322話 夢と絶望が詰まった王冠
「【鉄と鎖の腐敗都市ギルディガリオン】……早い話、まともな傭兵が集まる都市じゃない」
戦犯傭兵とは、同盟関係にある傭兵団の傭兵をキルした実績がある者につくペナルティ名称だ。街中で戦犯傭兵を目にした場合、頭上に『裏切り』を示す黄色いナイフが浮上したように見え、一定期間が経つとそのマークは消失する。
傭兵団同士における同盟は『戦争』時において非常に戦略的、かつ信用問題に関わるシステムだ。それらをないがしろにする行為、重要な約束事を破る、それだけで傭兵としての信用を失うのは言わずもがなである。
次に犯罪傭兵についてだが、こちらは詳細が定かではない。
ジョージに聞いた話では『盗賊』スキルという稀有な物が存在し、それを活用してNPCが売る品物を盗んだりできるそうで、それらに準ずる行為を繰り返していると『犯罪』認定されるのだとか。その他にも色々とあるらしいけど、何をすれば犯罪傭兵になってしまうのかは不確定要素が多いそうだ。
ちなみに犯罪傭兵の頭上には、赤いナイフのマークが付くらしい。
あのペド男爵ですら犯罪傭兵ではなかったのだから、相当な悪でないと赤いナイフのマークは付かないのかもしれない。
「おい、まさかとは思うが……その犯罪都市とやらが現実化する可能性があったりするのか……?」
晃夜の問いに、夕輝は神妙な表情で俺の思いを代弁してくれる。
「否定はできないよね。そもそも何を基準にゲームが現実化するのかいまいちわかってないわけだし……」
夕輝の答えを聞き、俺はこれまでの経験から独自の推測を立てる。
「前に姉が円卓会議で言ってたけど、これまで現実化した事ってやっぱり傭兵の間で広く知られている内容ばっかりだよな」
「……そう、だな。虹色の女神教会、妖精、賢者ミソラ、スキル…………白銀の天使」
「イグニトール継承戦争、ウィルス、吸血鬼、巨象の活性化…………炎皇の妹姫」
最後にチラリと俺を見るのはやめてくれ。
仏神宮家について、やらかしてしまった感は重々承知してるんだから。
「そういえば人狼はどうしたんだ? 吸血鬼どもはいるんだろ?」
「感染都市サナトリウムの事情は、けっこう多くの傭兵たちに知られていたし、狂犬病として現実化されていたよね?」
「あー人狼については心当たりがある……多分、もう現実にいるかも……」
先日、父さんから提案があって俺個人に付くシークレットサービス、いわゆる護衛組織創設の打診を受けているのだ。
というのも実は仏神宮家が経営する製薬研究施設の1つに、狂犬病患者だった人々が研究対象のサンプルとして収容されている事実が最近になって俺の耳に届いたのだ。
さすがに、そんなとんでもない事を極秘裏にやってる父さんを非難しようとしたが、内情を知れば責められはしなかった。なぜなら狂犬病患者だった人々は自ら、仏神宮家の研究施設入りに志願したそうだ。
もちろん相応のお給金は発生しているので、理由は人それぞれだけど……多くはワクチンを開発した俺への感謝と、今後、同じような症状を引き起こす新種のウィルスが発生した時に備え、自分たちから取れるデータを活かしてほしいといったものだ。
さらに言えば狂犬病患者になった者は後遺症として、ある症状が残った。具体的には身体能力が爆発的に高くなっているらしい……他にも何となく予想はつくけど。
とにかく父さんに非人道的な実験等を行ってないか何度も確認したが、どうにも心配なので研究施設にいる人たちに手厚い配慮をお願いしてある。また、行動の自由や人権をしっかり認めるようにも釘を刺しておいたのだが、どうやら元狂犬病患者たちにその事が伝わったらしく、新しい働き口として俺のシークレットサービスをやりたいと言い出している人間がそこそこいるらしい。
もちろん運動能力が凄いとはいえ、格闘術やそれなりの護衛技術を習得するのに時間がかかるため、すぐに形になる提案ってわけでもない。
何にせよ現状をしっかり確認するために、近々その研究施設とやらに赴く予定だ。
「ボディガードが人狼とか、頼もし過ぎるな。俺らの役目が取られかねないぜ……」
「ほんと、ゲームと同じ展開になっててちょっと怖いぐらいだね」
「しかし、多くの傭兵の知ってる内容が現実化するって予想が正しければ、【鉄と鎖の腐敗都市ギルディガリオン】が、現実に何らかの影響を及ぼす可能性は低いんじゃないのか?」
「うーん……でもさ、戦犯傭兵や犯罪傭兵のみ入れる都市って、その界隈じゃ有名なんじゃないの?」
