343話 少女たちの誓い
結局は賭けに負けて1000万エソの借金を背負ってしまった。
その事実が重くのしかかり、自分は早まった選択をしてしまったのではと後悔している。経済的な困窮が現実化して、父さんや母さん、姉やミシェルも巻き込んでしまったらと今更になって気付いたのだ。
でも、この借金が現実に反映されるかはまだわからないし、仮に領主権を奪われたとしても……。
「ごめん……すこし、すこしだけログアウトしてもいい、かな……?」
ラッキー・ルチアーノが経営しているカジノから出た俺は、ぼうっとする頭を振って3人に声をかける。
「はい……天士さま」
「すこし落ち着いた方がよろしくてよ、タロさん」
「タロくん……」
ぎこちない3人の返答を聞いてから、俺はセーフティエリアのお店に入りログアウトする。
頭が真っ白になりそうな恐怖がのしかかり、父さんへとすぐに電話した。
『と、父さん。いま、大丈夫?』
『おおー! どうした訊太郎!』
元気そうな父さんの声を聞き、ひとまずは安堵する。
けれど、現実化はこれから起きるのかもしれないと思えば不安はぬぐい切れない。
『その、事業とか、仕事の方は最近どう?』
『なんだなんだ! 訊太郎も父さんのやってる仕事に興味がわく年頃か~!』
『え、えっと……うん……』
『そうだな~! 特に問題はないが、しいていうなら父さんは来年開催予定のオリンピックの仕事が立て込んでてなあ! あれが楽しみなんだが、父さんが物凄いものにしてやるつもりだぞ』
『……え、っと、それって投資とかじゃないよね?』
『訊太郎よ。日本の外交面で我が家を凌駕する者など皆無だ。それはそれは仏神宮家が大活躍する見せ場であるだろう?』
『……えっと、投資とかはしたの?』
『そりゃあ事業者として一枚どころか百枚ぐらい噛んでるからな。ハハハッ! なんだ、その今にも泣きそうな声は! 子供が心配する必要なんてないんだから、こちらの事は任せなさい。と言いたい所だが、訊太郎にも顔をだしてもらうパーティーやらはたくさんあるから、その時は仏神宮家の一員として頼んだぞ』
『あ……うん』
微妙にゲームと重なる箇所があって不安はぬぐい切れるはずもない。
焦りが、胸中で暗雲のごとく立ち込めてゆく。
……はやく、はやく、俺がどうにかしないといけない。
みんなの反対意見を押し切ってまで、この方法を選んだのは俺なのだから……。
◇
「ちょっと、リリィさん! さっきの天士さまに対する言い方はあんまりだと思います!」
「ミナヅキさんこそ、タロさんにろくな意見も仰らないなんて、旧友といった肩書は伊達じゃありませんわね?」
寂れた店内で、2人の金髪少女たちが何やら険悪なムードで言い合いをしている。
1人は小学生女児であり、神官服に身を包む。
普段であればお淑やかなイメージを覚えるが、今は口調がきつくなっているためやけに刺々しい。
1人は中学生なかほどの年齢でありながら、やたら露出度の高い服装である。
しなやかな健康美をもったいぶらずに見せつける在り方が、小学生女児とは対極を成しており、双方から火花がチリチリと瞬いている。
「あ、あの2人とも、そんないがみ合わなくても……」
そんな幼い2人を仲裁するのは、女子高生らしき美少女である。
大和なでしこ、とまでは言わなくとも、利発的で優しい雰囲気をまとう彼女は必死になって2人をなだめているようだ。
「そもそもリリィさんがもっとハッキリ言ってくだされば、あんなことにはならなかったのです! 天士さまがあんなふうに苦しむなんて……」
「それを言うならミナヅキさんが【猫里眼】をうまく扱えないのが原因ですわよ? あれさえ使いこなしてこの都市の情報収集ができていれば、他の対応策が思いついたかもしれませんのに」
「だったらリリィさんだって、【猫バスダイヤ】をしっかり運行できていれば……!」
「あの、2人とも悪くないと思うよ。だから、ね?」
女子高生が年下の女子たちの背中をなでれば、睨み合っていた2人は猫のようにフーフーッと唸った後で深く息を吐く。
「……天士さまはひどいです」
