321話 夜明けの後に
お久しぶりの更新です。
闘病生活のため、休止しておりましたが1月から少しずつ再開します。
昨年は大変お世話になりました。
また今年も、皆様と一緒に歩けることを願って、どうかよろしくお願い致します。
コメントやメッセージ、ありがとうございます。
元気をいただいております!
皆様にとって良い1年になりますように。
『これはこれは……、誠のお姫様の登場です……!』
『仏神宮家の神童、【虹色の女神教会】にて天使階級を認められた白銀姫さまであらせられる!』
劇中に響き渡るマイクの音声は、若干説明口調になってるとはいえ俺の乱入に即座に対応してみせた。
さらには二階の観覧席で見ていた皇太子殿下までがスッと立ち、綺麗な笑顔を張り付け、俺達に見入っている生徒たちへよく通る美声を上げる。
「こちらにおわす御方こそ、日本が誇る美姫である!」
おいおい、銀髪蒼眼の日本人的な特徴皆無な俺を見て何を言ってるのか、と内心でツッコミを入れながら聞き流すのは皇太子殿下のフォローに乗るしかないからだ。
殿下の発した言葉によって、会場に一瞬だけ広がっていた困惑の波はピタリ静止する。皇太子殿下の態度が、まるで最初から劇のクライマックスに俺が登場するのは予定されていたと言わんばかりだったからだ。
そして皇族の意思を汲み取ったのか、軍閥科新入生の声入れ役の子達はそそくさと台詞を紡ぐ。
『僭越ながら、日本男児の端くれとしてッ』
『姫様をこれからもお守りすると誓います!』
それに応じて晃夜と夕輝も膝を突いて傅いた。
こうして劇は終幕へと導かれたのだった。
◇
ぬるい風がそよぎ、熱い日差しが西の空色と混ざり合う景色を静かに眺める。
ここは校内でも特に見晴らしの良いバルコニーで、眼下では部活動に励む生徒たちの姿が見受けられる。
放課後、人気のない場所で俺が1人で佇む理由はただ一つ。
「よう、訊太郎」
「やあ訊太郎」
それは親友たちを待っていたから。
劇中では喜びのあまり飛び込んでしまったけれど、冷静になればなるほど自分の行動が恥ずかしくなってしまい上手く2人の顔が見れない。かと言って、この感情を1人でもて余すには大きすぎて、だから劇の最後に場所と時間を指定して、集合場所を伝えておいたのだ。
「お、おう……2人とも……」
両頬が妙に熱い。
2人の方へ改めて顔を向ければ、やはり大勢の前で自分がしでかしてしまった事を思い出すので羞恥心がふつふつと芽生える。
「なんだよなんだよ、それだけか? 俺達がここに入学したってのに」
「しばらく見ない間にすっかりお姫様に慣れちゃったのかな? お祝いのお言葉ぐらいは賜りたいものです」
2人は相も変わらずのペースで俺をいじってくるので、さっきまでの妙な感情は色あせていく。
代わりにいつもの安心感が胸の内を埋め尽くす。
「ったく、2人ともビックリさせすぎ。連絡も全く寄越してくれないし、クラン・クランにはログインしてこないしで、こっちは心配したんだから」
素直にありがとうって言えない俺を許してくれよ。
けれどこれぐらいの愚痴は言ってもいいだろ?
