355話 犯罪都市の選帝侯 ★
お久しぶりです!
斬絵さんからいただいた大罪スキルはシンプルに言うと、夢魔姫化と鬼化に尽きる。
大罪スキル【虚飾】のLvは26で、主に幻惑を用いたMP吸収アビリティがふんだんにあり、敵の選択肢を奪うと同時に自身のMPを回復するのに特化している。とはいえ、大罪スキルにしてはいささか弱い印象を受けるが、大罪スキル【虚飾】の真骨頂はそこではない。実は他のアビリティと複合が可能で、例えば刀術スキルと組み合わせて『妖し斬り』などといった、幻の剣筋を発生させつつMPを奪う効果をアビリティに付与できたりする。
これはかなり強いだろう。
そしてもう一つの大罪スキル【憤怒】はLv30。
鬼化といった特性を持ち、PTメンバーなどにも付与できるのが強みだ。
基本的な効果は自身のHPが低ければ低いほど火力が上がる。そして、その効果を活かしたアビリティが多く存在しており、ほとんどのアビリティには自傷効果が付いている。しかも与えたダメージの一部をHP回復として吸収できるものもあり、爆発的に攻撃力を上昇させて自らも即座に回復できる優れものだ。
一撃ではHPの1割しか回復しないとしても、連撃を浴びせれば一気に全快だってありえるので鬼の再生力はおそるまじ。
「大罪スキル【貪食】が空間を喰らい、【強欲】が技を喰らうなら……【虚飾】と【憤怒】はMPとHPを喰らう。そんなところだろうか」
とにかくこれで俺が保有する大罪スキルも全部で4つになったわけだ。
残る大罪スキルはこの都市最大のマフィアのボス『ラッキー・ルチアーノ』と、殺人請負会社の首席幹部『アルヴェルト・アナスタシア』が所持するもの、そして最後の七つ目は闘技場の優勝賞品だ。
傭兵側は制したのであとはNPC関係だ。
一体どんなスキルなんだろうな。
「カカカッ……タロしゃんは天晴れじゃの」
キルから復活した斬絵さんと俺は、再び夜叉組の座敷に対面で向き合っている。
彼女の双眸は、口から出る賞賛の言葉とは裏腹に悔しさの色が滲んでいる。
大刀と戦装束のいで立ちで俺と真っ向からぶつかりあった斬絵さんは、負けるつもりは毛頭なく、全身全霊を以て戦ってくれたのが窺い知れる。
「まさかタロしゃんにキルされても大罪スキルを奪われんとは、真に面妖じゃの。これはアレか、もしや駄犬たちは何度もタロしゃんに遊ばれておったのか?」
「そうです。おかげでひどく躾の届いた犬になりました」
「カカカッ、あ奴らに煮え湯をのまされていたわしらとしては愉快な話じゃが……」
そんな相手をいとも簡単に何度もねじ伏せてしまう俺に警戒の眼差しを向けてくる。
「して、タロしゃんはわしら【夜叉組】に何を望むのじゃ?」
順調に大罪スキルを手に入れたところで、拳を交わす時間は終わった。
次は言葉を交わす時間だ。
「まずは、この犯罪が跋扈する【鉄と鎖の腐敗都市ギルディガリオン】の行く末について俺と語りませんか?」
俺の提案する取引きに、彼女はきっと応じてくれるはずだ。
そんな思いを胸に軽く唇を湿らせる。
「以前、斬絵さんはここを女子供たちが平和に暮らせる【薬学都市】にしたいと言ってましたよね?」
「さようじゃ」
「その方針は俺も概ね賛同です。でも、現状を鑑みるに平和を実現するにはひどく時間がかかりそうですよね?」
「左様じゃな。わしらじゃ【地獄の番犬】一家やNPCマフィア【運命の指針】、【殺人請負会社リトル・マッドハッター・インク】から大罪スキルを奪わんと実現叶わぬ……」
「俺はすでに4つの大罪スキルを所持してます」
「仮初じゃろ?」
「誰かの利を奪うことなく、4つの大罪スキルを所持してます」
俺の言葉に斬絵さんはハッとした顔になる。
そう、俺が持つ大罪スキルは斬絵さんが指摘した通りLvを自力で上昇させられない仮初のもの。だが、誰の力も奪わずに大罪スキルを集約できる器でもある。
「定期的に斬絵さんを俺にキルさせてくれるなら、斬絵さんが望む形でこの都市の舵取りがある程度はできるかもしれません」
俺という存在と影響力は、【地獄の番犬】や【夜叉組】の協力があればなお安定する。そして互いの条件さえ合致すれば、俺を旗頭に共存し合えると示唆する。
