337話 闇と銀の支配者
「おい、『白銀の天使』がラッキー・ルチアーノのじじいを召還できるってことは……お前がこの都市の真の支配者だとでもいうのか?」
さすがの【盗掘王】もこの事態を呑み込むために、荒ぶる語気を抑えながらひとまずはNPCたちに様子見を指示したようだ。
それは【夜叉組】や【フェイト・ノストラード】も例外ではなく、一同はそれぞれの頭が相対するのを沈黙でもって見守っている。
「じゃあ、タロしゃん……を、キルすれば……」
九霧さんが当然の帰結に辿りつけば、【オルトロス一家】の視線が突き刺さる。
ここは敢えて否定する必要もないので、コクリと頷いておく。
「それで? 自らそんなもんを暴露して、ハイソウデスカって俺たちが大人しくお前を解放するとでも?」
剣呑な態度で【盗掘王】は尋ねてくるが、即効で攻撃を仕掛けてこないことから、こちらの言葉を聞く耳は持っているようだ。
「そもそも、君たちは順序をはき違えています。不毛な抗争に明け暮れてる場合じゃなくて、もっと大切なことがありますよ」
「そりゃあ、『白銀の天使』。お前をキル――」
「俺に気に入られないと、この都市の管理権はないも同然です」
【盗掘王】の言葉にわざとかぶせて、彼の主張を遮断する。
「ここの管理権を狙うのはけっこう。でも、この都市のNPCをいくら従えても、俺1人の心を掴めないようじゃ管理者とは認めません」
それに、武力行使で権力をもぎとりたいのであれば――
「今すぐ、俺を、どうにかできますか?」
ズラリと俺の背後に並んでいる『フェイト・ノストラード』の構成員や『ラッキー・ルチアーノ』、そして俺の仲間たち。
この全てを相手にして果たして、勝算はあるのか、と尋ねる。
正確には『フェイト・ノストラード』は俺の味方ではなく、互いが大切な取引相手といった認識だ。そこが上手く作用し、事情の知らない者からすれば、俺たちは協力関係にあると察する流れになる。
「このまま総力戦に持ち込むなら、『フェイト・ノストラード』とやり合う前に消耗するんじゃないかな? むしろ全滅もありえます?」
「……ッッ」
「ほらほら、戦うにしてもこうやって、しっかりと駒を配置するのがボスの役目ですよね?」
俺はデモンストレーションを装って温存しておいた『盤上で踊る戦場遊戯』を取り出し、盤上へ駒を置いてゆく。
極々自然に、気取られぬよう俺の兵士や騎士を置き、あたかもチェスの駒をただただ配置してるだけだと見せかける演出。
そうして目の前の人達へ、態度で問う。
戦う準備は十分か? 損害被害を計算してるか?
それらをふまえて、支配権を確実に奪取できる算段はあるのか? と。
俺を奇襲的にさらい、取り引きを持ち出した【盗掘王】はすくなくとも、ある程度の計画性を持って行動するタイプの人物に思えた。
故に、この場で勝算があやふやな戦いに身を投じる可能性はかなり低いはず。
その予測は半ば当たっており、【オルトロス一家】と【夜叉組】は黙って俺の言葉を待っている。
「さて、説明は済みました。俺は今から、この都市の現支配者であるラッキー・ルチアーノと【夢と絶望の詰まった王冠】について大切なお話があるので、部外者は黙って解散してください。俺もひとまずはこの場を、お暇します」
ラッキー・ルチアーノをはっきりと見据え、彼がこの都市の支配者であると他の一家に明示し、持ち上げておくのも忘れない。
俺が現時点で認めているのはラッキー・ルチアーノのみ、であると。
正直、俺の本心ではないけど流れ的に『今は』そうするしかないので仕方ない。
傭兵サイドを窺えば、九霧さんは冷静な眼差しで俺を見据えている。片や【盗掘王】はこのまま大人しく引き下がっていいのか、判断しあぐねている様子だったのでダメ押しを刺しておく。
「あんまりごねるようだと、闘技場イベントも中止にしちゃおうかなあ」
「……ッ!?」
そんな権限はもちろん俺にはない。
が、そもそもこの都市に来た目的はこれ以上、戦犯傭兵や犯罪傭兵の増加を防ぐこと。ラッキー・ルチアーノとの交渉でどうにかなるかもしれないし、闘技場イベントの中止をもちかけるのも不可能ではないはず。
それに深い事情を知らない彼ら彼女からすれば、これはいい脅し文句になったろう。
闘技場イベントはこの都市の支配権を手に入れる近道であるはず。そのイベント自体を消されてはたまったものじゃないだろう。
これにて、この場を無事に制圧し、かつ一家同士の抗争よりも優先すべき事案を彼らにぶつける事ができたはず。
これでしばらくは、この都市の住民たちは静かな夜を過ごせるだろう。
そう安堵した直後、予想外の人物が戦闘態勢に入ったと察知し、緩みかけた空気が一瞬にして修羅と化す。
「――『無主九刀』――位置ノ絶ち、【霧霧舞い、切り斬り舞い】――」
神速とは正反対、ひどく鈍重な動きでアビリティを放ったのは他の誰でもない。
【夜叉組】の頭、九霧斬絵その人だった。
友好的だった彼女からは連想できないほどの鋭い視線が放たれ、次いで刀の一振りから水しぶきにも似た白いモヤがほとばしる。
それは突如として出現した限定的な霧のようなもので、俺を含めた仲間とラッキー・ルチアーノを容易く呑み込む。本能的にこの霧は危険だと察知し、俺は傍らにいる相棒へと語り掛ける。
「フゥ――頼む」
「あいっさ♪ 山掴み、山都守、八魔通上、神のまにまに八兆風尾を吹き降ろせ」
フゥの詠唱中、すでに金属同士がぶつかり合う甲高い激突音が幾度となく鳴り響く。
おそらく、とっさに俺の前方へと躍り出た【鼓動を削ぐ徘徊者ジャック・ザ・リッパー】が九霧さんのアビリティ効果を迎撃しているのだろう。
ふむ、霧の中にいる対象に連撃をランダムで浴びせるアビリティか?
