340話 路地裏に輝く双星
「爛羅姉……ほんとぅ……るの?」
「瑠涙! 声ちっちゃいよー! そんなじゃ配信を見てくれるみんなに聞こえないって。こういう時にしっかりと配信の練習しておかないと」
【鉄と鎖の腐敗都市ギルディガリオン】の暗い路地裏の一画に、美少女が2人歓談にふけっていた。
一瞬、少年と見まがうような動きやすい短パンタイプの装備を身に着けているが、彼女たちは正真正銘の美少女である。
薄汚れた都市の景観に似合わない輝きを放つ姉妹は、顔が瓜二つでありながらそれぞれが持つ印象は全くの別物だ。
「えっと、うん……でもあの子は、ぼ……わたしの友達で……」
「そこよ! ゲームでも有名な『白銀の天使』、現実では『皇太子殿下の許嫁』! そんな子と『クラルス』の『ルルス』がお友達だなんて話題になるじゃない!」
前髪パッツン姫カットの少女、妹のルルスは内向そうな喋り方であり、声もひどく小さい。
けれども滲み出る自信のなさは決してネガティブではなく、むしろ庇護欲を駆り立てられ非常に儚い芸術品が放つような美貌を兼ね備えている。
対するストレートロングの少女、姉のクララは天性の明るさと持ち前の気風の良さで、常に周りには人が絶えない様子が容易く想像できる。みなを照らす太陽のごとき煌めきを宿し、存在そのものが眩い。
顔は同じでも、対照的な2人は歪でありながら、妙にしっくりとくる。
「だからって彼女を……タロちゃんの後を追けるなんて……」
「固いこと言わないの~! そもそもこの犯罪都市に入れてる時点で、私たちはけっこうな事をしちゃってるし? 今さらでしょ?」
「ねえ、自重しようよ……クラン・クランの公式さんに、プレイ動画の配信を依頼された身としてはしっかり広告しないとだし。配信できるのって、まだ私たちだけなんだよ?」
「広告ならしてるじゃない。ここを存分に楽しむこと! それが、宣伝! まさかNPCが販売してるアイスクリームを買って、隣の都市で売ったら高い値段が付くなんて予想外だったよね! 大量大量~大儲け!」
「……おかげでわたしまで、爛羅姉のせいで犯罪傭兵だよ……ちゃんと他都市に販売禁止だって、アイスクリームの説明欄の隅っこに書いてあったのに……」
しかもあのアイスクリーム、もう販売されなくなっちゃったし、と残念そうに呟くところでルルスの本音がこぼれていた。どうやらとても件のアイスクリームをお気に召していたらしい。
「そんなの気付かなかったもーん! でも、私のおかげでタロちゃんとまた会えたでしょ? 瑠涙、タロちゃんとお話したいってあれだけ言ってたじゃん。いつまで経ってもモジモジしてるから、こうして姉である私が一肌脱いであげたってわけ」
「それ、絶対に嘘だよね」
「嘘でーす! お金が欲しくて欲しくて転売しました! ハイ! 」
「……それこそアイドルとしてどうかと……」
「古い! アイドルだって生きてるし! みんなだって! だから綺麗事ばかりを語ったり、やってちゃ、誰の心も掴めないよ! 私たちだって失敗もする! そーいうのを隠す必要はないって思うの! ファンのみんなもそう思うよね!?」
姉の方が虚空に向かって語り掛ける。
すると姉にしか視認できないコメントウィンドが浮かび、それらには無尽蔵のコメントが右から左へと流れてゆく。
『いや、転売はよくないだろww』
『PS5やcwhichの転売はしちゃダメよー』
『気付かなかったかー次からは気をつけようね?』
『ララちゃんが買ったアイスなら1万円でも買う!』
『俺なら3万以上出すぞ!』
『ワンチャン、食べかけの可能性も!?』
『プレミアやん! 10万!』
『13万!』
『俺は30万だ!』
『30万以上出せる方はいますか~?』
『105万!』
『くッ、300万!』
『……1500万だ』
『1500万の人が落札か~!?』
なぜかオークションが始まるコメント欄にクララは朗らかに笑う。すると何かを察した妹の方はビクリと全身を揺らし、青い顔をした。
そんな顔面蒼白になったルルスを心底面白そうに見てから、真実を告げるクララ。
「【共鳴魔法:異世界通信】、発動しちゃってた」
『クラン・クラン』の公式運営が、双子のアイドル『クラルス』に企業案件として動画配信の打診を申し出たのはつい先日の出来事であり、この事実はゲーマー界隈で大きな話題を生んだ。
ゲームの広告塔として『クラルス』に配信依頼をしたのもそうだが、今まで一切の攻略サイトを許さず、情報封鎖を徹底していた運営が、ゲーム内の様子を外部に放送するツールがあると発表したのが衝撃的だったのだ。
