341話 熱狂する星々に感謝を
「ねぇルル。タロちゃんって何者……ちょっと、すごすぎない?」
「そうだねララ姉。わたしもけっこう強くなったつもりだったのに、すごい……」
姉妹アイドル『クラルス』のゲーム配信は、とある熱戦を密かに配信していた。
それは『白銀の天使』率いる銀狼部隊と、この都市を牛耳るマフィアたちの衝突である。市民の安全を脅かすマフィアたちを圧倒的な武力で黙らせ、自らが作る交渉テーブルにトップ層を引きずり込む手腕。
詳しい会話ややり取りは聞き取れずとも、その様子から視聴者たちは理解した。
『白銀の天使』は、どれをとっても一流以上の強さと賢さを兼ね備えた傭兵だと、鮮烈な印象を植え付けたのだ。
『あれが白銀の天使……』
『誰だよ、あの子が他力本願だとか言ってた奴』
『明らかに凄腕の召喚士じゃん』
『まあ、召喚獣を使役するから? 自分で戦うターンが少ないってことで他力本願と受け取ったとか?』
『召喚獣で他力本願とか、あれって動きを制御するのかなり難しいらしいぞ』
『立派なスキル使いだよなー』
『俺は周囲の傭兵団の力に守られてるって聞いたけど』
『あー、そんな噂もあるな。なんだっけ【首狩る酔狂共】だっけ? 天使ちゃんを詮索すると地の果てまで追ってきてはキルされるらしい』
『ん? 俺は【サディ☆スティック】って聞いたぞ。天使ちゃんにちょっかいかけると、恐怖のおねえが降臨してトラウマを刻まれるとか』
『いやいや【武打ち人】だろ? 天使ちゃんに手を出すと、ハゲ傭兵に武器を売らないって脅されるらしいぜ』
『いや、俺は【銀の軍人】って輩が……』
『なかなか強い【百鬼夜行】とかも……』
『狡猾な【一匹狼】も天使ちゃんの味方らしい』
『イグニトール女王陛下に妹姫認定されてるとか』
『伝説のNPC【賢者ミソラ】の弟子とか、友達とかって噂もあるぞ……』
『小さい規模だが骨のある【百騎夜行】ともよく一緒に行動してるよな……』
『変な侍口調が率いる猛者たちが……』
『【黄昏時の酒喰らい】も……』
『今度は犯罪者たちにまで、白銀領域を伸ばすのか』
『なんだよ、白銀領域って』
『天使ちゃんに心酔する勢力の総称だよ』
『白銀領域か。たしかにあの強さを目の当たりにすれば、神聖視する傭兵が現れるのも無理ないな』
『いや、強さだけじゃないんだ。実は俺、一瞬でHPを回復するかなり高額なポーションをかけてもらってあの子に助けられたことがあってな!』
『ルルスちゃんの言う通り、ものすごく優しいんだな』
『まさに、現世に降臨した天使か……』
配信画面に流れるコメントを見て、クララは感心するように頷く。
「ねね、ルル。やっぱりタロちゃんと3人でPvPの講座動画とか出したら伸びそうじゃない?」
「ララ姉……」
姉を咎めるように見る妹の図。
そんなやり取りすら可愛いと周囲をとろけさせてしまうのだから、彼女たちの可憐さも日本随一を誇ると言われるだけのことはある。
「こっそりと本人の許可なく配信して……タロちゃんの手の内を暴くような事しちゃったし、次はタロちゃんを私たちのチャンネルのために利用するの?」
「そー言うルルだって、本当はタロちゃんと遊んだり、一緒に配信したりしたいってウズウズしてるくせに」
「それはッッ……そぅ、だけど……でも、タロちゃ…………ぃそうだし」
「ま、ルルがどう考えてたとしても、タロちゃんもリアルモジュールなんだから。あの件について話をしたいし……」
「私たちが……したの……かな?」
「そんなの、わからないし」
クララやルルスの意味深な発言により、視聴者たちの期待が最高潮に高まる。
『え、あの銀髪の子は、クラルスと同じで現実の見た目も同じなのか!?』
『すごい美少女!』
『おいおいおい、マジかよ。ありえねえ』
『いや、テレビのニュースで見ただろ。皇太子殿下がプロポーズされたときの映像を見返してこい』
『俺テレビとか見ないから。Youtuboしか見ねえから』