もしくは単純に霧の前方から順に斬撃を与えるのか?
どのみち、視界を奪ってさらに攻撃を連続的に放つアビリティは脅威であり、俺が習得している刀術スキルのアビリティには存在しないものだ。
彼女は刀術スキルをかなりの高レベルまで上げているのだろう。
「――【来礼・八尾魔月風】」
フゥの詠唱が即座に完成し、俺たちの頭上に八つの小さな満月が浮かびあがる。それらは全方位に渡り、強風を巻き起こし、九霧さんが生んだ白い霧を容易く吹き飛ばした。
やはりモヤさえ霧散させてしまえば、アビリティによる攻撃は消失する。
フゥが作った小さな満月たちは形を変容させ、うねる巨大な尾のごとく竜巻のムチとなって街道を叩き、巻き込み、吹き荒らす。
新幹線と同等の規模を持つ竜巻が横に、縦に、あらゆる角度で以て【オルトロス一家】や【夜叉組】のNPCたちを刻みすり減らしてゆく。
「このアホちび! 今は勝機が薄いだろうがボケえ! 俺らも巻き込むなや!」
「黙るのじゃ、駄犬。これぞ千載一遇の好機、タロしゃんの首をもらいうけるしか――ないのじゃ!」
それでも九霧さんの歩みが止まらなかったので、俺は仕方なく建物の影に配備しておいた【兵士】や【騎士】をけしかける。
【兵士】【雷炎の衛士+6】の8体をNPCへ、【騎士】の【炎皇の騎士+3】2体を『オルトロス一家』のボスたちに、【雷皇の騎士+3】2体を九霧さんへ。
彼ら彼女らが応戦してる隙に、俺はラッキー・ルチアーノへと話しかける。
「諸々とお話したいことがありますので、場を変えて落ち着いて話し合いましょう」
「旦那さまは奴らを潰さなくてよいので?」
「今はそれが目的じゃないです」
「……他でもない旦那さまの御意思ですから、ここは退散しておきますわ」
こうして俺とラッキー・ルチアーノは全力で姿をくらますのに専念する。
もちろん、俺を狙い躍起になって通りに集まったNPCたちや、傭兵らをまとめて、【戦車】【太陽神の騎馬車】の突貫でもって撃滅するのを忘れない。
稲光をまとった巨人の進撃は、もはやNPCなど跡形もなくなる威力を誇り、商店街を駆け抜ける。
雷光に焼けこげたNPCたちを唖然と見渡す傭兵たちを尻目に、俺は手に入れたばかりの大罪スキル【貪食】にスキルポイントを振り分けようとして……すでに大罪スキル【貪食】のLv36になっている事実に気付く。
:育まれた【貪食】スキルはLvを上昇させることはできません:
:オリジナルであればスキルLvを上昇できます:
なるほど……これが回収するといった意味か。
この都市の支配者である俺は、大罪スキル保持者をキルすれば他人が育てたLvの状態で回収、習得できると。全ての大罪スキルを途中から継承できるのはかなり得だ。しかし、自分のオリジナルで育てたものでなければ、回収した段階のLv限定になると。
でも、今はそれでも【貪食】スキルは好都合である。
「――【奈落の口づけ】――」
だから俺は、俺たちの足元へ闇を広げる。
「天使、というより破壊神じゃねえか……あれと戦うのだけは避けてえな、オイ」
「ぽ、天使ちゃんは天使ちゃんぽ。唯一無二の絶対存在ぽ」
「まだ、まだ遠いのじゃ。待っててな、叶絵……」
闇へと呑まれる刹那。
戦線を離脱する間際にこぼされた、三者三様の呟きが妙に俺の耳に残った。




