319話 鬼流家アップデート
「あんたのなめらかな頭蓋骨の手触り、フォルム、ビジュアル、どれも素敵だよ」
俺への挨拶を済ませたレディ・ノスタルティアは、とろけた表情で師匠のお顔を眺めていた。
「アアッ、なんて、なんて美しいんだ! 君にも見セイッたいよ! 私の瞳に映る、この世の何よりも気高く美しい女性をッ! アアッ、マイレディ!」
そう言ってリッチー師匠は、目玉のなくなった眼孔でレディ・ノスタルティアを見詰め続ける。
するとレディは師匠を見返し、にっこりとほほ笑んだ。
「あたしにとっては、この眺めで十分よ」
なるほど、レディの目に映る光景も非常に尊いものだと。遠回しにリッチー師匠も世界一のイケメンと豪語するレディ・ノスタルティア。
なんてラブラブなカップルなのだろうか。
再会を喜ぶ2人を眺め、少しだけ羨ましく思ってしまう。
仲睦まじい師匠たちを見ていて……思い出したのはやっぱり晃夜と夕輝だ。
2人の親友と現実で会えなくなって、クラン・クランでも顔を合せなくなって、寂しさや不安が燻り続けている。
あいつらはこの先どんどん忙しくなって、俺もやらなくちゃいけない事が増えて……そうやって互いの距離が少しずつ開いていって……それが大人になるって事?
コノエ君にあの美しい【星霊の記憶宮ロックス】を案内してもらっていた時ですら、晃夜や夕輝と3人で見れたらなあ、なんて失礼だけど思っちゃっていた。
そんな儚さと自己嫌悪が胸につかえる。暗く荒れた未来図が脳裏をかすめるも、師匠とレディが闇に輝く。さまよって、でもいつかまた3人で一緒に過ごせると信じたい。
だから、気づけば救いを求めるように師匠へと質問をしていた。
「師匠……手の届きそうにない相手に未練がある場合はどうしたらよいでしょうか?」
「死の壁すらも超越したッッ、愛弟子が何を言っているッッ」
カカカッと顎をカクカクと振るわせて笑い飛ばしてくる師匠。
ついでに俺を弟子と呼んでしまったので、師匠はレディに殴り飛ばされた。それでも構わずに起き上がって言葉を続けてくれる。
「テッ、手に入れるまで行動し続ければよかろう。求める心が燃え尽きるまでッッ!」
「……」
それを現実でやるには色々と無理があるんだよ、師匠……。
「だがしかし――時に信頼する者に託し、委ねて待つのもよかろうて」
師匠は俺が沈黙しているのをいぶかしんだのか、レディ・ノスタルティアから離れる。そして音もなく、闇と共に近づいた師匠はゆっくりと俺の頭をなでる。
「愛弟子が、我を復活さセイッてくれた時のように――」
いつもよりも特段に優しい声音が、ほんの少しだけ俺の不安を溶かしてくれる。
「我が最愛の女性を復活さセイッてくれた時のように――ゆだねるのもよかろうて」
そうして再びカカカッと笑う師匠。
「愛弟子よ。信頼とは、こういうものよな。とだけツイートさせてもらおう」
この時だけはレディも師匠を殴りつけはしなかった。
◇
日本皇立学園に入学して、以前の学校生活と変わった点はいくつもあった。
その最たる物が【夏休み】が存在しないこと。
この学園に通う者の多くは、家柄的に外せないお家行事とかで学校を頻繁に休む。その代わり、固定された長期休暇といった概念が存在せず、学べる時により多くを学ぶといったカリキュラムを生徒の一人一人が組める。
ちなみに俺は特別編入特待生としての待遇を受けており、一般の生徒たちよりは自由の利く講義カリキュラムを組める。
「あら、タロさんは夏の自由選択科目に【日帝軍の基礎知識学】を専行されたのですか?」
学校での昼休み。
机の上で夏の自由選択科目の備考用紙を眺めていると、リリィさんが横からひょっこりと顔を出しては喋りかけてくる。
「あ、リリィさん。そうです。実はその、やっぱりね……こんな状況じゃ武力方面がどう変化してるのか気になりますし」
「そうですわね……」
