354話 鬼に黄金樹
大罪スキル【強欲】。
【盗掘王】からいただいた時点でLvは32とだいぶ高かった。
このスキルを一言で表すなら、相手のアビリティを封印して自身のステータスを上昇させる代物だ。
「む、斬絵の刀術が掻き消えた? むむ、確かに【盗掘王】の【強欲】じゃのお……」
斬絵さんの刀術は俺の右手に触れた瞬間に奪われ、同時に彼女の大刀をさばく身体の動きを強制停止させた。
なるほど、【盗掘王】にやられた時は厄介だと思ったアビリティも自分が使う側となれば非常に便利なものだと実感する。
:【お前の物は俺の物】により、刀術アビリティ【疾風怒刀】を奪いました:
:奪われた持主は【疾風怒刀】を3分間、使用できません:
:【疾風怒刀】より奪ったステータス・バフが3分間、あなたに反映されます。3分後、奪ったアビリティは持主に返還され、ステータスも戻ります:
:ステータス補正『力+10』、『素早さ+10』、『刀術系アビリティによる攻撃の際、追撃の一振りが発動』:
:残りの【強欲なる手札】ストック数は2枚です:
あと2回、斬絵さんのアビリティを奪える。けれどこの【疾風怒刀】を捨てれば、また3枚まで相手のアビリティを奪えるけど、無限に奪えるわけでもない。なぜなら、一度奪ったアビリティは24時間経たないと奪えないからだ。
とはいえ、このアビリティはかなり強力で相手の出鼻を挫いたり、攻撃を封殺するに等しい。
「ならば、ただ純粋に屠るのみじゃのお」
瞬時に状況を理解した斬絵さんはさすがと言える。
エルがなぜ簡単に【盗掘王】をボコボコにできたかといえば、それは強欲で奪えない通常攻撃を連続で放っていたからだ。その正解へとすぐに辿りつけたのはすごいけれど、アビリティを簡単に使えない状況はやはり彼女が圧倒的に不利だろう。
「タロしゃんはなめすぎなのじゃ」
迫る彼女の大刀に俺も自分の二刀を合せる。
ギィンと甲高い音が響き、同時に予想以上に重い一撃が俺の手を痺れさせる。腕ごと引きちぎられそうな勢いで握っていた刀は弾かれ、俺の身体は宙へと吹き飛ばされていた。
「ふむ? 力の差がだいぶあるようじゃの?」
「……ぐっ」
:傭兵タロ HP80 → HP22:
武器を合せても、力押しだけでHPがここまで削られるのか。
一体、斬絵さんはステータス力をどれほど上げているのだろうか?
「お兄ちゃ!?」
「だ、大丈夫だ!」
俺が吹き飛ばされたのを見てエルが悲鳴を上げるが、そのエルが【夜叉組】の構成員を引きちぎってしまったのでギョッとする。
なるべく【夜叉組】のNPCはキルしないよう手加減しろって言っておいたのに……つい力んでしまったのだろうか……? あのNPCキルされてないよな……?
「大丈夫だから! エルはNPCの相手を! でもキルしないで!」
「わかった、です」
今回、エルやクラルスには九霧斬絵との戦いは一対一でさせてほしいとお願いしていたのだ。というのも彼女の大罪スキルは未知数であり、できる限り自分でその効果を肌で体感したい。
どうせ奪うのなら、実践での持主の活用法を見ておくのは参考になる。
そしてもう一つの理由は、斬絵さんは俺自身の強さで彼女を下さないと取引きに応じてくれなそうな雰囲気があったからだ。
なにせラッキー・ルチアーノが現れ、俺がこの都市の支配者であると知った途端に彼女は何の躊躇もなく刃を向けてきた。手を結ぼうとしていた俺を即座に襲うと判断したのは、それだけこの都市を手に入れたいといった強い信念があるのだろう。
そんな相手にエルやみんなの力をぶつけて取引きしても、彼女の中でしこりが残るかもしれない。それなら徹底的に俺と斬絵さんがぶつかり、お互い出し切れるところまで出し合った後の方が腹を割って話せると思ったからだ。
きっと彼女はそうした方が良い。
そして夜叉組のNPCを俺にけしかけようとしない彼女も、どうやら一対一を望んでいるようだ。
「キルしない? やっぱりタロしゃんは舐め過ぎじゃの」
斬絵さんは俺に迫り、その大刀を閃かせる。
「死ノ絶ち——【斬徹】」
アビリティを奪われる状況下で一切の躊躇いなく刀術スキルを連発する真意、それは奪われてもかまわないアビリティなのだろう。
もし彼女が大罪スキル【強欲】で奪える手札の上限を知っているなら、相手の狙いは透けて見える。
だからこそ、俺もそう簡単に【強欲】を連発するつもりはない。
「目覚めろ————【渇望者の右腕】」