クララが使用している【共鳴魔法:異世界体感】は使用者の視覚を動画サイトに共有するといった新システム導入スキルで、とある条件を満たすと習得できるそうだ。
現在、傭兵間でも大いに話題になっていて、一部の傭兵は血眼になりながら習得方法を探し回っている。
無論、『クラルス』の口から習得方法を語るのは公式により禁止されている模様である。
また、この配信スキルをぜひ『とある傭兵』に習得してほしいとの声が一部から上がっているようで、それを耳にした彼女の周囲が断固として彼女自身の耳に入れないよう戒厳令を敷いているのはまた別の話である。
PvP最高峰と囁かれる、とある傭兵団の団長は『私の太郎の動向を第三者にちくいち監視ッッ、漏洩させるなど、断じて、断じて許さん! それは家族である私だけの特権ッ――』と息巻いているのだとか。
「ひぇっ、いつから配信してたの!? 始めるのは九時からだって……!」
「ん~? ルルがタロちゃんを見て、恥ずかしくって建物の影に隠れちゃった時からかな~♪」
「うそ……それって1時間前から……?」
「ふっふっふー! どうですか、みなさん! うちの妹は! 1時間も配信してるのに気づきませんでした~! というわけで、ルルは『配信に気付かない』に投票した人の勝ちです! あとでルルの秘蔵写真をチュイッターのDMでプレゼントしちゃうよ!」
「やめっ、ララ姉! それってもしかして、この間のプールでの撮影現場のじゃないよね!?」
「おおー、ルルもやれば大きな声だせるじゃん? ルルはできる子、よい子のかわいい子~♪」
「ちょっ、ほんとに、ほんとにやめて! えっ? コメント欄が写真はほしいって意見が多い……? えっと、じゃあ……はい、と、特別ですからね。ララ姉は……! もうこういうのはしないって約束――」
「『妹にバレずに秘密で配信してみたら、ブチギレ!?』ドッキリでした~! むむーん、これだとアーカイブに残すタイトルとしてインパクト弱い? 『清楚系妹の本性は清楚ビッチ!? 配信してるのを秘密にしてたらまさかの暴言連発……【放送事故】』。こっちの方が伸びるかな?」
「……き、きれてないもん……あと、び、ビッチって……やめて!」
「ルルはビッチじゃん! わたしにキスしたくせに!」
「へっ!? だって、あれはララ姉が……事故でッ」
「ふぇーん。わたしの初めてだったのにー、奪われた恨みは大きいよ」
「えッ!? でもわたしだって初めてで……」
「はーい! うちの妹こそが清楚ビッチの代表格です!」
彼女たちが映る動画サイトの画面に『それはちがうw』といったツッコミや『釣りはやめい』、『てぇてぇ……』『神』『その時の事故について詳しく』といったコメントが大量に打ち込まれ、大盛り上がりを見せる。
双子ユニットアイドル、姉の『クララ』と妹の『ルルス』。
姉の天真爛漫ないじりに対し、健気に応える愛らしい妹。
2人の他愛のないやり取り、微笑ましい絡みを見ている視聴者の皆様は癒しの極致に達していたのであった。
日々の疲れやストレスも彼女たちを眺めていると自然と消えていく。
これは毎日の頑張りが認められるような、ささやかな元気をもらえると定評のある双子アイドル『クラルス』の配信チャンネルでの一幕である。
彼女たちの配信チャンネルの登録者数は、今や100万人を突破しており、視聴者たちも企業案件とわかっていても彼女たちがゲームをプレイする様を見るのが楽しくて集っている。
『案件ってレベルじゃないぐらいクララちゃんハマってるよなあ』
『ルルスちゃんもなんだかんだ楽しそうだし、俺もやってみようかなあクラン・クラン』
『ゲームをすればクラルスの2人に会えたりするんだよなあ』
人気アイドル『クラルス』が実際にプレイする配信動画は瞬く間に世へ浸透し、彼女たちは存分にゲームを楽しんでいた。それらを見た視聴者も、自分もやってみたいと興味を引かれ『クラン・クラン』のプレイ人口は急増の一途を辿っている。
「ねえ、ルル。私の配信じゃ3人称視点での映像が見えないから、ルルの方でもしてほしいって」
コメントが見えない妹に代わり、クララがルルスへと視聴者の反応を簡単に説明してゆく。
「えっ、はい! ありがとうございます。では、【共有魔法:異世界通信】」
「やっぱりルルの配信魔法の方が全体が見えて状況を把握しやすいよね。わたしのは傭兵目線でのスキル発動や、細かい動き、感覚なんかは解説できるけど。やっぱり多対多の戦闘動画はルルの配信魔法の方が便利だなー」
妹のルルスが使用する【共有魔法:異世界通信】は、クララの視覚を動画サイトに配信するのとは異なり、撮影カメラを自分より少し離した地点に固定するものである。
「えーっと、『魂』さん。もうちょっと右斜めに移動で、はい……ここでお願いします」
