317話 デートの価値 (2)
「ひょぇぇぇぇえええええええええ、ぁぁぁぁああああああ!?」
コノエ君による巻き込み飛び下りランデブーにより、俺は恐怖の絶叫を上げるが……途中から驚愕の疑問に変わる。なぜなら、巨大なゴーレムの顔面が落ち行く俺たちに迫ってきたからだ。
「な、なに、この大きすぎるモアイ像みたいなの!? きてる、きてるきてるこっちに来てるよ!?」
「タロさん、びっくりした?」
そりゃあもう現在進行形で心臓が飛び出そうですけど!?
絶壁に沿って猛スピードに落ちるだけでも心臓に悪いのに、まさかその絶壁が急にモコっと盛り上がっては一軒家よりも大きな岩の顔が出現したんだよ!?
しかも大口を開けてその顔を伸ばしてくるんだよ!?
「我が盟友、我が同胞、我が風よ! 今ひとたび、共に空を舞うため、我が呼び声に応じよ!」
落下キルだけは避けたかった俺だが、今度は軌道修正までしなくてはならない。咄嗟の判断で『風妖精の友訊』を発動するも……肝心のフウは『はえー、久々なのん♪』なんて呟いてモアイ像を悠長に眺めて身動きすらしない!?
こうなったら俺を抱きかかえたままのコノエ君の方を睨むしかない。顔と顔がぶつかりそうな距離ではあったけど、今はそんな些事にかまっていられない。
「ちょっ、コノエくんッ!? おぬし、計ったな!?」
混乱気味に疑問をぶつければ、彼は俺の言葉を聞かずに耳を赤らめながらそっぽを向いて何やらつぶやいた。
「デートはサプライズが大事って聞いたから……」
また耳を染めて……! どうやら俺のお咎めがお気に召さなかったらしい。
残念ながら彼の不満を聞き取ることはできなかった。
なぜなら文字通り、俺たちは大地に飲み込まれたからだ。
豪風が耳をかすめ、土がひび割れる轟音が鳴り響き、絶壁よりせり出した巨大なモアイ像の口内によって視界は暗闇に埋め尽くされていった。
◇
「コノエくん……ここは……」
ビル並みの巨体を誇るモアイ像に飲み込まれたと思えば、次に俺たちの視界に広がる景色は美麗の一言だった。
そこはまるで地中の極楽園、暗がりの中でほのかに光る輝きが散りばめられた世界、夜空を超える美しさを誇る空間があった。
四方八方の岩壁から覗く鉱石たちが無数の輝きを放ちながら、静けさを彩り飾る。鉱石たちは青、赤、黄、紫と様々な煌めきを宿し、俺たちを見守る夜空の星々のごとく出迎えてくれた。
「ホーイホーイ、コノエ坊か」
一際強い輝きを放つ鉱石がモソリと動いたかと思えば、ポトリと壁から落ちた。
それは一筋の流れ星のように垂直に落下して俺たちの前にコロコロと転がってくる。
あれは……もしかして岩妖精……?
コノエくんが召喚していた岩妖精によく似た、小さき友人がつぶらな瞳で彼を見上げていた。ズングリとした小岩の手足を動かし、『ホーイホーイ』と掛け声のような音頭を取れば、壁のそこかしこからパキリ、ピシリと乾いた音が出始める。
「ホーイホイ、コノエ坊」
「ようきた、コノエ坊」
「うん? 他にも何かおるのか?」
瞬く間に壁に埋もれていた鉱石群はポロリポロリと壁から崩れ落ち、幾筋もの光のラインを引いていく。それはまるで虹色の流星雨を見ているようで、思わず感嘆の吐息が漏れ出てしまう。
暗闇に閉ざされた地中に、まさかこれほどロマンチックな場所があるなんて予想外すぎる。
「綺麗……コノエくん、ここはどこ?」
俺たちを丸呑みしたモアイ像は絶壁に繋がっていたから、おそらくは地中内だろう。
「【星霊の記憶宮ロックス】だよ」
「【星霊の記憶宮ロックス】……」
岩妖精に縁のあるエリアと見て間違いない。
「コノエくんは……一体どうやってこの場所を発見したの……?」
『巨星神アトラスの足跡』近辺には何かあると誰もが期待するも、ついに何も発見できなかった。なのにコノエくんだけはこの美しい空間を行き来している。
何がきっかけでこの隠しエリアに到達できたのか気になってしまうのがゲーマーの性というもの。
「それが、何度も何度も崖から飛び下りてたら、ある日ペロっと飲み込まれてしまって……」
何度も崖から飛び下りた!?
コノエ君……もしかしてヤバい奴なのか!?