リリィさんは含みのある俺の言葉に、合点のいった表情でうなずいた。
彼女は『ゲームが現実改変を引き起こす』といった認識を正確に共有できる、数少ない仲間である。
「私も世界最高峰の軍事力を持つと言われるようになった日本の軍組織については興味がありますの……ただ、私は外部特待生ですから……」
リリィさんの言う通り、今の日本は第二次世界大戦での敗戦国ではなくなっている。むしろ圧倒的な戦勝国として、世界の中枢を担う富国だ。
そんな超超先進国の軍事的学問は、イギリス王室であるリリィさんの興味の引くところでもあるだろう。しかし現在の日本は武力の優位性を保持するためなのか、国防に関する重大機密があると豪語し、外国からの留学生は軍事的な講義を限定的にしか受講できないシステムを導入している。
学生の講義ごときで重大機密があるはずないので、おそらくは軍事方面の教育を他国にはあまり知られたくないと見える。
「そういえばタロさん。軍事関係と言いましたら、お聞きになりましたか? 軍閥科の夏季編入生たちによる入学式会の件です」
「編入生の入学式会?」
ああ、そういえば前にジョージが軍閥科の編入試験で忙しいとか言ってたっけ。
もう終わったのかな?
「ええ。ほら、日本皇立学園では学科ごとに毎年10人~30人ほど、編入試験を突破できた優秀な方のみ編入のお手続きをされているではありませんか?」
「あーはい。特別編入の俺とは違って、一般の編入生たちですか」
「つい昨日、編入生の試験結果が出たそうですわ」
「ほえー」
「そこで聞くところによると……各学科の編入生は入学と同時に、在学生に向けてのデモンストレーションを行うそうですの」
「え? 編入生が披露するのですか? 在学生ではなくて?」
新入生歓迎会、のようなノリではないようだ。
「はい。編入生一同は、自らがこの日本皇立学園に入学したと示す行事だそうですの」
「一種のアピールタイムってやつですか?」
「左様です。通常の編入生たちはお家柄で入学したというより、自らの実力で入学権を勝ち取った方々が大半を占めるそうですの」
「なるほど。編入生たちが、将来の権力者たちに自身の能力をアピールする場、もしくはお付き合いのきっかけを作る場であると……」
編入生としてこの学園に入学したとしても、名家や富豪、権力者の子息女たちとの距離はある。むしろ壁すら感じるかもしれない。そういった諸々を取っ払うきっかけを作るチャンスが入学式会ってことか。
編入生たち自らがデモンストレーションを行い、在学生はそれを見て印象に残った者や気に入った者に、後程声をかける事もあるだろう。とにかく話題があれば絡みやすくなりはする。
だが、これは前提として在学生が上位である概念は変わらないように思える。
まるで入学式という名のスクールカーストを決定づける試験のようだ。ここでうまく立ち回る事ができれば今後の学校生活は良いものに、醜態など見せれば相手にされなくなる。
なんとも難易度の高い自己紹介&入学式なのだろうか。
「そこで今年の軍閥科編入生たちの入学式会なのですが、なにやらイギリス王室の私と、未来の日本后妃であり、虹色の女神教会の天使級であるタロさんの歓待劇をされるそうですわ」
「は!?」
「歓待劇の実行案は、皇太子殿下が口添えしたそうですわよ」
俺はつい教室の中心で歓談する皇太子殿下へと視線を飛ばしてしまう。燃えるような炎髪は相変わらず人々の目を惹きつけ、麗しの貴公子然とした美形を惜しみなく周囲に振りまくイケメン。やはり腹が立つなあと睨んでやれば、彼はすぐにこちらに気づいた。そして柔和な笑みで以って軽く手を振ってくる。
なんだよ、あの満足そうな微笑みは……。
さも自分が『粋な計らいをしてやったよ』と言ってるようでちょっと気に食わない。
リリィさんと……俺のための歓待劇なんて1ミリも嬉しくない。むしろ注目される機会が増えて胃が重くなる一方だ。
