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344話 アイドルたちの微笑みはちょこっと黒い



「タロさんはしばらくお休みになってくださいな」


「天士さまっ! ここはわたしたちに任せてください」


「ちょっとタロ君は無理しすぎな気がするよ?」


 父さんとの通話を終えてログインすれば、口々に心配の声をかけてくれるフレンドたち。

 リリィさんは何度も休んだ方がいいと勧めてくれ、ミナが当分は犯罪都市の件はわたしたちに任せてくれと豪語し、トワさんは荒みそうになる心をいたわってくれる。


 確かに冷静さを欠いてギャンブルに手を出してしまったのは事実だし、ここは彼女たちの言う通り少し冷却期間を置いた方がいいようにも感じた。

 だけど、俺がどうにかしなくては、という気持ちも強い。



(わたくし)たちは少し調べることがありますのよ」

「それがしっかり終わったら、天士さまに連絡するのです」

「それまでタロ君は十分な休憩をとって? ログアウトして気分転換したり、ね?」


 あんな失態を犯した俺に、暖かな言葉をかけてくれる仲間たちにじんわりとくる。

 そして同時に、ほんの少しの寂しさも感じた。


 みんなから気を遣われているようで、避けられているような……。

 俺、もしかして嫌われちゃったり、とか……?

 ダメだ。ラッキー・ルチアーノとのギャンブルに失敗した事もあってか、どうにも思考がマイナスにいきがちだ。

 これは確かに彼女たちの意見通りログアウトした方がいいかもしれない。


「わかった……もう一度、ログアウトして、ほんの少しだけ休ませてもらうね」


「あなたの友である(わたくし)に、(わたくし)たちにお任せになって」

「天士さまはいっつも頑張りすぎなのです」

「まだまだ頼りないかもだけど、私たちがいるから、ね?」


「……ありがとう」


 こうして俺は彼女たちに促されるままにゲームをログアウトした。

 これで少しは気が休まるかと思ったが、ジッとしていればいるほどどうにかしなくてはといった思考がよぎる。

 トワさんの『まだまだ頼りないかもだけど――』と、最後に言った言葉を反芻し、『頼りないのは俺の方だ』と悔しい気持ちでいっぱいになる。


「やっぱりログインしなおして、俺にできることを模索しよう」


 ご飯を食べて、紅茶を飲んで、気合をフルに充電した俺は改めてクラン・クランにログインする。寂れた商店、廃れた街道、覇気のない浮浪者NPC、これらの風景を目にするたびにどうにかしなければといった思いは強くなる。


「えっと、3人は……どこに?」


 フレンドリストを確認すれば、彼女たちは今も3人で犯罪都市内を散策しているようだ。

 ここでいつも通り声をかけようとするが、ふとどこかで躊躇ってしまう自分がいた。

 ……俺って、距離を置かれてないよな?

 そんな不安がよぎれば、自然と彼女たちにフレンドメッセージを送ろうか逡巡してしまう。


「距離なんて、取られてないはずだ」


 そう自分に言い聞かせ、頭をフルフルと左右に振る。

 そして彼女たちにメッセージを送ろうとした瞬間――



「た、タロちゃん? だよね?」

「ん……?」



 聞いたことのある綺麗な声音が俺の名を呼ぶ。

 薄暗い路地裏を見れば、そこには眩しいほどに輝く美少女が……

 美少女たちがいた。


「えっと、瑠涙(るる)だよ? 久しぶり」


「あっ……ルルスちゃん……!?」


 双子の現役アイドル、妹のルルスちゃんが俺を呼んでいるのだった。

 彼女の横にはルルスちゃんと瓜二つの顔を持つ、姉であるクララさんも一緒だった。





「おぬしもワルよのぉ、タロちゃん」


「い、いえいえ、天下のクラルス様には負けますすすって」


「うむ、くるしゅうない」


 パチパチと点滅する照明がこぼれ落ち、ぼんやりとした光が映しだしたのは怪しげな笑みをたたえる空前絶後の美少女だ。

 俺を含め店内には3人しかいない空間で、悪代官さまのような台詞を吐いたのは――


 双子アイドル『クラルス』の姉であるクララちゃんだ。


 犯罪都市の薄暗い店内での談合は彼女たちからのお誘いだ。

 ログインしなおしてから、彼女たちが接触してきた時は信じられない思いだったけれど、今の自分の状況を思えば動揺してる場合じゃなかったのですんなりお話がすることができた。

