353話 銀姫と鬼姫
いざ、エルやクラルスと一緒に【夜叉組】の御屋敷に乗り込むと、妙な2人組が面白そうな話をしていたので俺たちも混ぜてもらうことにした。
主に殴り合いという話し合いで。
「初太刀——【零戦】」
刀術スキルによる瞬間移動アビリティ、一撃離脱の一閃は細身の傭兵に僅かながらのダメージを与える。
「なっ、俺のナイフさばきより早い!?」
「このちびっこが! 叩きつぶしてや————」
大男の傭兵が大振りのパンチモーションに入るが、その身体はビタリと見えない糸に絡め取られたかのように静止する。
それは、この屋敷に転移した瞬間から配置しておいた透明の大蜘蛛【白夜の苦舌蜘蛛】のおかげだ。
アビリティを一度だけ反射する【呪樹界の掟】はもちろん仕掛けてあるが、敵が今回かかったのは【糸肢死屍累々】だ。
単純に見えない糸を張り巡らせ、【白夜の苦舌蜘蛛】が移動の際に活用する。もちろん俺には見えているので、糸に乗っかってみたり空中で立っている! なんて錯覚させたりもできるけど、今は動けない大男に向かって二刀流による12連撃をお見合いしてやる。
「弐ノ太刀————【時雨紅桜】」
「くっそ……斬絵嬢と同じ刀術スキルだとお!?」
「それより、どうして僕ら動けないのさ!? 何か、これって、見えない糸!?」
「おらああああ! こんなもんひきちぎってやるぜええ」
「ボクのナイフで切り裂いてやる」
慌てふためく彼らだったがその技量や力は伊達じゃなく、身体に糸が張り付く感覚だけを頼りに【糸肢死屍累々】の縛りを壊してゆく。
だが、俺は宣言通り彼らとの相手をするのは終わりにする。
「俺からは軽いお仕置きだけにしといてあげるって言ったよね。あとは本物が遊んでくれるって」
今まで微動だにしなかった【鼓動を削ぐ徘徊者ジャック・ザ・リッパー】の得物が揺れ、【月姫の王狼】が人狼形態となって2人に襲い掛かった。
「ひっ!?」
「ぐおおおお!?」
「ザコと本物、ちがう」
うしろで辛辣なツッコミをぽそりとするエル。
それに続いて今度は元気な声が上がる。
「はーい! みんな、今日は続いてサプライズ配信!」
「まだまだ暴れちゃいます!」
敵の本拠地でありながら堂々と楽しむクラルスの面々を見て、この場のカオスっぷりが深まってゆくのを感じる。
なにせとっくに【夜叉組】のNPCたちは俺たちの侵入に気付き、ぞろぞろと集まりだしているわけで絶賛包囲網が完成しつつある。クラルスの浮かれっぷりに反して女性NPCたちの形相は険しく、両者の温度差が激し過ぎてチグハグだ。
そんな締まりのない空気をビシッと改めたのは、正面の大きな障子がパタンッと両開きになった瞬間だ。
そこにはやはりというべきか、【夜叉組】の頭目である九霧斬絵だ。
「タロしゃんかや……聞いてるぞよ、【地獄の番犬】一家へ神出鬼没の猛攻をしかけておるとな」
「お耳が早いですね」
彼女は以前の装いとは違い、完全に戦支度を済ませたような恰好をしていた。
ヒラヒラと装飾の長い和装姿に鉄製の籠手や脛当てを身に着け、何より違うのは身の丈を超える大刀を縁側に立てている。
少女に似合わぬ大刀は、前に会ったときに装備していた刀と異なる。
「無論、【地獄の番犬】一家の2つの大罪スキルが未だ健在であることもじゃ」
それは暗に俺が【暴食王】と【盗掘王】を倒しきれてない、と仄めかす言い方だった。
「まさかタロしゃん。犬どもの大罪スキルを奪えぬから、次はわしを標的に……? 【夜叉組】なら奪えると、遊びに来たんじゃあるまいの?」
「遊びにきました」
「カカカッ、言い切るとは面白いの。しかし疑問じゃ。わざわざ【夜叉組】の本拠地に攻め入るなど、わしが街をぶらついてる時に襲いかかればよいものを?」
そして彼女は少女らしからぬ般若の笑みをたたえる。
「それとも何か? そのような創意工夫をせずとも、わしを下せると思っておるのか?」
シャキンッと小気味よい音と共に、全身をしならせて大太刀を鞘から引き抜いた斬絵さん。
「この斬絵を、【夜叉組】をなめておるのか?」
「侮ってはいません。ただ試しにきただけです」
「ほう。男を哭かす、わしらを試すじゃと?」
「ちょっとした取引きのお話をさせてもらいたく」
実は【地獄の番犬】一家を何度もキルし、俺たちは完全に優劣をつけた状態でとある取引きを交わしていた。それは闘技場イベント【夢と絶望が詰まった王冠】に向けて、俺が建てた計画の一部でもある。
それを【夜叉組】にも持ち掛けようというのだ。
「その前に、九霧斬絵さん。あなたの大罪スキルをいただきますけど」
「カカカッ。大言壮語もほどほどにせいの、タロしゃん」
「あ、言い忘れてましたけど。【地獄の番犬】一家の大罪スキルはちゃんと俺の手中にありますよ?」
「……ならば相手にとって不足なしじゃの」
さて、【夜叉組】の頭がどれほどの実力を持っているのか。
俺が提案する取引きに相応しい相手かどうか、お手並み拝見といこう。
「ここでタロしゃんの首を取るのも一興じゃの。散ノ太刀————【疾風怒刀】」
やはり、九霧斬絵さんは刀術スキルを中心に戦う傭兵のようだ。
ここは一つ、刀術スキルの生み親として、刀術スキル使いの後輩として勉強させてもらおう。
彼女の刃が閃き始める前に、俺も口ずさむ。
「大罪スキル【強欲】————【お前の物は俺の物】」
さあ、彼女の刀術を奪う——
「さあさあ! 鬼姫が笑うか、銀姫が笑うか、果たして勝負の結果はー!?」
「タロちゃんがんばってー!」
非常に緊張感のないクラルスの実況を背に、斬絵さんとの衝突は幕を開ける。
 