『とにかく絶世の美少女ってことじゃねえか!』
コメントはさらなる熱量でもって加速する。
『白銀の天使』がもしかしたら、もしかすれば『クラルス』とコラボ配信をするのではないかと。
さらに話は飛躍して、『白銀の天使』が『クラルス』の新メンバーに加入するのでは、なんて話もチラホラと出てきている。
「だけど、タロちゃんどこかに行っちゃったね。あれって転移アビリティの類かなあ」
「タロちゃん、猛者」
「闘技場イベントが始まる前に会えればいいんだけど。でも、どうせ『クラルス』も【夢と絶望が詰まった王冠】に参加するから会えるかな? 心強い味方もいるし、きっと大丈夫!」
クララが暗がりに目をやれば、彼女の視界に映った景色が動画サイトに共有される。
そこには――
「えっと、みなさん。よろしくお願いします」
ルルスが謙虚に頭を下げる方向は、クララが絶対的な信頼を向ける視線の先と同じである。
視聴者はその景色を見て、自分たちが愛する『クラルス』を頼んだと、絶対に守り抜けと、それぞれがエールを送る。
『必ずララちゃんたちを優勝させてくれ!』
『ルルちゃんとの連携を大切にな!』
『応援してるぞ! 俺たちのクラルスを必ず、必ず守り抜いてくれよ!』
無数のコメントが向けられた傭兵らは、ただ静かに頷くのみ。
彼ら、彼女らはずっと今まで沈黙を守り続け、クララとルルスの周辺にいた。
『クラルス』の配信の邪魔にならぬよう、決して目立たぬよう待機し続けている。しかし必要とあらば、『クラルス』の配信を一層盛り上げるために迅速に動く。
犯罪傭兵や戦犯傭兵が、ざっと40人以上。路地裏の影に、屋内に、屋上に、街道沿いに、至るところで『クラルス』と一定の距離を置いては見守っている。
彼ら、彼女らこそが『クラルス』のためだけに犯罪者として身を落とし、この都市にまでついてきた信者にして守護神たちなのである。
本来であれば視聴者間で『クラルスと一緒にゲームをしている、気に入らない奴ら』といった嫉妬の渦が巻き起こりかねない存在ではある。だが、今までのゲーム配信を見ていた視聴者たちは理解していた。
クララとルルスが、このゲームをどれほど本気でプレイし楽しんでいるかを。同時に彼女たちが今までどれだけの失敗を積み重ね、無残な姿を晒しては敗北し、時に騙され奪われてきたのかを――
見てきたのだ。
このゲームに本気なのだ。
そんな『クラルス』についていける傭兵たちもまた、本気でなければ彼女たちについてくることはできない。
ゲーム内で蓄積したステータスは、たかがデータである。どんなに積み上げても、それは幻想の数字。
だが、そこに費やした時間はまさしく本物であり、情熱も本物である。
いわば自分の人生を燃焼し、積み重ねてきた大切な物を、『クラルス』のためにならば戦犯傭兵になろうと犯罪傭兵になろうと構わないと、そんな覚悟を視聴者たちは見てきている。
『クラルス』を愛する視聴者であるからこそ、『クラルス』への愛を行動で示した者に尊敬の念は抱いても、批判するなどはもってのほかである。なぜなら、『クラルス』を思う気持ちはみな同じで、彼ら彼女らを否定してしまえば自分自身を否定することに繋がるのだから。
「じゃあみんな、私たち『クラルス』と『白銀の天使』、タロちゃんが一緒になれるように応援してね!」
「ちょっと、ララ姉……」
クララの音頭は荒ぶる津波のごとく波及し、視聴者たちは熱を帯びる。
『あの子がクラルスに加入したら、俺は絶対に推すぞ!』
『【白銀の天使】はかわいいだけじゃなく、屈指の実力者だしな』
『クラルスの仲間になってくれたら、俺たちのクラルスは天下無敵!』
『俺もあの子が配信するなら、絶対に見てみたい』
『クラルスとのコラボを、実現させてくれ!』
誰もが『白銀の天使』に熱狂し、賛美を贈るなか――
当の本人は涙目になりながらふるふると震え、トランプのカードとにらめっこをしているなどと、今はまだ誰も知らない。




