326話 裁魂の戦女神モリガン
「ここが【鉄と鎖の腐敗都市ギルディガリオン】……」
検問を終え、いざ犯罪都市に入ってみると最初に抱いたのは感嘆の念である。
一都市にしてはあまりに大きすぎる規模に目を見張る。
城壁のように天高くそびえ立つ外壁を一度くぐれば、都市内部も背の高い建築物ばかりが乱雑に並び立っていた。
頑丈な石造りの建物は3階より低いものは存在せず、壁内にギュッと詰め込まれ、ひしめき合っている。残された土地が少ないのか、道幅はどこも狭めで常に裏路地風情が漂っている。
「先駆都市ミケランジェロより大きな都市かもしれませんわね」
「王都でもある【雷炎を仰ぐ都イグニストラ】と比べても同等かそれ以上、ですね……」
「んー、でもなんだか薄暗いっていうか……全体的に灰色? ちょっと汚いかな」
リリィさん、ミナ、トワさんの3人はそれぞれの感想を述べる。
後ろ暗い連中が集結し、ナンバーワンを決める場として選ばれただけの事はあって、人口もだいぶ多いように思える。
この都市が、今は俺が所有する領地であると思うとゾッとする。
ちゃんと手綱を握らないと……!
「やっぱり一番気になるのはアレですね」
俺は頭上のさらに先、建物の上を走る幾筋ものたるんだ線を指さす。
「あれって、鎖ですよね?」
「ええ、見る限り鎖ですわね」
「ただの鎖、とは言い難いですけど」
「おっきいよね。色々な建物のてっぺんに繋がってるのかな?」
トワさんの指摘通りその鎖はえらく巨大で、下から見上げれば、まるで巨大な蛇が空を這っていると錯覚してしまう。
2メートルは優に超える太さがあり、建物そのものを引っ張って持ち上げられてしまいそうなほどの頑強さを誇り、それらは都市の中央付近に繋がっているようだ。
狭い空の向こうをどうにか覗き込めば、都市の真ん中にはクラン・クランで見たどの建物よりも高い建造物がそびえ立っていた。
それは漆黒一色に染まった長四角のオブジェクト、まるでモニュメントのように均等なデザインで造られたそれは窓1つなく、のっぺりと平坦だ。
「どうやら全部の鎖がアレに繋がってるようだね……」
都市中央のオブジェクトを中心に、いくつもの鎖が都市の外部へと張り巡らされている。
ちょっと蜘蛛の巣を連想してしまったのは俺だけだろうか……。
「あのオブジェクトの頂上にも鎖がありますわよ。他の鎖よりさらに巨大ですわね」
「空にそのまま伸びてます」
「でも途中で消えちゃってる?」
みんなが指摘する通り、黒いオブジェクトは天より垂らされた鎖に繋がれていた。
しかしその鎖がどこから伸ばされているのかは不明で、空の途中で霧のように姿を消している。
「この都市の上空には一体……何があるんだ?」
「なんだ、ねーちゃん! 綺麗ななりしてんのに、そんなことも知らないのか?」
俺の疑問に答えたのはPTメンバーではなく、ボロボロの服を着た少年だった。
「き、キミは…?…」
「俺はプーアってもんだ! 一家の靴磨きとか情報屋をしてるんだぜ」
少年プーアは誇らしげに胸を張り、笑顔とともに欠けた前歯を見せてくる。
「なぁーにが一家の情報屋だッ! いっちょ前にガキがホラ吹いてやがンぜ。せいぜい、ただの使いぱしりだろうが」
そんな彼を乱暴に押しのけたのは、これまた身なりのひどいおじさんだった。
「あンたら、見たところここには不慣れなようだな。どうだ? こんなガキを相手にするより、案内人の俺を雇ってくれよ」
「おい! バッカスのじいさんよ! あいつらは俺が先に目をつけた獲物だぞ!」
「あンな上物を相手にするのは百年早え、ガキは黙ってな」
「ねーちゃんたちは俺を選ぶよな!?」
「あンだと!?」
:NPCプーアを雇いますか? バッカスを雇いますか?:
:拒否しますか?:
ふむ。
どうやら特定の役割を担ったNPCらしい。
道具屋や装備屋と同じく、情報を買えるNPCの類のようだ。
彼らが俺たちに声をかけてくれたのはありがたいが、あまり騒ぎになりたくないのでここは穏便に済ませたい。
「えーっと、2人ともおちついて……」
「この生意気なガキが!」
「飲んだくれのジジィめ!」
俺の制止は完全にスルーで汚く罵り合う2人。
ただでさえ、女子ばかりのメンバーでこんな場所に入って来たからなのか、さっきから物珍し気にこちらを見てくる視線をチラホラと感じているのだ。今のところはボロ布を着たようなNPCばかりが路地に座りこんでいたり、歩いていたりするが……クラン・クランのNPCは油断ならない場合も多々あるし、これ以上は下手に注目を集めたくはない。
それに、もう少し先へ行けば必ず犯罪傭兵や戦犯傭兵に出くわすだろう。
こんなところで揉め事を起こしたくはない。
「静粛に。2人とも雇います。静かにしなければ報酬は払いません」
俺はログから雇用ボタンをタップする。
「やったぜ」
「話のわかる嬢ちゃンたちだな」
「それで2人とも、あの黒くて太く長いオブジェクトはなに?」
「あれは【黙約と裁魂の塔】だよ。昔、正義を愛する『裁魂の戦女神モリガン・ワルキューレ』が作った物なんだぜ」
元気よく答えたのは少年プーアだ。
「『裁魂の戦女神モリガン・ワルキューレ』?」
「俺達、貧者の間で根強く信仰されてる戦女神なんだ!」