「ですわね。まったくタロさんときたら、愚かですわ」
「タロくんは……」
次はこの場にいない人物を責めるような会話をしだした2人に、どうしようかと思い悩む女子高生。
だが、彼女の心配は杞憂に終わる。
「そして天士さま以上に――!」
「ええ、私たちは愚かですわ……」
小学生女児は眉を八の字に歪め、女子中学生は悔しそうに苛立っていた。
そしてその場の2人の内心を引き継ぐようにして、女子高生が口を開く。
「私たちは……タロくんを安心させられるだけの代案を、あの場で提示できなかった」
「いつもいつも天士さまはお一人で、何でもやってしまおうとします。そして、いつもわたしたちは引っ張ってもらい、結局は天士さまのお力で解決してくれます……!」
「いついかなる時も、この私のご友人であるタロさんなら完璧にこなしてみせると。それが当然であり普通であると信じていました。でも今更になって、気付いたのですわ」
「完璧であり続けようと努力しているから完璧であって、タロくんは完璧ではない、よね」
「天士さまだって苦悩して、判断に揺れて、失敗することもあります!」
「そんな時、対等な友人であるならば、助け合う。その救いの手を伸ばせない自分の弱さに、力のなさに、私たちは失望していたのですわ、ね……」
「そう、わたしたちが天士さまをお止めするのを逡巡してしまったのは……わたしたち自身が、自分を信頼していないから、です」
「ええ。私たちなんかの考えよりも、タロさんが取った選択の方が成功するのでは……と」
「肝心な時に、まだ天士さまにとやかく言える結果を出せてないからって……! あの時、わたしはそう思ってしまって。天士さまを強く御引止めすることができませんでした」
そうして小学生女児は瞳をうるませては悔しそうに2人を見つめた。
あぁ、わたしの瞳に映るのは、自分自身なのだと彼女は思う。
「一緒にいたいと思っているのに、天士さまに引け目を感じて……! 自分から距離を空けてる自分に気付いて、自分の不甲斐なさに憤慨しました」
「みんな、悔しかったね」
そうして女子高生は幼い2人を包み込むように、抱き留める。
3人の少女たちは静かに悔し涙を浮かべた後、渦中の少女を想い、互いに見つめ合う。
「リリィさん。ひとまずはわたしたち、休戦するべきですね」
「あら? 私たちはいつから戦っていたのですか? いいですかミナヅキさん、戦いというのは対等な立場の者同士でしかできませんのよ?」
「あーそうでしたね。わたしと天士さまの仲の深さ、付き合いの古さからして、リリィさんはまったくわたしの足元にも及びませんもんね。ちょっと立ててあげたのですが、戦いにもなってませんでした!」
「ふふふ。でも2人はタロ君のこととなれば、誰が相手でも戦うんだよね?」
「「もちろんです(わ)!」」
それから小学生女児は忌々しそうに語る。
「あのおじいさん、むかつきますです」
「ええ、タロさんを貶めるなんて、絶対に許しませんわ」
「あの時、タロくんにしっかり協力できなかった私たちも許せない。必ず、タロくんと一緒に乗り越えようね」
「でも、あのおじいさんを出し抜くのってすごく難しそうです」
「運命を命令する、でしたわね」
「とても不遜で、傲慢で、強そうだよね……」
強大な敵を連想して少女たちは一瞬だけ、身体を縮こませる。
けれど彼女たちが想う人は、いつも自分より強大に見える敵に立ち向かい、はつらつとした笑みでもって彼女たちの手を取ってきたのだ。
「あのおじいさんが作る運命なんて壊してやりましょう。できないことを誰かのせいにするのは終わりです!」
「タロさんはいつも、自分がどうにかしようって動いてくれてますわ。そんなタロさんを見てる私が、傍にいる私たちが動き出さずに、友達だなんて言えましょうか」
「タロくんの隣にありたいと願うなら、助けられるだけの友達なんてまっぴらごめんだよね?」
女子高生の問いに、少女たちは力強く頷くのでした。
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