どちらか一方が強大すぎて従属を強いるより、互いに利益をもたらす存在だからこそ信頼関係が結ばれ秩序が保たれる————
それが【鉄と鎖の腐敗都市ギルディガリオン】の未来。
マフィア同士の全面抗争は白黒つくまでに長い時間を要するが、同盟関係ならばすぐに実現可能だ。
その仲介役やまとめ役として唯一、俺はなりうる存在なわけだ。
「……続けるのじゃ」
「この都市に【選帝侯】を導入しようかなって。ゆくゆくは七大罪にちなんで【七大選帝侯】って役職をつくります」
「大罪スキルを持つ者が諸侯となり、この都市の皇帝を推挙するってわけじゃな?」
「そうです。大罪スキル1つの所持につき、一諸侯と考えてもらってよいです」
現在【地獄の番犬】一家は【貪食】と【強欲】で二侯、【夜叉組】も【淫美】と【憤怒】で二候、そして【運命の指針】は実質的に【殺人請負会社リトル・マッドハッター・インク】を傘下に治めているので二候。
どの勢力も拮抗はしている。
「カカカッ。実質タロしゃんを皇帝と選ばざるを得ない仕組みじゃの。よく考えたものじゃ」
【夜叉組】からすれば、【地獄の番犬】一家の誰かが帝王になるなんてもってのほか。また、現体制や歓楽街の在り方を仕切る【運命の指針】に主導権を握らせたままでは【薬学都市】の実現にほど遠い。
ならば話が通じそうで、なおかつ影響力のある俺を皇帝として担ぎ上げた方が斬絵さんにとっては得だ。
「俺が斬絵さんに望むのは2点。【夢と絶望が詰まった王冠】で、俺が推す傭兵を優勝させるのに協力すること。そして【殺人請負会社リトル・マッドハッター・インク】への牽制です」
俺がこの都市の主導権を握るには、絶対に欠かせない事案がある。
それは現在、この都市を牛耳っている【運命の指針】の力を削ぐこと。つまり、裏でラッキー・ルチアーノと繋がっている【殺人請負会社リトル・マッドハッター・インク】から大罪スキルを奪うか、【夢と絶望が詰まった王冠】の優勝景品である大罪スキルをこちらの陣営が所持する必要がある。
その奪取案に協力してくれるなら————
「未来の【虚飾侯】と【憤怒侯】の二罪候は斬絵さんです」
「要するにじゃ、タロしゃんはわしらに協力してもらう代わりに未来の【鉄と鎖の腐敗都市ギルディガリオン】の重役ポストを用意してくれるわけじゃな?」
如何にも裏社会の取引きっぽい内容だ。
重要な役職につけてやるから見返りに協力しろと。
「じゃが、裏切りというのは往々にしてあるものじゃろ? 」
約束したところで所詮は口約束。
斬絵さんも【盗掘王】も闘技場で俺の申し出を裏切り、優勝賞品である大罪スキルを狙う可能性だってある。
「【地獄の番犬】一家は俺に従順であり、歯向かえません。今更、【夢と絶望が詰まった王冠】で最後の大罪スキルを所持したとしても、どうにもならないと理解しています」
何度もエルと共にキルした結果、今では忠実な犬だ。
「だったら、最初から俺の傘下に入って甘い汁を吸った方が得だと考えています。斬絵さんはどう判断します?」
暗に【地獄の番犬】一家を傘下に治め、【運命の指針】にも影響力のある俺と敵対していいことはあるのか? と仄めかす。
しばらく、俺と斬絵さんの間に沈黙が落ちる。
彼女は彼女なりに【夜叉組】の将来と、自身の望みを天秤にかけて熟考しているようだ。
「お屋敷の上に咲いた黄金桜。あれは一定時間が経つとエソが実る優れものです。この取り引きに応じてくれるのなら、あの木の所有権も譲ります。これこそ鬼に金棒ならぬ、鬼に金塊。いかがでしょうか?」
このお屋敷を荒らしてしまった弁償代も含まれるけど、果たして彼女の決定は如何に——
「……わかったのじゃ。タロしゃんの申し出に乗っかるのじゃ」
そうして斬絵さんが出した答えは協力だった。
俺は彼女の返答に満足して大きく頷く。
それと、と付け加えておくのも忘れない。
「俺は錬金術が好きなので、斬絵さんが望む【薬学都市】にすごく興味があります。それこそ【万能薬】の開発の着手、そして流通には全力を注ぐ方針にします」
ニコッと笑いかければ、斬絵さんは手をヒラヒラと掲げ降参したかのようなポーズを取る。
絵空事を言ってるとでも思われたのだろうか?
