356話 魔法の文字盤
「キヒヒッ、そんなガラクタを何に使うが知らねえが、それで安全が保障されるってんなら安いもんだぜ」
【夜叉組】同様、【地獄の番犬】一家と盟約を交わした俺は、とある物を【盗掘王】より融通してもらっていた。
【地獄の番犬】一家は元々、遺跡や地底領域の探索に長けている闇組織だ。セバスの情報通り遺物を所持していたので、その中でも彼らが無用の長物と判断した物を、安全保障を約束する代わりに譲渡してもらっている。
「そいつは何したってうんともすんとも言わねえガラクタだぜ? あとからゴミだった、なんて突っぱねて難癖つけてくんなよ?」
【盗掘王】がガラクタと言った代物はしかし、俺にとってはお宝の山だった。
なにせ、この都市を訪れた当初の目的でもある【古代の石板】を大量に仕入れることができたのだから。
【盗掘王】は【秘跡】や【禁史書】、【禁忌黙録】などは所持していなかったものの、30枚以上の【古代の石板】を無料で譲渡してくれた。
これだけの品々を収集できるのは、さすがは【盗掘王】と言いたい所だけど宝の持ち腐れだった。
ラッキー!
「【盗掘王】。これからも同じような石板を手に入れたら俺に流してくれないか?」
「キヒヒッ。そんなんでよければいくらでもくれてやるよ。だがわかってんだろうな? 俺をキルするのは1週間に1度だけ。それ以外は全面的に協力体制を敷いてもらうぞ」
「わかってるって」
「天使ちゃんにこれから定期的に会えるぽ。キルされるぽ。ご褒美ぽ」
「豚はだまってろ! 気色わりいな!」
なぜ俺が【古代の石板】に小躍りしそうになっているか。それは石板に刻まれた意味不明な文字群に関係する。
ペド元男爵から獲得したスキル【神象文字の語り部】Lv1で習得したアビリティ、【伝承に殺された記憶】が活躍する時が来たからだ。
このアビリティは【古代の石板】などに刻まれた神象文字を読み解き、俺の経験値か財産を消費して【魔法の文字盤】とやらを作り上げてしまうのだ。
「じゃ、用は済んだから明日の闘技場イベント、よろしくね!」
「キヒヒヒッ。まーうまくやるとするさ」
「天使ちゃんのためならこの身を捧げるっぽ」
「グラトニーオ。おまえ、キモい」
「そういうグリードロアこそ、天使ちゃんにはそこはかとなく従順っぽ」
「うるせえ、このクソ豚野郎が!」
「すっかり従順な犬っぽね」
2人が路地裏の闇に姿をくらますのを見送り、俺も路地裏の影へと身を溶け込ます。
「ふっふっふー♪ 今度はどんな錬金術ができちゃったりするんだろー?」
鼻歌混じりで犯罪都市の深部へ歩を進め、手ごろな場所を見つけては人狼や吸血鬼たちを周囲に忍ばせる。
本当はクラルスの2人やミナたちと合流して、安全な場で錬金術に興じた方がよいのだろうけど……ここのところ立て込んでいたため錬金術をできなかった俺としては、そろそろ禁断症状が出始めそうなのだ。
なので即座即決、我慢ができません!
いざ尋常に錬金術!
「神々の秘密と禁忌を暴け——【伝承に殺された記憶】」
【古代の石板】にアビリティを発動してみる。
すると石板に羅列している文字の一つ一つが明滅しだし、その光はやがて六つの文字のみを照らすようになった。
:【古代の石板(神属性10)】を【魔法の文字盤】にするには経験値100 or 1000エソを消費します:
:【魔法の文字盤】の排出確率=UR0%、SSR1%、SR3%、R10%、N86%:
「ん、ガチャかな!?」
1発1000エソのガチャ……。
そう考えるとかなり高額なガチャに思えなくもないけど……とりあえず回してみますか。
:【古代の石板】は【魔法の文字盤:光を滅する者(R)】になりました:
「きたあああ! 単発引きR!」
【魔法の文字盤:光を滅する者(R)】
『神象文字【光を滅する者】が記録されている。他の魔法の文字盤との組み合わせが可能で、【転写】や【寵刻】などの際に使用できる』
ダイヤ型の文字盤に触れれば【光を滅する者】と意味する文字が、淡い光を伴って浮遊する。他にも文字盤には多くの文字が刻まれているが、浮遊するのはその六文字のみ。
文字の順序や形式、法則などは一切わからないけれど、とにかくその六文字が意味する内容だけは理解できる。
なんとも不思議な文字盤だ。
それから俺は立て続けに【魔法の文字盤】ガチャに挑む。
「SSR、SSR、SSRよ! 我が手にこい!」
:【古代の石板】は【魔法の文字盤:来る永劫の日に備え(N)】になりました:
:【魔法の文字盤:凍てつく槍(N)】になりました:
:【魔法の文字盤:夢幻卿の吐息(N)】になりました:
:【魔法の文字盤:黒き双角と白き角笛(N)】になりました:
:【魔法の文字盤:ことごとくを薙ぎ払え(N)】になりました:
:【魔法の文字盤:忠実なる下僕(N)】になりました:
:【魔法の文字盤:六本足の悪魔(N)】になりました:
:【魔法の文字盤:汝の声を轟かせ(N)】になりました:
「……8000エソ、爆死」
ほとんどの【古代の石板】は神属性10と低めであり消費するエソも1000ばかりだが、稀に20などの物もあった。
:【古代の石板(神属性20)】を【魔法の文字盤】にするには経験値200 or 2000エソを消費します:
:【魔法の文字盤】の排出確率=UR0%、SSR1%、SR4%、R15%、N80%:
神属性が高い方がレア盤の出現率もアップするけど、その分消費エソがエグくなると……。
「こいっ! 神引き! お願いお願い〜! SSR出て! SSR! SSR! SSRが見たい〜! SSRしか勝たん〜!」
ちょっと小粋にステップを挟み、どこかの民族が雨乞いの儀式をするようにSSR乞いをしてみる。
:【古代の石板】は【魔法の文字盤:額に頂く天の声(N)】になりました:
:【魔法の文字盤:戦犯を導く盾の主(N)】になりました:
:【魔法の文字盤:地底の王国より目覚めし石罰の王(R)】になりました:
「R、ここでやっときたか……」
うーむむむ。
もしかしてスキル【神象文字の語り部】のLvを上昇させたらレアな【魔法の文字盤】出現率もアップしたりするのかな?
