351話 犯罪都市を見通す猫の魔眼(2)
「大罪スキルって便利だな……」
大罪スキル【貪食】にはいくつかの強力なアビリティがある。中でも汎用性が高すぎるのが【奈落の口づけ】と【距離喰らい】だ。
【奈落の口づけ】は、予め『奈落にしたたる唾液』を任意の場所に設置しておく。これがいわゆる、俺たちから見た黒い沼っぽいエフェクトだ。そうして自分の視界内にもう一つの『奈落にしたたる唾液』を生み出し、相手を引きずり込めば、設置しておいた黒沼に強制ワープさせる代物だ。最初に設置した沼は【奈落の口づけ】を解除しない限り、1分毎にMPを15消費させれば持続する。
次に【距離喰らい】だが、これは簡単に言えばマップ内の高低差を含める座標を指定するだけで、その指定地点へ自分やPTメンバーを『奈落にしたたる唾液』を介してワープできる。傭兵1人につき消費MPは30となかなか高めだが、最強の奇襲戦法につなげられる。
「こんばんは、【盗掘王】」
というわけで【盗掘王】がいるという座標を指定して、アビリティ【距離喰らい】を発動。今回は戦闘に備えてMPを温存するためエルとクラルス、俺の4人のみでの突撃だ。
ゆらめく黒い沼から現れた俺たちを歓迎してくれたのは、もちろん【地獄の番犬】一家のボスとナンバー2のお二人。
「ああん? 白銀の天使ともあろうやつが、たった数人で何しにきた? キルされたいのか?」
そんな彼の挑発は、数舜後には『プギャアッ!?』という悲鳴に様変わりする。
「な!? どうして俺の【強欲】が発動しない!? 奪えなッッ、プギョアッ!?」
「ぱんちぱんちぱんち」
エルが無情にも加減気味の殴打を連打してゆく。
んー、【盗掘王】の持つ【強欲】ってスキルの名前からして、アビリティとかを盗めるタイプなのだろうな。だから前回戦った時、『銀月の彼岸花レディ・ノスタルディア』の攻撃のことごとくを凌ぎ、あまつさえ一部のアビリティを吸収したように見えた。
そうなると、エルとは相性が悪いだろうなあ。
なにせ一切のスキルを使わずに、ただただ殴ってるだけなのだから。発動したアビリティを奪うタイプのスキルであるなら、エルからは何も奪えないのだろう。
「くそッ! おいっ、グラトニーオ! こうなったら俺らの最強コンボを今ここでッッ!」
【盗掘王】はエルの猛攻を逃れ、大きく後方へと跳躍しては距離を取った。彼の相方であるもう一人の大罪スキル持ちへ必死に何かをけしかけようとするが、その叫びは途中で止まる。
【暴食王】がすでに、誰かと戦っているのを見て、その相手が誰かを把握して考えを改めたのだ。
「クラルス……だと? じゃあ、今は配信中なのか?」
さすがそれなりの情報を持っているだけあって、【盗掘王】は状況理解が早い。
彼は以前、『最強コンボ』とやらは闘技場イベントまでお披露目するのは避けたいと言っていた。それはその通りだろう。なにせ手の内をさらけ出せば、対策法を準備してくる傭兵だって現れるかもしれないし、それは優勝賞品である大罪スキルの奪取が遠のくと同義だろう。それでも以前の俺との交戦時は、止むを得ないと判断して『最強コンボ』とやらを実行しようとしていた。
結局ラッキー・ルチアーノの出現などで使わずじまいだったが、今回こそはその『最強コンボ』とやらを使って俺たちを撃退しようとするのか、ちょっと期待はしていたけど……。
「ちっ、配信中じゃッできねえ! なぜ、クラルスとクソ天使が……!?」
やっぱりそうだよね。
俺との個人的な戦いで、目撃者数も少なければ『最強コンボ』ってやつをおみまいできたかもしれない。しかしここで使ってしまっては、クラルスが配信中で視聴者数は何百何千といるわけで、それだけ多くの人々に切り札をさらけ出す失態に繋がる。
本当はちょっぴり残念だったりもする。
だって、これから俺は【貪食】も【強欲】も習得するわけで、大罪スキル2つを用いた『最強コンボ』ってやつを見ておいて、今後の参考にしたかったりした。
でも今は安全を第一優先にしたいから、クラルスに協力を頼むのは悪手ではないはず。
「完膚なきまでに安全、安定、ルーティーン!」
未知数の多いラッキー・ルチアーノと比べ、なんともやりやすい相手だ。
こちらは、あくまで【地獄の番犬】一家にとっての本番は闘技場イベントだと知っての強襲なのだから。
「強欲さん、俺の人間性のためにキルされてね?」
「プギョアッッッ!?」
エルに後頭部から殴りとばされ、状態異常【気絶】になった盗掘王さん。
というか頭部が……吹き飛ばされてて、ポリゴンちっくに加工されてるけどエグさだけは色々と伝わってくる。
「エル、当て勘、上達」
にぱっと笑いながら、その可愛らしい容姿にまるで似合わない台詞を吐く妹は、盗掘王さんの足を掴んで無造作に引きずっている。
そこに俺は刀を突きさしトドメを刺す。
「エル、手加減の調整が絶妙だな。えらいぞ」
「えへへ」
「次はこの人の部位素材を採取したいから、もう少しHPを残してくれると助かる」
「はい! エル、がんばる!」
こうして俺は大罪スキル【強欲】を複製簒奪した。
◇
「こんばんは、【盗掘王】。今回もなかなかいいアジトですね?」
なんでだ!?
