350話 犯罪都市を見通す猫の魔眼(1)
「あら、しばらく見ないうちにタロさんはまた軍勢をこしらえたのですか?」
「天士様……そのお二人って、もしや急上昇ランキング常連のクラルスですか!?」
「ユウ君やコウ君が、タロ君はいつも発想の斜め上を行くって言ってた意味がわかりましたー」
改めてリリィさん、ミナ、トワさんと合流した途端、3人はクラルスやその護衛たちを見て心底驚いている様子だった。俺はそんな3人にクララちゃんやルルスちゃんを紹介し、ファン護衛さんたちとも挨拶を交わす。そこはかとなく護衛さんたちのみんなを見る眼が輝いているのも無理はない。
なにせここには美少女集団が勢ぞろいしているからだ。
昔の俺だったらこの場にいるだけで頭がクラクラしそうなほど緊張していたかもしれないが、今となっては俺もその輪の内の1人に入っているわけで……慣れというのは怖いものだ。
「あら? そちらのお嬢さんは……以前もお見掛けしましたわね?」
リリィさんがエルを見て疑問を口にしたので、そういえばまだ義妹のミシェルをちゃんと紹介する機会がなかったと思い出す。
「リリィさんは天士さまとのお付き合いが浅いから、知らないのも当然ですね。あの子は天士さまの——」
「わっ、エルちゃん! 【獣王の天骸アルカナム】ぶりだね! あの時は本当に助かったよー!」
ミナがリリィさんにエルを紹介しようとした矢先、まさかのトワさんがエルへ親し気に話しかけた。
「うむ、トワ。元気ー?」
エルもエルで、我が妹にしては珍しくトワさんに関心があるように頷く。基本的に他人に無関心がデフォなエルだが、興味のある人物に対してはわりと反応が早かったりする。
そして、そこはかとなくエルがトワさんに偉そうなのは気のせいか?
いや、エルの生態系うんぬんよりも、さっき聞き捨てならないワードが出たよね?
「「【獣王の天骸アルカナム】!?」」
知識欲の塊ことクララちゃんとまるっきり声が被ってしまう。
「あっ、タロ君には言ってなかったね。えっと、テイム系のスキル持ち? の傭兵だけが招待される場所があって、その時にエルちゃんにすごくお世話になったの」
「トワ、わたしの弟子」
弟子って……。
そういえばトワさんは接触したモンスターの思考を1回限り読み取れる【同調者】って称号を持っていて、もしかしてトワさんも今ではけっこうな特殊スキルを習得してたり?
エルは卵型のコントローラーと接続できたモンスターを操る特殊スキル【生み親の卵智気騒ぎ】があったっけ。あれも確かエルが持つ称号【遊園児】関連で習得したって言ってたな……。
いつの間にか、自分の好きな同級生と妹が仲良くなってる事案に複雑な心境ではあるけど、2人が良好な関係を築けているのなら兄として一安心である。
なんて、そんな風に思うのはちょっと気が早かったかな?
「テイム系のスキル……ほうほう」
「むむむ……天士さまの御家族を篭絡……先手の懐柔、強敵なのです」
クララちゃんとミナの2人は興味津々でトワさんの話に耳を傾けている。
正直、俺も【獣王の天骸アルカナム】について詳しく聞き出したいところだけど、ひとまずは大罪殺しのために集まったのだから目的が盛大に逸れる前に話題を戻しておこうか。
「エルとトワさんが一緒に遊んでたなんて俺としては嬉しいかぎりだよ。大罪殺しの際は、2人の連携とか見てみたい」
「あー……エルちゃんとの連携は私にはちょっと厳しいかも?」
「トワはまだまだ。わたしと一緒、戦える、お兄ちゃん、お姉ちゃだけ」
「でも、この都市の聞き込みなら私に! いえ、私たちに任せてタロ君!」
俺の目の前でバンッと自信たっぷりに胸を張るトワさん。
とっても可愛らしいのだけど、俺の目線のすぐそばで理性をかき乱す膨らみを強調させるのはやめてほしい。目のやり場に困ります!
