338話 運を刻みつける男
「今の、【鉄と鎖の腐敗都市ギルディガリオン】は俺の望む街じゃない」
強気で放った俺の言葉を受け止めるのは、マフィア界のボス中のボス、ラッキー・ルチアーノである。
禿げかかった白髪交じりの頭からは老いを感じ、小柄で猫背気味の体格は男性にしてはだいぶ華奢な印象を受ける。だが、決して彼を弱者として語らせないのが、その顔に刻まれた傷跡が生半可ではないからだ。
ぼこぼこと凹凸のある顔面、折れた痕が残り微妙に曲がっている鼻頭、そして何より鋭すぎる眼光が彼の意思力の強さを克明に表していた。
「旦那さま。さんざん暴れまわった後でさっそくの小言ですかい?」
ラッキー・ルチアーノを伴って移動した先は、『フェイト・ノストラード』が営む賭博場であった。豪華絢爛とは言い難いが、それなりに雰囲気のあるカジノで客入りも悪くはない様子。
そんな店の一画、ごく一部の人しか出入りできないVIPルームにて俺たちは彼と対面していた。
「前の旦那様は楽でしたなあ。ちょこっと【銃器密造組織】で製造する武器をお渡しさえすれば、吾輩のやり方にご納得されていたのに」
わかってはいたがラッキー・ルチアーノの俺に対する心象はあまりよくないようだ。
それでも、この都市が現実に影響を及ぼしている以上、この都市の犯罪者至上主義の在り方をどうにかしないといけない案件だ。
もちろん銃についても喉から手が出るほど欲しいが……待てよ、もしこの都市の支配権が他の傭兵に渡った場合……例えば、『クラン・クラン』で銃の横流しをして一財産儲けようと考える人物だったなら、現実の日本でも銃が販売されるようになる可能性もある?
ただでさえ犯罪率が上昇の一途を辿る流れで銃なんて物を気軽に所持できる社会になったら……。
大変な事態になるんじゃ!?
落ち着け。
まずはどうやってこれ以上、この都市に傭兵を集めないようにするのかが先決だ。
それは戦犯傭兵や犯罪傭兵の出現に歯止めをかけるのに繋がる。
ん……、まてよ?
【盗掘王】などにはったりで言い放った言葉を現実にするのもいいのでは?
闘技場イベントそのものを中止にしてしまえば、傭兵たちがここに集まる理由はなくなる。
そう、【夢と絶望の詰まった王冠】に参加できないのならば、わざわざ周囲の信頼を失うような行動は慎むようになる。すなわち、犯罪傭兵になるメリットがなくなる。
そうなれば馬車による轢き逃げの横行も止まるはず。
「銃も気になるが、先に税収についての話がしたい」
まずはジャブとして、基本的な内容のすり合わせ。
すなわち情報収集だ。
「おっ、今度の旦那さまは金が大切ですかい。でしたら、前の旦那さまと同じく全体の10%で手を打ちますよ」
「10%?」
あまりにも低い数字にうめき声を上げそうになるが、咄嗟にこらえる。
つまりこの都市における力関係は、『フェイト・ノストラード』が9割、領主が1割といった明確な意思表示である。
確かに、直接この街を仕切っているわけでもないのに10%の税収をもらえるのは美味しい話だろう。
だが、俺はこの都市の在り方を変えたいと思っている。
ならば、この力関係はまずい。なので少しでも覆せそうな材料を必死に探す。
「……今回のイベントを契機に、都市には人が集まる。その分だけ収入額も増えるだろう?」
「旦那さま、イベントには出費がつきもの、つまり出資者がいます。旦那さまは出資者の1人ですらないのに、吾輩たちの取り分を横からかすめ取る気ですかい?」
出資者……。
そうか、このイベントを開催するのに莫大な金を投資してる存在がいる。そうなると、イベントそのものの中止は難しいだろう。今更、中止を宣言すれば出資者たちは大赤字になるので、猛反対するのは目に見えている。
「では大会が中止になったら、出資者は黙っていないな」
「御冗談を。中止などと万が一にもありえませんよ」
「ふむ……」
俺にはこの都市のイベントをどうにかする権限はない。
現時点でそれは確実だが、その権限を入手できるか否かはまだわからない。
「俺も出資者の1人になれば、闘技場イベントに関して口を挟めるのか?」
「大歓迎ですな。【モリガン委員会】に参入するのであれば、【夢と絶望が詰まった王冠】もより規模を膨らませるでしょう。参加者が増えれば回収金も増えますから、万々歳でごさいます」
イベントとは人が集まれば集まるほど物が売れたり、サービスが売れたりと大繁盛に繋がる。オリンピックをどこで開催するかで揉めたり、開催国が莫大な予算をつぎ込んで施設を建てる理由はここにある。
もちろん施設の建築など、必要な物を生産する企業や団体も儲かるわけだ。
さて、そこまでお金をかけたにも拘わらず、イベントが中止や延期になったりでもして、海外からの集客もできなくなれば……その開催国は大赤字を被り苦しみの一途をたどるしかない。この都市の出資者たちもそれは避けたいのだろう。
何せ出資者たちの損害は平民から吸い上げる税で賄われてしまうのだから、結局は都市の人々が苦しむことになる。
強引に中止させる、というのも考えものか……。
「その出資者の集まり、【モリガン委員会】とやらはみなどれぐらいの出資金を出してる?」
「そうですな。およそ、300万エソほどですかなあ。しかし、旦那さまは何か物申したそうですなあ。闘技場大会の準備がある程度終わった、この時期に、今更ですなあ」
300万エソという額でも支払えないのに、暗にラッキー・ルチアーノは今から大会に関わる意見を通したいのであれば、300万エソの出資では足りないと示唆してくる。
「いくら、必要なんだ?」
「ざっと600万エソほどですかなあ」
600万エソ……とてもじゃないが支払える額じゃない。
けれど、ここで介入できる可能性を簡単に諦めてしまったら、現実での轢き逃げ事件は増える一方だ。
俺が、俺が何とかしなくちゃいけない。
「天士さま……ここはひとまず持ち帰りませんか?」
「タロさん。出資の基本ですが、契約を結ぶお相手は信用できるかが大切ですわ」
「タロくん、無理はしないでね?」
ミナやリリィさん、トワさんのアドバイスを聞いたラッキー・ルチアーノはニヤリと微笑む。
「このお話はこの場限りのものと思ってください、旦那さま。信頼関係について小言を言わせてもらいますと、我々だって同じです。ここで我々に投資する度胸を見せていただけるぐらいでないと、簡単には新しくご着任された旦那さまを信用できませんからなぁ。後から何か言われてもお話になりませんよ」
「……」
「おや、手持ちがないようでお困りでしたら、吾輩がお貸ししますよ?」
「……いくら、貸してくれる?」
「全額」
にこりと笑い、彼はコクンと頷く。
「利子や担保は?」
この男がただで大金を貸してくれるはずがない。
そんな確信は当然のことながら当たっていた。
「そうですなあ。吾輩と1つ、賭けに興じてくれるのでしたら、利子や担保は必要なくなるかもしれませんなあ」
「賭け?」
「ええ、楽しい楽しい賭け事でございます。なにせここは賭博場ですからなあ」
ラッキー・ルチアーノは自身の頬や顎に残る切り傷をゆっくりとなでる。
それから、彼は傷跡よりも深々とした笑みを刻んだ。
「さあ、旦那様の運命を、運に委ねてみるお覚悟はありますかな?」
まるで新しい傷跡を刻みこむように、彼の微笑は俺の心を揺さぶった。
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