332話 鬼姫の正義とお誘い
「スキルを奪った?」
爵位持ちの傭兵同士のみが行える【高貴なる決闘領域】、それ以外にもスキルを奪えるシステムがあるとは驚きだった。
「やはりタロしゃんもそこに目がいくかの。そうじゃ、大罪スキルはキルした者が所持者から奪える類の特殊スキルなのじゃ」
その重大な事実を、九霧さんは何のためらいもなく俺たちに明かす。
カラカラと笑ってすらいる。
仮に俺たちがこの場で彼女を襲ったとしても……いや、いついかなる時に戦いを挑んだとしても、絶対に勝てるといった圧倒的な自信を滲ませている。
「闘技場イベントで優勝する以外にも、『フェイト・ノストラード』と『殺人請負会社リトル・マッドハッター・インク』から大罪スキルを奪えれば、この都市の支配権簒奪もありえる?」
「それができたらいいのじゃが、あの2人は別格じゃのぉ」
先ほどまでの自身に満ち溢れた態度はなりをひそめ、代わりに限界まで研ぎ澄まされた抜身の刃のような空気をまとわせる九霧さん。
「【狂気の殺し屋】の首席幹部『アルヴェルト・アナスタシア』は何かと逃げるのが上手い奴でのぉ、うちでも仕留めきれなかったのじゃ。『ラッキー・ルチアーノ』の方は……勝負すればうちに負けはないんじゃが、絶対に勝てない相手でもあるのじゃ……そもそも会えんのじゃ」
だからこそ、『オルトロス一家』の2人は闘技場イベントの景品を血眼になって狙っていると。
「特に『オルトロス一家』は、『フェイト・ノストラード』と組織の規模が近差じゃからの。ただでさえ、前ボスをキルしてからは全面抗争中じゃし、必死になっとるんじゃろうな」
対してうちらは、まだまだ力不足と嘆息を吐く九霧さん。
「所持する大罪スキル数こそは対等でも、【夜叉組】は構成員の数からして他の三大組織と比べれば弱小なのじゃ」
「なるほどです……」
「しゃて、この都市についての説明は終わりでよいのじゃ?」
「ありがとうございます。とてもわかりやすかったです」
「ならばここからは、ぬしらと対話をしたいのじゃが――」
九霧さんはこれまでの会話を仕切り直すように、砕けた姿勢からあぐらをかいては前のめりになる。その瞬間、周囲に侍っていた女性NPCたちが佇まいをピシリと正した。
「対話……」
オルトロス一家とのやり取りがあったばかりだった俺は、九霧さんの言い方に妙な引っ掛かりを覚える。
「できれば、タロしゃんとは仲良しのままでありたいのじゃ。だから、『否』とは言わぬがよろし」
ざわり、と風が揺らいだ気がする。
「なにせここは、【夜叉組】のお膝元。抵抗すれば、ただじゃすまないじゃろ?」
その言葉が互いの緊張を一気に上昇させる。
彼女は『オルトロス一家』と同じく、脅すような状況で交渉を持ち掛けているのだ。
場が静けさに包まれるなか、中庭の池からカコンッと、ししおどしが鳴り響く。
それが合図であったかのように九霧さんはカラカラと笑い、俺たちに要求を伝えてきた。
「うちらと手を組み、大罪スキル奪取に協力してほしいのじゃ」
平皿に入った飲物をグイッとあおり、九霧さんは語る。
「うちらがこの都市の支配権を握れば、搾取されるだけの女子をより多く助けられるのじゃ。一都市を支配下に置けば、やれる事業は膨大に増えるはずじゃ。現に『ラッキー・ルチアーノ』が都市の人々を活用して銃器や薬を生産してるようにの」
「フェイト・ノストラードが銃器の製造を……」
「女子をボロ雑巾のように扱う歓楽街の仕切りもじゃ」
言葉の端々に熱を帯び、忌々しそうに呟く九霧さん。
リリィさんやトワさん、ミナも彼女に同調するように不快気に顔を曇らせる。
