38話 剣と研の可能性
「装飾スキルわぁん、傭兵のアクセサリを作ったり、家具や庭具を作ったりもするのよ。うちのお店の調度品は全てわたしのハンドメイドってことぉん♪」
「ふむふむ」
家具や庭具も造れるのか……。
俺もいつか自分の店を出せた時には、ジョージに何か頼もうかな。
「そっしてぇん! 知っての通り、傭兵にスキルを習得させる輝剣の作成ねぇん!」
輝剣。
それはクリスタルのような水晶に、短剣が突き刺さっている。
水晶には神々の力が宿っており、それが短剣に込められる。傭兵は己の胸に短剣を突き刺して、スキルを習得する。俺も錬金スキルをジョージのお店で買って、自分の胸におっかなびっくりと、短剣の刃を胸に突き立てたのは記憶に新しい。
そんな輝剣を作ることが専売と豪語したジョージは、近場に安置されていたサッカーボールほどの大きな水晶を手に持った。
「『氷雪吹く鬼火の水晶』よぉん。氷と火と相性がいいなんて、全くもってんっ加工に失敗し続けた水晶よぉ……入手もボスからのレアドロップだから……これが最後の一個よぉん。今度こそは成功したいわぁん! 新素材も手に入ったわけだしぃん!」
ソレを熱い視線で眺めたオカマは「いい子ちゃんねぇン♪」と、ゴニョゴニョ呟きながら、空いた左手でジャラっと巻き皮を広げた。
皮には20個以上のポシェットがついていて、そこには彫刻刀らしき道具が収納されていた。
「さぁ、美しき子よ。わたしの刻む美によってぇん♪ 華麗に舞い、華麗に踊りぃん、より華麗に生まれ変わりなさぃん」
ジョージはそう言うと、床にあぐらをかいて座り、両脚の裏で水晶をガッチリと挟み込む。
そして天に掲げるように、シャラッと二本の彫刻刀を右手左手で持つ。
「『満ち欠けの標』!」
何かのアビリティをジョージが発動したようだ。
オカマの持つ彫刻刀は眩い光を放つ。
「ふぅううん!」
ついで、ジョージが鬼神の表情になった。
まるで木彫りの神像を創り上げる修行僧のような気迫で水晶を削りだした。
オカマの繰り出す彫刻刀の道筋は。
「はふぅんっ」
時に神をも畏れぬ大胆さで豪快に切りだし。
「あふぅんっ」
時に赤子へ慈愛の抱擁をかわすように、やさしくなでつけ。
「ほっふぅん!」
時に激しい豪雨のように細かく刻みつけ。
「ぬふぅううううぅぅうううん!」
時に地の底まで追いこむ地獄の番人さながら、えぐりだす。
ちなみに、ここだけ超重低音ボイスがオカマの唇より震えながら吐き出され、マジで怖かった。全力で踏ん張ったのはわかるがキャラを通してくれよ。
「ふしゅるるうううう」
全ての工程に、緩急があり、早い遅いがあるのが観察していて判別できる。しかし、ジョージの動きは神がかっていた。ありていに言うならば異様なスピードを誇っていた。素早い動きで上半身の残像がゆらめき、あらゆる方向から彫刻刀を水晶へと刻みつけてゆく。
「ふぇいっ」
そして、どうでもいいけど彫刻刀を握るとき手が、なぜか小指だけピンっと立っているのがちょっと気になる。
「いい感じにできたわぁん♪ このアビリティって時間制限があってぇん、ここまでの動きをこなせるようになるのに苦労したわ。それでも、満足のいく形に削り出せる事ってなかなかないのよぉねぇん……間に合わないわぁん」
とは言っているが、俺からしたら相当な手際だったと思う。
先ほどまでゴツゴツとした不格好な水晶だったモノは、綺麗なカットを施され、店先に並んでいる輝剣と装丁が似てきている。
「こ・れ・に、新素材をっと☆」
ジョージが新たに取り出したのは、透明感のない真っ黒な石塊だった。
「『暗き灰王の門』で採掘してきた『黒鉄』よぉん。わたしの見立てでは、かなーり強い刺激を与えないと、従順にならないみたいなのぉん♪ そして火と相性がいいらしいのぉんッ」
