324話 運命の駆け引き
『犯罪都市による闘技場イベントなんて困ったものねぇん』
ジョージの溜息混じりの発言に、俺は冷や汗をかきながら真相を伝える。
『えーっと……俺って一応そこの領主だったり、します……』
『ええん!? 大変じゃないのォン!?』
こうして俺は驚くジョージに現時点でわかっている事を述べ、早急に現実改変を認識している円卓メンバーへ召集をかけた。
緊急事態と称せば、ありがたいことにみんな慌ただしく俺の領主館に集まってくれる。
「うちらの傭兵団もどこかと同盟組んだ方がいいのかな? そしたらたくさんの仲間を連れていけるよ」
「んー、戦犯傭兵になって【鉄と鎖の腐敗都市ギルディガリオン】に乗り込む作戦?」
大規模傭兵団、【大団縁】の団長である子龍さん、副団長の継子さんは口をそろえて問題の都市に入り込む考えを提案する。
それに鋭い諫言を浴びせるのは、PvP最強と歌われる傭兵団、【首狩る酔狂共】の団長にして俺の姉だ。
「まるで子供の発想だな。いいか、馬車キルの横行で、現実では轢き逃げ事件が多発してるんだぞ? 同盟関係の傭兵同士が裏切り合うといった方法を取る輩が、今以上に増えてみろ……」
ちなみに姉は、俺を誘拐した過去を持つ子龍さんと継子さんを未だに許していない。なので口調がきつくなってはいるが、発言内容は正論でもある。
「同盟関係ってけっこう固い結びつきだよね? それって現実じゃ家族とか、友達とか、クラスとか、会社やグループと同じ扱いになる可能性もあったり?」
「取引先相手と殺し合い……家族内での殺人事件が大量に発生とか……そんな展開になったりしないよね……?」
「もしもの話だけど、あたしらがゲームで同盟者殺しをして、それが現実化したりしたら……?」
「……私たちが現実で誰かと殺し合うことになったりする可能性もある?」
物凄く怖い可能性に気付いたのは、傭兵団【百騎夜行】のゆらちとシズクちゃんの2人だ。
仮に同盟者殺しが増え続け、彼女たちの予測が当たったら酷い大惨事になるかもしれない……この危険性を早く人々に伝えたい、といったもどかしい思いが増大する一方である。
それはどうやら、円卓メンバーも黙り込んだので同じだろう。
青い顔で俯くみんなの気持ちが痛いほどにわかる。
『同盟者殺しをしたら、現実で誰かと殺し合いをするかもしれない』、そんなバカげた訴えを誰が信じてくれるのだろうか。
どうすればいいのかわからずに、焦りばかりが積もっていく。
「現実での殺し合い、十分にありえますな……!」
俺たちの不安を駆り立てるように声を上げたのは青髪の少年だ。
「これは由々しき事態であり、放置すべきではないと天使閣下に具申致します! そも、クラン・クランにおいて馬車には安全機能が存在するであります! にも拘わらず安全システムを無視し、あまつさえ神兵に狙われるデメリットを買ってでも、闘技場イベントに参加したいと思う傭兵たちは多くいるのでありますから……事態の悪化は十分に考慮すべきであります」
【銀の軍人】といった謎のコミュニティを統括するRF4youは、危険性を強く主張する。
ちなみにRF4youの言う通り、馬車には安全機能がある。
実は馬車の走行中に傭兵とぶつかったとしても、馬車に乗ってる傭兵が1分以内にひいてしまった傭兵をタップすれば簡単に蘇生できるのだ。
事故なら謝って済めばいいことだし、アイテムや装備ドロップも起きない。
しかもかなりの速度をだしていなければ、傭兵をキルさせるには至らせない。つまり、そんな事故はクラン・クラン内でも稀である。第一、都市内でそんな事をして神兵に検知されたら攻撃対象とされ、不利益を被る。
だが、今はそのデメリットを負ってでもひき逃げを敢行する輩が続々と出現しているのが現状だ。なにせ闘技場イベントの賞金、1億エソの魅惑は大きいのだ。