サプライズだったとはいえ、俺に黙って2人で入学の手続きやら試験に挑んでいたのは看過できない。言ってくれれば力になれたかもしれないのに。
「おーおー、開口一番にお小言ですかい。騎士様、どうやら姫君はご機嫌斜めのご様子ですよ」
「それは大変だ。であるならば、我々が姫様の御心の闇を切り伏せてみせましょう」
またもしつこくいじってくる親友たちに、ムスッとした顔で対応してやる。
さすがにもう、我慢の限界だ。
「このっ、2人とも! よくもッ、よくも――!」
2人に飛びつき、ぽかぽかと頭や肩をがむしゃらに叩く。
もうこれ以上は『嬉しい』って感情が抑えきれない。あふれ出す気持ちを2人にぶつければ「おいっ、ばかっ、飛びつくなっ」とか言って焦る晃夜や、「ちょっと、痛い、痛いって」とちっとも痛そうにしないで朗らかに笑う夕輝を見て、もう少しばかりこうして2人にありったけの想いを行動でぶつけてやろうと思った。
言葉にせずとも互いの気持ちが通ずる瞬間、俺にとって何より尊いと感じる時間をじっくりと味わう。
それから何ともなしにじゃれ合いは終わり、誰もが口を閉じて沈みゆく夕日を見つめる。しばらくの余韻と静けさに身を委ね、そうしてようやく俺はポツリと本心を親友たちに伝えた。
「2人とも……ありがとな……」
「別に大した事なかったぜ」
「当たり前だし、こんなの普通さ」
しれっとした顔で言い切るのだから、この親友たちの強さには感服せざるを得ない。
日本皇立学園は生半可な実力で入学できる学校ではない。名門中の超名門校だ。
一般枠なんてさらに一握りの人物しか入れない狭き門であり、それを2人は短期間で突破した。その努力は並大抵のものではないはずなのに……。
「まだ、堂々とお前の横にいられないしな。ここにこっそり来るのも一苦労だったぜ」
「あれから新入生や他の生徒たちから質問攻めで大変だったんだよ。……まったく、訊太郎についていくにはつくづく普通を捨てないとって思ったよ」
「いや、中学時代に普通人っていじり倒したお前らに言われたくないわ」
ぼやく親友たちに、今さらの反抗も忘れない。
「というか、俺には話してくれよ。それこそ現実で頑張らずとも、ゲーム内で2人の地位を向上させる作戦を立てて、成功すれば現実でも地位が上がって転入できたかもしれないし」
「いいや、それは確実じゃないからな」
「うん。それに晃夜がその方法を取ったら、ちょっと男としてアイツに負けた気がするって言ってきかなくて」
「なっ! 夕輝こそ、張り合うなら正々堂々とぶつかって圧倒してみせるとか言って気合入りまくってたろうが!」
「別に僕は、負けたくなかったからでッ。晃夜こそ――!」
「夕輝こそ――!」
よくわからない押し問答を繰り返す2人を茫然と眺めていれば、不意に2人が俺の視線に気付いて互いを見合わせる。それから小さなため息をつき、
「不毛な言い争いだな」
「これ以上の墓穴は掘りたくないね」
と、なぜか見てるこっちが照れくさくなるような微笑みを交わし合っていた。
何か知らぬ間に2人の仲が深まっているような気がして少しだけ嫉妬心のような、焦りのようなものを感じたのは内緒だ。
どうにか2人の間に割って入ろうと、親友達の事を聞いてみる。
「そういえば2人はどうやって、ここの入学試験を……特に実技試験を切り抜けられたの?」
俺のような特待生は露知らず、軍閥科は群を抜いて実技試験の難易度が高いと聞く。
「あー、ほら前に言ってただろ? 酒を探すって。アレな、『空狐の百焔』に美味い酒を捧げるって話だ」
「僕らも訊太郎と同じく、スキルが現実化する『スキル祝福の油揚げ』を手にしたってわけ」
「あの妖狐さんの孤独を解消することはできなかったが、まあ仲良くはやれたぜ」
「空狐が認める美酒の入手はわりと簡単だったよ」
自信たっぷりな笑顔で親友たちはそうのたまった。
「だから俺は現実で『拳闘』スキルと『体術』スキルを会得したぜ」
「僕は『片手剣』スキルと『盾』スキルを体得したよ」
「スキル取得は簡単だったが、どうにも力の制御やそれを振るう技術に身体の感覚が追い付かなくてな。魔法系統のスキルと比べて、体に影響の強いスキルの現実化は慣らすのに苦労するぞ」
「ステータスが現実に反映されてるとはいえ、そればっかりは大変だったかな。2人で特訓したり、武術指南をしてる教室に通ったりと色々したし、とにかくたくさん学べたよ」
それと並行して試験対策や筆記テストのための勉強、加えてアルバイトもこなしていたとなると……いかに2人が多忙を極めていたかを窺い知れる。
