331話 鬼屋敷へようこそ(2)
「こすっからい邪魔者も消えてせいせいじゃの。さてさて、みなお客人をもてなすのじゃ」
俺たちは唖然としつつもお屋敷へと案内され、あれよあれよという間に彼女たちのおもてなしが始まる。
どこで仕入れてきたのかと疑問になるほどの立派な日本料理が目の前に並べられ、九霧さんを含めた幹部らしき面々の女性陣と顔を突き合わせての会食だ。
「タロしゃん、お寿司の味はどうじゃ?」
「うまっ、おいしい、んぐっ、です!」
あのような光景を見た後で、出された食事に手を着けないなんて無礼な態度は怖すぎてできない。かといって、恐怖の豹変っぷりを目の当たりにした直後なので何も喉を通らないと思っていたのだが……。
この大トロうんまああああ!
「特に、この大トロがプリップリで! 素材の深みある旨味が口いっぱいに広がった瞬間、とろんっと溶けるのが何とも美味しいです、はい!」
「よかったのじゃ。ご友人方も満足してるようで、なによりなにより」
「エビが、甘エビがおいしいのです!」
「sushi! マグロ、サーモン! 美味ですわ!」
「たまごやきもふわっふわっ、ぬかりない職人の業……」
他の3人も最初は青い顔をしていたものの、高級寿司の前では恐怖すら吹き飛ぶようだった。
うむ、これは別腹なのだ。寿司は別腹!
決して脳裏にこびりつくプーア少年の肉圧スタンプや、バッカスじいさんのひき肉スタンプの光景を逃避したくて寿司三昧しているわけではない。
そう、断じて怖さを紛らわしているわけではないのだ……!
「それで、タロしゃんはこの都市の何を知りたいのじゃ?」
「もぐ。え、えーっと……オルトロス一家の【盗掘王】と【暴食王】が言ってた、この都市の支配権と闘技場イベントは何か関係があるのですか?」
「そうじゃの。【強欲】と【貪食】は、闘技場イベントでの優勝者に贈呈される新『大罪スキル』を手に入れるつもりじゃ」
「大罪スキル……?」
【盗掘王】と【暴食王】の両名は比類なき強力なアビリティを行使していた。あれらもおそらくは大罪スキルなのかもしれない。
あれと同等のスキルが闘技場の優勝者に贈られるとなれば、誰もが欲しがるはずだ。
「そんな景品があるなんて、告知にはなかったはずですわ」
「リリィしゃんの言う通りじゃの。これはごく一部の傭兵の間にしか流れぬ情報じゃて」
九霧さんは『うちとのお喋りはお得じゃろう?』と笑う。
「情報、感謝なのです。では、その大罪スキルと都市の支配権とは、どのような関係があるのですか?」
「ミナヅキしゃんの疑問も当然じゃな。なに、単純な話じゃ。この都市の支配権は、大罪スキルをより多く持つ傭兵か、そやつが属する勢力が担うのじゃ」
カカカッと笑みをこぼし、九霧さんは紅漆の平皿に入ったお酒っぽいものを一気に飲み干す。
んん……明らかに未成年だけど、何もツッコむまい。
中身はジュースとかかもしれないし。
「うちは【憤怒】と【虚飾】の大罪スキルを持っておる。奈落の番犬一家も、【強欲】と【貪食】を持つ。そして――」
ここで初めて彼女の明るかった表情が一瞬だけ曇る。
「この都市を今、牛耳ってるじじぃも大罪スキルを1つ持ってるのじゃ」
「あれ? 1つだったら、【夜叉組】や【奈落の番犬】が支配してるはずじゃ……?」
「トワしゃん、良き点に気付いたのじゃ。この都市を制する一家は通称【運命の代弁者】、『フェイト・ノストラード』なのじゃが、こやつらは別の組織も束ねておるのじゃ」
「まさかその組織にも大罪スキル持ちがいるとかですか?」
「ご名答じゃ、タロしゃん。『フェイト・ノストラード』の現ボスは『ラッキー・ルチアーノ』ってじじいのNPCなんじゃがな? そのじじいが作った下部組織が『殺人請負会社リトル・マッドハッター・インク』、通称【狂気の殺し屋】なのじゃ」
「つまり殺し屋のボスが大罪スキルを所持していて、『フェイト・ノストラード』と『殺人請負会社リトル・マッドハッター・インク』を合わせて2つの大罪スキルを持っている。だから現在の支配権は、巨大な組織力を持つ『ラッキー・ルチアーノ』の手に?」
「そういうことじゃな。じゃが、噂によればあのじじぃですら、この都市の真の支配者じゃないらしいのじゃ」
「それは一体……?」
「どうやら、大罪スキルを最も多く持った者が、実質はこの都市を牛耳るのじゃがな……実は、この都市の真の支配者と交渉できる立場に上り詰められる、だけらしいのじゃ」
…………。
この都市の真の支配者……?
それって――
……俺のことじゃないよな!?
待って、待って。ミナもトワさんもリリィさんまでッ、俺の方を見ないで!
頼むから一斉にこっちを見ないで!
しかも、微妙に憐れみの視線とか送ってこないで!?
お、俺だって、好きで、こ、怖そうな人達と交渉したいわけじゃなくて……。
いや、まあ、徴税権のお話でしたら、確かにすることになるけど!?
領主システムだと『ラッキー・ルチアーノ』ってNPCとお話ができるって項目もあって、呼び出しもできるってあるけどさ……?
真の支配者とか、そんな大層な肩書きはふさわしくないよ!?
領主システムを確認するかぎり……徴税権の話や視察をする際は、最もこの都市で勢力の大きい一家のボスが付き添ってくれるそうで。
まあ聞こえはいいが、勝手なことをやられないための監視だろう。その観点からすると、現在の俺は面倒な領主かもしれないな。
『ラッキー・ルチアーノ』には初見だから知らなかったで通せるかな?
どうしよう、色々と想像したら怖くなってきた。
「実はもっと詳しく知りたいのじゃが、何せラッキーのじじぃはこの都市の大物中の大物、滅多に会えんのじゃ。そも【夜叉組】の頭であるうちや、【オルトロス一家】の2人ですら、お目通りなど叶わんからの……」
九霧さんの言葉を聞き、俺はタップ1つで呼び出せるなんて口が裂けても言わないと決心する。
それこそ俺が気軽にこの場で呼び出してしまったら、波乱の幕開けだ。
「その点、『フェイト・ノストラード』先代のボスは隙があって殺りやすかったのう」
「『ラッキー・ルチアーノ』という人物は2代目なのですね」
「そうじゃの。先代は『ジョー・ザ・ボス』といって、よく『ジョー・マッセリア』って偽名を使っては、我が物顔で歓楽街を遊び歩いていたのじゃ。その機を狙って、【オルトロス一家】がジョーをキルし、大罪スキル【強欲】を奪ったのじゃ」
「スキルを奪った?」
九霧さんから、聞き捨てならない台詞が飛び出した。
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