349話 大罪殺しのはじまりはじまり
お久しぶりです。
「みんなごめんね! 今夜の配信はいったん終わり!」
「タロちゃんも色々あるだろうし、私たちに付き合わせてばっかりじゃ悪いかなって」
クラルスの2人は気遣いの神となり、俺とミィが抱き合う姿を見た途端に配信の中止をリスナーさんたちへと伝えた。
「また後で配信するから、ね? 楽しみにしてるのだー!」
「みんな、またね!」
「あっ、あの! みなさん、なんだかすみません! ほらっ、エルもお辞儀して」
「……お兄ちゃんが言うなら」
ぽそっと無表情気味に呟いたエルは、ぺこりと頭を下げる。
これにて配信の終了を惜しむリスナーさんたちのコメントをどうにか対応し、今夜の配信は閉幕となった。それからすぐさま、クラルスの2人は興奮気味で俺とエルに詰め寄って来る。
「タロちゃん! その子、タロちゃんの知り合い!?」
「ものすごく強かったよね。憧れるなあ……私もいつかあんな風にぼっこぼこにしてみたい」
姉のクララちゃんは鼻息荒く、妹のルルスちゃんは恍惚な笑みを称えて、ミィことエルを凝視している。
クララちゃんは何となくわかるけど、まさか温厚そうなルルスちゃんまでエルの登場に歓喜の意を表すとは……っていうか、ちょっと発言が怖くないか? 仮にもアイドルがぼっこぼこって……。
「あっ、その……なんだか護衛してくれてたリスナーさんとか、配信とか中断させちゃってごめん」
俺としては、エルによる突然の乱入でクラルスの配信は半ば強制終了させてしまった罪悪感だったり、物凄く人数が減ったクラルス護衛たちへの申し訳なさだったり、色々とあったけど2人は気にしてない素振りで快活にエルに話しかけていた。
「だいじょぶだいじょぶ! みんないい経験できたって思ってるよ。それに次回の動画で、【謎の美少女の正体とは!?】って物凄く釣れそうなタイトルができそうだし?」
「ララ姉、この子をしれっと出演させようとする流れを作ろうとするのはダメだよ」
「むっ、まずは自己紹介からね! 私はクララよ、よろしくね」
「自己紹介しても配信に出演させていいわけじゃありません。わたしはルルス。お名前、聞いてもいいかな?」
「……お兄ちゃん、この人たち、敵?」
エルはクラルスの自己紹介をフル無視したあげく、微妙に剣呑な視線を2人に向けた。そんな義妹の様子に俺は慌ててかぶりを振る。
「友達、2人は友達だから!」
「ふーん」
なんだ、おもしろくないの。
ぼっこぼこにしようと思ったのに、なんてミィの考えが読めてしまうものだから戦々恐々だ。
「えっと……クララちゃん、ルルスちゃん、この子はエル。実は俺の妹なんだ」
「えっ、やば。タロちゃん家ってどんだけ美人家系なのよ」
「うわー、似てるとは思ったけど……ん、妹?」
クラルスの2人はまじまじと俺とエルを交互に見詰める。
おっと、たしかに今はどう見ても俺の方がミィより年下に見えるよなあ……。
「はっはーん、なるほどね。タロちゃんも可愛いところあるね」
「ララ姉やめなよ。タロちゃんだってそういう年頃なんだから」
「あんたもたまーに、お姉ちゃんぶる時あるもんねー」
「だからやめようって」
やばい、物凄く生暖かい眼でアイドルたちに見られている。
これは、その……あれだよな?
年下である俺が、姉であるミィに大人ぶっている……姉貴風を吹かせている、と誤解されてるよな? そしてミィ自身は、そんな幼い俺を優しい気持ちで受け入れてると……!
「いやー凄い凄いとは思ってたけど、子供らしい一面があって安心したかな。まっ、タロちゃんは歳のわりにしっかりしてるもんね。納得、納得、へー! エルちゃんはタロちゃんの妹さんなんだ」
「タロちゃんはすごいから頷けるね。そのうち私たちよりもお姉さんになっちゃいそう?」
2人とも、幼い子供をおだてるように微笑み合うのやめてもらっていいっすかね!?
なんて俺とクラルスのやり取りをこれまた全スルーして、エルが2人との会話を遮るように……物理的に俺の前にスッと出ては向き合った。
「お兄ちゃん、ステータス確認して」
「えっ?」
唐突に話を運ぶエルはいつもの事だから驚きはしなかったけど、今は神属性という不穏なステータスを所持しているのもあってその言葉に妙なひっかかりを覚える。
「神属性、見て」
「エル……どうしてソレを……」
「エル、【神々を風化させる眼】、ある」
どうやら俺の妹は、いつのまにか神々の事情を見通すレベルにまで登り詰めていたようだ。というかメデューサって、見た者を石化させる伝説的なアレだよな……!?
