352話 切り裂き悪魔と狼男の暴君?
「クラルスの配信やってんのなー。ジャック、見てんのか? おい、見てんだろ?」
「五月蠅いよジーク、見てるから」
薄汚れた建物ばかりが並ぶなか、男傭兵2人が歩く中庭は特異点とも言える空間だった。
そこだけに雪が降ってしまったのかと錯覚するほどの真っ白な砂利が敷き詰められ、優しい緑の苔や色とりどりの蓮の花が咲き乱れている。優雅な池には数匹の鯉が顔をのぞかせ、時たまししおどしが鳴らす甲高い音が風流である。まさに日本庭園、和風屋敷といった単語がしっくりくる、明らかに周囲から浮いた場でその男傭兵たちは、愉快気に談笑していた。
「この【白銀の天使】ってやつと頭は、僕らが【夜叉組】に入る前にやり合ったらしいね……ふーん、召喚術さえどうにかすれば大したことないんじゃね?」
「【白銀の天使】の隣にいる無言ちゃんだっけか? そっちの方がぜんっぜん強そうだよな」
「【無言の鉄槌姫】ね。【白銀の天使】はトドメばっかりで、美味しいとこを持ってくだけの他力本願ってやつ?」
「ジャックゥ、俺、こいつと闘技場イベントで闘り合いてえ。ぶっつぶしてやりてえ」
「ジーク、それ名案だよ。【白銀の天使】が参加するならそれもありじゃね?」
つい最近まで男子禁制だった【夜叉組】の本拠地に、ジャックとジークの2人は我が物顔で闊歩する。不快そうに見つめるNPCたちの視線を気にもせず、2人の会話は続く。
「おー! いいね! 美少女の顔が歪む瞬間ってやつを拝ませてもらおーぜぇ」
「おい、ここでそういう発言は御法度だからね。なんのために【夜叉組】に入れてもらったと思ってんの」
「そりゃあジャーック! 女ばかりのNPCハーレムを乗っ取るためだろお? いずれはあの可愛らしい斬絵嬢から大罪スキルを奪っちゃあ泣かせるためだ〜」
「ジーク、わかってるならね? まだ怪しまれるような事は言わない。僕があのチビ頭にどれだけヘコヘコしたかわかってるの?」
チャキッとどこからともなくナイフを取り出したジャックは、ヒラヒラと器用にナイフをひらめかせる手遊びを始めた。ジークはそれをつまらなそうに眺め、気に喰わないと言わんばかりに鼻を鳴らす。
「でもよ。女しか入れなかった【夜叉組】が、俺らみたいな男も入れるようになったんだ。それって俺らの力が必要って話だろ? 斬絵嬢相手にそんな縮こまんくてもいいじゃねえか」
「いや、九霧斬絵は油断ならないよ。信頼を勝ち取るまで下手な動きはできない」
屋敷の柱へともたれかかったジャックは、神妙な顔で九霧斬絵を語る。
「今のところは頭が持つ能力の恩恵にもあやかりたいし。仲間すらも鬼化させる大罪スキル……あれが厄介でもあるし、利用のし甲斐もあるからね」
「へいへい、わーったよジャック。まだ大人しくしてやらあ」
ジークは自身の濃すぎる体毛をガシガシとかきむしり、獣じみた屈強な筋肉を誇示するようにマッチョポーズを取る。その行為になんら意味はないけれど、付き合いの長いジャックは彼が自身の不満を解消させる癖だと知っている。
「それに頭がよこす仕事って楽なのばっかりだし? 今回もそうじゃん? 頭が警戒してる【白銀の天使】そのものはそこまで脅威じゃないよね。問題なのはその取り巻きってだけで」
「無言ちゃん? だっけか。あいつと【白銀の天使】を離しておけばいいだけだしなー」
「いや、【無言の鉄槌姫】ね。あー、もう無言ちゃんでいいから……ジーク、自分の筋肉を見せつけるのやめてもらえない? 暑苦しいからね」
細身のジャックに、自らの恵まれた体躯をアピールするジーク。