「どんな神様なの?」
「悪い魂を裁く、正義の戦女神さ! いつか、この都市から罪が消えれば、神々の住まう場所に招待されるんだ! あの塔を中心に天へと繋がる鎖に引き上げられ、空中都市になるって伝説があるんだぜ!」
「じゃあ、ここには正義を愛する人たちが多いの?」
「そうだぜ! 俺も今は、一家に頼まれたら情報を売ったりしてるけど、いつか必ず悪を倒すんだ! そのために今は生きて、金をためて、力を蓄えなきゃな!」
にわかに信じがたい情報だが、どうやらこの都市は元々『正義』を司る女神の傘下にあったようだ。
「ふむ。こんな土地でも、正義の芽は育っているのか」
「その通りだねーちゃん!」
機嫌よく話してくれたプーアとは反対に、バッカスおじさんは面白くなさそうに『チィッ』と舌打ちをする。
「嬢ちゃンよお、あんたはここを理解してねえな……」
そういうバッカスおじさんは歩きながら葉巻を口にくわえ、『おい、火ぃ貸せ』とプーアをどついた。
プーアはしぶしぶとマッチを取り出し、彼の葉巻に火をつける。
「ここを見ろ? 罪人共が勝者だ。それがこの都市の唯一無二の真実だ、嬢ちゃン」
「ふむ。バッカスさんが言う罪人たちとは?」
「この都市は主に4つの一家に仕切られてンだよ」
「ふむふむ。どんな一家がいるの?」
「一つはこのガキが世話になってる【奈落】だ。『オルトロス一家』つって、誰であろうと【奈落】の底まで追いたて、財産を奪い、意思を奪い、命を奪う輩だ」
バッカスおじさんは、『そいつらに情報を売って、誰かを貶めてンのは誰かさんだ』と少年をチラリと見て言った。
「まあ、あっこは遺跡荒らしもやってるから、人殺しばかりに走ってるわけじゃねえ。わりと落ち着いた一家だな。何より、以前この都市を牛耳っていた【運命の指針】の前ボスを殺ったのがいい」
「抗争とかしてるの?」
「あたりめえだろ。そンなバカ共の中で、最も悪名高いのは通称【運命の指針】、『フェイト・ノストラード一家』だ。先代の『ジョー・ザ・ボス』は極悪非道でな。あらゆる悪を束ねては、好き勝手やってたもんだ」
先代ってことは2代目ボスとか健在って意味だよな……。
「やっぱり人殺しとかたくさんしてた?」
「ふん、そンな生易しいもンじゃねえ。人の運命すら操るほどの悪の中の悪よ。薬、武器はお手の物、人のありとあらゆるものを壊し、しゃぶり尽くす輩だ。殺しの専売特許は他の一家だな」
「ひえ……他にもまだあるの?」
「殺し専門なら、『殺人請負会社リトル・マッドハッター・インク』だな。通称【狂気の殺し屋】は、金さえ払えば、的を必ず違えないンで有名だぜ。おかげで裏社会の組織はこぞってあそこに依頼してンなあ。お前さンも指定されないよう、せいぜい身の振り方には気をつけなってもんだ」
ふーむ。傭兵でもキルの依頼とかできるのかな……?
「んで、最近勢いを増してンのが本格武闘派の【夜叉組】ってとこだな。武闘派と名乗る、つまり殺しはしねぇあまっちょろい一家でな。が、聞いて驚け、ここのボスは女らしいぞ。刀だとかゴクドーだとか、よくわかんねえもンを振りかざして、俺らみたいな奴にも……まあ、おこぼれをくれる輩だな」
終始批判的なバッカスだったが、『夜叉組』を語るときだけはほんの少し口調が柔らかくなった。
そこを突くように、プーアは不平をもらす。
「バッカスじじいは女に甘すぎる!」
「ばかやろう! 大抵の男は女に優しいンだよ! これだからガキはッ……まあ、あっこは新興だから他の一家と比べて、規模感は二歩も三歩後れを取ってる弱小だがな」
ゴホンッと咳払いをするバッカスじいさん。
「いいか、正義の芽なンてもンは、育つ前に摘み取られンのがオチだ」
それから彼はぶっきらぼうに俺を見つめて言う。
「それが理解できたンなら、正義なンて寝言は寝て言いな。プーア! てめえもいい加減、新参者に構うのはやめろ! どこで他の一家が見てるかわかったもンじゃねえぞ!」
「はん! そんなの俺の勝手だろ!」
「抗争に巻き込まれても知らねえぞ!」
「だとしても俺は、バッカスじじいよりは上手くしのげるぜ!」
「ばかやろうが! お前はこの間も……!」
なんだかんだ、バッカスじいさんは世話好きな気がする。
プーア少年に対しても強く当たってはいるが、もしかしたらプーア少年に気付かれないように保護者的な行動をしているのかも。
この危険な町で他人のために世話を焼けるのは……正義かどうかはともかく、確かにここには優しい心が密かに根付いているようだ。
「うっせーガキは無視して、まずはオベリスクから案内すっぜ」
「おいこらじじい!」
そんな2人の向こうで黒い何かが揺れる。
ん?
あれは、どこかで見たような――
物凄く可愛らしい顔で、前髪パッツンの……少年? 少女?
一瞬だけ視界にとらえた人をもう少しちゃんと見ようとした矢先、その人は物陰へ隠れるように姿をくらます。
「んん、ただのNPCだったかな?」
俺の独り言も、路地裏の闇へと消えていく。
同時に信頼のおける臣下を影のように滑り込ませておくのも忘れない。
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