348話 美少女のゲーム配信しか勝たん
クラルスから【双星シリーズ】の装備を受け取った俺は、タダでこれほどの逸品をもらいうけるのは悪いと思い、お礼とばかりに作り置きをしておいたアイテムをいくつか譲る。
「これ、ぜんぶタロちゃんが作ったの……?」
「えっと、はい」
まじまじと手にしたアイテム群を眺めるクララさんが驚愕の眼差しで手元を凝視していた。
「やっぱりタロちゃんはアトリエを開くべきだよ!」
「私たちで良かったらたくさん宣伝するよ! 支援もする!」
どうやら2人は俺が渡したアイテムの効果に感動してくれているようだ。
喜んでくれたのなら何よりである。
「じゃあ今日も配信してくけど、タロちゃんは準備オッケー?」
「緊張するけど一緒にがんばろうね?」
「は、はい……が、が、がんばります!」
こうして第二回クラルスとのコラボ配信? は、【鉄と鎖の腐敗都市ギルディガリオン】の裏路地で始まった。
無論……いただいた物はありがたく……着させていただいている。
「今日は3対3でのPvPを披露していこうかなーって思います!」
「やっぱり基本的な編成スタイルは近距離・中距離・遠距離タイプの3人で、最大火力を持ってる遠距離傭兵を守りながら戦うっていうのが主軸になるかと思います。ですが私たちのパーティーは……」
じゃじゃーん! と俺を真ん中に寄せてニッコニコの笑顔で披露するクラルス。
「近距離・中距離・遠距離をカバーできるタロちゃんがいるので無敵です!」
「ララ姉も近距離・中距離型なので、わたしの守りは鉄壁なのです」
ちなみに本当は召喚師枠に近い俺を守った方がPTは安定するのだが、ルルスちゃんの素早さ的に敵に近づくのは危険なのと、本番は俺の代わりに超近接型の【鼓動を削ぐ徘徊者ジャック・ザ・リッパー】が彼女たちとPTを組むから、俺は前衛ポジションを張る。
なぜ3対3のPvP戦を模した配信内容になっているかと言えば、実は【モリガン委員会】の特権でとある情報を仕入れたからだ。
闘技場イベントはどうやら勝ち抜き戦らしく、三段階の大会に分けて開催するらしい。第一回戦はバトルロイヤル形式で、50人ずつのグループに分けられ上位6人のみの勝ち残り戦。
1グループ中6名しか残れないのはだいぶ厳しい。
そして第二回戦は残った者同士で自由にパーティーを組んでもらい、3対3の戦闘を行うそうだ。
最終大会は上位4チーム、すなわち12名の中から1対1のトーナメント方式で優勝者を決める。
正直、第一回戦に関しては味方の多いクラルスにとっては余裕で勝ち抜けるだろうが、第二回戦の3対3からは完全に実力勝負となる。そのため、早くから練習しておこうという話になり、ついては配信してリスナーさんに動きや連携の指摘などしてもらい、改善してゆこうという話になった。
もちろん、配信で全てを出し切ってしまうと他の傭兵に戦法がバレてしまうので、必殺技的なものはお披露目しない。
『3対3かー。確かにPvPの遭遇戦ではよく見かける構図だよな』
『クラルスと天使ちゃんが組めば戦わずして勝利を掴めそうだけども』
『いやいや、このゲームをやってる連中はそんな甘くないぞ』
『クラルスも散々な目に遭ってきてるからなー』
もちろん俺が大会の種目を事前に知っている、といった事情も伏せてある。
あくまで基本的なPvP戦における練習みたいな配信だとカモフラージュだ。
『というか天使ちゃん……かわいいな、おい』
『あれってクラルスも着てた衣装だよな?』
『お揃いか……仲良し……イイッ!』
『和装の姫君、なんともけしからんおみ足だ』
『少女に何を求めてるのやら』
『しかし、もう少し派手に動いてくだされば、天使殿の純白なる布地が』
『死にさらせい!』
「タロちゃんの新衣装かわいいってよー!」」
「よかったね、タロちゃん」
「お、お、おおおう。ク、クラルスのお二人からもらいました」
ふー、冷静に考えよう、俺。
まず【双星に輝く演舞衣装】シリーズはうっすーい生地のわりに物凄く優秀な装備だ。というのも、物理防御と魔法防御が結構高い。そのくせ装備に必要なステータスはなし、といった運営チートを感じさせる逸品である。
しかし問題なのは……やっぱりアイドルにふさわしい衣装と言いますか、魔法少女感たっぷりと言いますか、当然の如くスカートも短いと言いますか。
俺の髪色におあつらえ向けの白を基調としつつ、所々に薄青のリボンみたいなフリフリがついていらっしゃるデザインである。それでも、和風チックというか浴衣っぽい部分がほどよくブレンドされていて、俺的にはそこがなかなか気に入ってたり……いや、別にそういうわけではない、うん。
いやー、日本の伝統的な衣装って素敵だよねって話!