平然と爆弾発言を放ってくる彼をまじまじと見つめる。彼は少しだけ影のある笑みを浮かべて続きを話してくれる。
「ここの岩精霊たち曰く、『幾度も地の底を目指す、不動の意思、まさに大地に根付きし揺るがぬ星霊と同じ』とかなんとか言って、僕もここに招待してくれたみたい」
実際はそんなんじゃないんだけど、なんて乾いた笑みを浮かべるコノエ君。
「ただ、クラン・クランでは何度でも失敗ができる。それなら飛び下りてみても、いいじゃないかって」
不意に出た『クラン・クランでは何度でも失敗できる』という言葉の重みを、俺は嫌でも理解した。
彼は失敗できる立場ではない人生を歩んできたのだと。
「げ、ゲームだもんね」
「飛んでしまえば後はスッキリするんだ。急激に襲ってくる落下感は『これでもう全てがおしまい』と囁いてくれる。何からも解放される感覚がたまらなくて、気づくと毎日ここに来ては飛び下りてしまってただけなんだ」
やっぱりそれってけっこうヤバイ精神状態なんじゃ……?
そんな風に自分の説明をする彼を見て、俺は今更ながらに気づく。
この子はまだ10歳で、その小さな双肩には日本を代表する名家としてのプレッシャーが乗っていて、それがいかに重いのかを。優秀であるが故に周囲に期待され、それらに応えるべく努力し、結果を求められ続けるのはきっと楽ではないはず。また、飛び級という観点からクラスメイトとなじめずにいる彼を俺は近くで見てきた。
孤独感に苛まれる時もあっただろう。
息苦しい、と感じずにはいられなかったのかも。
そんなときに仮想現実空間とも呼べるクラン・クランに出会い、現実のしがらみや、他人の目を一切気にせずに好き勝手できる場所を見つけたら――
「確かに飛び下りるのはスリルがあっていいかも? バンジージャンプ的な?」
彼がなるべく不穏な思考に流れないよう、ストレス解消やスポーツといった類を楽しむって意識に誘導しておく。
「うん。ああ、こんなことを他人に話したのは初めて、かな。とにかくここに来れる条件は、『100回ぐらいはあの崖から飛び下りた者』だと思う」
言ってる内容は色々とぶっ飛んでいるけれど……そんな貴重な情報を何の見返りもなく語るコノエ君に感謝と、そして一抹の不安を感じざるを得ない。
思えば俺もウン告白で精神が死にそうになっていた時、手を差し伸べ救ってくれた晃夜と夕輝がいたから立ち直れたんだ。
彼の抱える闇が何なのかはわからないし、果たして俺がお節介を焼いていいのかもわからない。けれど、少しでも苦しみを和らげられたらいいなと、自分自身の本音を絞り出す。
「何かあったら相談してほしい。俺でよければだけど……」
これぐらいしか言えない距離感が歯がゆいけれど、先輩として少しは役に立ちたい。
そんな思いで彼を見つめると、とても驚いたようにポカーンと俺を見返してくる。その眼差しはありありと『僕を心配してくれるのか? どうして?』と何かの期待が込められた、あまりにも純真な思いが乗っているように感じられた。
そんな視線に俺はなぜか慌ててしまい、変な照れ隠しで以って本心から外れた言葉をチョイスしてしまう。
「そ、その、ほら! 俺は仏神宮家で君は近衛神宮家で、争うよりも互いを支え合っていく方が建設的でしょう?」
実に言い訳じみた台詞である。
素直に『心配だから』の一言を絞りだせなかった自分のチキンっぷりが恨めしい。
「え……? あぁ、うん……」
静かにコクリと頷くコノエくんだったが、その両耳から朱に染まり、果てはかつない程にまで顔が真っ赤に燃え上がる。
……た、たいへんご立腹なご様子だ。
こ、これはまずい、まずいぞ。
どうしてこうなった!?
俺は全力で先ほどまでのやり取りに問題があったのか精査する。
「……両家、支え合う……僕と、結婚……? でも、皇太子殿下が……でも、僕の本心は……」
コノエくんが何やらボソボソと呟いているが、きっと俺に向けての呪詛に違いない。
目まぐるしく思考するあまり、しっかりと聞き取る余裕はなかったが、それでもかろうじて『本心』という言葉は拾えた。
……これは盛大にやらかしてしまったようだ。
俺の発言はタダの友達として『相談に乗るよ』といった提案ではなかったのだ。両家の利害関係を計算したうえでのお付き合い、故に君の心配もお家同士のため、将来のためといった、ひどく冷たい発言になっていたと気づく。その上でコノエくんは賢いから、俺の心配してるスタンスは『本心』ではない、義務的な物であると理解したのかも……。
まったくの誤解だけど……でも、今更どう繕っても自分の吐く言葉は信用ならないだろう。完全に失言だった。
どうして、こう、自分の気持ちを正確に伝えるっていうのはこんなにも難しいものだろうか。
歯がゆい思いで打開策を思案するも、追い討ちをかけるが如く不穏な声が響く。
「なんじゃ……コノエ坊、約束を違えたのお」
一際大きな輝きをまとった鉱石、じゃない。岩妖精さんが俺をジロリとつぶらな瞳で見上げる。すると周りにいた岩妖精たちもこぞってモゴモゴと声を荒らげ始めた。
「コノエ坊、人間、連れてきた」
「約束、違えた」
ここにきて、今更ながらに重大な事実に気づく
俺がここに来てはいけないのだと。
「人間? いや、風、連れてきたかの?」
「岩っちひさしぶりん♪」
だが物騒な空気は俺の肩に乗ったフゥによって一掃されてしまう。
「おうおう、風殿も壮健そうじゃの」
「おう。風を連れてきたのなら、コノエ坊は約束を守っておる。ならばよしとするかのお」
「あれ? なんでか知らないけど、ペナルティなし……?」
軽く胸をなでおろすコノエくんを前に、俺はここがどういった場所なのか完全に把握する。おそらく風妖精たちが住まう地『宝石を生む森クリステアリー』同様の隠しエリアなのだと。
だとすれば誰かにこの場所を明かすというのはそれなりのペナルティ、コノエくんにとっては多大なる損失を被るはず。俺だったら『宝石を生む森クリステアリー』から結晶シリーズが取れなくなるどころか、ミソラさんは森の位置を変えると宣言してたので、また一からあの隠しエリアを探すはめになる。
それと同等のペナルティを課せられるだろうに、彼はここを俺に明かした……?