どうしてこうも容易くクソ天使に俺たちの居場所が見つかる!?
これでもう3回目だぞ!?
「お、おう……奇遇だなあ、クソ天使」
激しく動揺しそうになる俺だが、仮にも俺は【地獄の番犬】一家を背負うボスだ。
こんなちびっこたちに慄く姿なんて、見せちゃいけねえ立場ってもんがある。
「てめえら、こんだけ好き勝手やってタダで済むと思うなよ? お前の仲間は無事かな〜? キヒヒッ」
なんて強がって脅してみるが、結果は目に見えていた。
クソ天使が厄介ならあいつの仲間を狙えばいいと算段をつけ、構成員をけしかけたが……報告によれば多くの傭兵たちに守られていて蟻の子一匹通さねえって状況らしい。
対応策って言える対応策を練る間も、実行できる余力もなく、ただただクソ天使の強制降臨イベントが繰り返される。
やべえぞ、本格的に打つ手がねえ。
しかも奴にはまだ人狼って手駒もあるはずなのに、その強力な手札すらも見せねえ……温存する余裕があるって事実が恐怖に拍車をかける。
「脅しですか? そんな風に言っちゃうなら、キルする回数もっと増やしましょうか?」
ダメだ。
奴の目は、クソ天使の目は本気だ。
あれはゆるぎない信念を持った人間の目だ。いや、あいつは果たして人間なのか?
「さあ、エル。そろそろ遊びの時間だよ」
「あい。四肢、つぶさない、しばり、ぼっこぼこ」
「そうそう。あと頭も潰すのはNGね? 俺は【盗掘王】さんの部位素材もほしいから丁寧にね? すぐキルしちゃうのもダメだよ?」
「りょ! じっくり、ぼっこぼこ」
「ひッ!? ……も、もう勘弁してください、本当にもう」
もうここまで来たらプライド云々言ってられるか!
これじゃあまともにこの都市での活動すらできねえ!
もう頭を下げて降伏するしか——
「あっ、クララちゃん。ここからなら配信OKだよ」
「待ってました〜!」
無視!? えっ、もう何なの!?
最初にちょっかいかけたり、攫ったのは謝るから、た、たのむ!
この都市で先輩風とか吹かせてごめんなさいいいい!
