325話 小さき王の門出
「うわああああん、負けたあああ」
「……残念だなあ……」
じゃんけんの結果に項垂れたのは【百騎夜行】のゆらちーとシズちゃんだった。
まさか2人仲良く落脱してしまうとは。
「やったです! これで天士さまと一緒です!」
「タロさんと親友である私であれば、当然の帰結ですわ」
対照的にミナとリリィさんは自らの犯罪都市入りを大喜びしている。
彼女たちの気持ちは嬉しい。だけど見目麗しい少女2人が、犯罪都市に行けると歓喜している絵面は何ともギャップがありすぎて、なんだか苦笑してしまう。
「よし。これにて一旦は円卓会議を終了とする。各々の役割確認については、今後密に連絡を取り合って決めていこう」
姉の号令の下、俺達は一度解散する運びとなる。
ちなみに俺達潜入班の4人は、十分な準備を整えてから【鉄と鎖の腐敗都市ギルディガリオン】に行く流れとなった。
故に俺は自らの館に残り、あらゆる事態を想定して錬金術に励む。
「戦を制す者は、戦をする前にすでに勝利している。つまりは準備が大切!」
NPCの研究員たちがせっせこ【翡翠の涙】を作る隣で、工房長たる俺もなかなかの成果を出していた。
「これは……えぐいな……」
できあがったばかりの合成獣たちを眺め、その禍々しさにゴクリと唾をのみ込む。
沈黙を守りズラリと居並ぶ姿は、もし子供が見たらむせび泣いてしまうほどに圧巻だ。
かといって、気圧されていては創造主の名が廃確る。我が子らを把握するため、俺はその特性をつぶさに吟味してゆく。
「うむむむ……ペドリズムさんから【部位殺し】で採取した人体素材を使うと……どれもダークファンタジーに登場しそうな合成獣ばっかり創れちゃうなあ……」
【絶望論者の左手】、【陰険な耳】、【呪詛吐きの喉笛】などなど、ペド元男爵より奪い取った彼の一部は暗き者共を創造するのに適していたようで、邪悪さ極まる見た目の合成獣ばかりだった。
特に注目すべきはこの中でも圧倒的にステータスが高そうな彼だ。
彼は人体素材【加虐者の心臓】を使って生みだした。
「【鼓動を削ぐ徘徊者ジャック・ザ・リッパー】ね。分類は【怪人】って、凄く強そうだな……」
静かに幽鬼のような赤い双眸を光らせ、紳士服に身を包む男。
黒いハットをかぶり、真っすぐ背筋を伸ばす姿はまさに英国紳士そのものだ。だが、彼の背後のドス黒い霧がどうにも不気味で、それはまるでマントを羽織っているかのように揺らめいている。
「ま、あっちで何か起きた時には頼りになりそうな子たちばっかりだな。特にあの犯罪都市じゃ、これぐらいの迫力が丁度いいのかもしれない」
そして錬金術ばかりに夢中になりすぎるのは御法度だ。
忘れてはいけないのが、事前の情報収集である。
【鉄と鎖の腐敗都市ギルディガリオン】は領主システムで覗ける範囲がわずかとはいえ、情報収集を怠る理由にはならない。
「んん……セバス、この【銃器密造組織】ってのは何だ? 何かこの施設について耳にしたことあるか?」
都市内の施設項目に【銃器密造組織】という気になるワードが目に飛び込み、傍で侍る老執事へと疑問を飛ばす。
「はっ。私の古い魔人仲間から聞いた話ですと、何やら目にも止まらぬ速さで鉛玉を飛ばす強力な武器が、犯罪組織が主導となって製造しているのだとか……」
【銃器密造組織】、なるほどな。
工場と犯罪組織、もしやペド元男爵が持っていた銃も、ここで手に入れたんじゃ?
そういえば彼から奪い取ったスキル【神象文字の語り部】も、なかなかに興味深い効果だった。
スキル【神象文字の語り部】
【神々の犯した罪を暴く者。禁忌に触れる記録や伝承、その摂理を学び、自らの糧とする】
Lv1【伝承に殺された記憶】
【各地に眠る『禁史書』や『古代の石板』、謎めいた『秘跡』や『禁史書』、『禁忌黙録』などに刻まれた神象文字を読み取り、自身の【記憶】か【財産】を捧げ『魔法の文字盤』を作成できる】
【神象文字に込められた『神属性』の強弱により、消費経験値や消費エソが増減する】
非常に、非常にそそられるスキルとアビリティである。
特に『魔法の文字盤』とやらは非常に気になる!