「イベントに参加したくて、馬車を持っていない傭兵からすれば、同盟者殺しになるしか手段は選べないです」
「闘技場イベントの情報が傭兵の間で広まれば広まるほど、危険な状態に発展しそうですわね」
ミナやリリィさんも懸念を訴える。
「どのみち、そのイベント自体を中止させるか、これ以上の参加を不可能にするしか解決方法はないわぇん……天使ちゅわんの領主権限でどうにかできたりはしないのかしらあん?」
優秀な職人傭兵が集う傭兵団『サディ☆スティック』の副団長でもあるジョージが尤もな疑問をぶつけてくるが、俺は首を横に振るしかできない。
そもそも『鉄と鎖の腐敗都市ギルディガリオン』での俺の役割は、定期的に税金をもらう代わりに治外法権を認めるだけのお飾り領主である。そう、前管理者のペド男爵は、彼の犯罪都市を『しっかり統治してますよ~』とイグニトール王家に適当を言っていた。そして犯罪傭兵に顔が利く、都市NPCと良好な関係を築き、甘い汁を吸っていたと……体のいい隠れ蓑にされていたわけだ。
よって今、俺があの都市に持つ権限はたったの二つ。
一つは前領主と同じく、放置する代わりに定期的に税金をもらう。
二つ目の権限は――
「それで……タロ、ちゃんの領主権限? で、その都市に入れるのは4人のみなんだよね?」
トワさんこと茜ちゃんが心配そうな面持ちで俺に事実確認をしてくる。
「うん。俺含めて4人の傭兵だけが、戦犯傭兵にもならず犯罪傭兵にならなくても『視察』って名目で【鉄と鎖の腐敗都市ギルディガリオン】に入れるんだ」
味方として一緒に行動できる傭兵はたったの4人。この4人で都市に潜り込む、それが俺に残された唯一の選択権。
「あちきがイくわああん!」
「この身が果てようとも、閣下についてゆくであります!」
「うちらも!」
「わたしも!」
「あたしらだって! ね、シズ!」
「ユウくんとコウくんに頼むって言われているので、ここは私とゆらちが」
「天士さまとわたしは、いつも2人で1つです」
「あら? 【賊魔リリィ】なんて呼ばれている私より、後ろ暗い傭兵たちの事情に詳しい方々がいるかしら?」
その事実を改めて伝えるとみんなはこぞって名乗出てくれる。
例外は姉とトワさんの2人だけだった。
姉は口惜しそうに何かを言いたげにして、開きかけた口を閉じた。そしてトワさんは、不安そうに瞳を揺らしながらみんなを眺める。
しばらくはみんな、誰が行くかで揉めていたので俺はどう采配を取ればいいのか悩む。
「はぁ……みな、静粛に」
そんな俺を姉が見兼ねたのか、大きなため息を吐いて周囲を静寂へと導いてくれる。
「まあ誰が行くかは太郎が最終的に決めるとして、私の意見を述べておく」
姉がみんなを見まわし、一拍の間を置いてから話し始める。
「まず私とジョージ、それに『大団縁』の2人、RF4youは【鉄と鎖の腐敗都市ギルディガリオン】入りは辞退すべきだと提言する」
「あらぁん……? あぁ、なるほどねぇん」
「ちょっ、なんでシンさん……」
「お前たちは、このメンバー内でも大きな拡散力を持ってるだろう? ジョージは各職人傭兵との繋がりが深い。『大団縁』の2人は団員が多い、RF4youも訳の分からない連中を率いているのでしかり」
「シン殿。それがなぜ、閣下の御傍にいられない理由になるのでありますか?」
「単純な話だ。お前らは現実で【人死に】がでるかもしれない危険性を、信じてもらえないからと言って伝えずにいるのか?」
「それは……」
「信じてもらえないとしても警告はしておくべきだ。できる限り全力で、たとえ変な目で見られようとも、な。それこそ現実改変を認識できる、極わずかなリアルモジュール傭兵の耳には伝わるかもしれない」
「そうねぇん。天使ちゅわんを心配するあまりに、あちきったら判断力が鈍ってたわぁん。みんな冷静にならなくちゃねぇん」