「た、タロさん。どう……?」
コノエくんは両手をおずおずと広げて【星霊の記憶宮ロックス】を指し示す。
どうって……。
なんだろう、この敗北感は。
男として、先輩としての威厳が……。
俺は親友たちにすら『宝石を生むクリステアリー』の在り処を伝えていない。
「その、この間はトラを助けてくれて……その」
しかも、先ほど俺がコノエくんの気分を激しく害するような発言をしたのに、彼はそんなのはなかったかのように……先日の騒動についてのお礼を堂々と述べようとしてる!?
「だから、お礼が言いたくて!」
んうううううーやっぱりいい。
「じょ、女子は綺麗な場所が好きって聞いたから、だから、この場所を見せるのが僕なりのお礼、ってこと」
えええええ。
コノエくんめちゃくちゃかっこよくないか!?
その、自分のペナルティすらもいとわずに……俺にお礼の意を示すためだけに、色々と用意というか覚悟をしてこの場所を明かしてくれるとか……。
この秘密エリアの価値は計り知れないはずなのに!
これが真なる男の心意気……か。
俺は眩しすぎるコノエくんの姿を見て、なぜか姉が男性について辛口でぼやいていた時のことを思い出す。たしかあの時の姉はモデルの仕事で知り合った、高学歴、高身長、高収入、そしてイケメンの先輩に食事へ誘われた帰りだったっけ。
付き合いもあるから食事だけは同席したらしいけど、ちょっと寂し気な顔で俺にこう言った。
『女も男も心が大事よね』と。
当時の俺には、果たしてどんな心を指しているのかわからなかった。
だが、今ならわかる。
どんなに金を積まれた豪華なデートでも、どんなに高価なプレゼントが用意されていたとしても、そこに『心』がなければときめきはない。
でも、どんなにラフなデートでも、プレゼントがなくても、そこに俺との一時をどうすればよいのか、一生懸命に考えてくれた心を感じられるなら、それはもう極上の時間。
俺にとって忘れられない、物凄い特別なデートになるのだと身を以って体感する。
コノエくんが俺のことを思って、悩んで、考え抜いて、この場所を選んでくれたことにキュンっと……。
落ち着こうか、俺。
これは別にデートとかそういうのではないし、キュンなんてしてないぞ、うん。
単純にすごいうれしいけど! 男として、先輩として本当に惨敗すぎる。
だがここで素直に称賛できないとなると、俺はもっとダサいことになる。
男として、先輩として、後輩の懐の深さを、心意気のすごさを認めるのも大切なこと!
さっきは素直になれなかった分、ここは気持ちよく潔く! 思いのまま、飾らぬ本心で語らうべきだ!
「コノエくんはすごく、すごくかっこいいよ。ありがとう」
ここまでしてくれた彼の気持ちや思いが本当にうれしくて。
だから自然と、満面の笑みで彼を見てしまう。
「べ、べつにッ……」
む? 両頬をまたまた朱に染めた?
またもや激怒のコノエくんである。
いや、でもあれはもしかして照れてるのかも?
褒められて照れちゃうとか可愛い後輩である。
「それに……こういう、のを一緒に共有できる、と……と、と――――」
何かを躊躇うように口を閉ざしてしまうコノエくん。
だけど彼の言葉の端々からは優しさが滲み出ていた。
だから気になり先を促すべく、うつむく彼を見上げるようにして首を傾げる。
「と?」
「一緒に遊べる……と、友達がいてもいいかなって!」
耳を真っ赤にして語気を荒らげるコノエくん。
まさか、まさか彼の口から友達認定のセリフを聞けるなんて感無量である。
今までどこか俺に対し、頑なに距離を置こうとしていた節のある彼がれっきとした友達宣言である。先ほど、俺が両家同士の力関係も含めてのお付き合いと冷たい失言したにも拘わらず、こうしてハッキリと友達認定してくれるのは嬉しさの極み!
「ありがとう。とっても嬉しいし、コノエくんと俺は友達だ!」
ニッコリと笑顔を向ければ、ちょっぴり残念そうに微笑む彼が印象的だった。
ファンレター、ご感想、ツイッターのリプ、
とても、とてもお力をもらっております。
ご愛読してくださる皆様
すてきなお心をありがとうございます。




