335話 暴食を喰らう白銀
「――は? 幹部たちを瞬殺だと?」
「あんたはさっきからうるさいんだよ! このあたしを倒してからマスターを見な! それまでよそ見は厳禁だわ!」
唖然とする【盗掘王】を怒鳴るのはレディ・ノスタルディアだ。
「なん、なんだよ……お前らはッッ」
レディ・ノスタルディアが自慢のレイピアで【盗掘王】を追い詰めてゆく。
だが彼も驚くべきことに、彼女の攻撃を果敢にいなしては徒手での戦闘スタイルで反撃すら打ち込んでいた。スピードは同等の2人だけど、体格差が2倍近くあるため、【盗掘王】の負けは必至だ。
しかし最大の懸念事項は彼の持つ大罪スキルだ。あれは未知すぎるし、まだ何かを隠し持っているはずだ。だからこそ、機動力と攻撃力の両方を兼ね備えた【太古の賢狼】と融合をしたわけだが、不用意に彼の懐に入るのは得策じゃない。
かといって俺が手を緩めるのは違うので、彼の部下を容赦なく減らしていきながら【盗掘王】がどんな手札を切ってくるのか様子見だ。
この状況が続けば、じり貧になると一番理解しているのは【盗掘王】自身だろう。
なにせ抗争の本命である『フェイト・ノストラード』を叩くためには、異分子との戦闘で大事な部下や戦力を失うわけにはいかないのだ。
それがわかってて、俺や人狼たちは次々と暴れ続けるNPCを無力化してゆく。
『フェイト・ノストラード』も『オルトロス一家』も、『夜叉組』も鎮圧あるのみ。
「――大罪スキル『貪食』……吸い、喰らうぽ――」
そして、やはり――
前回と同じように、突如として俺の耳元で呟かれる声に全身全霊の意識を込めて即応する。
獲物は張っておいた蜘蛛の巣に引っかかったのだ。
「――『奈落の口づけ』ぽ」
「ブルーホワイトたん!」
【暴食王】のアビリティが発動すると同時に、俺は盟友との縁を結ぶ。
両の手とブルーホワイトたんに【導き糸】が繋がり、本来であれば彼女のギミックを発動するために操る糸が、彼女自身の剛力により引っ張られる。
そう、ブルーホワイトたんは建物の屋上にいる。
だから俺の全身はガクンッと宙へ弾丸の如く飛翔し、地面から湧き出た奈落へと誘う黒き沼を回避するのに成功する。
突如として変則的な動きを見せた俺に、どこかで様子を窺っていたであろう【暴食王】はさぞ驚いただろう。
でも、おそらく――これだけでは終わらないはず。
彼の大罪スキル【貪食】は黒い空間が生じ、そこに引き込まれると強制転移させれてしまう類のタイプなのだろう。それが前回と今は、地面から発生したというだけであり、俺の予測が正しければ、その空間範囲は――
空中を移動する俺の眼前に、漆黒の沼が縦に出現したことでこの認識は間違っていなかっと確信する。
「フゥ! 頼むぞ!」
「あいさっさ♪」
フゥの風力、それにブルーホワイトたんと繋がっている【導き糸】によって宙を縦横無尽かつ猛スピードで駆け巡る。
それでも執拗に黒い沼はそこかしこに出現しては消えを繰りかえし、ついに魔の手が俺に届く。
さすがだ。
「やっぱり、仕掛けておいてよかった」
黒い沼に触れた瞬間、俺はどこかに転移される算段であったはず。
しかし、それは起きず、代わりにバチリを赤黒い稲妻が周囲を走った。
「なあ、知ってる? 呪いとかって、かけた方も同じ目に遭うってね」
俺が吸い込まれるはずだった黒い沼からは、目に見えない何かに無理やり引きずられるように恰幅の良い男性傭兵が吐き出された。
「ぽ!? どうして、ぽ!?」
動揺する【暴食王】は空中で為す術もなく、俺の爪によって二度、三度、四度と切り裂かれる。【導き糸】に引っ張り上げられ、フゥの風で高速移動を重ね、連撃に次ぐ連撃の空中コンボを決めていく。ついには地面に着地すら許されないまま、【暴食王】はキルエフェクトを爆散させていく。
:傭兵グラトニーオをキルしました:
:5000エソを獲得しました:
:育まれた『大罪スキル【貪食】』を回収しました。大罪玉座の支配者権を傭兵タロが所有するため、傭兵グラトニーオの大罪スキルは失われません:
:素材『夢見のスキン湿布』をドロップしました:
【暴食王】は何が起きたのか理解できぬまま、その場から消え失せようとする。
それをどうにか阻止したのは、【盗掘王】である。
俺から盗み取った『迷いなき救いの紅水』をレディ・ノスタルディアの猛攻をかいくぐりながら使用したのだ。
「ちぃ! ほんと、どうなってやがる」
「て、天使ちゃんは……まさか……」
「おいデブ! お前の大罪スキルは無事だろうな!?」
「ぽ、っぽ……あるぽ。でも、あれはきっと――」