また、そうまでして俺と同じ学校に通おうとしてくれた意思に感謝の念が尽きない。
「試験官は俺のスキルを中国武術、拳法に似ていると高く評価してくれたな。日本の丹田法とは違った武術系統に通じているのが興味を引けたのかもな。つーか、丹田呼吸法や丹田武術ってアメリカさんが恐れて、日本は戦争で負けてから封じられた武術だったはずだが……ゲームの影響で第二次世界大戦の戦勝国ってことになってるからなのか、丹田系の教室めっちゃあったぞ」
「ボクの方は分厚い剣で相手を殴り、叩き潰す西洋剣術に似てるって。刀の刃を大切にし、相手を華麗に切り裂く刀術とは別物だから、いい顔はされなかったけど実力は認めてもらえたみたい」
「ま、結果が出せたし、俺達の事はどうでもいいだろ?」
「これで現実でも訊太郎と一緒にいられる。その権利を自他ともに認められるよう、もっともっと獲得していくつもりさ」
俺が上流階級に馴染むために作法や知識を必死に身に着けている間、2人も必死に努力してくれていたと知れば自然と顔が緩んでしまう。
特に夕輝の『一緒』にって単語とか、妙に胸に刺さる。
「しっかし、アイツは一筋縄ではいかなそうだな……」
「さすがは一国の後継者って雰囲気だね」
「あいつって、皇太子殿下のこと?」
「そうだ。ったく、初めから俺らが入学するのも知ってたみたいだしな」
「訊太郎の劇大乱入にだって冷静に対処してたし、それどころかさりげなく内外にアピールの手回しをしてたよ」
2人から聞くところによれば俺の評判はうなぎのぼりらしい。
まず俺の劇乱入は皇太子殿下による情報操作で万事解決ではあった。
最初から姫役は俺であり、サプライズ演出を観覧者、つまり在学生諸君に提供した体で収めたそうだ。また、殿下の婚約者としてのお披露目も兼ねてのデモンストレーションだと広めてるらしい。
さらに言えば、俺は未来の皇后として寛容であり優秀であると口にしているようだ。その証拠に、将来有望な軍部の人材にいち早く目をつけて知己の仲にある事、既に手駒として手中に収めているなど、庶民にすら優秀であれば積極的に能力を認めて人材登用する人格者でもあると吹聴しているのだとか。
「うわ……晃夜や夕輝と一緒にいても不自然さがないように伝えてくれるのはありがたいけど……」
「外堀りを埋めにきてるって感じだよな」
「ボクらを手駒とか、まあ言葉もそれなりに選んできてるよねぇ」
2人の表情は険しい。
「確かに現状、俺らが訊太郎にため口で喋ってるのを見られたら色々と危ういぜ」
「ボクたちにとっては、立場をわきまえて行動するべきだって警告にも聞こえるしね」
「その癖、きっちりと訊太郎の気持ちや希望を考慮して、俺らと共にいられるよう周囲に示してるわけだ」
「なかなかやり合いのある人だと思うよ」
皇太子殿下を語る2人の瞳は静かに燃えている。
だけど、どこか面白そうな、好敵手を見つけたみたいに不敵な笑みが2人の口元には浮かび上がっていた。
なんだかよくわからない闘争心? 盛り上がってるところに水を差すのは悪いのだが、俺は俺で長らく2人に相談できてなかったわけで、他の気がかりな点を伝えたい。
「懸念事項は皇太子殿下だけじゃないんだ」
「おう? あの下衆の他にも変態野郎がいるのか?」
「え、皇太子殿下以上に異常な問題があるの?」
サラッと皇太子殿下をひどく言う2人に苦笑しそうになる。
まあ、概ね親友たちの気持ちには同意だが。
「それが、あの皇太子殿下より問題ありそうな匂いがぷんぷんするんだよね……」
俺はここしばらくクラン・クランで起きた出来事を親友たちに伝えていく。
その内容を聞いて2人がピクリと反応を示したのは、主に爵位持ちの傭兵を倒し、俺の領地が拡大した点だ。
「おい、その新しく増えた領地内の、主要都市の名をもう一度聞かせろ」
「なかなか不穏な響きだったような……?」
2人も俺と同じ所で、危険な要素を悟ったのだろう。
「【鉄と鎖の腐敗都市ギルディガリオン】。鉄と鎖で人々の自由を縛り、欲望で腐りきった場所……」
こんな都市が、何らかのきっかけで現実化してしまったらと思うとゾッとするのは俺だけではないはずだ。
また、今後はこの都市が世にどのような影響を及ぼすかも不明である。
「……戦犯傭兵、犯罪傭兵のみが入れる都市らしい」
俺がゲーム内で手にした都市の1つは、正真正銘の犯罪都市のようだった。
さすがは子供傭兵を物扱いしていたペド男爵が治めていた領地なだけある……。
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