「それにジョージ。お前、一応は商売人だろう? 傭兵間での信用が何もよりも大切なお前が、犯罪都市になんて顔を出してみろ。そんな事実がどこかで漏れたら、今後の取引に響くでしょう」
「まあ、そこは気にしてなかったわあん」
「シン殿の意見はご尤もであります。であるならば、子龍殿や継子殿、我々は人命救助に徹しましょうぞ」
「そ、そうね。そういう事なら任せてほしいわ!」
「はーい、がんばろー」
大団縁の2人に、姉はすかさず鋭い言葉を浴びせる。
「言っておくが汚れ役でもあるぞ。下手に危険を知らせ、戦犯傭兵になるのは危ないなんて広めれば『こいつらはイベントを独り占めしたいがためにデマを流しているのでは?』なんて後ろ指をさす輩も出てくるだろう」
「シンちゃん待ってぇん。あくまで闘技場イベントが開催される情報は、グレーゾーン傭兵の連中から広がってるのでしょん? まだイベントの事を知らない善良な傭兵ちゃんたちに、あちきたちが率先して宣伝しちゃう流れになっちゃわないかしらん?」
「それが最大の懸念でもあるわ。だから闘技場イベントが危険だと噂を流すタイミングは、十分にイベント内容が流布された時期、あるいは現実がまずい惨状になる前……慎重に判断する必要があるの。そのためにも情報、情勢を豊富に仕入れられるお前たちが犯罪都市に入ってしまうのは愚の骨頂よ」
「了解であります! それと、天使閣下の活躍により状況が変化する可能性もあります! ですので、その際はいち早く我々が新情報や対応策を拡散できる準備を仕掛けておくべきであります」
「それもそうね。太郎、がんばるのよ。何かあったらすぐに私たちに言うように」
こうして俺の付き添いは自然とシズちゃん、ゆらち、リリィさん、ミナ、トワさんの5人に絞られた。
このうちの3人と犯罪都市へ赴くことになりそうだ。
「それと懸念事項は、太郎の【鉄と鎖の腐敗都市ギルディガリオン】だけじゃないわ」
「えっ?」
姉の以外な発言に、俺はつい問いかけてしまう。
まさか、まだ波乱を生みそうな要素があるとでもいうのか……!?
「【天滅の十氏】が1人、動き出していると聞いている。裏で『イグニトール継承戦争』の引き金を作った【争乱の申し子 冥覇アレス】よ」
【争乱の申し子 冥覇アレス】。たしか傭兵団『一匹狼』のヴォルフによれば、ハーディ伯爵に反乱をそそのかしイグニトール女王への反逆の糸を引いていたNPCだっけ。
【熾天種】NPCといえば、最近ちょこちょこ出て来るけど……その名を聞いて感じるのは不穏の一言に尽きる。
【創世の錬金術士ノア・ワールド】は憎しみを生む、【創憎の錬金術士】と呼ばれていた時期もあって、ウィルスパンデミックを間接的に引き起こした主犯だったし……。
【千銃の放浪王オリンマルク・サーフェイス】だって白猫と黒猫の争いを助長するような活動をしていたし……。
「放置できる情報じゃないでしょ? だから太郎についていけなかった人は、私と一緒に【争乱の申し子 冥覇アレス】についての調査を手伝ってほしいわ」
そうして話はまとまったかに見えたけど、結局は俺についていくのは誰が良いのか、って話に戻る。
しかも、なぜかみんなが俺の決定を待つみたいにジッと見てくるので非常に居心地が悪い。
どうやら完全に俺が誰を選ぶかで【鉄と鎖の腐敗都市ギルディガリオン】に入るメンバーは決まる流れになってしまった。
「えーっと……」
しばらく熟考に熟考を重ね、俺は意を決して世紀の大決断を口にする。
「じゃ、じゃんけんぽんでお願いします!」
恥ずかしさを紛らすために、俺は力強く叫ぶ。
どうしても、どうしても、誰と行こうかなんて俺には決められなかった。
そんな情けない俺を一同はポカーンと凝視した後、なぜかそろいもそろってホッと胸をなでおろすものだから、これでよかったのか? と少しだけ運任せにした自分に自信が持てた、かも……?
運ってきっと大事だしな、うん!