そう思った俺はスキル【神象文字の語り部】をLv10まで引き上げてみる。
:【神象文字の語り部】Lv5……【神象学者】を習得:
:【神象文字の語り部】Lv10……【魔法を織りなす者】を習得:
【神象学者】
『一定の確率でモンスターから【古代の石板】、【秘跡】を取得できる。あらゆる方面で神象文字を研究する者は発見に事欠かない。学者が手始めに目を向けるのは、現存する生物に神象文字の残り香を見出すことである』
【魔法を織りなす者】
『【魔法の文字盤】に記録された神象文字を【転写】できる。転写できる対象は限られており転写の成功率はステータス【知力】に依存する。転写物は魔法を発現する代物となり、神々が授けた魔法を自らの手で織る者、神の御使いと同等の存在と化す』
「これは……! 【古代の石板】を入手し放題になるのでは!? し、しかも転写って、魔法を発動するアイテムが作れそうな予感がビシビシするぞ?」
むむ?
そういえば最近、簡単に魔法を発動できるアイテムを目にした気がする。
たしか【盗掘王】の配下を倒した時に、【魔導文紙】なるアイテムを入手したよな?
さっそくストレージをチェックすればすぐに見つかった。
【魔導文紙:黄魔法『閃光の百雨』】
『転写された神象文字【恵みの雨を祈りし巫女、光彩をまといし雨雲の唸り声、雷鳴の粒となりて百の侵略者を焦がさん】を詠唱することで、黄魔法【閃光の百雨】を発動できる』
これって古代の遺物だとか、消耗品だから貴重だとか【盗掘王】は言ってたけど……。
【魔法を織りなす者】で神象文字の【転写】を成功させれば、色々な【魔導文紙】が作れるのでは!?
俺は神速の勢いで羊皮紙っぽいものが売っている道具屋へと駆け込んだ。
◇
明くる日。
いよいよ【夢と絶望が詰まった王冠】が開催される時刻が迫ってきた。
「ふぁー……」
「天士さま、寝不足ですか?」
「あ、うん。ちょっと……昨日は錬金術に明け暮れちゃって」
俺はミナとリリィさん、そしてトワさんの4人で会場へと向かっている。
「あらあら、タロさんも男たちの熱気に当てられて身体がうずきますの?」
「リリィさんは変なこと言わないの。それにしてもすごい賑わいようだねー」
リリィさんとトワさんが辺りをキョロキョロ見回すのも無理はない。
どこを見ても荒々しい傭兵やNPCたちが、足早にとある一点を目指して進んでゆくのだから。
少しばかり警戒心も高まってしまう。
俺はそんな風に思いながら上を見上げる。
【鉄と鎖の腐敗都市ギルティガリオン】の上空を蜘蛛の巣ように広がる巨大な鎖たち。
そんな鎖の数々が集束する先には、都市中央に座す王城じみた黒塗りの建造物がある。
『黙約と裁魂の塔』と呼ばれた真四角の塔で、まるで天を這う鎖が傭兵たちを導くように、人々は濁流のごとく『黙約と裁魂の塔』に押し寄せてゆく。
そう、『黙約と裁魂の塔』こそが闘技場そのものだったのだ。
昔、正義を愛する『裁魂の戦女神モリガン』が作ったと言われるそれは、今や異様な熱気に包まれていた。
それもそのはずでこの闘技場大会は元々、【剣闘士の国オールドナイン】の王族が【罪人たちの王】は誰か? と問いかけたのが発端で開催される運びとなった。
他国の王族が運営に携わり、喧伝したとなればそこそこの動員数は確約されている。実質的な運営業務は、この都市を牛耳る【運命の指針】を初めとする出資者たちで、俺が所属しているモリガン委員会だ。
彼らが本気で宣伝すれば、世界各地の罪人たちや日陰者たちがこぞって集まるのも頷ける。
『黙約と裁魂の塔』に近づくにつれて、緊張と熱気がますます膨れ上がってゆく。
「今回の闘技場大会に……天士さまの懐事情が懸かってるです」
「タロさんのライバルであるこの私が、華麗にタロさんの借金を帳消しにしてさしあげますわ。大きな貸しになりますわね?」
「タロくん。その……何度も言ってるけど、賭け事はほどほどにね?」
三者三様の発言に俺は真剣な面持ちで頷く。
そして眼前に迫った『黙約と裁魂の塔』を鼻息荒く見上げる。
今日まであらゆる手を尽くし、この日のために準備を進めてきた。
組織力、よし。
裏工作、よし。
錬金術、よし。
さあ、最後の仕上げは————
「————さて、誰に賭けるか」
発言だけ聞くと、ギャンブル中毒のダメ人間だった。
新作、始めました!
『どうして俺が推しのお世話をしてるんだ? え、スキル【もふもふ】と【飯テロ】のせい? ~推しと名無しのダンジョン配信~』
→【https://ncode.syosetu.com/n1197ic/】
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