それにしても俺のこんな格好が不特定多数の人達に見られてると思うと……、だ、ダメだ! 深く考えちゃダメだ!
「というわけで、今回はリスナーさんのご協力を経て、今からあちらの3人とPvPします」
「お互い本気の本気でやりますよー。タロちゃんは、召喚するモンスターは決まってるんだっけ?」
「ふぇっ? あ、お、おっす」
ルルスちゃんの質問に答えるも、衣装への羞恥心で上手くろれつが回らない。
それでも【鼓動を削ぐ徘徊者ジャック・ザ・リッパー】を闇より顕現させれば、俺への注目が彼へと移り、少しはプレッシャーも緩和した気がする。
『前回の大立ち回りの時にも見かけたけど、あの殺し屋みたいな奴、ヤバそうだよな』
『俺は絶対にあいつと戦いたくないわ』
『夢に出てきそうな不気味さじゃね? なに、あのでっかいハサミ』
『あれでチョンパするってか……』
こちらの準備が整ったの察知し、対戦相手のリスナーさんたちも各々の武器を握り始める。
しかし、こんな簡単に部隊とも言える舞台をサクッと用意できちゃうあたり、クラルスのファン層って厚いんだなーって思う。仮にも治安が最悪なこの都市で、安全に模擬戦ができそうな空間を作ってしまうのだから。
というのも路地裏の広場に集まったのは対戦相手3人だけではなく、他にも三十名以上の傭兵たちが辺りを警戒している。
模擬戦中に他の傭兵やNPCが襲い掛かってきた時に備え、集まってくれているようだ。
クラルスの人気や恐るべし。
「タロちゃん、あの人たちかなーり強いから遠慮なくやるよ」
「思う存分、がんばりましょう」
どうやらクラルスもこの機をフルに活用する気満々で、本気の本気だ。
2人のスイッチが完全に切り替わると、戦闘前のピリついた空気がひしひしと流れ始める。俺はわりとこの瞬間が好きだったりする。互いに今まで積み上げてきた努力と力をぶつけ合わせる、一種の神聖さを醸し出す空間がなんともワクワクさせてくれるのだ。
そんな静寂に包まれた領域は、クララちゃんの戦闘開始の合図で激しく動き出す——
はずだった。
『ルルスちゃん。なんか奥の方がおかしいぞ』
『ん? 誰かに襲われてるんじゃないのか?』
『おい、ありゃキルエフェクトだ!』
俺が作戦通りに突貫を仕掛けようとした矢先、ルルスちゃんの『待った』がかかる。
「ちょっとみなさん、まだ模擬戦はストップでおねがいします。リスナーさんが、奥の方々がおかしいって」
「ん? まさか揉め事? って言ってもこんな裏路地の広場にわざわざ足を向ける傭兵なんているかなー?」
クラルスはリスナーさんたちのコメントに半信半疑の様子だ。
もちろん俺からはコメントが見れないので、自分の目で何が起きているか確かめようとする。
えーっと、ちょっと奥の方は薄暗いから見づらいんだよなぁ。でもさっき見た限りでは、あっちの方角には20人ぐらいのクラルスファンがたむろしてたような——
より詳細な様子を窺うために、騒がしい方へと足を進めてゆけば。
俺はその惨状を目のあたりにして、硬直してしまった。
『おいおい、歴戦の護衛たちが……』
『紙ペラみたいに吹き飛ばされてるぞ』
『どゆこと? いったいどんな猛者が俺たちの同士をキルしてるんだ?』
『たのむ、俺たちのクラルスを守ってくれ!』
『天使ちゃんとの一時を邪魔させるな!』
『おい、まずいぞ! ガンガンやられていってる!』
『なあ、これはちょっとシャレにならなくないか』
『危ないんじゃ……?』
『おいおいおいおいおい、なんだあの美少女すぎる美少女は!』
『クラルスや天使ちゃんに負けずとも劣らずじゃないか!』
『この配信は美少女天国かよ』
『そんな悠長なコメしてる場合じゃないぞ』
『あんな子が1人で、黙々と俺らの同士を殴り倒してるだと!?』
『ひぃっあの子は……』
『なんだ!? 知ってるなら早くクララちゃんに情報共有してやれ!』
『【無言少女】だ……』
『なんだぞりゃ』
『【無言の鉄槌姫】って呼ばれてたりもするな』
『その、可愛いだろ? あの子』
『あ? あぁ……どことなくだが【白銀の天使】ちゃんに似てるな。髪色も同じ銀色だし』
『銀……? ってことはリアルモジュールか! かわよ!』
『ま、まあ……話しかけたくなるやん』
『おう』
『無言で殴り続けられ、キルされます』
『おおう……? どゆこと?』
『何を言っても、一切の無視、無表情、無情、無比、無言で殴り続けられます』
『え、こわ』
『この間なんか、神兵とやり合ってたぞ。しかも勝ってた』
『は!?!?』
『おいおいおいおい! 傭兵で神兵に勝てるやつが現れたとか、ものすごいじゃねえか!?』
『傭兵が神兵に勝てると証明しちゃったのか』
『もはや革命だな……というか、今後は傭兵のLvが上がると治安的にどうなるのか不安って懸念もあるな』
『もしかして神兵キルすると、犯罪傭兵になったりするの?』
『んで、その革命の主が……今はなぜか俺らの愛するクラルスに拳の矛先を向けていると』
『やばくね……?』
クララちゃんやルルスちゃんの様子を見る限り、コメントは突然の闖入者のおかげで大盛り上がり、ってところだろう。
だが、俺にとっては焦る一方だ。
こんなに大勢のいる前でクラルスに恥はかかせられないし、かといって俺の身内が突然現れてファンの人達をボコボコにし始める、なんて……。
俺はどうしたらいいんだ!?
