にいけるのだろうか。
「今わぁん、【熟成】の心配をするよりもぉん、私達の子供の誕生を喜びましょ?」
両目閉じウィンクをかまし、愛おしそうに新しくできた輝剣【雪の落とし子】に熱い視線をかますジョージ。
「確かに。今は同志との傑作に大いなる喜びを感じずにはいられないね」
俺もこの輝剣には特別な思い入れがあるのは間違いない。
錬金術スキルによって生み出された『火種を凍らす水晶』。
装飾スキルによって削り、力を磨かれた『氷雪吹く鬼火の水晶』。
その二つが合わさり、いわば共同作成で輝剣の創造が実現したわけだ。
「やっぱり、これって業界初だったりする?」
「もちのロンよッ☆」
そして同志はジッと俺を見つめてきた。
「……企業秘密にするしかないわねぇん」
なぜか、野太いイケメンボイスで、悪友にでも微笑むかのように語りかけてくるオカマであった。
◇
「商談の話をしようかしらぁん」
一通り、『雪の落とし子』である輝剣を愛で、互いの考察を出し尽くした俺達は店のカウンターへと戻った。そこでジョージが不意にそんなことを言ってきたのだ。
「商談?」
「天使ちゃんの商品をうちのお店に出してみてはどうかしら。賞金首と競売で出品すると税の分、売り上げが減るけどぉん、ウチに品物をおろすなら取られないわよぉん?」
「ふむ……」
それはとても魅力的な提案であり、俺には利益でしかならない話だ。
商談。
ということは、ジョージにも何か得する要素がないと、話は成立しないということだ。
俺が作りだすアイテムをジョージのお店で売るとして、ジョージは一体なんのメリットがあるというのだろうか。
「見返りは、天使ちゃんの錬金術よ」
俺の思考を先読みするかのように答えるオカマ。
「どういうこと?」
「いい、天使ちゃん。よぉく聞いて。情報というのは、この世界では特に価値のあるものなの。クラン・クランに攻略本はないし、攻略サイトといったものは全て公式が取り潰してるわぁん。それらの主だった言い分としては、この世界を楽しむためにネタばらしは防止ってね」
「それは聞いてるけど……」
「だ・か・ら、あらゆる分野で情報っていうのはすごい価値があるの。それは錬金術に関してもそうよ」
ジョージはまじまじと俺のことを見る。
「天使ちゅわんはクラン・クランが正式サービスを開始して、たった3日で誰も到達しえなかった錬金術スキルの領域に達しているわ。私はベータテストを含めたら三週間はこの世界をプレイしているの。その私が言うわぁん」
おおう……。けっこう俺ってオカマに認められているのか。
運と称号に恵まれていた部分が大半だったものの、こうやって、自分よりもあからさまに格上の傭兵から褒められるのは多少なりとも嬉しい。
「貴方は生産方面に関しては、私と同等レベルになりつつある。この意味わかるわねぇん?」
「あ、ありがと……」
オカマにベタ褒めされて喜んでるなんて知られるのは、なんだか悔しいのでお礼だけ平然とした態度で述べておく。
「さぁて。情報がなによりも大事なこの世界で。自分の手の内、私の工房まで貴方に公開した意味は、天使ちゃんにわかるかしらぁん?」
なるほど。今まで何となく見せてきた俺の錬金術の成果は、かなり貴重な情報の一つだったと。そして、今後も俺が歩む錬金道を見ていたいと。
だからこそ、ジョージも自分の手の内を明かしたと。
「もちろぉん、わたしと天使ちゃんの合作アイテムについてわぁん、利率は半分こってことでぇん」
さらにはその道程に、自分も一枚かませろと。
今回、二人の力が合わさって作成できた『雪の落とし子』輝剣の存在を考慮しても、ジョージの提案はジョージ自身に大きなメリットを生む。
だが、それは。ジョージだけじゃなく、俺にとっても同様だ。
相互の技術を、秘匿すべき案件の全てをさらけ出し、お互いの持てる全てをかけて新しいモノを生みだしたい。
ジョージも俺と同じ気持ちを持っているのは、この話を持ち出した時点ですぐに理解できた。いや、もともと俺を工房に案内した時点で商品を店頭に出品してみないかという提案は出すつもりだったのかもしれない。
それは俺が錬金術をジョージに見せてきたから、その見返りに。
でも、今ではジョージの装飾スキルもこの眼にしている。