 まさかゲーム内でアイドルたちとこうやって絡む機会があるとは……初めてルルスちゃんに会った時は緊張でガチガチだったのに、こうして現役アイドルと普通に話せるようになるとは俺も成長したものだ。


「そそそそそそれで、お、俺がやることはククク、クララさんやルルスちゃんの配信のお手伝いをすればよいのだダダダよね?」


 ものすごくドモッてしまったけれど、何事もなかったみたいに笑顔を張り付ける。


「うんうん! タロちゃんには月10回以上! 一緒に配信に出てほしいかなって」

「ララ姉、それは頼みすぎ。タロちゃん、いきなりごめんね。月に1回~3回ぐらいで出演してくれるととっても嬉しいです」


「ちょっとルル。私たちは【夢と絶望が(ドリームズ)詰まった王冠(・クラウン)】で、タロちゃんの代役さん? に協力するんだよ? それにもし代役さんが負けちゃって、私たちが優勝する時があれば賞金もタロちゃんに譲るんだから、月10出勤ぐらいが妥当じゃない」

「勝手にタロちゃんの戦闘を配信したのは誰ですか」


「うっ……でも、公式から私たちが何を配信してもいいって、許可でてるし……」


 公式の規約的なルール破りは何もしてないと主張するクララちゃんだけど、やっぱり気の引ける部分があるようで申し訳なさそうに俺を見つめてくる。



「ルルスちゃん、それは別に気にしてないよ。傭兵(プレイヤー)の中じゃ、敵の手の内を探るための『覗き見アビリティ』とか、たぶんそういう類のスキル持ってる人達だってたくさんいるしね?」

 

「タロちゃんもそう言ってることだし、じゃあさっそく配信を再開しちゃってもいいかな?」


 俺とのガチ交渉を進めるために、彼女たちは今日のゲーム配信を一時中断してくれていた。

 そして話がまとまるや否や、さっそくやり始めると言うのだからクララちゃんの行動力は物凄いと思う。

 半面、かなりの急展開にびびっている自分もいる。


「まってララ(ねぇ)。こういう事は練習とかしたり、準備も大切だよ」


「んーでも、ライブ感? 生の雰囲気を視聴者のみんなにも共有してほしいなって。いきなりタロちゃん登場~! そして、あわあわするタロちゃんは絵になると思うな~!」


「ひえっ」


「んん、というのは冗談だからだいじょーぶ! 安心して! 私が配信中は会話をガンガン回すから、タロちゃんはリラックスして私たちとお喋りしてればOKなのだ!」


 クラルスとの邂逅から、すぐに配信スタートといったジェットコースターなみの勢いに動揺してしまうが、俺は頭を振って覚悟を決める。

 なにせこんなに破格な取引きに応じてくれるなんて、感謝こそあっても後悔は絶対にない。


 そう、賞金の1億エソを獲得すれば借金は全て返済できるどころか大儲けである。

 しかし、問題なのが【盗掘王(グリードロア)】との約束もそうだが【モリガン委員会】に属した今、俺はこの闘技場イベントに参加できない。故に俺は【鼓動を(マッド)削ぐ徘徊者(・ストーカー)ジャック・ザ・リッパー】を代役で出場させる。

 分類(カテゴリ)怪人(ミュータント)なので、どうやらNPC枠として【夢と絶望の(ドリームズ)詰まった王冠(・クラウン)】にエントリーが可能らしい。


 闘技場イベントがどんな内容になるかは未だ不明だが、少なくとも【モリガン委員会】に属する俺には、普通の傭兵(プレイヤー)よりある程度の情報が入ってくるはず。そこを活用しつつ、イベント当日はクラルスの協力も得られる寸法だ。