なるほど。
晃夜の真似をするならば。
「早い話が、丈夫で堅く、扱いづらいってわけか」
「その通りねぇん。そ・し・て、そんな頑固な子にわん、共通のヒ・ミ・ツがあるの」
ジョージはその黒い鉱石を右手に乗せ、左手に万年筆のような器具を取り出す。
「『水晶宮への招待状』」
ジョージがまたもやアビリティを発動したようで、彼の……彼女の左手に握られた万年筆の先が高熱を帯びたかのように赤く光りはじめた。
その筆先をゆっくりと、黒い鉱石へと這わせていく。筆先が触れた場所から石はかすかに溶け、薄い溝を生み、ジョージはなめらかに万年筆を滑らせる。
そして見慣れない紋様を鉱石に刻み付けたのだった。
「一筆、上々に書けたかしらぁん?」
オカマが満足そうに呟くと、『黒鉄』が闇色の光を発した。その発光が終わる頃には、濃い闇夜色の『黒鉄』は透き通った物体へと変貌を遂げたのだった。
「ようこそ水晶の世界へっ♪ 招待に応じてくれてありがとんッ」
そう『黒鉄』だったモノに口付けをするオカマ。
「す、すごい」
「初めて試した素材にしては、いい方ねぇン。すこし濁りが残ってしまったけれどぉん」
「ジョージ……そのアビリティって」
「鉱物や金属を、水晶に変えるアビリティよぉん。誇るべきカターイモノをそなえた子たちは大抵、水晶化できるわぁん♪」
装飾スキルすごいな。
どんどん水晶を作れちゃうじゃん。
「ふんうふん……『黒水晶』ねぇん……」
俺の感動とは裏腹にオカマは神妙な面持ちで、水晶化して変化させた『黒水晶』とやらを眺めている。
「これは前にも『氷雪吹く鬼火の水晶』に『封晶』を試して上手くいかなかった水晶だわぁん……」
しょんぼりジョージ。
「『封晶』?」
「あぁん。水晶はねぇん、在るべき姿に成ると全てに力が宿るのぉん」
ジョージは先ほど、カットして形を整えた『氷雪吹く鬼火の水晶』を俺に見せる。
なるほど。水晶を切り崩し、あるべき姿に近づけると、その水晶にスキルの力が宿ると。
「スキルの力がこもった水晶は、そのままでは成り立たないのぉん。その力を熟成させる必要があるのぉん♪ 水晶の種類にもよるけどぉん、数時間から数日、指定の場所に保管しておく必要があるのよねぇん」
「ふむ?」
「それは例えば、鉄と火が行き交う街道とか、暴力と欲が渦巻く湿った路地裏とか、水のせせらぎが豊かな小川とか、温かい日だまりの若草とか、小さな木漏れ日の春吹く森とか、暗く光の届かない洞窟とか、月光が降り注ぐ丘とかねぇん?」
謳うように各場所を口に出していくジョージは、どこかウキウキとしていた。
熟成か。ワインみたいですな。
というか、そんな所に放置したら誰かにかすめ取られたりしないのかな。
「水晶を置くってことだよね? 大丈夫なの?」
「天使ちゅわんの心配もわかるわぁん。でもね、保管した水晶は、水晶を保管した傭兵しか手出しできないのぉん。ただし、その水晶は他の傭兵からも水晶のオブジェクトとして視認できるのぉん。回収時が一番難儀ねぇんッ」
なるほど。
つまり、水晶のオブジェクトがあれば、それを取りにくる装飾職人がいるわけで、待ち伏せをして回収のタイミングを狙って強襲し、強奪を目論む奴もいるわけか。ということは、ジョージってLvもそうだけど、やはりPvPも強いのかな。
「でねぇん、その『熟成』なのだけどぉん、水晶って放置していると、どぉんどぉん宿った力が抜けていくのぉん。自然に還っていってしまうのねぇん」
「それを防ぐのが『封晶』ってこと?」