工房まで見せてもらった俺にこの見返りは受け取れないし、やっぱり俺しか得をしていない。
店を持つのがどれだけ、大変なのかは知らない。だが、店持ちの特権である免税を甘受するなんて、フェアじゃない気がした。
それなのに、敢えてジョージは工房も見せたのだから、錬金術を見せるのが対価に値する、なんて嫌な言い方をするのか。
「ジョージはどうしてさっきから、自分が悪者みたいに聞こえるような話の持って行き方をするの?」
「……誠意、かしらぁん」
ふむ。
今まで俺が無自覚とはいえ、ジョージに対して錬金術を披露していた。
それを横で眺めていたジョージは、その行為には高い価値があり、それを自分が得ていたという事を正直に言ったわけか。
「天使ちゅわんと、今後もこういった製作をしてみたいわぁん。うちのお店に出品する見返りは、天使ちゅわんの錬金術」
俺の方が断然メリットが多い、この提案。
これはきっと、ジョージの好意なのだろう。
「でもぉ私と組んで、他の傭兵に目をつけられて危険が及ぶ可能性もあるしねぇん」
確かに、今回のように続々と新輝剣を開発していったら、いずれは狙われるかもしれない。
でも、錬金術に危険はつきものだ。実験なのだから。
それにこのオカマは、俺が断わりやすいような話し方をする。
こんなに内情をひけらかしてくれ、優しく、いい奴と組めるチャンスを逃す理由はない。
「答えは決まってるよ。ジョージと共同でアイテム作成だなんて、わくわくすぎるよ! ぜひ、やってみたい!」
「オホッ!!」
歓喜の表情を浮かべるジョージに、俺はニンマリと微笑む。
「それに、ジョージ」
「なにかしらぁん?」
「どうして、情報が何よりも大事なこの世界で。自分の手の内、自分の工房まで俺に公開したのかな?」
それはきっと信頼の証。
「わたしは自分の工房を誰にも見せたことはないわぁん」
ジョージはポソッとつぶやく。
その一言が無性に嬉しかった。
この工房に俺を入れたときから、俺のことを一人の職人として、共に歩むべき仲間だと見ていてくれていたのかもしれない。
やはり、全幅の信頼を置いて工房に招いてくれていたということだ。
「……ジョージの信頼に応えられるようにがんばるよ!」
つい、自然と笑みがこぼれてしまった。
「もぉん! その答えが、すでに私の魂にビンビンに応えまくってるわよぉん! 貴方が男だったら私、絶対に逃してないわぁン!」
そして、笑みは凍った。
俺は心に誓う。
実は男だってこと、ジョージにだけはバラさないでおこう。
◇
「ジョージ氏」
話し合いも終わり、輝剣屋スキル☆ジョージから外へと出ると、ジト目でオカマを睨むアンノウンさんが店の前で出迎えてくれた。
「タロ氏はまだ幼き女子でありんすよ? そろそろ寝床に就かせるのが良き成人では?」
あ、そろそろ寝ないといけないな……。
リアルの時間は3時を回るところだった。
「たしかにそうねぇん。こんな愛くるしい少女を遅くまで引き留めるなんてレディの風上にも置けないわねぇン! わたしとしたことがンッ!」
女子とか少女とか。
アンノウンさんやジョージが俺を指す言葉で、教会で出会った花好きな少年の事を思い出させる。
あの時あの場所で誓った思いを、今日は行動に移さなければならなかったな……。
自分の身体の変化から目を背けるのは止めないといけない。
でないと、俺のことを少女と示す言葉にずっと嫌悪や小さな痛みを覚えてしまう。その言葉を発する友人達に悪気はないのに。
そんなのが続くのは嫌だ。
彼女たちと心から笑い合いたい。
「お二人とも、今日はたくさんお世話になりました! 俺はそろそろログアウトします! また明日っ」
くすぶる不安を押し込めて、俺は二人に微笑む。
寝て、起きたら……。
身体の変化を市役所に相談しにいかないと……。
それから、やっぱり病院なのかな。
ログアウトした俺は、ベッドへと横になる。
そして、そっとクーラーのリモコンへと小さな手を伸ばし、『微風』ボタンを押して目を閉じた。
「起きたくないなぁ……」
クーラーの稼働音だけが響く、静かな部屋に。
幼い女の子の呟きがこぼれた。
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