「え、えっと、その……聞き込み?」
「聞き込みだけに限らず、都市内のあらゆる場所を監視できますわよ」
「なのです。わたしとリリィさんとトワさんの手にかかれば、天士さまに必要な情報を網羅してみせます」
3人の話を詳しく聞けば、どうやら彼女たちはこの都市で比類なき情報網を得たらしい。
そんな彼女たちの協力を得て、俺たちはまず大罪スキル持ちの【盗掘王】さんから詰めることにした。
◇
ここ最近、誰かに……いや、何かに見られているような感覚がある
【地獄の番犬】一家の頭目たるこの俺が、何の根拠もなくビビり散らかすなんて他の連中に知られたらお笑い草だが……妙な気配を感じるのは確かだ。
「この都市は決して油断ならねえ……」
「グリードロアは心配性っぽ。これだけ警戒してれば大丈夫っぽ」
違和感の正体が何なのかわからないが嫌な予感ってやつを暴食王に相談し、アジトの移動を点々と繰り返している。
それでもこの、蜘蛛の巣の糸に絡まったかのような感覚は消えてくれはしない。
「蜘蛛といえば……あのクソ天使が召喚した透明な巨大蜘蛛を思い出しちまうな……」
ちぃッ! 嫌な予感は深まるばかりじゃねえか。
だが、どの看破スキルを使用しても覗かれている気配はないとのログが流れるばかりだし……豚の野郎は悠長にも気のせいだとほざくが、そんなはずはねえ。
この感覚は確かに、誰かにつけられているような——
しかもこの俺に場所の特定を許さない状況が、ここ一時間以上も続いているとなると——
相当の使い手だろう。
「立派なアジトじゃないですか」
そんな俺の予感は——
鈴の音を転がすような美麗な声が、背後から響いた事で的中しちまった。
しかも、一番あってはほしくない内容で。
「こんばんは、【盗掘王】」
月夜すら届かない、四方が建物に囲まれ暗く湿った空き地。
そんな場所に月光が降り注いだのかと、錯覚してしまいそうなほどの輝きを纏った少女が2人。
まるで霞のごとく、忽然と姿を現した少女たちを見て背筋に悪寒がゾクリと走る。
「ちぃ……」
俺は舌打ちをせずにはいられなかった。
だがここは切り替えるしかねえな。クソ天使の唐突な訪問に内心の動揺をひた隠し、軽くおどけてみるとするか。
「キヒヒッ、どうした今更。闘技場イベントが始まるまで双方干渉しない……それで手打ちだったはずだろうが?」
もちろんそんな約束をした事実ないし、互いの意思を確認した覚えもない。
それでもラッキー・ルチアーノが出現し、天使と共に掻き消えてからはなるべく大人しくしていたつもりだった。
なにせコイツらとやり合うのは多大な損耗を強いられる。それは【夜叉組】や【運命の指針】という強敵が控えた状況で、俺たちにはマイナスにしかならない。
だからこそ一縷の望みをかけて、今はこの方便でどうにか荒事は避けたいと伝えてみる。
『俺たちは今のところアンタに手を出す意思はない』
『俺たちは争わない。少なくとも闘技場イベントが開始されるまでは』
この2つの主張を強引に承諾させられれば……。
「あなたは以前、俺にこう言いました。『俺には、この都市に合わないって』」
静かに、ひどく静かな声音で天使は告げる。
俺は相手の空気に呑まれる前に、相手が言わんとしようとする言葉を先取りする。
「んで、お前さんは不遜にも『この都市には俺流に合わせてもらう』って豪語してたっけか。って、おい……まさか」
「うん。事情が変わりました。だから『俺流に合わせてもらいます』」
ニコリと笑う天使の顔には、俺がどう言葉で取り繕おうが戦いは避けられないと、潰すつもりだと物語っていた。
どうやら問答無用らしい。
「クソ天使が。そのお前が言う『俺流』ってやつは……?」
「とりあえずは、大罪スキル持ちの傭兵を狩り尽くす方針にシフトしました」
いともたやすく大罪スキル持ちをキルすると言い切る自信。
しかも単体キルじゃなく、この都市にいる全ての大罪スキル持ちを狩り尽くすときたか。ちきしょうが……こりゃあ『狩人の神』の血縁者だって噂はいよいよ真実味を帯びてくるじゃねえか。
「あっ、この先何度もキルしますよ?」
可愛らしく小首をかしげながら悪魔みたいな言葉を口走る白銀の天使に、思わず腰が引けちまうのも無理はないだろ。
「お前、悪魔か天使かハッキリしろよ」
「ん、これは神の宣告」
俺の文句に対し、即座に返事をよこしたのはクソ天使の隣で佇む少女だった。
瞬間、俺の視界が大きくぶれた。