どうしてエルがそんなアビリティを持っているだとか色々と疑問は尽きないが、クラルスがいる手前で詳細を聞き出すのは憚られる。
特にクララちゃんの聞き耳を立てている感が半端ない。
なので俺は余計な口を出さず、エルに言われるがままに自身のステータスを確認する。
「えぇ……神属性が上昇してる……」
:神血90 → 95:
:神意50 → 55:
うわあぁ……。
最後にステータスを確認してから自我にまつわる何かを取得したり、イベントと遭遇した覚えはない。つまり神属性が自動で上昇してるのなら、この都市はクラン・クラン最強のNPCと囁かれる熾天種が強い影響を与えているエリア確定だ。
それにしてもやばいぞ。
神血はゲーム内での恩恵がバリバリあるけど、神意は俺の精神状況に干渉してくる代物だ。
もし神意を下げる手段がなければ、犯罪傭兵の増加を止めるどころか【鉄と鎖の腐敗都市ギルディガリオン】を出て行かないと俺自身が危ない。
それに懸念点はまだ他にもある。
「たしかエルには、『神に背きし者』って称号があったよな?」
「うん」
エルはその称号のせいで、なぜか治安維持NPCの神人に問答無用で攻撃される。
称号の効果は『神属性』を持つ存在に敵対視されやすい、もしくは好感度が著しく低い……だったかな?
特に感情面での影響が出やすい、となると明らかに俺の持つ【神意】の数値が関係しそうな内容である。
「お兄ちゃん、エルと相性悪くなるの、ダメ」
「えっと、うん。それは、俺だっていやだし、どうにかしたいんだけど……」
今のところエルに対して家族愛の他に思うところなんて一切ない。だけど今後、神意が上昇し続ければどのような影響が出始めるかわからない。
正直に言えば不安でしかない……。
なにせ俺は既に一度、全国の見ず知らずな人達を危険にさらしたくないという理由で家族にリスクが出そうな決断をしてしまったのだから。その原因が神意上昇により取得してしまった『個より全』にあるかは不明だけど、無関係だと断言できるほど無謀にはなれない。
「大丈夫。エルに任せて」
「任せてって、エルは何か知ってるのか?」
「エル、たくさんクエストこなした。エル、今、前よりもっと強い」
「ほほう」
「エル、情報もたくさん」
「ふむふむ」
自信満々に語るエルに妹の成長をかいま見て、俺も兄として負けてられないなとひそかに思う。
「お兄ちゃん、最近、何を手にした?」
「えーっと……戦利品といえば、大罪スキル【貪食】?」
暴食王グラトニオさんから簒奪したスキルを思い出す。
「それ。それ、バカのモリガンのやつ」
「モリガン? それってこの都市に伝わる戦女神の?」
「んー、違う。けど同じ」
「ん?」
「お兄ちゃん、大罪スキルとる。ご飯食べたい、欲しい、自分の欲望」
「あっ、これって自我にまつわる物に該当するのか!」
「神意、下がる。気持ち、変わらない。大罪スキル、回収いっぱいする」
「いっぱい……?」
大罪スキルは基本的に所持している者をキルすると、奪える特殊なスキルだ。しかし、俺の場合はこの都市の支配権を握っているからなのか、暴食王グラトニオさんをキルした時は単純に大罪スキルを奪うのではなく、コピーするといった特殊仕様だった。
つまり今もなお【貪食】スキルはグラトニオさんから失われず、かつ俺の手にもある。
メリットは暴食王グラトニオさんが頑張って上げたレベルの状態で【貪食】スキルを使えるようになる。デメリットはコピーした段階以上、自力でスキルLvを上げられない点だ。
今よりスキルLvを上げたいのなら……グラトニオさんが【貪食】スキルLvを上げたタイミングでもう一度キルしてコピーすればいいのかなあ、とぼんやり考えてはいたけど。
思わぬところで大罪殺しを繰りかえしする必要が出てきたわけだ。
「なるほど! この都市の大罪スキル保持者を狩り尽くせば、俺の神意もゼロにできると!」
そうなれば『個より全』だって消失するはずだ!