「わかった! おれたちが悪かったからッップギュアッッッ!?」
和平の嘆願は、【無言の鉄槌姫】と呼ばれるちんちくりんの拳によってねじ伏せられた。
◇
「感度良好、こちら【猫里眼】担当のミナヅキが中継します」
「進路良好、【猫バスダイヤ】を管理する私が皆様を導きますわ」
仲間たちの報告を頼りに、俺は【距離喰らい】で指定する座標を絞り込むのに集中する。
「マップのB区画、【地獄の番犬】一家の構成員らしきNPCたち数人がタバコをふかしてるのが見えます。『黒猫のもふ』ちゃん視点です」
ミナの新スキルは千里眼ならぬ、【猫里眼】。一定の懐き度を満たした野良猫の視界を自分の視覚と共有できる代物だ。
「では、そちらの『黒猫のもふ』さんはそのまま待機させますわ。『茶猫のみゃーご』さんの進路をマップA地区の裏路地に変更しますの。『白ぶちのぶっち』さんはD地区の商業区に、『三毛猫もんぷち』さんはF地区の屋内を散策してもらいますわ」
リリィさんが持つ新スキルは懐いた野良猫の行動を、ある程度指示できる【猫バスダイヤ】だ。
ミナだけでは猫の視覚が見えたとしても、それは猫の気ままに見た景色を覗き見れるだけの代物になってしまう。そしてリリィさんだけでは猫の行く先を指定できても、そこで何が起きているのかを知るのはずっと先の事、その野良猫に合流して意思疎通を図れなければ把握できない。
どちらが一方だけでは決して有用な効果を望めない、猫の気まぐれに頼るスキルだけの産物が、3人の力を合せれば無敵の情報網に様変わりする。
「はーい、はーい、こっちの黒猫ちゃんは【鮭のスライムソース漬け】が好物で、こっちの茶キジくんは【カツオ武士】が好きかな? ふむふむ、長毛ちゃんは【極にぼ三色だんご】に夢中なんだね。ささっ、食べて食べて〜!」
ミナとリリィさんだけでは制御できなかった猫たちだが、トワさんの協力を得て懐き度を向上させるに至ったようだ。トワさんは【同調者】を持つため、猫たちの好みを聞ける。そしてリリィさんが指示した場所に猫を移動させ、ミナがその猫の視点を借りて状況を確認できる。
ネコの城にいかずとも、あらゆる猫の視界を共有できるスキル。
実はミナとリリィさん、それにコノエ君の3人は、俺が領地経営で色々やっていた間に【白黒の猫戦争】を解決してしまったようだ。その報酬として、猫と感覚を共有できるスキルをもらったらしい。
今までは野良猫の好感度をしっかり上げられず、宝物の持ち腐れになってしまっていたけど、三人が完全に協力したおかげで真価が発揮されたようだ。
「改めてすごいよ! もうこの街を見渡す眼は、三十匹以上でしょ?」
「天士さまが作った【宝石猫の白銀しっぽ】も諜報活動に向いてます」
「ですが、タロさんの錬金物では私たち自身が猫になりますので深い情報収集はできても、同時に何匹もの猫たちを放つ私たちのように、一瞬で手広く、多くの情報収集は実現できませんのよ」
ちょっと自慢気に語るリリィさんが微笑ましい。
きっとライバルとしての威厳をアピールしつつ、友達としてもっと頼っていいのですわ、と言っているようだった。
「3人とも、本当にありがとう」
感謝の言葉を述べながら、俺は目標の座標を絞り込む。
「タロちゃん、配信許可はまだかな? そろそろかな? ねっねっ」
「お兄ちゃん、この女、ぼっこぼこ?」
「ララ姉……間違ってもタロちゃんを敵に回すような行動は避けてね……」
傍らにはエルとクラルスの2人がいて、戦闘前とは思えないほど和やかな雰囲気である。
なにせこうして【地獄の番犬】一家のボスがいる場所に、【貪食】スキルで向かうのは4度目であるから、多少は気のゆるみというのも出てしまうのだろう。
さてさて、順調に【盗掘王】さんの居場所も特定できたわけだし、そろそろ行こうかな。
「クララちゃん。何度も言ってるけど、俺たちの索敵方法は部外秘だから敵と邂逅してから配信を始めてね。それとクラルスファンのみなさん、また3人の護衛をお願いします」
ぺこりと頭を下げて、クラルスファンの皆様方へ真摯にお礼を述べていく。『本当に助かってます』『ありがとうございます』『頼りにしています』などなど、笑顔と共に握手を交わす。
その際はもちろん賄賂も忘れておらず、お手製のポーション等を一人一人に配っておく。
「天使ちゃんの聖水……」
「手作りらしいぞ!」
「うおおおおおおおおおおおおおお!」
戦意の高揚が見て取れるので、俺たちが【地獄の番犬】一家のアジトに強襲をしかけている間に万が一の事があっても、ミナやリリィさん、トワさんの安全は保証されるだろう
万全の準備に満足する俺に、エルが肩越しから問いかけてくる。
「次、どんな方法でぼっこぼこ?」
心なしか楽しそうなエルの頭をそっとなでてやる。
すると妹は、くすぐったそうに笑顔を咲かせたのだった。