だが、しかし。
俺は今まで『古代の石板』やら『禁史書』など見たことないし、聞いたこともない。これら『魔法の文字盤』の元となる物を手にしなければ話は始まらない。
もしや傭兵間で取引きされてるのかと思い、いくつかの都市の『競売と賞金首』を見て回ったものの、未だにそれらしい物は発見されずに終わっている。
「ん……? 待てよ。傭兵に聞いてもダメなら、NPCは?」
俺はゲームの基本を失念するところだった。
特にRPGなど、物語を進めるうえで欠かせないのはNPCからの情報収集だ。
チラリと横を見て、博識そうな老執事に再び質問をしてみる。
「セバス。『禁史書』や『古代の石板』なるものを見たことはあるか?」
「いいえ、旦那様。しかしこの老骨、つい最近、そのような物の噂は耳にいれました」
「ほう。どのような話だ?」
「はい。魔人族の知己が言うには、太古の記録らしきものが記された石板を入手した団体がいるようです。ですが解読は難航しているらしく、なかにはガラクタ扱いする者も現れているのだとか」
魔人族、有能すぎる説。
「どこの者が入手した?」
「はい。【鉄と鎖の腐敗都市ギルディガリオン】を本拠地とする闇組織【オルトロスファミリー】、通称【奈落】と呼ばれる組織の盗掘員らが持ち帰ってきたそうです」
「ふむ。どこから?」
「こちらもつい最近ではございますが、いくつかの地底領域が解放されたのだとか。おそらく、そちらからと存じます」
地底領域……どこかで聞いたワードだと顔を傾げる。
そう、あれは確か――【千銃の放浪王オリンマルク・サーフェイス】が吐いた言葉の中にあったはず。
『人間どもの中に【神象文字】を読める奴が現れたなら、神どもを模倣し、近づき、反逆した輩どもが残した【禁呪と神罰に染まりし地底領域】の封を解放して回る旅でもしようと思ったんだがな。またの機会にするぞォ~!』
彼はまさか、その地底領域と呼ばれるフィールド? を解放したのか?
そして、そこで発見した遺物などを闇組織が手に入れたと?
「セバス、地底領域とは何だ?」
「申し訳ありません、旦那さま。存じませぬ。ただ、古来より魔人族の間では、決して近寄ってはいけない禁則の地と囁かれております」
「そうか。礼を言う」
「旦那さまに微力ながら尽くせたこと、誇りに存じます」
うーーーーーん!
古代の遺物も地底領域とやらも気になりすぎる!
どうやら【鉄と鎖の腐敗都市ギルディガリオン】に行く理由が一つ増えたようだ。
「まだこのスキルを扱うのは様子見だな。なにせ代償が、エソか経験値ってところが痛すぎる……」
普通の魔法や武器スキルのように、MPを消費するだけならどれほど良かったか。
エソは何をするにも大切だし、強さやスキルポイントを維持するなら経験値は超重要だ。
俺はただでさえ、経験値を消耗する【盤上で踊る戦場遊戯】を使う。ダブルコンボになったら、なかなかレベルアップできない傭兵になってしまうので、【伝承に殺された記憶】を使用する際はエソ消費一択か。
どちらにせよ、このアビリティを使うには慎重になる必要があるのでレベルポイントをつぎ込むのは保留にしておこう。
『――天士さま? そろそろ準備はできましたか?』
ミナからのフレンドメッセージが届き、俺は思考の渦から抜け出る。
『ああ、こっちはもう行けるよ。他の2人はどんな感じか知ってる?』
『お2人とも準備万端のようです!』
『そうか。じゃあ、そろそろ行くか』
俺は豪奢な当主席から立ち、セバスからもらった赤ワイン(トマトジュース)を優雅にゆらしてから一気に飲み干す。
「ふぅ」
果たして――
犯罪と陰謀が渦巻く都市には、古代の遺物の神秘が眠っているのか?
それとも一度目覚めれば、火を吹き肉を砕く武器か?
はたまた闘技場での醜い抗争、血塗られた現実の未来か?
「普通だな、うん」
襲い来るプレッシャーを真っ向から殴り飛ばすために、俺は自身の小さな手を握りしめる。
「いつもと変わらない、いたって普通だ」
自らの不安をかき消すように、鼓舞するように、銀鈴の如き声はこだまする。
「いつも通り、全ての望みを手に入れるだけ」
現実での轢き逃げや、殺し合いに繋がる未来を、必ず防いでみせる。
やれる限りのことをやり尽くすんだ。
「セバス、出陣だ。みなを集めろ」
「御意に」
彼の都市に傭兵は、4人までしか入場できない。
だが、俺の臣下ならどうだろうか?