ヒョロッとした男と、200センチを超える大男のコンビが、相反するようでシックリくるのは2人が本質的に同じ狂気を求めているからなのかもしれない。
その狂気の名は『女性の歪んだ泣き顔』。
「もしかして頭の狙いはそれかもねー。天使と姫を分断させるために、僕らを【夜叉組】に招きいれたとかね?」
「はん、お目が高いじゃねえか。つっても俺らを引き入れるとか過剰戦力じゃねえか? 【路上を歩く悪魔】だとか【切り裂きジャック】なんて、狂人者呼ばわりされてるお前が相手じゃ、数秒も持たないだろ」
「そっちこそ、【狼男の暴君ジークムンド】なんて怖がられてるじゃないか。秒殺しないでよね? 女の子の泣き顔を見るのは最高のディナーなんだから」
「わーってるよ。そこは俺も譲れねえご馳走だからな」
【夜叉組】の庭園に、ゲラゲラと下品な笑い声がこだます。
そんな喧騒を唐突に遮る一陣の風が吹く。それは凪のごとく、静かに、だが確実に絶望へと引きずり喰らう漆黒を伴って降臨した。
「路上の切り裂き悪魔に、狼男の暴君ジークムント?」
その問いかけは、千人が耳にすれば千人が間違いなく美麗だと認める声音によって紡がれた。
だが、今はその美声に嘲笑が含まれており、2人は自分たちが軽く見られたと察する。
「なっ!? 【白銀の天使】? さっきまで配信してたのに……」
「どうやってここに……? まあ、丁度いいかああああああああ!?」
自分たちを嘲笑ったその相手が、さきほどまで話題にしていた人物だと知るやいなや、2人の怒りは一瞬にして頂点に達する。
だが、その憤怒の炎は彼女の背後に控える生物を目にして凍り付く。普段から横柄な態度で他の傭兵に接する彼らでさえも、愚直に突撃するのをためらわせるほどの異様さが漂っていたのだ。
「紹介するよ。こちら【鼓動を削ぐ徘徊者ジャック・ザ・リッパー】」
【白銀の天使】が無造作に紹介しだした1人目は、ヒョロ長い体躯の持主だった。ソレは紳士服に身を包み、優雅に一歩前に出ては一礼して見せる。だが、ハットの下には漆黒の靄が広がり、血に飢えた真っ赤な双眸だけが不気味に光っている。人間のような形を成してはいるが、一目で異形であると理解できるおぞましさに、傭兵ジャックはわずかに身震いする。
自分と体型こそ似てるものの、その異形が手にする得物は巨大なはさみと分厚い肉包丁。そのどちらも自分が握っているナイフより、はるかに鋭利かつ重い輝きを放っていると否応がなく意識させられる。
「そしてこちらは【月姫の王狼】だよ」
彼女の背後にいた二人目は岩のごとき筋骨隆々の大男で、【白銀の天使】を守る壁のようにのそりと前に出た。そいつが血走った眼で傭兵ジークを見詰めた途端、両肩あたりの筋肉がボコりと音を立てては盛り上がる。
捕食者として牙をむきだしにした形相は、今にも喰らい殺してやると言わんばかりの殺気に満ち溢れ、その迫力に気圧された者が静かに唾を飲み込む。
体格には自信のある傭兵ジークだったが、自分よりも数十センチは大柄かつ分厚い男に睨まれて萎縮しそうになってしまう。
「奇しくもほんの少し似てるけど。でもやっぱり、どうみてもお二人の方が偽物ですよね?」
ニコリと微笑みかける少女に、ハッと意識を飛ばす傭兵ジャックと傭兵ジーク。
そうだ、こいつなら俺らでも闘れる。そのような内心が明らかに顔に出てしまっていた。
「偶然にも被ったって言うなら仕方ないです。俺からは軽い御仕置だけにしといてあげる」
【白銀の天使】は淡々と語る。
その無機質すぎる声音が、逆に形容しがたい畏怖感を2人に根付かせた。
「二度と、俺の友達の名を語らないで」
【夜叉組】の総本山に、銀色の風が吹き抜けた。




