330話 鬼屋敷へようこそ(1)
「そんなにビビる事はないのじゃ。ゴクドーって言っても、うちのもんはみんな気風がいいのじゃ」
一歩引いたみんなに対し、カラカラと笑い立てた九霧さんは自らが統括する【夜叉組】を紹介すると言い出した。落ち着いてこの都市について話せる場所となれば、他勢力のちょっかいを退けられる【夜叉組】の本拠地がいいだろう、とのありがたい提案だ。
「相当の覚悟がなければ、うちの敷居をまたぐ傭兵なんておらぬのじゃ」
「えーっと、本当にいいのですか? その、ここは【夜叉組】のアジトなのでは?」
「もちろんだ。怖がられたままじゃ、うちのもんが可哀そうじゃからの」
九霧さんは『オルトロス一家』の情報員でもあるプーア少年の同行すら快諾し、あれよあれよという間に和風の御屋敷へ俺たちを案内してくれる。
プーア少年は俺たちを監視するために、『オルトロス一家』がつけたお目付け役みたいなものなのだろうけど、敵対する構成員をそんな簡単に入れてもいいのだろうか?
おそらくは俺の状況への配慮なのだろう。
とにかく九霧さんは清々しいほどに、ざっくばらんな人柄らしい。
「ここが、【夜叉組】の拠点……」
周囲が洋風で背の高い建物ばかりが並ぶ中、ここだけは和風区域になっており完全に浮いてしまっている。
「「「「お頭! おかえりなさいませ!」」」」
木造の壁に四方がぐるりと囲まれたお屋敷へと続く門戸をくぐれば、4人の女性が出迎えてくれた。
みな、精悍な顔つきをしており男顔負けの良い体格の持主で、門衛じみたNPCが武装してるのはもちろんなのだが……俺はついつい不躾な視線を彼女たちに送ってしまった。
「タロしゃん、気になるかの?」
「いえっ……ただ、」
「ただ、あの傷や身体はどうしたのかってことじゃな?」
九霧さんの指摘通り……全員が酷い傷痕が残っていると、一目でわかる有様だったのだ。
1人は綺麗な顔立ちなのに、むごい火傷痕で爛れ幾筋もの切り傷が走っている。1人は左腕の肘から先がなくなっており、肩から両腕がない女性もいた。最後の1人に至っては右足がなく、木の棒を義足として使い、全身は両目以外を残して包帯でぐるぐる巻きだ。
「この都市じゃ腕力で劣る者は、容易く誰かの餌食になるのじゃ。特に若い女子は、男どもの遊び道具として酷い目に遭う者が多いのじゃよ」
「そんな……むごすぎる……」
和庭園となっている中庭を歩みながら、九霧さんは静かな眼差しで雅な池を眺める。
ただ、彼女の瞳の奥では消えぬ炎が揺らめいているように思えた。
「緑はたくましいのじゃ。たとえ花として二度と咲き誇れなくとも、再び生え広がってはうちらの傍で見守り続け、癒しをくれる」
九霧さんは池の周りにある小岩、そこに着く綺麗な緑色、苔を愛おしそうになでた。
「ならば斬絵たちは、その緑の苗床になろうってことじゃ。か弱き女子を見守り、苔のような強かさを身に着けさせる」
カラカラと笑い、『その場こそがここじゃ』と豪語する【夜叉組】の頭。
「そのためならば、この身が虚飾にまみれようと、憤怒に呑まれ夜叉になろうとも……」
ぎらつく視線を俺やみんなに向けて再びカラッと微笑む。
「【夜叉組】は何でもするのじゃ」
彼女の強い意思が、【夜叉組】の在り様を表していた。
そして九霧さんを慕うように、傷痕の残る和装の少女たちや、女性たちがそろりと集い始める。
全員がしずしずと、それはそれはお淑やかに近寄ってくるものだから、ある種の迫力と艶やかさを感じた。
微妙に囲まれているような気がした矢先、グシャリと何かが潰れる音が背後より響く。
俺は急ぎ、後ろを振り向けば――
「プーア!? おい、プーアぁぁああ!? しっかりし、ぎょえッッ」
バッカスじいさんの悲鳴が辺りにこだます。
先ほどの門衛だった女性の1人、両腕を失くしていたはずのNPCには赤黒い異形の腕が生えていたのだ。彼女の肥大し過ぎたむき出し筋肉繊維、右手に握られた物は軽自動車ほどの太さと大きさを誇る金棒で、バッカスじいさんに容赦なく振り下ろしていた。
彼の隣にはプーア少年だった物の肉塊が、巨大なハンコで押しつぶされたみたいにベッタリと地面に付着している。
息をのむ間もなく、2人のNPCは赤いポリゴンエフェクトを爆散させては消失してゆく。
「こいつらのチクリのせいで……」
「刹奈子と凛姉がやられた」
「これで2人の仇は取ったよ!」
「頭のお客人にも迷惑をかけたそうじゃないかい! なら、あたいらが殺っても問題ないね!」
さきほどまで憎しみの『に』の字を一切感じさせない、静かな表情で近づいてきた女性NPCたちは、口々に憤怒の色を露わにする。
よくよく見ると、異形の筋肉を両腕に顕現させた女性の額には、さっきまではなかった白く光る角のような物が生えていた。
女性たちが般若の形相でキルエフェクトを睨み続ける光景に、思わずブルリとくる。
「「「「ヒェェェ……」」」」
ミナやリリィさん、トワさんはもちろん、これには俺も仰天してしまった。
「ごめんなのじゃ。じゃが、これもけじめでの」
ピリッと張り詰めた景色を、『いつものことだ』と言うようにアッサリと流してしまう九霧さん。
それから本当に何事もなかったのように、彼女たちはカラカラと笑顔で俺たちを屋敷へと案内してくれる。
……さ、さすがゴクドーっす。