「はあ……リリィさん、そろそろ学食にいこっか」
「かしこまりました。食堂に行かれるなら、そろそろ古都塚さんがいらっしゃるかしら?」
嫌な気持ちを払拭するため、または皇太子殿下の視線から逃れるために教室の外へと出る。
廊下に出て数分、予想通り琴ちゃんが迎えに来てくれたので俺たちは学食のラウンジを目指す。
今日もいつもと同じく、スムーズに移動だ。なぜなら俺と琴ちゃん、リリィさんの3人に軽々しく声をかけられる者がごく少数だからである。
日本名家とイギリス王室、上位の身分を持つ相手に自分から話しかけるのは失礼といった暗黙の了解があるのだ。特別な用事や講義中でもなければ、下位者が上位者に声をかけるのは無礼らしい。つまり俺たちから話しかけない限りコミュニケーションはゼロ。
そして何より、背後に付き従うリリィさんの付き人から発せられるプレッシャーがとても重いのだ。リリィさんへの侮辱はイギリス王室への侮辱、と言わんばかりの眼光が2人の付き人から周囲に放たれており、ゆるぎない忠誠を示している。威信を見せつけるだけでなく、ボディガード兼秘書的な役割も担っているのだとか。
ちなみに付き人を侍らす生徒は少なからずいる。俺も例にもれず、名目上は【虹色の女神】教会からの特別編入特待生であるわけで、傍らには常にブルーホワイトたんが侍女的な態度で付き従っている。その粛々たる所作で俺の身の回りをさりげなくフォローしてくれるから、受け入れちゃってるけど、彼女は貴重な聖遺物であり友達だ。
入寮の際は同室になる予定だから、友達のように接してほしいとお願いしても静かに頷いてはくれるものの……俺を主とする行動は微塵も変わらない。だから、俺にぞんざいな態度を見せよう者がいたら、それはそれは魂ごと凍てつかせるような底冷えする眼差しをぶつけるのだ。
ちなみに琴ちゃんの付き人も黒スーツの屈強な渋いおじさまで、こちらも目つきが異様に鋭い。
そんなわけで、なかなか俺たちに話しかけてくる生徒はいない。
まあそんな状況でも近衛くんは俺と同等に近い家柄だから、気軽に話しかけられたり、話しかけるときがある。
だけどこの布陣である限り、気楽にコミュニケーションを取れないのは事実だ。
別にこの学校の生徒と積極的に関わりたいとは思ってないけれど、なんかこう、窮屈に感じてしまう。かといって俺が好き勝手やれば、リリィさんや琴ちゃんの体面にかかわるから今のところはこのスタイルに合わせている。
「なんだかなあ……」
「訊太郎くん、今日のお昼が不安です?」
「あら、鬼流家の方々がご挨拶に伺いたい、という件でしたかしら?」
2人から今朝のうちに伝えておいた話題を出され、さらに胃が重くなる。
「まあ、一緒にお昼ご飯を食べるだけなのにすっごく畏まってたから、ちょっと胃が、ね……」
今日のお昼ご飯はこの3人だけではない。
実は俺と会話がしたいとかなんとかで、五日前に鬼流家の筆頭執事が豪華な手紙を携えてご挨拶に来たのだ。
手紙の送り主は、日本皇立学園の中等科と高等科にいる鬼流家の方々で、総勢4人の男女からお昼ご飯を共にしたいとのお誘いだった。
鬼流家は日本十一名家より家格は劣るものの、なかなかに力の持つ家柄で特に水産業が強い。派閥的には仏神宮家の傘下におらず、他派閥だったが……無下にお断りする理由もないため、承諾したのだ……。
正直、何を言われるかちょっと怖い。
「大丈夫ですよ、訊太郎くん。わたしがついてますから」
「私もおりますわ」
琴ちゃんとリリィさんの眩い笑顔が、疑心暗鬼になった心を優しく照らしてくれる。
そうだよな。ここでウジウジしてたら男が廃る。
2人の美少女に囲まれ、励まされ、これほど男冥利に尽きる状況はない。ならばここは、俺を支えてくれる美少女たちに堂々たる振る舞いを見せ、男らしく会食に臨むべきである!
