347話 最凶の妹、出陣
「……神すぎるわよ!」
完璧に整頓され、ほどよく可愛らしさが演出された空間。
その一室の主にふさわしい美貌を持つ女性がスマホの画面を眺め、口元をほのかに緩めていた。
いや、緩めすぎてこんにゃくのようにふにゃけきっていた。
「はふぅ……私の太郎。アイポンの画面越しでも、どうしてあんなに可愛いらしいのか」
普段であれば漆黒の大理石を連想させる瞳は切れ長で、和風美人といった単語がまさに当てはまる19歳の現役モデルも、今ではすっかり初孫を可愛がる親戚。いや、それ以上に溶け切った表情でスマホ画面を凝視している。
「だけど、私の太郎を……! 有象無象の前に、露出した罪は万死に値するわ」
打って変わって般若のごとき顔に豹変する様は、近くでその姿を見ている人間がいたらさぞかし背筋に悪寒が走るだろう。
しかし、どうやらその豹変っぷりを目の当たりにしても驚かない人間も中にはいるようだ。
「ミィ、わかっているわね?」
「お姉ちゃ、ミシェル、心得てる」
黒髪美人の問いに答えたのは、まだあどけなさが色濃く残る北欧の美少女だ。
銀髪のショートボブが異国情緒あふれる血筋をこれでもかと主張し、その顔の造形も芸術品のように可憐である。
「あなたが少し前から犯罪傭兵になっていたのは驚きだったけど……本当は私も今すぐ犯罪傭兵になって、あの都市に乗り込みたい……けれど、太郎のことはミィに任せるわよ」
「お兄ちゃん以外、全員、ぼっこぼこ」
「そう、それでいいわ。それと太郎の女子友達3人にだけは慈悲を与えてあげて」
「ぽっこぽこ、ぐらいにしておく」
「そう、それでいいわ……まったく、あの3人がついていながら、どうして太郎が下賤な輩の視線を浴びるはめに……今すぐ切り殺してやりたいわ! とにかくこの事態を3人にも報告して……」
「隣の部屋、お兄ちゃん、いる。説得は……?」
「太郎の意思や主体性を否定してはダメ。そして過保護だと思われてもダメ。ここはあくまで自然に、太郎を守るのよ。太郎にかまう良い理由付けは、何かあるかしら?」
「まかせて、ミシェル、秘策、ある」
「ふふふ。頼もしいわね。仏家の女として、太郎を必ず守り抜くのよ」
「あい」
「でも、ミィ。あなたも必ず無理はしないで。ミィなら大丈夫だと信じているけれど、もしダメだと思ったらすぐに太郎と逃げなさい。そして私と合流して、あの薄汚いリスナー共を皆殺しに——いいえ、太郎を配信なんてものに勧誘したクラルス2人を血祭りに——」
コンコンとノック音が響けば、鬼の形相は瞬時にしとやかな笑顔へと変わる。
そのノックの音調だけで、彼女は誰がドアを叩いたのか察したようだ。
「入っていいわよ。どうしたの?」
大和なでしこも顔負けの微笑みをたたえ、ノックした相手に問いかける女性。
ガチャリとドアが開けば、そこには絶世の銀髪美少女がひょっこりと顔をだす。
「姉~。あっ、それにミィもいたのか。もうすぐご飯だってさー」
「あら、太郎。すぐに行くわ」
「ミシェル、おなか、ぺこぺこ」
2人の姉妹は先ほどまで部屋中に放っていた黒いオーラを微塵も出さず、自らの弟に清々しい笑みを、あるいは兄に可愛らしい笑みを向けるのだった。
ブックマーク、評価★★★★★よろしくお願いします。
 




