316話 デートの価値 (1)
『なあ、最近どうしてクラン・クランにインしないんだ?』
親友たちからの連絡に心が躍るのも束の間、俺はふとした疑問を2人にぶつけた。
スマホの画面に数秒の沈黙が訪れ、先に返事をしてくれたのは晃夜だ。
『こっちはだいぶ忙しくてな……』
『ごめんね、ボクも』
『だけど俺は近いうちに会えると思うから、それまでは訊太郎も頑張れよ』
『ボクの方も今やってる事でしっかりと結果を出せたら、また会えるから』
ん?
2人がやってる事って何だ?
『そっちの夏休みの課題、もしかして大量だったりとか?』
『あー……たしかに課題みたいなもんだな。まあなんだ、うちは家族と話し合ってバイトを始めてな。将来の自分への先行投資に金は必要ってやつだ』
『ボクも将来のために色々と準備しようって考えててね。実は勉強をがんばってるんだ』
2人からの思ったよりも重い返答にどう反応すればいいのか迷う。
晃夜はアルバイト……そういえば晃夜って父子家庭だよな。課題っていうと家計の問題で? それとも何か欲しい物や入用な物があるとか? なかなか踏み込みづらい話題だ。
そして夕輝の方は……将来はお医者さまになりたいって言ってたから、大学進学に備えて猛勉強を始めたとか?
『なるほどね……』
高校一年の夏。
文系か理系かを選択するプリントが配られたり、来年にはクラスが別々になるかもとちょっぴり意識しだす時期。
2人はそれぞれ、自分の将来に向けて動き出しているのかもしれない。そうなると、俺が横から『もっと遊びたい、一緒にいたいからそんなの辞めて』なんて言えるはずもない。
どのみち2人の生活に俺がとやかく言える権利は初めからないのだ。
だから、俺から言えることは一つだけ。
『そっか……2人ともがんばってくれ! 応援してる』
本当は2人が何をしているのかもっと詳しく聞きたかった。
けれどいつの間に、本当にいつの間にか2人との距離は空いていて、迂闊に踏み込めない自分がいるのに気付いた。
2人はちゃんと前に進んでいて、俺は……現実改変を恐れてクラン・クランに力を注いでしまっている。
どちらが正しいとか、良いとかそんなのは関係なくて。
ただ、俺が2人に何かを言える、聞ける立場じゃない。
一抹の寂しさを覚えながら、俺も将来について考えなければと焦燥に駆られる。
2人に置いて行かれたくはない。
一緒に大人になるんだ。
例え今は……若干の距離を感じずにはいられないとしても。
◇
様々な職業を調べたり具体的な将来プランを練ってみたり、自分が一体何をしたいのか、何者になりたいのかと熟考を重ね、1人で唸り続けるのに疲れた頃――
「ふう~! 疲れたときは気分転換だ!」
というわけでログインしましたクラン・クラン!
なんたってやりたいことが盛沢山なのだ。
ペド男爵領の併合によって、タロ伯爵領に新しく加わった地域への視察や領主システムによる政策の見直し、改変を施さなければならない点が膨大である。特に罪人しか入れないという【鉄と鎖の腐敗都市ギルディガリオン】に関しては怖さ半分、楽しさ半分といった心境だ。
一体どんな都市なのか、今からこの目で確かめる時が楽しみで仕方ない。
領主として早々に彼の都市に訪問すると決定した俺だが、不意に鳴り響いたフレンドチャットの通知に引き留められる。
『あ、あの、仏ッ……た、タロさん。こんにちは』
『コノエ君こんにちは~! どうしたの? 何かあった?』
コノエ君からのフレンドメッセージは珍しい。
『もしよかったら、その……タロさんに時間があるなら、今から一緒に行きたい所があるんだけど……』
学校では隣の席の彼、コノエ君とはクラン・クランでもちょこちょこ遊ぶ仲だ。しかし、それでも彼の方から一緒に遊ぼうと誘ってくれたのは初だった。
『行きたいところ?』
『べっ、別にタロさんが嫌なら行かなくていい』
コノエ君の声は通話ごしからでもわかるほどに硬かった。普段の彼はほんのちょっぴりぶっきらぼうで、猫に関する話にだけはすごい食いつきで迫ってくる。