「うちらが【鉄と鎖の腐敗都市ギルディガリオン】の支配権を握ったならば、いずれはここを【薬学都市】にしたいと思っておるのじゃ。ほれ、まがりなりにもヤバイ薬を生産してるのなら、治療の薬だって作れるかもしれん」
それに――と、何かを言いかけた九霧さんは、自分を嗜めるように深呼吸を挟んだ。
まるで焦る自分を律するために、鼓舞するために自身の両頬を叩く。
「こやつらの欠けた手足や消えぬ傷すら完全に癒す、万能薬なんて作れたらロマンじゃろう?」
【夜叉組】の面々を愛おしそうに見詰めながら、九霧さんは瞳の奥に炎を灯す。
「おぬしが以前、同じような事をやったようにの?」
「それは……」
「狂犬病やゾンビ化のワクチンは、ゲームで作ったのじゃろう?」
彼女の言葉を皮切りに、俺たちの緊張は更に高まる。
だって九霧さんがリアルモジュールであり、現実改変を認識している側であると決定づける発言だったから。
「おっと。下手に動くなかれ。この場でキルされたくなかったらのぉ」
さて、ぬしらの返答はいかに?
圧をかけてくる彼女から、そう問いかけられているような気がして、返答次第によってはこの場での殺戮も厭わないといった覚悟はヒシヒシと伝わってくる。
「……」
「…………」
「なーんてな。本心から協力してほしい相手に、脅しなんてのはもってのほかじゃ」
しかし予想とは違い、九霧さんはピンと張り詰めた空気を薙ぎ払うかのようにしてカラカラと豪快に笑いだした。
「別に断られても、斬絵たちは何もしないのじゃ。このまま自由解散じゃ。じゃが、斬絵の申し出の件、少しは考えてほしいのじゃ」
ここで、この話を断るのは簡単だ。
だが、すでに俺たちは彼女に借りのある立場になってしまっている。
だいぶ貴重な情報を彼女の口から、無償で聞いてしまったのだから。
彼女は終始あっけらかんとしているが……かなりのやり手でだろう。
さすがは一組織を束ねる人物である。
それに九霧さんは現実改変を把握している貴重な人物であり、できれば俺たちの味方に引き入れたい。
かといって今すぐ、協力に値するほど信用のできる相手だとも言い切れない。
みんなの顔色を窺ってみても、3人も俺と同じく決断を下すか逡巡しているようだった。
どう返答するべきなのか。
素直に力を貸したいといった気持ちもあるが、彼女と共闘して犯罪傭兵や戦犯傭兵をすぐに減らせる事ができるのだろうか?
薬学都市にするといっても、それが実現するまでは長い時間がかかるだろう。
支配権の抗争に明け暮れていたら、1週間や2週間はすぐに経ってしまうだろう。その間に現実では多くの殺傷事件が起きる可能性だってある。
彼女に協力する、その選択が果たしてベストなのか……?
その確信が持てずに俺が返答しあぐねていると、屋敷内を揺るがす怒号が響き渡る。
「頭ぁ! 宴会中に失礼しやす!」
俺たちが会食するお座敷に乱入してきたのは、恰幅の良い隻腕の女性だ。
顔には誰かの返り血らしきものが飛び散っていたが、ここは気にしたら負けだろう。
「『フェイト・ノストラード』の奴らと、『オルトロス一家』が派手にやり合ってます! 今ならこのどさくさを狙って、駄犬の首を取れるかもしれやせん!」
「カカカッ、大罪スキルを奪うまたとないチャンスじゃのぉ」
九霧さんはその報告を耳にして般若の如き笑みを浮かべた。
「どうじゃ? 協力の話はひとまず置いて、この都市の男共が果たしてどんな奴らなのか、一緒に見物にでも行くかの?」
鬼の誘いに、俺は――
俺たちは乗ることにした。