俺の希望的観測にエルはしばらく何かを考えこむような仕草をする。
「うん。同じ大罪スキル、何度も回収するの、あり?」
「試してみるか!」
しかし、大罪スキル持ちのNPCを俺がキルしてしまうと……大罪スキルは完全に我が物となるがNPC自体は復活しない。故に何度も大罪スキルを簒奪するのは不可能となるだろう。
【地獄の番犬】の2人が【運命の指針】の先代ボスをキルして大罪スキル【強欲】を奪ってから、代わりに【強欲】を所持するNPCが登場してないのが何よりの証拠となる。
「標的は大罪スキル持ちの傭兵のみか。まてよ、NPCが持っている大罪スキルを他の傭兵に奪わせて……その傭兵を俺が何度も狙い続けるのもいける?」
普段は全く表に出てこず、なかなか討ち取り辛いとボヤを吐かれていた【運命の指針】の現役ボス、ラッキー・ルチアーノ。俺の権限を上手く活用すれば奴を引きずり出すのも可能だし、それを交渉の餌にして……そう、例えばラッキー・ルチアーノ討滅の手助けをするから、手に入れた大罪スキルを定期的にコピーさせろと誰かに持ち掛けるのもあり。実質的に『何度も俺にキルさせろ』というものだから、なかなか承諾しづらい内容だけど、この都市内での権力を喉から手が出るほど欲しがっている傭兵はゴロゴロいるはず。
懸念点は……強力な大罪スキルを手に入れた途端、取引内容を反故される可能性がある。だからこそ、交渉相手はよく知る人物を選ぶべきか。
「なにやら怪しいお話をしている様子ですなあ、お代官さま」
クックックッと美少女らしからぬ黒い笑みを携えたクララちゃんが俺たち2人にすり寄って来る。
彼女の後ろではこちらを心配するようにルルスちゃんが怪訝な表情をしている。
クラルスに会話が聞かれていたのは重々承知だったけど、これからやることに2人を巻き込むのは危ない気がする。
ここはそれとなくごまかして、今夜は別行動に移りたい旨を伝えよう。
「えっと、ちょっと用事ができちゃって。ここからは別行動したいかなって」
「お代官さま、何やら戦の匂いがしますなあ」
「タロちゃんたちだけで……誰かをキルしにいくってこと?」
クララちゃんは好戦的な笑みを浮かべ、ルルスちゃんは不安そうに唇を噛んだ。
「仮に相手がこの都市の大御所なら、クラルスやリスナーさんのみんなが協力しますぞ?」
「私たちでよければ……タロちゃんの力になりたいかなって」
うっ。
クララちゃんとルルスちゃんは全く別色のオーラを出していながら、こちらに迫って来る圧が物凄い。
「それに何やら面白そうじゃないですかあ。協力の見返りは、もちろん配信という形で……いかがですか、お代官さま」
「ララ姉はすぐそうやって! タロちゃんが嫌って言ったらダメなんだからね!」
クララちゃんのことだから、これから大罪殺しをして回るなんて言えば面白がって『戦闘も配信しよう!』と提案してくるだろう。そうなれば、俺の手の内を不特定多数のリスナーさんに開示するようなものだが……この都市にいるクラルスファンの手を借りられれば、無限大罪殺しはかなり楽になるだろう。
肝心な奥の手を披露しないで倒せそうな相手を選べば……問題ないか?
それに配信で流されたとしてもスキルの詳細などを知るのは難しいだろうし、目に見える情報はひどく限定的だ。
ならばここは彼女たちの申し出をうけた方が良い気がする。
「それじゃあ、お2人の提案に甘えようかな」
「エル、いれば十分。他の人、いらない」
「まあまあ、そう言わないの。なにせ敵はだいぶ厄介な能力の持ち主だしね」
「……お兄ちゃんがそう言うなら」
不満そうなエルをどうにか納得させて、俺は改めてクラルスの2人に深い事情は話さず大まかな状況説明だけを伝える。
「大罪殺し……なにそれ、おもしろそう!」
「タロちゃん、無理だけはしないでね?」
「大丈夫。まず本命に挑む前に、前座で大罪殺しの練習をしようかなって」
「でもその前座さんも、大罪スキルっていうすごいスキルを持ってるんだよね?」
「そうだけど、本命と比べたら楽勝だと思う。特に片方の大罪スキルの手の内はほぼ網羅してる状況だし、すでに何度かやりあってるから」
「……そうだった。タロちゃんってこの都市で恐れられる一家とも戦ってるんだよね……」
「タロちゃんって規格外だよね……アハハ」
乾いた笑みを顔面に張り付けたクラルスを尻目に、俺はさらに頼れる仲間たちに連絡をしておくのも忘れない。
『わかりましたわ。そういう事情であれば急務ですわね』
『天士さまが天士さまじゃなくなってしまう!? そんなのあんまりです、許せません! 今すぐあの犬たちを血祭りにして、心の安寧を取り戻しましょう!』
『本格的にこのゲームって危ないんだね……でも、タロくん安心してね。ちょうどこっちも色々と成果が出てきて、リリィちゃんとミナヅキちゃんの仲良しコンビは無敵なんだよ?』
『私はこの小娘と仲睦まじくした覚えなんてありませんわよ。ただ、タロさんのためならばと思いまして……』
『わたしだって! 天士さまのお隣で一緒に戦うためなら、毒を飲んででも耐えられるのです!』
『ちょっとミナさん!? 今、誰を毒と仰いましたか!?』
いつも通りの3人に内心でホッとする。
どうやらトワさん、ミナ、リリィさんの3人も何やら進展があったようだ。
こうしてひとしきり情報の共有をし終えた俺たちは、大罪殺しの準備を着々と進めていく。
「この都市の闇はおそらく根深い——」
暗く、広い闇だからこそ、その闇に乗じて暗躍する者は多いはず。
闇にひそみ、もぐり、そしていずれは闇に呑まれる者ばかりなのだろう。
「ならば俺は、その闇ごと喰らい尽くしてやろうじゃないか」
「さすがお代官様!」
すかさず合いの手を入れてくれるクララちゃんに対し、俺はそっと微笑む。
「ふっ、おぬしも悪よのぉ」