大刀の切っ先が俺を捉えるより早く、足元に赤黒い腕を落とす。それは地面のあらゆる物を吸収し、即座にして巨木と見まがう腕となる。
ぶよぶよとした筋繊維を丸出しの巨大な右腕が斬絵さんの刀術アビリティをずっぷりと呑み込む。
「なんじゃ……気色わるいのぅ」
一太刀あびせ、すぐに巨腕が振るった拳を回避する斬絵さん。
これは暴食王さんと盗掘王さんの人体素材、それぞれの右腕と巨人墓地で手にした『巨骨』を掛け合わせて作った錬金生物である。
主な効果は——
:【渇望者の右腕】が吸収したアビリティを解析しました:
:【無主九刀スキル】Lv20で習得……【死ノ絶ち 斬徹】:
:四肢、または部位のいずれかに攻撃をヒットした場合、状態異常『部位欠損』を付与する。字の如く、斬られた箇所から先が一定時間消滅する:
:HP370 → HP320:
【渇望者の右腕】の能力は、受けた攻撃を吸収し分析する。HPを全損すると消滅してしまうタイプだけど、幸いにも素材はたくさんあるから予備はバッチリだ。
それにしても無主九刀スキルなんて聞いたこともない。
刀術スキルの上位互換の類?
いずれにしろ、斬絵さんの斬撃を不用意に受けるのはそのまま致命傷に繋がると認識した方が良い。
「用心のためにもう一本……目覚めろ、【渇望者の右腕】」
「カカカカッ、タロしゃんは面妖な術を使うのお」
俺の両脇にそれぞれ一本ずつ【渇望者の右腕】が蠢いていても斬絵さんの余裕っぷりは崩れなかった。
それどころか斬絵さんの猛攻はより苛烈さを増し、その連撃のことごとくを【渇望者の右腕】が受け止める。
「銃ノ絶ち——【銃王無刃】」
剣筋の嵐、とでも言えばいいのだろうか。
斬絵さんを中心に台風でも発生したかのような剣戟が無数に発生する。何もない空間を大刀が通れば、その剣筋自体が一本の剣となり、銃弾となり、辺りを縦横無尽に駆け巡る。
突如として生じた幾本もの中空を飛び交う剣は【渇望者の右腕】を切り刻み、俺が事前に仕掛けておいた見えぬ糸『糸肢死屍累々』をも断ち切ってしまう。
「ふむ……何やらかを仕掛けてると思えば、これは糸かの?」
そんな問いかけを投げながら、俺を狙う斬撃は止まない。
どうにか【渇望者の右腕】の影に身を伏せたりして避けているけど、限界も近い。だけどこれは明らかに誘いだ。大罪スキル強欲で奪わざるをえない状況に、俺を追い込もうとしている。
「ほれほれ〜続いて大罪スキル【虚飾】が一つ! 【星骸】じゃ! 星を骨抜き骸と化す、踊れやタロしゃん! わしの虚構と美に堕ちるのじゃ!」
「くっ」
頭上を見れば到底避けられるはずもない流星が、車ほどの大きさを誇る隕石にも似た何かが豪速で落ちてきた。
爆風と轟音が辺りを席巻するも、俺は一度だけアビリティを反射する【呪樹界の掟】によって守られる。
「な……あれを喰らって無傷じゃと?」
「お返し、です」
「ぐぬ!? なんじゃと!? 大罪スキル【憤怒】が一つ、【強華狂い】!」
流星が斬絵さんに飛来すると同時に、彼女の全身から赤黒いオーラが滲みだす。
激しい爆風が散った後に残ったのは額に一本の角を生やした斬絵さんだ。あの攻撃を耐えきったのは賞賛に値するけど、俺と同じく無傷とまではいかなかったようだ。
彼女のHPバーは残りわずかだ。
「カカカッ、どんな攻撃を受けても一度だけHPを1残す【強華狂い】、よもや本当に1まで削られるとはなかなかどうして、面白いのう。だがのぉ、タロしゃんに一つ教えてやるのじゃ。大罪スキル【憤怒】は基本的に鬼化するものであり、HPが削れた分だけ攻撃力が上昇するといった特性を持つのじゃ」
つまりHP1の彼女は現在、最高火力を誇る状態であると。
「タロしゃんは悠長すぎるのじゃ。あれもこれも奪わずとは————大罪スキル【虚飾】が一つ、【桃源郷の枯らし花歌】」
斬絵さんが歌うと、辺り一面に桃色の花が瞬時に咲き誇る。
俺は警戒して距離を取るために、大罪スキル【貪食】で瞬間転移を敢行する。座標は【夜叉組】の御屋敷の屋根だ。
あの花が如何に危険な毒をはらんでいようとも触れなければどうということはない。
視点が斬絵さんたちを見下ろすものに変化すれば、甘美な香りが鼻孔を突く。
「距離を置いても無駄じゃ、ほれ、甘い夢に踊るのじゃ」
次の瞬間。
斬絵さんの言葉通り、俺の視界はたくさんの茜ちゃん……と、ミナによって埋め尽くされた。
えっ!? ちょ、どうして2人とも裸!?