それは心外なので、熱弁をふるうことにした。
「錬金術に不可能はありません! 実績もあります! 【翡翠の涙】を初めとした回復アイテムなど、俺が所持する工房で製造してるので安心してください。それらを円滑に売りさばき、広めてくれる傭兵団『サディ☆スティック』の協力も取り付けられます!」
ジョージに【鉄と鎖の腐敗都市ギルディガリオン】を【薬学都市】として再建する! なんて話せば、儲け話の匂いがぷんぷんするわぁぁぁんとか言って飛びついてくれるだろう。
「製造と流通を握っているので! 薬学都市、いいじゃないですか! 絶対に実現させましょう!」
俺には彼女の意向を実現できるだけの情熱と、手助けしてくれる心強い仲間たちがいるって全力でアピールだ。
「そして多くの傭兵たちが依存する薬……もとい、『攻略に必須な回復アイテムはここしかない』って言わせてみせましょう!」
ヤバイ薬を作ってるラッキー・ルチアーノの排斥に失敗したとしても、多くの傭兵に売りさばけるポーションの方が美味しいと踏めば、ヤバイ薬そっちのけでいい薬作りに協力的になるかもしれないし。
「カカカッ、タロしゃんはほんにずるいのぅ」
「……ずるい、ですか?」
「そうじゃ。やろうと思えば力づくで、わしらを無視してこの都市を牛耳れるだけの力があるのじゃろう? 言っておったではないか。『俺に気に入られないと、この都市の管理権はない』ってのぉ」
そういえば【夜叉組】と【地獄の番犬】一家の前で、ラッキー・ルチアーノを召還した時にそんなようなブラフを張ったなあ。
確かに斬絵さんの言う通り、交渉なんてせずにごり押しでどうにかできたかもしれない。けれどそれではダメだ。
ラッキー・ルチアーノとの交渉や賭けの敗北で学んだのは、いかに『運命』とやらを自分で作り出すことが重要であるか、だ。
彼は俺を交渉の場に立たせ、逃げられない状況下で条件を呑ませ、かつ自らの能力で賭けをも勝利する。自分の望みを引くための事前準備、すなわち前段階で運命の行方を決めていた。
その点、一方的に斬絵さんたちを上から従わせても……俺が思い描く【腐敗都市ギルディガリオン】は上手く回らないだろう。俺一人だけじゃどうにもならない事だって、誰かと協力できたなら……だったら斬絵さんに選ばせ、選んだといった自覚を持ってもらったほうがより円滑に物事は回ると確信している。
そのための交渉、提案、布石なのだ。
「『みんな仲良く』が俺の心情ですから」
「そういうところがずるいと言っておるのじゃ。ほだされていい相手じゃないとわかっていても、こうしたくなるのじゃ」
おもむろに斬絵さんが和服の袂をぶわっと広げたと思えば、急接近からのハグ。
「叶絵と……そう変わらぬ齢の女児が、こうも懸命に立ち回るとは天晴じゃ」
カラカラと笑いながら抱きしめる斬絵さんを見上げれば、その瞳には少しばかりの憂いが残っていた。それは以前、俺がよく見かけた侘しさを内包しており……姉が俺を心配そうに見つめる眼と同じだった。
彼女の視線の先は俺ではなく、他の誰かを見つめているようだった。
斬絵さんはどうみても中学生ぐらいの女子だ。そんな彼女がこの闇深い都市をどうにか『薬学都市』に創り変えたいと願うのは、それ相応の理由があるのかもしれない。
例えば————
現実で、治したい誰かがいるとか。