ルルスがゆらゆらと浮かぶ白い火の玉に語りかけ、位置調整をしていることから理解できるように、『魂』らしきものがカメラとなって撮影してくれるシステムである。
「わ! ルルス! ちょっと閲覧数がすごいことになってるよ!」
「え……?」
「ふふーん、これもお姉ちゃんである私の企画力の賜物だね! ……って言いたい所だけど」
「タロちゃん効果?」
「うん。タロちゃんの動向を見たいって傭兵さんたちが、私たちの配信を見に来てくれてる。ふむふむ、『天使ちゃんルルスちゃん友達説が証明されたぞー!』って盛り上がってる」
ちなみに配信を始めたルルスだが、彼女は流れるコメントを把握しながらゲームをプレイするという行為に慣れてはいない。だからこそ、姉のクララがフォローしてコメントを声に出し拾っているのだが、これはルルスが配信を怠っているのではなくクララのスペックがかなり高いだけである。
なにせ配信者とは常に視聴者の反応を予測し喋る事を考えつつ、ゲームのプレイにも意識を割いて集中している。そこからさらにコメントへ目を通しつつ、話題を広げられそうなものを拾い面白い配信になるよう誘導するのだから、同時に4つ以上の事をこなしていると同義である。
無論、むやみにコメントを拾う事が良いわけでもない。タイミングが重要で、コメントに反応したがために話の腰を折ってしまうような時は見流す技術も必要である。
「『タロちゃんって誰?』とか『タロちゃんってどんな子?』、『白銀の天使とリア友なのか?』だってさ。あ、ルル、もうちょっと裏路地の奥に移動ね。『フェイト・ノストラード』の構成員が向こうの通りにいたから。絡まれたらめんどうだし」
「あ、えっと、は、はい。タロちゃんは……とってもいい子で、わたしが……お仕事が辛いって悩んでいたときに、すごく親身にお話を聞いてくれて、あっ、もちろんタロちゃんのお姉さんであるシンキさんにもお世話になってて……」
「ちょっとルル、それは喋りすぎだって……あーほら……」
荒ぶるコメントを注視すれば、『白銀の天使』にまつわる新情報がルルスの口から出たことに狂喜乱舞する一部の視聴者たちがいた。
『あの子って皇太子殿下の婚約者じゃ!? マジか、ゲームやってんのか』
『殿下の婚約者が見れると聞いて』
『【白銀の天使】と【狩人の神】はリアル姉妹説が真実だったー!』
『でも見た目的に血は繋がってるのか?』
『片方の親が違うとか?』
ルルスは自分がやらかしてしまった事に気付き、軽く頭を抱えてしまう。
「ふぇぇぁぁぁぁ……タロちゃんとシンキさんに謝らなきゃ……」
「ん、待って。視聴者が増えたのはタロちゃん効果だけじゃないかも」
「ん、どうしたの?」
「えー、【鉄と鎖の腐敗都市ギルディガリオン】で開催されるイベント【夢と絶望が詰まった王冠】への出場者の募集を打ち切ったってさー」
「それって、戦犯傭兵や犯罪傭兵になる必要がなくなっちゃったね」
「うんうん。しかもさっきから都市に入れる傭兵の数も規制されてるらしくて、もう今更犯罪傭兵になっても入れないらしいよー」
「……あっ、それでわたしたちの……」
「そっ。都市の中の様子を見たいのなら、私たちの配信にくるって流れだね。わざわざ犯罪傭兵にならなくたって配信で様子を確認できるって、前から見に来てくれてた人はいたけど……」
「最近は戦犯傭兵とかになって、私たちに会いに来てくれる傭兵さんとか増えてたもんね」
「そそ。でも、それも今はできなくなったから、配信を見るしかないってこと」
嬉しそうに満開の笑みを視聴者に向けて咲かすクララ。
その輝きに釣られて、ルルスも頬を朱に染めながらほのかに笑いかける。
「双子アイドル『クラルス』による犯罪都市の独占はいしーん! タロちゃん効果も、このチャンスも活かして~?」
「わ、わたしたち『クラルス』をたくさんの人に知ってもらいたい、です」
「よろしくお願いします! 姉のクララです」
「妹のルルスです!」
「「2人合わせて『クラルス』です!」」
暗く寂れた裏街道にて不釣り合いすぎる可憐な輝きが二輪、咲き誇る。
姉は意気揚々と、妹はおずおずと緊張気味に。
態度は違えと、個性は違えど、二人の心は二つで一つ、いつでも一緒。
そんなキャッチコピーが視聴者の脳裏をかすめる。
「それじゃあ、『白銀の天使』ことタロちゃんとコラボ配信するよ~! 突撃~!」
「えッ!? それはぜッッッッッッたいにダメ! 迷惑かかっちゃう!!!」
双子の心は1つではなかったようだ。
とあるルルスちゃん推しいわく。
彼女はこの時、過去一大きな声を出していたと新記録を更新したそうだ。