「お前の【貪食】を反射しやがったぞ、あいつ……一体全体どうなってやがる」
【盗掘王】の質問に答える義理はない。
だが、ブラフは張っておくべきだろう。
「こいつがいるかぎり、俺の無事は続く」
俺が親指を後方で指し示せば、さきほどまで何もなかった空間には車より大きな白蜘蛛が姿をじわりと現した。見えない糸を伝って移動する光景は異様そのものだが、それも俺を守護するように背後につけば愛嬌があるというもの。
『チキチキ……』と音を鳴らす口は犬も丸呑みできそうなほどのサイズで、迫力満点だ。
「なんだよ、その化け物は……透明化までできるのか?」
【盗掘王】の質問には素直に頷いてやる。
【太古の賢狼】との融合化が解けた今、しばらくはこの【白夜の苦絶蜘蛛】に警戒が向いてくれると助かるのだ。
【白夜の苦絶蜘蛛】は【呪詛吐きの舌】で作った合成獣で、レディ・ノスタルディアと同じくHPを全損すると失ってしまう貴重な仲間なので、すぐに透明化状態に戻ってもらう。
彼は『決壊魔法』を扱え、中でも強力なのが【呪樹界の掟】といった攻撃反射バフである。あらゆるアビリティやその効果を、行使した者自身に及ぼすといった最強に等しい絶対防御かつ攻撃的なアビリティである。
その分、反射は一度きりだし、クールタイムも2時間と物凄く長い。
俺は戦闘開始と同時に……正確には【夜叉組】から離脱した時から【白夜の苦絶蜘蛛】を放っておいた。そこから万が一のことを考え、すぐに【呪樹界の掟】をかけてもらっていた。
前回、【暴食王】には反応する間もなく強制転移させられ、【盗掘王】には知らぬ間に物を盗まれたのだ。2人には十分、一撃必殺を実行できる力がある。
だからこその警戒だったのだ。
つまり【呪樹界の掟】がここぞといった場面で発動するには、ただの一度も攻撃を被弾するわけにいかなかったけれど、当たらなければどうということはない。
「で、『オルトロス一家』のお二人とも。俺と敵対する覚悟はできましたか?」
小首を傾げて2人に尋ねれば、【暴食王】は子犬のように喉をヒグッと鳴らした。
しかし、【盗掘王】の双眸はほの暗い炎が未だに揺らめいている。
「どうやら駄犬には、まだ躾が足りていないようだ」
力で屈服するタイプではないらしい。
だけど、ここまですれば言葉を弄するだけの説得馬鹿とは思われないだろう。
「白銀の天使ィ……、もう容赦しねえ。【暴食王】! 俺らの本気を見せるぞ」
「ぽ、でもそれは闘技場イベントまで誰にも見せないって……」
「んなこと言ってられるか!? 手下が全滅すっぞ、相手の強さを見誤んなデブ!」
「ぽ、でも天使ちゃんは、多分この都市の――」
「【暴食王】はもうわかっているようですね」
2人の会話に入りつつも、俺は領主システムを開き、とある人物の呼び出し項目をタップする。
「【盗掘王】、貴方は言いましたね。俺はこの都市には合わないと」
俺は『オルトロス一家』の2人を見つめ、そして屋上で二度目のお土産を屠り終えた『夜叉組』
の九霧さんを見る。
「確かにここのやり方は――在り方は、俺には合わないです」
でも、と否定すると同時に路地裏の暗がりからコツコツと足音が響く。
「だから、この都市には、俺流に合わせてもらいます」
そう宣言すると時をほぼ同じく、足音の主が姿を現す。
とてもマフィアを統べる者とは思えないほどの小柄な初老が、俺の前で両手を広げて歓迎の意を表す。
「おお! これはこれは旦那様じゃないですか。この老骨、お呼びを受けるのをどれほど待っておりましたことか!」
副音声として『勝手をするな』と聞こえたが、事情を知らぬ傭兵たちは、この初老が俺の支配下にあるように聞こえただろう。
「ぽ……『フェイト・ノストラード』の現ボス、『ラッキー・ルチアーノ』ぽおお!?」
「ど、どうなってやがる。白銀の天使が呼んだとでも!? あのじじいを!?」
「タロしゃんは、本当にこの都市の、真の支配者なのじゃ……?」
俺は物凄いドヤ顔を放ち、我が物顔でみんなを睥睨する。
本当は3人を硬直させ、黙らせるのに絶好のタイミングを作れるかヒヤヒヤしっぱなしだったのは秘密だ。
それに……やっぱりラッキー・ルチアーノさんが怖すぎる。
でも、ビビる内心をどうにか押し込めては、気丈に笑い続ける。
「俺に気に入られないと、この都市の管理権はないも同然ですよ?」
武力面でも一筋縄ではいかないと印象づけた後に、権力をもあると誇示するのは常套手段だ。
「このまま戦い続けて潰されたくはないでしょう?」
「……」
これにはさすがの【盗掘王】も折れたのだった。