彼女は、俺がゲーム内で狂犬病やゾンビ化のワクチンを作り、現実でもそれが反映されたと言及してきた。ここを【薬学都市】として繁栄させ、【夜叉組】の構成員の欠損した腕や足を復活させたいとの口ぶりだったけど……現実でも使用できる【万能薬】を切望している節が垣間見える。
「愛い奴、愛い奴じゃ」
「も、もふっ……もごっ」
そんな俺の思考を覆い隠すように、すっぽりと俺の頭を自身の胸に沈めてしまう斬絵さん。
彼女が抱えている真相を、今の俺には聞けない。なればこそ、頼り甲斐のある人物であると思ってもらうために、ここは毅然と主導権を握らせてたまるものか。
俺は自由な右手を活かし、どうにか彼女の頭にぽんぽんと手を置く。
傍から見たら抱きしめられているちびっこが、どうにか後ろ手で頭をぽんぽんする奇怪な絵になっているが構わない。
「未来の帝王として、此度の英断、見事だったと褒めます。いい子、いい子です」
「む、むぅ……わ、悪くはないのう……じゃが、負けぬぞ?」
妹のエルによくやる手法をこれでもかと織り交ぜる。
しかしそこはやはりというべきか、彼女もなかなかの好敵手。まさかのなでりこ返しをしてきたので、俺は新技を披露することにした。
その名も髪の毛サラサラへっくしょん。俺の銀髪をさりげなく鼻孔あたりにふぁさっと押し当て、くしゃみを促すことでこの状況を打破させる戦法だ。
身長差をうまく活かした必殺技はしかし……、まさかの屈むことでかわされてしまう。
同時に視線の高さが合わさり、互いの顔と顔が重なりそうなぐらい近くなる。
「タロしゃんは甘いのじゃ。ほれ、羞恥のあまり目が泳いでおるのじゃ」
「き、斬絵さんこそ、頬が真っ赤ですよ!?」
引くに引けない状況で、俺たちはおでこを合わせるほどの近距離合戦に臨んでいた。
……エ、ナニ、コノジョウキョウ。
「カカッ……白銀の天使のお膝元、犯罪都市は生まれ変わる。付き従うは鬼一門と地獄の番犬かのう……天晴じゃ」
カラっと笑い散らかす斬絵さんは、気恥ずかしさをごまかすように囁いた。
そんな折、俺たちが談合していた座敷を隔てていた襖がぴしゃりと開く音がした。
「天士さま〜? そろそろお話合いは終わりましたか〜?」
「1対1の会談がいいと仰るからタロさんのお顔を立て、今まで控えておりましたが随分と長いので私どもといたしましては少し心配に————」
「タロくん、また不意打ちとかかけられてないよね————?」
ふすまをおもむろに開け、そこから顔を出したミナとリリィさん、そして茜ちゃんたちが俺と斬絵さんの様子を目にして硬直する。
数秒間、凝視されその後はてんやわんやの大騒ぎとなる。
「ど、ど、どうゆうことですか!? て、天士さまに、キ、キ、キスしようとしてたのですか!?」
「ちょっと鬼の貴女! 破廉恥ですわよ!?」
「タロくん。そういうの私、感心しないな〜」
さらにミナたちの後ろにいたクララさんが俺たちの様子を秒で盗撮したらしく、次の配信用のサムネは『のじゃロリ鬼姫さんと天使さまの百合』で決定とか言っていたので、傍にいたルルスちゃんに全力で止めてもらうよう懇願したのはまた別の話だ。
ここまで、精一杯できるだけの準備や布石を打つことできた。この都市における十分な後ろ盾と地位を獲得し、帝王の座に就くための運命も整った。
あとは本番で上手くいくよう、仕掛けるだけだ。
いよいよ明日、【夢と絶望が詰まった王冠】が始まる——
復活記念に『桃色める』さんにタロのイラストを描いていただきました!
桃色めるさんのTwitter → @momoiromelu