さらには姉やリリィさんまでもが水着姿で————って、夕輝に晃夜がブーメランパンツ一丁で迫ってくるうううう!?
や!? え!?
どうしてジョージが!? やめっ、そんなピチッピチの全身タイツでくるなああああ!?
「それ以上、こっちに近づいてくるなあああ!?」
:【渇望者の右腕】が吸収したアビリティを解析しました:
:大罪スキル【虚飾】Lv25で習得……【桃源郷の枯らし花歌】:
:夢魔姫が歌えば桃色の花々が咲き誇る。桃花の香りは12秒間の夢見心地を与え、生気を全て吸収する:
なるほど、幻惑か。
わかっていてもこの映像は色々とキツイぞ!?
早くおわってえええ!?
「終わりじゃ、タロしゃん」
すぐ傍で斬絵さんの声がこだまし、俺は仕方ないとわり切ってとっておきのアイテムをポロッと落とす。同時にいくつものログが流れるけど、それを全て無視して予め設定しておいた5万エソという数値を承諾する。
すると俺の所持金は瞬時にして5万エソという大金を失った。
できれば使いたくなかったアイテムだけど、さすがは大罪スキル2つ持ち傭兵との戦い。出し惜しみして勝てるレベルじゃない。
「ぜーんぶMPを搾り取ったから、タロしゃんお得意の召喚魔法は封じたのじゃ」
「いえ、それ無意味です」
だって俺の得意分野はMPいらずの錬金術だから。
「ここまできて戯言かや。つまらぬ、夢にうつつを抜かして死ぬがよい」
呆れを滲ます声と共に、斬絵さんはその斬撃を乗せたのだろう。
もちろん、俺は幻惑の中にいてその姿を見るのは叶わない。どうせ結果は見えているのだからと目を瞑り、一応は彼女の大刀が俺に届くのか待ってみる。
数秒が経ち、数十秒が過ぎてもなお斬絵さんの刃は俺に振るわれはしなかった。
そっと目を開けると、すぐ目の前には黄金に輝く樹木が力強く突き立っている。それはお屋敷の屋根に根を張り、豪華絢爛な光彩を堂々と放っている。
俺が最後に使ったアイテムは、欲深い盗掘王の左腕を素材とした錬金生物【獲得者の左腕】だ。
金銀財宝でできた左腕は、俺が投じたエソ量によってその強さと規模を大きく増強させる。さらに上限である5万エソに到達すれば【黄金樹】といったオブジェクトに成る代物である。
【黄金樹】は所有者に一定間隔でエソをもたらす、まさに黄金を実らす大樹だ。ちなみに黄金樹の形状は根を張った地形や地質に応じて変化するため、今は和風調の強い黄金桜とでもいえばしっくりくる姿になっている。
「ぐぬ……」
黄金の幹に掴まれ、呑まれ、夜叉組の鬼姫は呻き声をこぼす。
俺は眩い彼女を見上げ、そして微笑む。
「綺麗ですね。これこそ鬼に金棒ならぬ、鬼に金塊?」
「天晴じゃ……」
斬絵さんは金桜が舞い散るなかで、キルエフェクトを散らせたのだった。
1月7日(金)にコミカライズ5巻が発売します。
まだ決定しておりませんが……おそらく最終巻になるかと存じます!
ここまで来れたのも一重に読者さまのおかげでございます。
誠にありがとうございます!
 