そんな彼から俺を遊びに誘ってくれるのは純粋にうれしかった。
だから返事はもちろん、
『いいよー!』
かくして俺たちは【先駆都市ミケランジェロ】の外れ、【巨星神アトラスの足跡】と呼ばれる崖の上に集まった。いつまでも続くかのように思えた、だだ広い草原に突如として現れる奈落の底。まるで四角形の巨大な隕石が落ちたかのように、不自然な形で大地がくりぬかれている。
「えっと……コノエくん、ここって確か……この先は誰も行けないって言われてるフィールドの端っこ? だよね?」
目の前に広がる断崖絶壁を見下ろして彼に確認を取ると、緊張した面持ちで頷くだけだった。
「この下に落ちたら、キル扱いだよね?」
この先に行けない所以、それは空でも飛べない限りは崖から落ちて着地ダメージでキルされてしまうからだ。
仮に飛べたとしてもクレーターの向こうにたどり着けるだけで、傭兵たちの間では特に意味のない崖といった認知が広がっている。
それでも【巨星神アトラスの足跡】なんて大層な名がついているので、ここには何か秘密があるのでは? と考えるのが傭兵の性。ジョージが秘密裏に仕入れた情報によると、山男スキルを極めた者が崖の底まで降り立つのに成功したらしい。けれど結果は特に発見らしい発見はなかったそうだ。
なんとも退屈極まる残念なエリアである。
そんな場所をわざわざ指定してきたコノエ君だけど、いざ顔を合わせても何かを説明してくれるといった空気でもない。
だから俺はさりげなく促してみる。
「何して遊ぼっか?」
「喜んでもらえるか、わからないけど……」
ぽそり、とかろうじて聞き取れるぐらいの小さなつぶやきをこぼすコノエ君。何やら少し思いつめた様子で心配になってくる。思えば彼はフレンドチャットをくれたときから妙に緊張しているようだった。
「……喜ぶ?」
かすかに聞こえた単語を頼りにコノエ君に問いかければ、すぐさま顔を明後日の方に向けて黙ってしまった。
ふむ。
両耳が真っ赤になっているので、何やら気分を害してしまったのかもしれない。
彼は怒るとすぐに耳が赤くなるのだ。
ここは先輩として寛容に、おおらかに後輩の出方を待ってようじゃないか。
彼のやりたいことを、急かさず静かに見守っていてあげよう。
「すぅぅーー…………」
目をつむり、風が運んでくる草々の匂いを胸いっぱいに吸い込み、静かに吐き出す。
「ふぅぅーー」
うんうん、心地よいなあ。
「あのっ」
なんて呑気に陽光の暖かさや大自然の匂いを堪能していると、右手に軽い感触が走る。それは柔らかな、けれどミナとは違ってほんの少しだけ筋張った手触り。
目を見開けばコノエ君が俺の手を握っていたのだ。
唐突なスキンシップに若干の動揺を覚えるも、俺はあくまで経験豊富な先輩なので動じない。
うん、動じてないぞ。ウン告白の時と比べれば、これぐらいの不意打ちは微々たる衝撃。
日頃からちょこっとだけ俺を避けている素振りを見せるコノエくんが、まさか俺の手を握るだなんて想像もできなかったけど、べ、べべべべ別に動揺なんてしてないぞ。
妙にコノエ君の頬が上気してるとか、かつてないほどの近距離にコノエ君の綺麗な顔があるだとか、右手から伝わる彼の体温だとか、もうそんなのッッぜんぜんッ、なんともないぞ、うん。
「一緒に、い、行くよッ!」
すっかり顔面を朱に染めた彼は数瞬だけ言いよどみ、それから俺の右手を強引に引き寄せた。
「――えッ? ちょっ――まっ」
い、行くって、逝くって意味!?
俺の内心の叫びも無理からぬこと。コノエ君は俺の右手を掴み、次いで腰へと左手を添えては抱き留めるようにして崖からダイブしたのだ。
もちろんそんな暴挙に出れば――
落下は必然。
完全な不意打ちで戸惑いまくる俺の視界は、物凄いスピードで周囲の景色が上に飛んでいく。
恐怖の絶頂である。
「ひょぇぇぇぇえええええええええ!?」
いくら俺が経験豊富な先輩とはいえ、口から出る絶叫は抑えきれない。
そして自身の声を置き去りにするようにして、俺たちは地の底に吸い込まれていった。