夕輝の懸念は尤もだ。
しかも俺はその不安を増大させるような情報を持っていたりする。
「この間ちょろっと領主システムで都市の情報を読んでたら……【鉄と鎖の腐敗都市ギルディガリオン】で、もうすぐ大きなイベントが開催されるらしいんだよね」
「おいマジかよ。その情報が広まったらやばくないか」
「イベント目当てで、物騒な傭兵たちが集まるだけじゃなく、自ら戦犯傭兵になったりする人も出てくるんじゃ?」
「傭兵団同士で事前に話をつけておいて、同盟を組んでわざと同盟傭兵をキルするか。合意の上でありえそうだよな」
「ねえ、仮にだけど戦犯傭兵や犯罪傭兵が増えたら、現実で犯罪者が急増する……なんて事はありえないよね?」
「それは……否定できないな」
そんな事態になったら日本の治安は大変なことになる。
自分だって犯罪に巻き込まれる可能性も増えるし、身近な人が危険に巻き込まれる事態だけは避けたい。
「訊太郎、それってどんなイベントなの?」
その問いに俺は溜息を交えて答える。
「闘技場イベント、【夢と絶望が詰まった王冠】だってさ」
2人は俺の言葉を聞いて喉をゴクリと鳴らす。
「優勝者には称号【罪人たちの王】と、賞金1億エソが獲得できる……多分、称号は特別な効果のあるやつだと思う。それと【剣闘士の国オールドナイン】って所の、剣闘王への挑戦権を得られるのだとか」
そもそもの発端は【剣闘士の国オールドナイン】の王族に【盗賊王】と名乗る流浪人が噛み付いたらしく、その血気盛んさをオールドナインの王族は面白がったのか『罪人どもを束ねる王ぐらいになってから口を開け』、と言ったそうだ。
そんな噂が広まれば、じゃあ一体だれが罪人たちの王なのか? と日陰者たちは囁き、修羅人たちが我こそはと名乗りでる。
闇は密やかに、だが確実に裏社会に生きる人々に伝播してゆく。
結果、オールドナインの王族が罪人の王が誰かを決定する闘技戦を主催する運びとなった。そして開催場所は犯罪都市の中でも有数な【鉄と鎖の腐敗都市ギルディガリオン】に白羽の矢が立ったわけだ。
ちなみにペド男爵が領地経営している時に裏でそのような話がついており、既にイベント開催を中止することができない。そもそも、あの都市において俺もペド男爵もお飾りの立場にすぎないと、領主システムに目を通してから気づいた。
この辺も詳しく確認するために、彼の都市に赴く必要があるのだが……。
「おいおい、俺らでも……それは聞いたら行きたくなったぜ……」
「うん。傭兵だったら、普通に興味が出ちゃう内容じゃないか」
だよね。
正直に言えば俺も参加したい気持ちはあった。けれど何かが起きる前にどうにかしたいって思いの方が遥かに強い。
「【剣闘士の国オールドナイン】って地名も気になるね」
「どこだろうな。まだ傭兵たちが到達してない未踏のエリアなんだろうが、戦闘好きにとって血が騒ぐワードばかりだぞ」
夕輝と晃夜はそわそわと身じろぎをする。
「戦犯傭兵や犯罪傭兵のみが参加可能……罪人たちの王を決めるイベントか」
「何かが現実化したら悲惨な事態になりそうだよね。ただ、有名でも現実化してない要素もたくさんあるとは思う。結局は何がトリガーとなって現実化するかは未だに不明だよね」
「だから俺らにやれる事はやっておくって話だったが……」
ここにきて晃夜は申し訳なさそうに俺を見た。
続いて夕輝までもが不安そうな表情になる。
「だが……編入したばかりで、現実でこなしておくべき課題が思ったより多くてな……」
「それね。しばらくはクラン・クランへのログイン時間が激減しそうなんだよね……」
2人が多忙なのは仕方ない。
なにせ俺のために背負ってくれたものばかりなのだから。
「大丈夫。俺や、他にも協力してくれそうな人達が円卓会議にはいるだろ?」
「ああ、あの姉さんが仕切ってるやつか」
「現実改変を把握している傭兵の把握や、会議のメンバーも徐々に増えていくといいね」
「そうだな。発見次第、俺達と協力関係を築いて会議のメンバーに引き入れたいな」
こうしてそれぞれの意見を述べ終わった俺達は、誰かにこの密会を目にされる前に解散した。
懸念事項はあるけれど、そこまで警戒する状態でもない。
何とかなる。そんな気持ちで夜を過ごし、朝を迎える。
そして、学校へ向かう途中で俺は思い知る事になった。
自分の認識の甘さを。
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