「えっと、それは私も、いいの……?」
そしてなぜか自分の顔を指さすトワさん。
「だって私は、きっとみんなより弱いし……」
なるほど。
さっき一緒に行くメンバーを決めかねていた時に声を上げず、不安そうにしてたのにはそういった理由があったわけか。
確かに今回は何が起こるかわからないから、強いに越したことはないと思う。けれど、モンスターと簡易的にでも意思疎通ができるトワさんのテイムスキルは希少だ。
闘技場といえば、剣闘士と獣との戦いは定番中の定番である。もし闘技場イベントを開催した黒幕にモンスターなどがいたら、きっとトワさんのスキルは輝くはず。
もちろんトワさんに限らず、この場のみんなにはそれぞれの強みがあるので、だからこそ誰かを選び難かった。
「本当は俺、この場の全員で行きたかった。それはもちろんトワさんもだよ」
正直な気持ちを告げると、トワさんの顔に陽が当たった。
そんな彼女の様子にちょっとホッとする。ついでだから、やっぱり怖いという気持ちもあると吐露しておこう。
だってきっとこの場の全員が、こんな事態に恐怖を抱いているはずだから。
「こんな事になって俺も不安で、でもみんながいるから……」
ちゃんと言いたい事がまとまらないし、なんだか口が上手く動いてくれない。
それでも一番に伝えたい言葉は、ちゃんと口にしたくて。
「みんな。ついてきてくれて、本当にありがとう……!」
親友たちに教わった事、『俺達は1人じゃない』。
その気持ちを共有しておきたくて、笑顔でそう伝える。
「……!」
すると何故か一瞬の間が空く。
「……タロちゃん!」
「…………タロちゃーん……」
「……天士、さま」
「……タロさん……」
「…………仏くん、それは反則……かな?」
そしてそれぞれが頬を染め、妙にソワソワするものだから……俺は照れくさくなって、つい視線を逸らしてしまう。
「タロちゃんの気持ちはしかと受け取ったわよ!」
「絶対に、絶対に勝ち取ってみせるから!」
「わたしと天士さまは幼馴染ですから~絶対に結ばれてますからね~!」
「私とタロさんは親友と書いてライバルと読むのですわ。日本のアニメで勉強しましたところ、こういった関係は切っても切れないご縁ですことよ?」
「えっ、えっ、えーっと私と仏くんは、えーっと、その…………誰にも言えない2人の秘密があるよ!」
え、ちょッッ茜ちゃん!? それってウン告白の事じゃないよね!?!?
激しい熱気を帯びる女子陣に俺は心底慌てふためく。
まるで互いを牽制し合うようにして、チラリと周囲を見たり、そわそわしたり。
いやもうこっちがそわそわだよ!?
トワさんが口走った2人の秘密について突っ込まれてたりしないよね!?
そんなてんやわんやの状況下で女子たちの戦いの火蓋は切って落とされた。
「じゃんけんっ……」
ミナの音頭をきっかけに全員が各々の拳を握りしめ――
「じゃけんふぉーい!!!!」
ミナが『じゃんけん、ポン』と言い切る前に早口でまくしたて、その場を制したのは……なんと茜ちゃ、トワさんだった。
その結果は、別に誰かが後出しになってしまったとか、そういう不正行為的なものは一切なかった。が、あるとしたら、ただただタイミングをズラされただけ。
そう、なんとも言えない空気の中で、じゃんけんの勝者は決まっていた。
トワさんがパーで、それ以外は全員がグー。
これまた複雑な気持ちに一同が包まれているのがうかがい知れる。
どうして場を乱したのか、そう詰問したいのだろうけど、ソレをしたところで何らズルはしてないわけでやり直しの要求は難しいと誰もが理解している。
……そんな微妙な空気だ。
「……わ、わ、わたしは次は……ぱ、パーを出します!」
そんな変な間を切り裂いたのは、その場で挙手するミナだ。
どうやらブラフ? 心理戦を仕掛けるようだ。
「あら? でしたら私はチョキを出してさしあげますわよ?」
「えーーーーーじゃああたしもチョキ!」
「えっ……? 私もこの流れでチョキを出したら、そしたらミナヅキちゃんだけ負けちゃうから……え? 私が悪者!?」
「さあーどうするシズ~?」
「わたしは必ずパーを出しますよ~!」
「フフフフ、私だって必ずチョキを出してしまいますわ?」
無駄に始まる心理戦。
みんなそれぞれに黒い笑みやらニヨニヨ笑みを顔に張り付けている。
けれど四者はどこか楽しそうに腹の底を探り合っているものだから……なんだろう、ちょっとだけ羨ましいというか、俺もあの心理戦に混ざってみたい欲求に駆られる。
そんな彼女たちを見ていたら、いつの間にか自分が笑えている事実に気付いた。
現実では轢き逃げ事件が横行してて、そんな事態を知ってからはずっと切迫していた思いがのしかかっていたけれど。
みんなのはしゃぎっぷりに、心が少しだけ和らぐ。
彼女たちの、じゃんけんに真剣に向き合う姿はどこかおかしくて、肩の荷がスッと下りたような気分になっていたのだ。
「それではみなさん、いきますよー! じゃんけんッ……」
「ぽんですわ!」
「じゃじゃじゃじゃじゃじゃじゃじゃじゃじゃんけんぽーん!」
「っぽ!?」
いや、ゆらちめっちゃ早口やん。
よく噛みませんでしたね。
はなまる!