「天使ちゅわんはやっぱりすごいわぁん。ご名答よ! スキルの力が水晶から抜けないように、相性の合いそうな別の水晶をコーティングして力が抜け出すの防ぐの。それが『封晶』なのねぇん!」
「それでさっきカットして形を整えた『氷雪吹く鬼火の水晶』に、以前『黒水晶』を『封晶』としてコーティングしたけど失敗したってわけか……」
「そうなのよねぇん……残念だわぁん」
なかなか輝剣を作るのって難しいものなんだな。
錬金術同様、甘いスキルではないようだ。
熟成というシステムがある以上、対人戦も考慮しないといけないとか、ハードルが高い。
「だいたいぃん、火と氷が同時に介在するなんて、ありえないことだわぁん」
「……ん?」
「あら、天使ちゅわん、どうかしたのぉん?」
火と氷。
決して相容れないはずのモノが融合している水晶。
俺は賞金首と競売に出品しておいた、とあるアイテムの存在を思い出す。
それは『火種を凍らす水晶』だ。
システムメニューを開き、『賞金首と競売』にて3000エソと強気な額で出品中でもあり、売れ残りでもある『火種を凍らす水晶』に対し、出品取りやめをタップして俺はアイテムストレージへと戻す。
一昨日、眠らずの魔導師グレンくんとのPvPで大活躍をした、炎を凍らせる氷のアイテムがこれだ。
無色な氷塊に、揺らめく炎が封じ込められている『火種を凍らす水晶』。
氷と炎。同時に存在する事を許されていないはずの物体。
「ジョージ、もしかしたらなんだけど……」
「なぁにぃん?」
「これって使えたりしない?」
俺は炎が中に宿る水晶をジョージに見せる。
「それって確か、この前に作っていたものよねぇん? でも水晶系等はレアドロップで手に入れるか、装飾スキル持ちしか作れないはずだけどぉん」
いぶかしみつつも、俺の手にある『火種を凍らす水晶』を凝視するジョージ。
「まさかと思うけどぉん、それって水晶ってことはないわよねぇん?」
「わからないけど、名称に水晶ってあるよ」
「ホワッツ!?!?!?! それマジりすボンぬ!?」
頼むから日本語を話してくれ。
あと、その顔はやめて。
このゲームをプレイし始めて、一日一回は、色黒パンチパーマのノドちんこを目にしている気がする。
驚愕するジョージはパカっと大口を開けていた。
ぷるんぷるんと、のどちんこが震えている。
「う、うん……ジョージにあげるから、『封晶』に使えるか試してみてよ」
「そんな代物、聞いた事ないわぁん……アイテム兼、水晶系統だなんて……」
腕を交差して、らめ~とか言って遠慮するオカマ。
「いいからいいから、俺もジョージの作る輝剣を見てみたいしね?」
そんなジョージをなんとか押し退け、俺は『火種を凍らす水晶』を譲渡する。
正直に言うと、装飾スキルがすごく気になる。
ここまでの工程を見ていて思った事は、おもしろそうの一言。そんなコンテンツに、もし、もし錬金術で出した成果を加える事ができたのなら。
それは、無限の製作への可能性を示すのではないだろうか。
俺は期待に膨らむ目でジョージを見つめる。
ジョージはメキョっと音が出そうな程、『火種を凍らす水晶』を眺め、ポツリと呟いた。
「これ……水晶だわぁん。しかも、氷で炎を封じるアイテムではあるけれど、由縁は交わる事のない炎と氷が相成って存在してるぅん。火に触れて爆発的に凍らすことができるのは、火と氷が融合しているからに他ならないわぁン」
「つまり?」
俺はニヤーっと悪い笑みを浮かべる。
「相性バッチリよん! これなら『封晶』ができるかもしれないん!」
輝剣という短剣を担う装飾職人と、未知の道を探索する研究家の錬金術士。
ここに夢のコラボレーションが実現しようとしていた。
それは短剣と探研の冒険。
お読みいただき、ありがとうございます!
あついです。夏、あついです。