……そう豪語していた時期が俺にもありました。
少なくとも学食についてテーブルを挟み、鬼流家の面々と軽い挨拶も済ませたところで激しい既視感に襲われるまでは……。
「誠、感謝の意を表す」
「尊敬、御方の研鑽と技術、驚嘆に値す」
鬼流家の方々は全員が、それはそれは人間にあるまじき美貌を持っていた。
男子陣は春風を連想させるような爽やかオーラを放ち、夜よりも深い漆黒の髪を揺らすだけで乙女心すらも揺さぶってしまうだろう。
真っ白な肌は肉体労働など皆無と語り、洗練された上品な振る舞いが彼らの高貴さを一層際立たせてくる。そして極めつけは、獰猛さと冷徹な光を帯びた金眼だ。クールな男子が好きな女子であれば、あの綺麗な瞳に見詰められたら即オチだろう。
「救済、御方がもたらす栄光」
「復興、我らが鬼流家は仏神宮家に在る」
もちろん鬼流家の女子陣も可憐すぎた。
桜の花弁を思わせる薄紅色の唇はふにっとしていて麗しい。白玉のような肌は陶器を彷彿とさせ、くすみひとつない純白さが眩しい。自然と虫を寄せ付ける花、といった言葉がこれほどしっくり来る女子たちはいないだろう。
艶やかで長い黒髪が流れれば、この世の男はあらゆる気概や思考を流され、彼女たちだけを想うだろう。さらには蜂蜜を溶かしたかのような、甘美な輝きを放つ金眼だ。一度その目を覗いたが最後、その美しさの虜になってしまうのは間違いない。
「制約、我らの皮膚は惰弱なり」
「苦行、故に我らの活動限界が解決の妨げとなる」
鬼流家の男子が腕をまくり、白い肌を露わにする。そのまま日の光が差し込む窓際の方へと腕を伸ばせば、ジクジクと赤く腫れあがり、焦げ付くような匂いと一緒に煙まで発生させたではないか。
ああ……どこかで聞き覚えのある特徴的な喋り方、見目麗しい美貌の持ち主たち。
おまけに日光に弱い、ねえ……。
もしかして現実がまたアップデートされちゃってるのかなあ。
鬼流家……鬼であり水の流れを管理する家柄。まさかとは思うけど、かつての【水門回廊アクアリウム街】の支配者であったヴラド伯爵一族と関係があったりしないよね……?
「悲劇、屍と狂犬が水へと流るる」
「地獄、水面に波紋を生む」
な、なるほど。
先日のウイルスパンデミックで細菌感染した人間等が川や海にも流れたと。その影響で、魚がクリーチャー化してダメになったりと水産業は大打撃を受けたわけだ。
「製薬、屍と狂犬を打ち砕く」
「製薬、水を浄化せしめる」
そして俺が開発したことになってる新薬のおかげで、鬼流家はどうにか助かったと。
「宣誓、我ら日の元に馳せ参ずとも、夜霧に紛れて軍務を全うす」
ぶっちゃけここまでくれば、もう首を縦にコクコクするしかない。
ほーうほう、うんうんうん。
ほーん。
……聞くところによれば、鬼流家は生まれ以って日光を浴びると皮膚が焼けただれてしまうとか。その代わり身体能力が非常に高く、故に軍閥科に進む者が多くて血の気の多い者ばかりでお恥ずかしい、そうですかハイ。
「決定、我らは仏神宮家に在り」
「誓いの儀、御方に至高の血を贈呈す」
いや、やっぱりこいつら吸血鬼やん。