 もし仮にバトルロワイヤル形式だった場合、【鼓動を(マッド)削ぐ徘徊者(・ストーカー)ジャック・ザ・リッパー】の心強い味方となりえるだろう。

 なにしろこの店に入るまでこちらの様子を窺う多くの気配を感じたが、話を聞けばどうやらクラルスの護衛傭兵(プレイヤー)らしい。つまるところ、彼等彼女らも闘技場イベントに参加すれば、クラルスが俺の味方になる=他の傭兵(プレイヤー)たちも協力的になってくれるらしい。

 なんと恐ろしい忠誠心。

 

 そしてクラン・クランは傭兵(プレイヤー)間でのエソ譲渡はできないが、噂によればこの都市ではエソの取引きを実際に行っている者たちがいるらしい。なので、その方法を模索したうえでクラルスが優勝した場合も、その優勝賞金を俺に譲ってもらう約束をした。

 もちろん、俺からも【モリガン委員会】として可能な限りバックアップはすると約束をしてある。


 その代わりに、定期的に配信を一緒にするお仕事をいただいたわけだ。

 なので今更、引くことなどできない。


「俺でよければ……精一杯、がんばります!」



 正直に言えば、あのクラルスと肩を並べて配信なんて恐れ多すぎて……ちゃんと配信ができるかすごく心配だ。

 でも、ミナたちにかなりの心配をかけてしまっているから……。

 自分で何とかしないと、といった気持ちは強まる一方だ。



「あっ、そうだ。タロちゃん」

「は、はいっ」


「私たちもリアルモジュールで、タロちゃんもリアルモジュールだよね?」


 この質問にはピクリときてしまう。



「ねえ、最近さ……変な犯罪が増えてるよね? あれってもしかしてだけど、このゲームと何か関係があるの?」

「それは――」


 どう説明しようか一瞬だけ迷い、『ゲームで起きた出来事が現実へ侵食する』と、その一言を伝えると、彼女たちは神妙な顔をする。

 どうやらクラルスも薄々、何かがおかしいと気付いていたのだろう。


「そっかあ……ひとまず配信ではその話題は出さないでおこっか」

「タロちゃん、配信が終ったら詳しく教えてもらってもいいですか?」

「もちろん。俺がわかっている範囲のことでよければ」


 そうして微妙な空気が漂っていたはずなのに、クララさんとルルスちゃんは配信が始まった瞬間からキラッキラの笑顔で視聴者さんたちに微笑みかけていた。

 この切り替えの早さに引っ張られて、俺もどうにか笑顔を浮かべてみる。


「あ、あの初めまして。タロと申します」


 ぺこりとお辞儀をすれば、クララさんが口早に俺を紹介してくれる。それから視聴者さんとの対話に繋げてくれ、話題を膨らませてくれる。

 いまいち俺には視聴者さんの反応が見れないのでわかりづらいのだけど、クララさんとルルスちゃんの様子から、話はだいぶ盛り上がっているようだ。


夢と絶望が(ドリームズ)詰まった王冠(・クラウン)】、開催まであと4日。

 目に見えない熱量が、傭兵(プレイヤー)の間でどんどん膨れ上がってゆくのを感じた。

 




【小説4巻】、発売中です!

挿絵(By みてみん)


よろしくお願いいたします!

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― 新着の感想 ―
[一言] やっと追いつきました!更新楽しみにしてます!
[一言] 何を配信してもいい(常識、モラルの範囲内)ね  コラボ期間はいつまでかな?一月?期限はきらないとね。
[良い点] 前の話の「少女達の誓い」と合わせて見れば今後の展開が色々と妄想できて楽しめる回でした。 [一言] 四巻読みました。気になる終わり方だったので五巻が楽しみです。 更新楽しみにしております。…
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