落ち着け訊太郎。
何か誤解があってミィは暴走してるのかもしれない。
ここは兄としての——
「威厳!」
胸を張り、堂々と、そして迅速に事態を収拾せねば。
「エル!」
俺は懸命に義妹であるミシェルのキャラクターネームを呼ぶ。
正直、無表情で次から次へと傭兵たちをバキッバキのボコッボコに吹き飛ばしては鉄槌を下す様子から、戦闘に夢中になりすぎて俺の声なんて届かないのでは? と思うぐらい不安だった。
しかし、さすがは俺の妹。
ピクリと動きを止めて、俺の方へとその顔を向ける。
『……え? 今、天使ちゃんが何か言わなかったか?』
『おいおい、【無言少女】が止まったぞ!?』
『今がチャンスだ! 彼女の進撃を止めろ!』
ミシェルが俺を認知したと確信し、安堵の溜息をこぼす。しかし、そんな油断がさらに混沌を招くことになってしまった。
まさかの他の傭兵たちが一斉に襲い掛かったのだ。
だが、それすらもエルはいなし、かわし、巻き込み、殴りとばし、拳を傭兵たちの魂の奥深くまで突き刺してゆく。まるで彼女こそが、台風の中心であるかのように。
「エル!」
俺はたまらずミシェルに向かって駆け出す。
すると我が妹は有象無象の傭兵たちを蹴散らし、キルエフェクトを爆散させながらも俺の方へと走りだした。
「ちょっ、タロちゃん!?」
「危ないよ、タロちゃん!」
クラルスの静止も聞かず、俺は駆け抜ける。
『おおおお!? まさか【白銀の天使】VS【無言の鉄槌姫】のPvPか!?』
『うおおおおおおおお! クラルスを守ってくれえええ!』
『これ、神回』
そして、ただただ大声で叫ぶ。
「みんな、仲良くー!!!!!」
すると一瞬だけみんなのミシェルに対する猛攻が止む。
俺はその間隙を全力で狙い、台風の中心地へと接近する。
無論、我が妹も阿吽の呼吸で俺に合わせて突き進む。
「お兄ちゃん!」
徹頭徹尾、無表情極まりないエルだったが、ここに来て綺麗な綺麗な笑顔を浮かべた。
それはまるで、氷の上に咲き乱れるオーロラのような優美さと、高原に佇む可憐な白百合のごとく透明感に満ち満ちていた。
『は!? 【無言の鉄槌姫】が笑ってるぞ!?』
『いや、それよりお兄ちゃんって言わなかったか!?』
『あの……冷徹無比な【無言少女】が喋っただって!?』
『おいおいおいおい、かわよいいいい!』
『え!? ま!? 百合なの!? え、百合展開!?』
『キタコレー!』
俺たちはそのままジャンプし、そして空中で互いを抱き留めるように向かい合う。
「エル、お兄ちゃん、迎えにきた」
「あはははは。とりあえず、みんな仲良くな」
「あい」
そして心底うれしそうに、無邪気にあどけなく笑ってみせるミシェル。
——ああ、我が妹よ。
そんな笑顔をこんな大多数が見てる時にお披露目するのは兄として心配だ。
変な虫がついてしまったら、お兄ちゃんはきっとソイツを——
いけないいけない、どうにも姉の影響を受けている気がしてならないな。
『……うつくしい』
『幾多の障害、幾多の試練を乗り越えて、純心無垢な少女たちは巡り合う』
『美少女と美幼女のカップリング、すんばらしいいい!』
『なんかよくわからんけどエモくね』
『なにこれ、俺、涙出てきた……』
『【白銀の天使】のたった一言で、あの【無言少女】の爆進を止めた……!?』
『鶴の一声ってか……』
『白銀の天使、戦わずにして最強説』
『天使ちゃんってさ、【狩人の神】も一言で沈黙させたらしいぞ』
『前々から思ってたけどさ、天使ちゃんって何者よ』
『ほんとそれな』




